第4章 仁義なき異世界(3)
そうして俺は、ファーストフード店を出た。
何か言いたげにしていたメンバー達を背に、一刻も早くその場を離れる。
急いでいるとは悟られない程度に急ぎながら。
誰も付いて来ていないのを確認すると、全力でダッシュして、路地へと駆け込む。
間違っても、誰かが追ってこないように。
既に俺が、委員長のところに行ってしまった、後は全て俺に任せよう、と思い込むように。
ひたすらに走って。
逃げるように、走って。
そして、誰もいない路地裏で、息を整えながら立ち止まる。
そこで、俺の口をついて出たのは。
「よっしゃあ!!」
歓喜の叫びだった。
「ああもう、やったぜ!!」
自分で自分を称賛してやりたい。
いや、もう存分に褒めてやろうじゃないか。
流石は俺!
凄いぞ俺!
俺、えらい!
完璧だ。
俺の作戦は、パーフェクトに完璧だった。
俺一人で責任を取って委員長のところに向かう、と言い残して来たが。
しかし、委員長に報告に行くつもりなんて、毛頭ない。
だって行ったら怒られるからな。
誰がわざわざ怒られに行くかってんだ。ドMじゃないんだぞ。
俺の行くべき場所は、決まっている。
そう、流華のところだ。
リーダーとしての立場上、流華がどこに向かったのかは分からない、という風に言っておいたが、しかし実際は違う。
俺には、流華の向かう場所が、ある程度予想出来るのだ。
流華がこの世界を去ってから十数年、変わったのは流華だけではない、そう世界の状況は大きく変わっている。
ずっと、この世界で過ごしている俺ですら把握できない程の、凄まじい変化。
僅かに目を離しただけでも、たちどころに姿を変えて行く人と街。
ましてや、ずっと離れていた流華にとっては、ほとんど未知の世界にいるようなものだろう。
そんな未知の世界において、流華の行く場所は限られる。
少なくとも、自分の知らない場所に行こうとは、まず思わないだろう。
どこに追手が待っているのか分からないのだから。
下手をすれば、敵の真っただ中に飛び込んでしまうことだってあり得る。
そんな中で、出来るだけ安全な可能性のある場所を求めるのなら。
流華の、子供の頃の記憶を総動員して、どうにか知っている場所の中から候補地を考えて、そこに向かおうとするだろう。
それならば俺にも、分かる筈だ。
何せ、子供の頃は、ずっと一緒にいたのだから。
今日は何処で遊びたいか、明日は何をして遊ぶか、いつも話していたから。
幸い、この辺りは、かつての俺達の行動範囲にある。
随分と変わってしまったが、見知った土地であることは変わらない。
流華の考え得る範囲内で、人があまりいないような場所。目立たないような場所。魔法陣が完成するまでの時間を稼げそうな場所が怪しい。
更なるヒントとして、あいつらは上月さんを連れている。
天上の歌姫・上月ライラの目撃談を、誰かがSNSで報告している可能性が考えられるのだ。
個人情報が簡単に出回るなんて、きっと流華も想像していないだろう。
更に、上月さんを連れているということは、物理的にも、連中の動きを大きく制限することになるだろう。
人を一人拉致したままで、公共の交通機関なんぞ利用出来る筈もない。
かと言って、レンタカーなどを用意している余裕もなかった筈。
そもそも、このホテルの外に出ることなど考えてなかっただろうからな。
全ての情報をまとめれば。
流華は、まだこのホテルの付近。しかも、歩いて移動出来る範囲内に今も留まっていると考えられる。
そこをしらみつぶしに当たって行けば、必ず見つけられる。
十分に、勝算のある賭けだ。
そして、流華を発見したのならば。
俺は、こう言うつもりだ。「俺も異世界に連れて行ってくれ」と。
「……ヤバイ、完璧過ぎるな」
改めて凄いぞ、俺の作戦。
俺自身を売り込むという発想が、また素晴らしいじゃないか。
それは、異世界人達が、現世界の人間を利用している、という新事実から思いついたことだった。
最初は、何てことをしやがる、と憤ったけれど、考えてみれば俺の目的とは見事に合致している。
win-winという奴だ。
異世界召喚の為に、現世界人を利用するというのであれば、
俺以上に、利用価値のある人間はいるだろか。
いや、いない。
絶対にいない。
俺こそが、ナンバーワンだ。
異世界側が本気を出して来たというのなら、
俺も本気を出して、異世界側に自分を売り込んでいく。
それが、こちらの世界を裏切ることになろうとも、俺は俺の目的の為に動く。
異世界に行くために、全てを利用する。
それは、今までと変わっていない、俺の生き様なのだから。
「まあ、あいつらには悪いけどな」
チームのメンバーを裏切ることには、若干の抵抗がある。
ここまで、それなりに上手くやって来たチームの仲間達。
あいつらを裏切るなんて、流石に心が痛む。
まあ、若干の抵抗でしかないので、無視するけどな!!
