第4章 仁義なき異世界(2)
そうして、
どれくらいの時間が経過しただろうか。
「ハッ!?」
目を覚ました時。
俺は、数人掛かりで床に押さえつけられていた。
あれれー? おかしいぞー?
まるで、悪いことをしているみたいじゃないか。
まるで、とかじゃなくて、まあ明白に悪いことをした気がするけどね。
しかし、俺は今更何を思われようとも気にはしない。
何故なら、無事に目的を成し遂げたのだから。
魔法陣に飛び込み、長年の夢であった異世界召喚を達成したのだ!
もう俺を邪魔するものは何もない!
勝った!
俺は、未来を手にしたんだ!!
「勝った! 勝ったぞ!!」
「いや、それが勝ってないんだよね」
「……ん?」
何だ、今の声。
いや俺は勝ったし。鷹広くん大勝利だし。
そう、心の中で大勝利の旗を掲げながら、一応、声のした方を見てみれば。
「はぁ……」
頭上で深い溜め息。流華だ。
流華が、何だか呆れた顔をして、俺を見下ろしている。
俺と同じ異世界にいるということは、俺の後を追って魔法陣で来たのだろうか。
俺、そんなに長いこと気絶していたのかな?
疑問の視線を流華に向けるが、返って来たのは、何というか、どうしようもないものを見るような目だった。
それは、随分と冷たいものだったけれど、それでも、久しぶりに見たような気がする、友人の顔で。
何だか、少しだけ安心してしまった。
「……全く、君は無茶をする。自分の身を犠牲にしてまで、歌姫が連れて行かれるのを防ごうとするなんてね。それにしては、歌姫ごと魔法陣に飛び込んだのが、良く分からないけどさ」
「………」
何も言えねぇ。
俺は自分一人で異世界に行きたかっただけで、犠牲とかそういうことを一切考えていなかったとか、そう言える空気ではない。
ついでに上月さんを巻き込んでしまったし。
それは全くもって不可抗力、俺の本意ではないのに。
あれ、そう言えば。
「そうだ、上月さんは?」
「そこにいるよ」
「そうか。良かった」
何にせよ、無事ならば何よりだ。
魔法陣が変な風に働いて、別の異世界に飛ばされてしまった、となれば、さすがに申し訳が立たない。
そもそも俺が異世界に行こうとしなければ、何事も無かったという厳然たる事実は、積極的に無視する。知るかそんなこと。
しかし、次いで落とされた流華の声は、俺の歓喜に水を差すように。
「だけど、無駄だったね。」
「無駄? 何が?」
「君は知らなかったんだろうけどね。そもそも、異世界に向かう為の魔法陣というものは、大勢を連れて行くようには出来ていない。連れて行く者と連れて行かれる者、二人が限界だ。それ以上で魔法陣に入っても、転移機能は働かない」
「……はぁ?」
何か、おかしなことを聞かされているような。
しかし淡々と、流華は告げる。
「君が魔法陣に飛び込む前に、私が部下を蹴り込んだ。危ないところだった。それで異世界に転移する直前、セキュリティが発動したんだよ」
ちょっと待て。
こいつ、何をおかしなことを言っているんだ?
「やれやれ、まさかあんな手段に出るとは……相変わらず無茶をするね」
それじゃあ、まるで
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、ここはまさか……」
「ああ、元の世界のままだよ」
何だって?
何だって!?
