旅立ち 3
冷たいとろりとした液体がのどを潤してくれた。柑橘のような懐かしい香りがして、本当に飲みやすい。思えば屋敷に置いてもらっていたときに出た食事もこんな風に食べやすいものだったが、エルザが作っていたのだろうか。意識が戻ってから数日は何の食事も出来なかったが、それでもめげずに毎回運ばれてくる食事からは良い香りが漂い、遠く去っていた食べたいという意志を呼び戻してくれるようだった。
器を両手で抱えながら、ノアは不思議な思いで目の前の二人を見つめていた。
この人たちはなぜ私に優しくしてくれるのだろう。
エルザには何もかも投げ出して泣きつきたくなってしまうところがある。放っておいてほしいとそっけなくすることさえも、結局甘えなのだろう。どんなことをしても味方でいてくれるエルザを試したいのだ、きっと。
エルザが世話焼きなのは見てすぐに分るが、この王子だってそうだ。なんだって近付くのも危険な海辺に寝転がっている人間を拾ったり出来るのだろう。しかも何もかも、名前さえも覚えていないなんて。
今だってそう。食べられなくて足手まといになるのだったら、警告なんてしないでその場になって置いていってしまえばいいだけだ。自分で食べず、ついていけないのなら自分のせいではないか。環境や気持ちの揺れなんかで食べられなくなる弱い人間なんて放っておけばいいだけなのに。
鳥使いが付近の偵察から戻ってきた。エルザは駆け寄ってねぎらい、飲み物を渡す。二言三言交わすと、エルザは浮かない顔をして戻ってきた。
「モリーブまではダラスから今までの三倍はあるそうよ。今日はもう少し歩いて距離を稼いだら野宿ね」
王子は頷いた。
「仕方ない。夕暮れの大雨までに、ひらけたところを探しながら進もう」
「しかしいきなり計画が倒れたわね。他の一行の進みが気になるところだけど」
エルザの言葉に、不自然な沈黙が落ちた気がした。
「他の一行、ねえ。気にすることなんてないじゃない。この旅だって最後の思い出作りなんでしょ?」
弓矢の手入れをしていたターニャはあざ笑うようにいった。目の前で、王子の拳が硬く握られた。
この妙な空気はいったい何なのだろう。
最初に動いたのはエルザだった。
「あなたもこの旅の仲間なのだからそんなことを言わないで。おなかが空いていると気分も落ち込むわ。さ、食べて」
「なんておめでたい人。少しは現実を見れば?」
そうは言っても少しは反省しているようで、おとなしく食べ始めた。その話はそれきりとなった。
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