多少心が痛もうとも、別に大して気にならないしな!!
痛むだけ痛めば良いさ俺の心!!
一応、本気で悪いとは思っているけれど、それで止まる俺でもない。
それでも、このままグズグズしていたら、後悔が湧き出してくるかも知れない。
だから、すぐに行動に移すとしよう。
という訳で、
さあ、いざ流華の元へ、俺の未来に向かって、と一歩を踏み出して。
しかし、
そんな俺の前に、人影が現れた。
聞き覚えのある、声と共に。
「水臭いじゃないか、鷹広。一人で行こうなんてさ」
「お前、ら……」
不敵に笑いながら。
それでも、そこにいることを、決して疑わないように。
置いて行った筈の仲間達……史雄と、隼瀬と、ついでにポチが今、逆光を浴びながら、俺の前に立っている。
「なんで……」
どうして振り切った筈のこいつらが、こんなところにいるのか。
戸惑っている俺の側に、史雄が近づいてきた。
そして、俺にだけ聞こえるような小声で、そっと呟く。
「どうせ、一人で異世界に行くつもりだったんだろう?」
「な、何を根拠に」
「これまでの鷹広の言動全てだよ」
「全てかよ」
史雄は、僅かに微笑みながら告げる。
信用が無いなあ、俺も。
「いや、鷹広がどこに行こうが、そこで野垂れ死にしようが、別に僕はどうでもいいんだけどね」
「言い方ってもんがあるだろ」
「でも、ライラ様を連れて行かれるのは、絶対に駄目だからね」
史雄の目が、こちらを批難するように細められる。
確かに、こいつからしたら、上月さんを巻き込むことは許せないだろう。
まして、多くの異世界の辛さや苦しさを知っているこいつなら。
それを失念していたのは間違いなく、俺の落ち度だ。
「本当に、鷹広のことはどうでも良いんだよ」
「何度も言わなくていい」
「むしろ、異世界の辛さを知らない鷹広は、少しくらい痛い目に遭えば良いとさえ思っているからね」
「辛さでも良いから知りたいんだよ、俺は」
「まあ、そうだろうね。良く知っているよ。だから、それを止める気は、もう一切、本気で、真剣に、ちっともないんだけど」
「だから言い過ぎだろ。俺の事が嫌いなのかよ。嫌いなら嫌いって言えよ、付き合い方を変えるから」
俺の抗議を無視して、史雄は叫ぶ。
「とにかく、一人で行かせやしないよ。鷹広の為じゃないからね。僕は、単に、ライラ様を助けたいだけなんだからね!!」
ツンデレ風に言っているが、完全に本音じゃねえか。
こいつ、心底、俺がどうなろうとも構わないと思っていやがるぞ。
まあ、確かに上月さんを巻き込むのは俺の本意ではないので、史雄の力を借りられるのはありがたい。
彼女の無事だけは、しっかり確保しておく必要があるから。
「ちなみにポチも、手伝うって言っているよ」
「って、良く意思の疎通が出来たな」
「ポチにとって、異世界はトラウマだからね。鷹広が、むざむざ異世界に連れて行かれるのを止めたいらしいよ」
「お前、俺の秘密をポチに言いやがったな? こいつから変に話が漏れたらどうするんだ」
「ポチは口が堅いから大丈夫さ」
「どこだよ口」
ねぇだろ口。
「鷹広が本気で異世界に行きたいと願っているのなら、その真剣な願いを無碍にするようなことはしたくない、だから渡世の義理を果たすと共に、鷹広が異世界に行くべきなのかを見極めるってさ」
「本当に、何者なんだよこの不思議生物」
武士かよ。
誰よりも真っ当な精神を持っているじゃないかよ。
とにかく、史雄とポチが、俺の目的を手伝ってくれるらしかった。
正確に言えば、俺の目的を黙認してくれている、というところか。
正直、一人でやる方が気楽ではあるものの、
いざという時のことを考えるなら有り難い申し出だ。
さて、そうなると、残は一人。
異世界を憎む少女、隼瀬歩理。
こいつは、どうして今この場所にいるのだろうか。
「……隼瀬」
「はい」
「どうして、あなたは、ここにいらっしゃいますか?」
思わず、翻訳サイトで和訳したよな言葉づかいになる。
だって、この後輩がこの場にいるのは、あまりに意外だったから。
史雄には、もはや崇拝対象である上月ライラを助けるという目的がある。
ポチも、何やら俺に仁義を感じているようなので、理由は一応ある。
しかし、隼瀬だけは、どうにも分からない。
この、クールという属性を突き詰めたかのような少女。
仮にも先輩である俺に対して、敬意とか遠慮とか、そういったものがごっそり欠けているかのような、掴みどころのない後輩。
こいつは「1人勝手に行って下さい」くらいのことは言いそうな気がするのに。
隼瀬は、いつものように冷淡な目をこちらに向けてくる。
「先輩」
「何ですか。何だよ」
「1人で、異世界の奴等に立ち向かおうって、そう本気で考えていたんですか」
「ああ、まあな」
「自惚れないで下さい」
「ええ!?」
怒られた!?
