最初の夜 1
雨が止み、雲が晴れると、日は傾きかけていた。エルザはノアと果実や薬草を取りに出かけたようだ。ターニャと鳥使いはどこに行ったのだろう。付近の偵察か、それとも。
王子は一人で火を見張っていた。それは厳密に言うと、ターニャが熾した火を文字通り見ているだけだった。一面湿った土地ではなかなかつかなかったが、大雨の前に拾っておいた薪が燃え始めるとその熱気で周辺は乾き、安定した火ができた。その手際の良さは魔法を見ているかのようだった。感心したような視線に気付くとターニャがお決まりの冷笑を返してきたのを思い出し、王子は顔をしかめた。
昼間の熱気が嘘のように涼しい風が吹いてくる。太陽の最後の光が消え去ると、森は根元から闇に沈み始めた。
ノアは本当に何も知らないのだろうか。
先ほどの会話を思い出す。
力を合わせてこの国を治めるべく集まる兄弟たち。全てはこの国を守るために。
ずっと前から分かっていたことなのに、身のすくむ思いがした。何度も覚悟を決めたはずなのに。
ゆらゆらと炎は燃えている。
ふいに後ろで足音が聞こえた。鳥使いだった。
王子が一人でいるのを見ると、再び森に入ろうとする。
「待て」
王子はとっさに呼び止めていた。鳥使いは背中を向けたまま立ち止まる。
「お前はどこから来たんだ?」
何も考えないまま、言葉が口から飛び出していた。
ゆっくりと振り返る。石像のような顔が下から炎に照らされている。
「お前はどこの人間なんだ?お前も、俺に死んでほしいのか?」
肩に乗せた鳥までも微動だにしない。薪が乾いた音を立てた。
時が止まったような長い時間のあと、鳥使いはかすれる声で呟いた。
「悪く思わないでくれ」
鳥使いが再び背を向けたとき、遠くからエルザとノアの話し声が近づいてきた。
ほどなくターニャも戻り、エルザが中心となってターニャの獲物や薬草、木の実を手際よく調理していく。
エルザの料理はいつもながら見事だった。若い頃から優秀な医術師として王宮に勤めていたのを古い友人だったダラスの母に評価され、乳母兼家庭教師に抜擢されたという。薬草の知識だけでなくそれらを使った調理調剤も専門分野だった。
5人で火を囲み、食事が始まる。
「明日の昼過ぎにはモリーブに着けるわね。夜は村の宿で体を休めましょう」
エルザは誰にともなく明るい声で言った。
「ノアは初めて見るから驚くかもしれないわね。この密林の中に唯一あって、雨や森と共存してきた村だから」
木の器を両手で抱えたまま、ノアが小さく頷く。
ノアは本当に何も知らないのだろうか。
急に疑惑が襲ってきた。
ノアだって敵でない保証などないのだ。それどころか、出会ったタイミングも、自然とこの旅についてきたことも、できすぎている。
ちらりと隣をうかがう。いつもどことなく不安そうなノアの表情は、揺れる炎に照らされて、いっそう心細く見えた。そこに偽りの影がないか、必死に探している自分に気付く。
こんなことで遠く王都トリシアまでたどり着けるのだろうか。それも、最も早く。暗闇に囲まれているせいか、昼間よりもずっと弱気になってしまっている気がする。
ふと、無意識の考えにはっとした。自分は王都までたどり着けると思っているのだろうか。もともとはダラスの村でそのときを迎えるつもりだった。それを無理やり連れ出したのはエルザだった。
エルザの明るさが移ったのだろうか。そうだ、自分がどんなに弱気になろうとも、足を動かせばその分だけトリシアに近づくのは間違いないのだ。
「ダラス様。大丈夫です」
エルザは全て見透かすように微笑んだ。
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