「何だってえええええええ!?!?!?」
改めて周囲を見回してみれば、元のホテルの部屋のままだった。
とはいっても、元のままではない部分もある。
魔法陣のセキュリティとやらが暴走でもしたのか、壁紙があちこち剥がれていたり、家具が倒れていたりしている。
代金を請求されたらどうしようか。
暴走の余波に巻き込まれたらしい、異世界対策チームのメンバー達が、まとめて壁際でひっくり返っていた。
史雄や隼瀬やポチも、一応無事らしい。ひっくり返っているけど。
隼瀬がひっくり返ったまま、こちらを憎悪に満ちた視線で見つめている。
それもまた、見慣れた光景で。
そうか、俺は異世界に行けなかったのか……。
「ああ……」
正直ショックだ。
既に倒れている状態であるものの、このまま床の底まで沈み込みたい。
しかし、そんなことを言っている場合じゃない。
凹んで、落ち込んで、立ち止っている暇なんてないのだ。
今回もまた、異世界に行けなかったということは、よく分かった。
分かったのなら、気持ちを切り替える。
残念だけど、ここでくじける俺ではない。
次のチャンスを待とうじゃないか。
ここでちゃんと立ち直れることが、俺の真の強さ。
メンタルには定評のある鷹広君なのだ。
3人以上で入るのはNG、という新たな魔法陣知識も得られたことだし。
そうだ、こんな惜しいところ来られたのだから、またすぐに機会はあるだろうさ。
良し、それじゃあ気を取り直し、再スタート!
と、行きたいなんだけど。
「で、何でさっき以上に俺、押さえつけられているんだ?」
「これ以上、邪魔をされたくないからだよ」
全く、空気の読めない奴め。
人の新たな門出を妨害するとは何ごとだよ。
まあ、そうしたい気持ちは十分に分かるけどな。
今の俺を自由にしたら、何をしてでも魔法陣に飛び込もうとするだろうからな。
賢明な判断。正しい選択だ。幼馴染として誇らしいぞ。
「全く、しつこいにも程があるよ」
「褒めるなよ」
「…………」
流華はあっさりと無視した。
俺の手によって計画が中断したことで、苛立っているのかも知れない。
「とにかく、やり直しだ!」
「やり直し、だって?」
「君が悪あがきをしたところで、何も変わらない。結果は既に決まっている。残っているのは、後始末だけなんだから」
流華は、側に立つ侵略者に何やら指示を出して、すぐ近くで寝ていた上月さんを抱え上げさせる。
そうして、流華自身も、軍服の裾を翻し部屋を出て行こうとした。
「お、おい、何処へ行くつもりだ」
「君に、邪魔をされない所だよ」
振り返った流華の目。
それは、冷徹に俺の事を見下していて。
幼馴染とか、友人だとか、そんな関係性を断ち切るような鋭さを秘めていた。
「いい加減、分かっただろう?」
「何がだよ」
「今の君達には、もう何も出来ないということを」
「それは……」
その通りだ。
異世界対策チームのメンバーは、あっさりと無力化されて、床に伸びている。
俺が魔法陣を暴発させたせいもあるかも知れないが、
とにかく、流華達、異世界からの侵略者に完全にやられてしまっている。
俺の余計なあがき……いや、ナイスな機転のおかげで、上月さんが連れ去られるのを一旦は防いだものの、しかしそれは事態を先延ばしにしたに過ぎない。
現にこうして、上月さんはあっさりと確保されている。
連中は、別の場所に移動し、そこで再び魔法陣を作り上げるのだろう。
俺達に邪魔されないところで、ゆっくりと。
そうなればもう、俺達に手出しをすることは出来ない。
上月ライラの護衛という任務は、失敗したのだ。
「今度こそ、じゃあね……鷹広」
別れの言葉は軽く。
そうして、あっけなく、異世界の連中は去って行く。
「これに懲りたら、もう二度と、私のことを追って来ないで」
流華は、最後に言い残して。
そして、静かにドアを閉じた。
こうして最後に、一悶着はあったものの。
しかし、結末は変わらなかった。
護衛対象を護れなかったという結末は。
ただ、俺は。
無様にも床に伏しながら、去っていく上月さんと、そして幼馴染の流華を、見送ることしか出来なかった。
任務は、見事なまでに失敗で終わり。
そして、何よりも。
「行けなかった」
小声で呟く敗北宣言。
俺はまた、異世界に、行けないままで、終わってしまったのだ。
◆ ◆ ◆
どれくらいの時間が経っただろうか。
「はぁ」
ようやく、身体の調子が元に戻っていた。
といっても、皆が同じく痛めつけられていて、とても元通りとは行かない。
見れば、史雄も隼瀬も、呆然と座り込んでいた。
ポチは……まあ、良く分からないけど、落ち込んでいるような気がする。
何しろ、触手に勢いがない。
元々いた上月ライラの護衛達は、まとめて部屋の隅に転がされていた。
流華たち、異世界の奴らに協力しているとはいえ、こうして見捨てられている辺り、最初から捨て駒だったということか。
「おい皆、大丈夫か?」
「うん、大したことないよ。アキレス腱も切られてないし、眼球も抉られてない」
「怖いこと言うなお前」
「いや、でも、異世界人ならそれくらい、普通にやるよ?」
「夢を壊すようなことを言うな」
「魔法でもっとやばいこと、普通にやるよ?」
「だから止めろって! やばいことなんてない!!」
異世界はもっと楽しい場所なんだよ!
