第1章 旅の一行

旅立ち 1

 王子について向かった先は村境だった。と言ってもこの辺境の地に明確な境などなく、森の入り口と言ったほうが正しい。ダラスだって村とは名ばかり、人間が住めるところを求めて寄り集まっただけなのだ。家々がまばらになるにつれて、集まった数人が見えてきた。

 知った顔のない中、エルザが振り向いて笑顔で手招きをしてくれて、ほっとする。

 荷車の周りにはエルザと、あと2人。赤い髪の女と、大きな鳥を肩に乗せた男。2人とも歳の頃はノアや王子より少し上くらいだろうか。旅の一行はノアを入れて5人と聞いていたから、このメンバーなのだろう。

 エルザと他の4人は親子ほどに離れているのをノアは意外に思った。

「さあ揃ったわね」

 ノアたちが近づくのを待ってエルザは明るく言った。そのまま王子の手を引いて、少し離れたところで様子を見ている村の長に向かい、頭を下げた。

「今までありがとうございました。村の皆様がこれからも健やかにお過ごしになりますように」

「トリシアまで良き旅になりますよう、そしてダラスの君の良き治世をお祈りしております」

 長が淡々と返す。遠くからでも心がこもっていないのがすぐに分かる。一刻も早くこの場を離れたいようだった。王子は変わらず不機嫌そうだが、対するエルザは再び丁寧に頭を下げている。

 ふと視線を感じて振り返ると、赤髪の女と目が合った。これから一緒に旅をする仲間なのだ、ノアは親しみを込めて小さく頭を下げた。

 女は鼻で笑った。

「あんたも貧乏くじ引いたわね。かわいそうに。あたしもだけど」

 王子が挨拶を終え近づいて来るのを見て、わざとらしく声を大きくする。

「ここの王子は本当に人望がないのね。期待はしていなかったけれど、本当に凡人。アルー様と同じ血を引くとは到底思えないわぁ」

 話の内容が分からないながらも空気が凍るのを感じ、助けを求めて見回したが、エルザは長と2人いつまでも頭を下げ合っているようだった。鳥の男は木に寄りかかって目を瞑っている。

 王子は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「不満があるならついて来なくていいが」

「本当にいいのね?自分1人じゃどこにも行けないくせに」

 赤髪の女が小馬鹿にしたように笑ったところでエルザがやっと慌てて戻ってきた。睨み合う2人に割って入る。

「ターニャ、初対面で決めるのは良くないと思わない?これから長いのだし、自分の目で見てからでも遅くはないわ。ダラス様がどんな人物か分かった上で手助けするに値しないと思うなら、そこで一行を離れたっていい」

 次にエルザがくるりと振り返ると、王子は決まり悪そうに目をそらした。

「ダラス様も」

 エルザは腰に手を当てて王子をのぞき込む。対峙するとだいぶ小柄なのに、王子は気圧されたように一歩後ずさった。

「約束したでしょう?」

 エルザは再びぐいと進み、王子は諦めたように首を振った。

「分かった、俺が悪かった。とにかく密林は抜けたい。みんな力を貸してくれ」

 エルザは満足そうに頷くと手を叩いた。

「さあ、私以外はほとんど初対面でしょうから自己紹介しましょう。私はみんな知ってるわね。エルザよ。こちらのダラス様の乳母兼家庭教師です。みんなより人生経験だけは豊富だから頼ってね」

 こうやって見るとエルザはお母さんのようだった。自分勝手な子供4人の面倒を見る元気なお母さん。

 エルザの視線を受けて、次はノアがおずおずと口を開いた。

「私はノアです。トリシアに行きたくて、ご一緒します。足手まといにならないように頑張ります」

 隣でターニャの冷笑が聞こえ、ノアは身を縮めた。

「ターニャ。この一行に義理はなし。気に食わなかったら抜けますからよろしく」

 王子が再び険しい顔をする。ノアは最後の1人を探したが、森に入っていく背中が見えただけだった。

 エルザは声を張り上げて止め、また王子たちの出発を促した。

 こんなにばらばらで、遠くトリシアまでたどり着けるのだろうか。旅の一行を見回す。

 王子とターニャは睨み合い、鳥の男はもう姿も見えない。エルザは慌てて荷車を引くが1人の力ではびくともしない。ノアは急いで手伝いながらも内心ため息をついた。

 兎にも角にも、こうして王都トリシアを目指し、旅は始まった。


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