密林の村モリーブ 3

「ノア、起きて」

 隣のターニャに小さく揺すられて起きたときには、部屋の中はすっかり暗くなっていた。壁となっている葉の隙間から月の光が差し込んでいる。

 身体中に汗をかいていた。荒い息を必死に抑える。震えは止まりそうになかった。

 いつもの悪夢ではなかった。あれは何だったのだろう。王子の体に。矢が。

「静かに」

 ターニャが囁き、次々と一行を起こしていく。

「大勢の足音がする。たくさんのものが擦れる音もね。恐らく矢をつがえているわ。こっちに来る」

 全員一気に目が覚めたようだった。

「まだ状況は分からないわ」

 エルザは荷物をまとめながらも自分と皆を落ち着かせようとしていた。

「いや、ターニャの言う通りだ」

 葉で出来た壁をそっとめくって王子は言った。外の松明の光が漏れ入ってくる。

「囲まれた」

 外で矢をつがえる20人近くの男を見てターニャも素早く弓矢を取り出した。鳥使いの鳥も目を覚まし飛び立とうと指示を待っている。

「待て。自分たちがおとなしく出て行けば戦いにはならないはずだ」

 王子はドアとなる部分を開け、叫んだ。

「こちらは何もしない!今すぐ出て行く、それでいいのだろう?!」

 何の反応もない代わりに矢も飛んでこないのを確認すると、王子は自分の荷物を背負いはしごを降りていった。

 20もの矢と松明に囲まれながら他の仲間も続く。

 松明の光に紛れて見えなかったが、何か大きなものが燃えていた。

 最初に降りたった王子が息を飲むのが分かった。荷車が燃やされていた。

「なんてひどい…!」

 全員が呆然と立ち尽くしていると、昼間の長が声を張り上げた。

「貴様等のせいで、ひと組の親子の未来が失われた。貴様等がこの村に来なければ…!」

「待って、あの子達はどうなるの?!」

「お前たちの知ったことではない。貴様らを匿った罪人として召し上げられるのだ。お前らのせいで…」

「出て行け!」

「出て行け!」

 一行は各々の荷物だけを抱えて走り去るほかなかった。


 誰もがうな垂れる中、夜行は続いた。一刻も早くモリーブから離れることで、親子が救われるのではと皆が考えているかのようだった。

 皆が疲れ果てた頃、最初に我に返ったのはやはりエルザだった。王子にもノアにも耐えられる行程ではないことが分かったのだろう。月明かりだけを頼りに蔦を切り裂き道を作る鳥使いの背に疲れを見たのかもしれない。

「一旦ここで休憩。今晩はもうろくに進めやしないわ。続きは夜が明けてからにしましょう」

 皆は黙って座り込んだ。火を熾す余裕もないままそれぞれが手近な木に寄りかかって眠ろうとした。

 ノアも出来るだけ平らな木の根を探し、腰掛けた。先ほどはせっかく眠れたのに悪夢に邪魔をされ、またしても疲労はたまっていた。まぶたは押しとどめようもなく閉まりかけたが、心の中は重くて寝付けそうになかった。

 誰かが立ち上がる気配に目をこじ開ける。王子だった。一人で森に入って行こうとするのをターニャが呼び止めた。

「逃げるの?」

 全員が息を殺して経過を見つめていた。

「…結果が同じなら俺はあのままダラスでそのときを待つべきだった。それが一番良かったんだ。こうなることは分かっていたのに」

「だから何?連れ出したエルザが悪いって?」

 エルザが傷ついたようにうつむいたのが暗闇の中でもわかった。ノアははらはらと見つめるほかなかった。

「最後に決めたのはあんたでしょ。エルザがいくら言ったって、ここまで歩いてきたのはあんたなのよ。足を動かしたのはあんたの意思なのよ。ひとのせいにするくらいなら前を向きなさい。あんたが王になって救えばいいだけよ、あの親子を」

 王子は何も言わずに去って行った。鳥使いは寝たふりを決め込んでいる。

 エルザがそっと立ち上がり、後を追った。

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海の果ての女神 浅緋せんり @asahisenri

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