第2章 異世界はつらいよ(4)
「それで、委員長。俺達は、何をすればいいんですか」
「うん。揃ったみたいだし、説明しようか」
委員長は、部屋に集まった俺達を見回す。
史雄、隼瀬、いつの間にか部屋の隅で蠢いているポチ、そして俺。
揃った異世界対策チームのメンバーを、頷きながら確認し、委員長は告げる。
普段の様子とは違った、固い表情を浮かべながら。
「……!」
そんな委員長を見て、俺もまた気を引き締める。
どうやら今回の任務、簡単なものではないらしい。
「実は、今回の任務は、非常に重要なものなんだよねぇ」
「重要、ですか」
チームを代表して、俺が訊く。
「そう、重要だ。何しろ、さる筋から特別に、君達に任せたいと要請があったものだからね」
「さる筋って、俺達の活動が評価されているってことですか」
「その通りだよ」
それは、何と言うか、ありがたいような、ありがたくないような。
そもそも俺達が評価されているということは、俺が異世界に行くのに失敗したということなので、素直には喜べない。
しかし委員長は、誇らしげに言う。
「この任務は、難しいものとなるかも知れない。しかし、君達ならば必ずやり遂げられると、そう信じているよ。これまでにも、数々の苦難を乗り越えて来た、スペシャリストの君達ならね」
「はい、ありがとうございます」
俺の目的はちっともやり遂げられていないんだけどな。
そんな複雑な感情を隠しながら、委員長から受け取った資料に目をやる。
資料の表紙に見える文字は『超重要人物の護衛』。
「今回は、とある女性を護ってもらいたいんだ。異世界に狙われ、召喚される危険性の高いある女性を、無事に保護すること。異世界召喚の魔の手から、最後まで彼女を守り切ること」
そこまで言って委員長は、頭を下げた。
「え、委員長?」
そんなこと、これまでは無かったというのに。
俺達に対する期待と、そして覚悟を秘めて、告げる。
「それが、君たちの任務だ。今更こんなことを言うのも変に思うかも知れないけれど、頼むよ」
普段とは違う委員長の迫力に、思わず押されてしまう。
何が何だか分からないけれど。
何か、変な期待をされていないだろうか。
◆ ◆ ◆
「さて、と」
普段とは様子の違う委員長から任務を受け取った後。
チームに与えられた部屋に戻り、各々、今回の任務の資料を読み始める。
委員長の言葉に何かを感じたのか、史雄も隼瀬も、真面目な表情だ。
ポチも同じような動きをしているけれど、怪しいスライムが机に襲い掛かっているようにしか見えない。
「護衛の任務、ねぇ」
資料に書かれているのは、今回の任務の概要だった。
中でも、一番重要な情報……俺達が守るべき護衛対象についての情報が、顔写真付きで詳しく書かれている。
それは、大層な有名人であるというけれど。
「誰だ、コレ」
知らない。
全く記憶にない。見た覚えも、一切ない。
有名人だということで、ちょっとくらいは期待していたんだけど。
例えばどこぞの国の国王とかの護衛とかになれば、仕事でしかないこの任務に対してもそこそこテンションが上がっていたかもしれないのに、知らない人だ。
「嘘!? 知らないの!?」
何故か史雄が驚きの声を上げる。
「そんな非難するような目で見るなよ。だって、知らないものは知らないんだから、仕方ないだろ」
「だって、どう見たってこの人は、上月ライラじゃないか!!」
「いやだから知らないんだって……」
名前を聞いてもさっぱり分からないし、聞いたこともなかった。
何だか妙な名前だよな、くらいの感想しかない。
「妙な名前とか言わないでよ!! 古代の言葉で『ひどく美しく気高い空前絶後の神秘の歌声』という意味を持つ、由緒正しい名前なんだから!!」
「めっちゃ凝縮してんな古代の言葉」
そんな情報量、絶対にないだろ。
「ちなみに古代の言葉で鷹広は『愚か者』って意味だよ」
「何でピンポイントで俺を馬鹿にしてくるんだその言語」
そんな文明は滅びてしまえ。
というか。
「お前、何をそんなに興奮しているんだ。ファンなのか?」
「ファンに決まっているだろ!? 今やこの世の人類誰もが彼女のファンだよ! ファンじゃなければ人間じゃないよ!!」
「俺は人間じゃなかったのか」
「ちなみに私も知りませんでした」
隼瀬が加わったので、人間じゃない奴がさらに増えた。
凄いな、このチーム。メンバーの4分の3が人間じゃないぞ。
「まあ、彼女の素性とか、護衛するのに直接関係ないだろ。一応、護衛するべき対象のことなんだから、覚えておくけどな」
「そうですね」
「何だい君達! そんなことでライラ様を護れると思っているの!?」
「ライラ様って……」
え、何? お前ってそういう奴だったの?
