海の果ての女神

浅緋せんり

はじまり

 少女は高い崖の上にいる。海風は容赦なく吹きつけてくる。

 まとわりつく黒髪を手で押さえ、じっと前を見つめる。陸から小さく突き出たこの岬では、前方だけでなく左右にも水平線が広がっていた。

 少女は見つめる。雲ひとつない空の下に広がる水平線を。そしてその先にある何かを見はるかすように、目を細める。

「ノア」

 少女は少し遅れて振り向いた。この名前になってから10日ばかり。まだ慣れないけれど、綺麗な名前だなと思う。

「出発だ」

 すっかり旅支度を整えたダラスの王子は、不機嫌そうに言った。

 ノアはもう一度海を見つめる。誰もが祈るという海の果てに住まう女神に、旅の平穏を願う。海に出たら最後、誰も戻ってこられない、死出の旅と変わらない船出のその先にいるという女神に。

 私は私を見つけられますように。それがたとえ知りたくないものだとしても、この旅の先できっと見つけられますように。

 振り切るように海を背にし、頷く。

「行きましょう」

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