行ったことないから知らんけど!!
とにかく、俺達は五体満足で、部屋に放置されていた。
どう考えても、見逃されたとしか思えない。
もう邪魔をすることは出来ないと、そう判断されて。
負け犬という言葉が、良く似合う今の状況。
負け惜しみの軽口を叩こうにも、言葉を発すること無く、黙り込んでしまう。
あまりにも見事で無様な敗北をして、心が折れかけているのだ。
「……」
ここから俺は、俺達は、どうしたら良いのだろうか。
既に任務は、失敗という形で終わってしまった。
俺自身の目的も、見事に失敗してしまった。
こうなった以上、考えるべきなのは、この先の事だ。
敗北という、任務失敗という結果を叩きつけられた上で、どうするべきなのか。
後始末か。
反省会か。
それとも、別の何かしらか。
まあ、何をするにしても、とにかく。
「……ここから出よう」
このまま、この荒れ果てた部屋に居たら、色々と面倒なことになりそうだし。
俺達がどうするのか、どうするべきなのか。
それを改めて、チームで話し合う為にも。
「ついでに、飯でも食うか」
腹ごしらえをしながら、考えようじゃないか。
◆ ◆ ◆
「で、適当に目についた店に入ったんだけども……」
既に時刻は深夜。
俺達は、客のいないファーストフード店の二階奥のテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には、一応買ったハンバーガーやポテトが並んでいるが、とても手を付ける気にはなれなかった。
にもかかわらず、
誰も手を付けない筈のポテトが、凄い勢いで減っている。
『…………』
「って、ポチがめっちゃ食ってんな!!」
バッグの中に隠れているポチが、その触手を巧みに伸ばして、ポテトを器用に掴んでは自分の体内に運び入れている。
ポチの身体は透けているので、取り込んだポテトがバッチリ見えている。
食欲が無くなること甚だしい。
「何でこんなにもりもり食うんだよ。こいつの主食ポテトかよ」
「大体なんでも食べるよ、ポチは」
「良く知ってんなポチ係」
「ポチ係じゃないよ……たまに、投票券のオマケをあげているだけで」
「何だ? 投票券のオマケって?」
「うん、CDって言って、音楽データの入った光る円盤なんだけどね」
「……まあ、お前の人生がそれで良いんなら良いんだけどさ」
つーか、そんなモノまで食べるのかよ。雑食過ぎるだろポチ。
いや、ポチの生態に関して感心している場合ではない。
考えるべきなのは、自分達のやるべきことだった。
こんなファーストフード店で考えるべきことなのか、分からないけれど。
それでも、何かをしなければいけない、という焦燥だけが、渦巻いている。
「さて、どうするかな」
「決まっているでしょ」
ため息混じりに零すと、史雄が反応を見せた。
余ったハンバーガーを、ポチの内部に押し込みながら。
「とりあえずは、帰って報告するしかないんじゃない?」
「帰るって、委員長のところにか?」
「他にはないよね」
「それで、俺達は護衛に失敗しましたと、任務は見事に失敗で終わりましたと、そう報告するのか」
「報告するしかないじゃないか」
史雄は、あれだけ執着していた上月ライラが誘拐されたにもかかわらず冷静で。
そして、経験者としての威厳に満ちていた。
その姿は、まさしく勇者のものだ。
「今回、異世界側のやり方には、変わったところがあったよね。こちらの世界の人間を利用していたし、徒党を組んで僕等に対抗して来た。明らかに、これまでには見られなかった傾向だよ。このことは、すぐに報告しないと。対抗策は僕等だけで考えるべきじゃない。」
「それは確かに、そうだが」
「そもそも、異世界の奴等のボス……あの娘、鷹広の知り合いなんだよね?」
「……ああ、そうだ」