俺が何か悪いことをしたか?
いや悪いことは現在進行形でやっているので図星だけども。
そんな俺の狼狽ぶりをどう見ているのか。
隼瀬は、相変らずクールな口調のままで告げる。
「異世界の恐ろしさを、先輩は知らないんです」
「……そうか?」
まあ、確かに知らないけども。
だって俺、異世界に対して期待しか抱いていないからな。
しかし、隼瀬の言葉と、そして表情は真剣そのものだった。
それは、きっと、彼女の境遇に根差しているものだろう。
家族を異世界によって奪われたという、その特異な立場。
そこに抱かざるを得なかった感情を、俺には想像することしか出来ない。
つーか俺の場合は、奪われた幼馴染が何故か異世界サイドになって戻って来ているという、これまた厄介な事態にはなっている。
正直、隼瀬の考えていることがどうにも分からない。
ただ、俺は現状を何とか受け入れている。
むしろ、異世界に行ってしまった流華のことを羨むくらいに余裕がある。
けれど隼瀬は、そうではない。
奪われたものを、取り戻したいと、そう考えているのだろう。
異世界に奪われてしまった大切なものを、どうにかしたいと。
その為に、こうして俺達と同じ組織に所属して、日々を戦っている。
異世界の恐ろしさを肌で感じながら、それでも自分の目的の為に、奪われたものの為に、戦っている。
その想いは、確かなものだ。
「そもそも。一番に考えるべきなのは、護衛対象である上月ライラさんの無事な確保です。先輩のことは、そのついでですから」
「分かってるよ」
「上月さんは、巻き込まれただけなんですから。被害者なんです。そんな、何の罪もない人を、勝手に連れて行こうなんて、許せません」
「ああ、そうだな」
異世界なんて、行きたい奴が行けばいいのだ。
行きたい奴が……、
行きたい奴が行けるようにならねぇかなぁ!!
行きたいなぁ!!!
「……何て顔をしているんですか」
「いや、別に」
しまった。
俺の欲望がダダ漏れになってしまっていたらしい。
「それに先輩は、一人では何も出来ない、役立たずの上に余計なことしかしない、無能で最悪なデクの坊なんですから」
「そこまで言う必要あるか?」
「指示一つ満足にこなせないような、周囲に迷惑しか掛けない、とびっきりどうしようもない足手まといなんですから」
「だから、そこまで言う必要があるのか。泣くぞ?」
「ですから、チームで行きましょう」
そこで隼瀬は、薄く微笑んだ。
「私達、チームなら、きっと、何とかなる筈です」
「ああ、そうだな」
俺も、つい釣られて微笑んでしまう。
そう、俺達チームの力ならば、どんな相手でも負ける気がしない。
ここまで多くの困難を前にして、それでも一歩も退くことなく戦い続けて来た。
異世界を巡る思惑を、悪しき召喚を、いつでもぶちのめして来たのだ。
そんな俺達の実力は、そしてチームワークは、
リーダーの俺が言うのも何だが、かなりのものである筈だ。
まあ、それを裏切ろうとしているのが俺なんだけどな!
史雄も大変冷たい目でこっちを見ているけど、分かってるから。
俺がどうしようもないことは分かっているからな。
「はあ」
何だか、こうして他愛もない話をしたことで、調子が戻ったような気がする。
今回の騒動。流華の出現は、俺にとって全くの予想外で。
すっかり混乱してしまい、俺としてもペースを乱されてしまった。
だけど、ようやく落ち着いた。
自分のやるべきことを、再び、しっかり見据えることが出来た。
それなら、もう迷わない。
流華が目の前に現れても、もう戸惑うことはない。
誰であろうとも、俺の目的を妨害するのなら、倒す。
それだけだ。
さて、それじゃあ。
「そろそろ、反撃と行こうじゃないか」
「そうだね」
『………!』
「了解です」
皆で、同じ方向を向いて、足並みを揃えて。
俺達の、反逆が始まる。
上月ライラを散り戻す為。
そして、何よりも、俺が異世界に行くために。
いざ、任務の続きを。
俺の計画の終わりを、ここから始めよう。
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