それなりに付き合い長いけど、初めて知ったんだけど。
興奮しだした史雄のことは放っておいて、隼瀬と一緒に資料に目を通す。
さる筋から、直々に任務を下されるような、その護衛対象のこと。
伝説の歌姫、上月ライラ。
その歌声は天を揺るがし、地を震わせ、人を感動させる。
というのは流石に言い過ぎなものの、しかし人気や実績は確かなものである。
海外のヒットチャートでも新曲が出る度にトップを飾っており、
透明感のある歌声にマッチした、人間離れした容姿が特徴的で、歌だけではなく当人のキャラクターも大層人気になっているとか。
「……知らないけどなぁ」
俺の場合、異世界のことについて学ぶことばかりで、現世界のあれこれに関しては割と無知である。
異世界に行こうってのに、こちらの世界の歌手とか覚えていても仕方がないし。
一応、異世界でも通用するよう、声の張り方は覚えているけども。
声というものは、誰にでも通用する重要なコミュニケーション法だからな。
カラオケで練習したよ。一人でな。
一応、ご丁寧に添付された音楽データを聴いてみる。
「まあ、確かに独特の歌だな。上手いとか下手だとかは良く分からんけど、不思議な感覚だ」
「特別な癒し効果のある歌声の持ち主っていう話だからね」
「癒し効果、ねェ……」
「歌声を聴いているだけで骨折が直るそうだよ」
「途端に胡散臭くなったぞ」
「だって異世界なんてものがあるんだよ? ちょっと不思議な力を持った歌姫がいてもおかしくはないよね?」
数々の世界を渡って来た史雄が言うのなら、そうかもしれない。
そんな都合の良いものが、現世界にあるとも思えないのだが。
「……いや」
そういうことではないのだろう。
問題は、相手がどう思っているか、だ。
「その歌の癒し効果を、異世界の連中は信じているって、そういうことか」
「多分ね。現世界では、本当にそんな効果があるのかの証明は出来ないけど。でも、現世界の常識に囚われてない異世界から見れば、違うのかも。本当に、癒しの効果があると思って、彼女を連れ去ろうとしているんだよ」
「いや、そうとは限らないぞ。単にファンという可能性もあるだろ」
「本物のファンなら、こんな危ない真似はしないよ!!」
「何だよ本物のファンって」
偽物のファンとかどこにいるんだよ。
そしてお前はまさかその本物のファンとやらに属するのか。
「本物には本物のやり方があるんだ! 強引な真似をしてライラ様の歌を聴こうなんて、そんなの許せないよね! もし聴きたいんだったら、しっかりとオファーをして、異世界のアリーナやスタジアムで異世界公演を出来るように計画すべきだよ! そうでなくても、こっちの世界にわざわざ来るくらいの気概は欲しいね! ちゃんとチケットを取って、実際に来ればいいのに!!」
「そういうことではないだろ……」
異世界の連中に、そんな律儀な真似をしろって言うのか。
そもそも異世界からじゃチケット取れないだろ。サイトに繋がんねぇよ。
「まあ本気で、その癒し効果が必要って訳でもないだろうしな」
「そうだよ! ライラ様の歌を聴きたいだけに違いない! もしくは踏んで欲しいに違いない!」
「お前は黙ってろよ」
どうしても世界の危機を救う為に、その歌声を必要としているならば、まだ交渉の余地もあるだろうけど。
史雄が喚いているように、どうせくだらない理由に決まっている。
歌声が聞きたい、くらいの理由でいちいち異世界に呼ばれていたらきりがない。
少なくともレコード会社に話を通してからにすべき案件だろう、そいつは。
とにかく、どんな理由であれ、上月ライラは狙われている。
それはつまり。
俺にとっては、またとないチャンスということだ。
異世界側が必死になって上月ライラを狙っているのなら、当然、その攻勢も激しいものになるだろう。
チームメンバーも必死になって、俺に構っている場合ではなくなる筈だ。
そうなれば、俺が隙を突いて異世界に行くことも、不可能ではなくなる。
これは、決して逃してはいけないチャンスだ。
そう確信する。
上月ライラには悪いけれど、この護衛任務、精々利用させてもらうとしよう。
いや、俺が異世界に行くことは、結果的に彼女を護ることに繋がるような気もするし、良いことに違いない。
一石二鳥とはこのことだ。
「おっと、鷹広もやる気だね?」
「やる気って、そう見えたか」
いかん、顔に出ていたかもしれない。
とにかく、この護衛任務、必ず成功させようじゃないか。
この場合の成功は、決して任務の成功ではないけどな!!
「サインくらい貰ってもいいよね!!」
「お前はもう私情を持ち込むなよ」
私情しか持ち込まない俺が言うと説得力があるよな。
そんな俺の、個人的思惑。
異世界に行くという夢が、今度こそ叶うことを信じて。
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