こうなると、もう隠してはおけない。
俺は、流華と自分の関係について、全てを話した。
天花寺流華。
ただの幼馴染で、ただの親友。
小さい頃、いつも一緒にいたこと。
しかし、突如として現れた魔法陣に、流華が吸い込まれてしまったこと。
それきり会うこともなかったのに、突然目の前に現れたこと。
すっかり、変わってしまったこと。
「ずっと異世界から帰って来なかったから、何かあったのかと思っていたけど。まさか、完全に異世界側に立って、敵になって帰って来るなんて思わなかったよ」
「こちらの世界の知識を、異世界側に買われたのかもね。これまでは、召喚する人材のことばかりが重要視されていて、その他の事は割と適当だったんだけど」
「もっと確実に人材を召喚する為に。こちらの世界のことを詳しく知る為に、アイツをを利用したっていうのか」
「どうだろう。利用されているにしては、随分とやる気だったように見えたけど」
史雄の言う通り。
流華の態度は、嫌々やらされている、というようなものではなかった。
完全に自分の意志で、上月さんを連れ去ろうとしていた。
「洗脳とか、そういう可能性はないのか?」
「そんな便利なものがあるのなら、僕は今ここにいないよ」
「確かに……」
嫌な実例がここにいた。
洗脳して、自由意思を奪えるというのなら、史雄はここにいないだろうし、引きこもりにもなっていなかっただろう。
異世界だって、何もやりたい放題というわけではないのだ。
流華は、自分の意志の元に、俺と敵対している。
どのような理由があれば、自分を召喚した異世界の意のままに動き、自分の世界を裏切るような真似をするというのだろうか。
分からない。
分からないからこそ、本人に聞きたい。
しかし、アイツの行方は、俺達には分からない。
「…………」
「…………」
「…………」
『…………』
気まずい沈黙が続く。
これから、どうするべきなのか。
それを決めるのはリーダーである俺の仕事なのだろう。
進むのか。
退くのか。
チーム全員で挑んで、失敗に終わったこの任務を、どう結論付けるのか。
しばらく考えて。
しかし、覚悟を決めた。
「ああ」
思えば、やるべきことは、最初から決まっていたのだ。
こうして無様なところを見せてはいるものの、それで俺のやることが変わるようなことはない。
だから、皆に向けて告げる。
「残念だが、今回の任務は、失敗に終わった。俺達の完全なる敗北という形で」
俺の話に聞き入るメンバーたち。
こいつらが何を思っているのかは分からない。
俺の気持ちが、こいつらには伝わっていないように。
だからこそ、言葉にして伝える。
「失敗の責任は、全てリーダーの俺にある。俺の幼馴染が突然出て来たこともそうだが、そもそもの想定が甘かったのがいけなかった。重要な任務なんだから、もっと様々なトラブルを予測しておくべきだったんだ。俺の見込みが甘いせいで、お前達に無用な失敗をさせてしまった。すまない」
深々と、頭を下げる。
そんな俺に対して、どんな反応を皆が見せているのかは確認できない。
だから、ただひたすらに、謝意を見せるしかない。
やがて俺は頭を上げて、皆を見回す。
それぞれの顔は、無表情を貫いていた。
いきなり謝罪をした俺に何を思っているのかは分からないが、更に言葉を紡ぐ。
「俺はこれから、課長のところに報告に行く。だけどお前たちは、別に付き合う必要はないぞ。怒られるのは俺だけで十分だからな。なに、説教されるのには慣れているんだ、精々たっぷりと絞られてくるさ」
そこまでを無心で言い切って。
そして、最後の言葉を、告げる。
「今日は、ここで解散とする」
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