第1章 ザ・異世界アワー(3)
全ての始まりは、子供の頃だった。
あの頃の俺は、まあ普通のクソガキだったと思う。
まあ子供なんて言うものは、大なり小なりクソガキなのだろうけど。
俺も例に漏れず、とにかく暴れ回って、体中に生傷を作りまくって、
泥だらけになって、そうして親に叱られるといった日々を過ごしていた。
毎日が楽しかった。
悩みなんて、すぐに忘れてしまっていた。
俺にとっての、運命の日。
俺の目の前でアイツが消えた、あの日が来るまでは。
その日も、いつものようにアイツとふざけ合って遊んでいた。
空き地で野球めいたことをやったり、川でザリガニを釣ったりと、まあ普通の悪ガキがやるようなことを進んでやっていた。
家が隣同士ということもあってか、幼い頃からいつでも一緒に遊んでいた、
俺の一番の親友と一緒に。
変わらない日常。
変わらない筈の日常。
しかし、そんな日常は、いきなり終わりを迎えたのだ。
俺達の目の前に現れた、その光り輝く魔法陣によって。
気付けば、目の前に、それはあった。
明らかに異様な雰囲気を持った、謎の魔法陣。
その頃は、まだ異世界というものについての認識が、世間に根付いていなかった。
俺としても、異世界に対してはそれなりに、子供ながらに興味を持っていたものの、しかし知識が圧倒的に足りていなかったために、実感を持っていなかった。
だから、それを見つけた時、俺は何も出来なかった。
有り余っている筈の好奇心ですら、その時は働かず。
近づかない方が良い、という本能的な感覚に従って、その場を動かなかった。
しかし、アイツは違った。
アイツは、異世界召喚というものの存在を知っていたのだろうか。
もしくは知らないままで、ただただ興味を持っていたのか。
今となっては、聞くことも叶わないけれど。
とにかく、あの時、歩を進めたのはアイツの方だった。
何かに導かれるようにして、魔法陣へと近づいて行ったのだ。
アイツを止めるには、それがきっと、最後のチャンスだった。
その瞬間に手を動かして、その腕を掴んでいれば、その後の展開は全く違うものへと変わっていただろう。
俺が今、ここに立っていることすらなかっただろう。
それでも、過去は変わらない。
時折見る、夢の中の記憶においても、決して変わらない。
アイツはそのまま、止まることなく魔法陣へと入って行った。
身体が魔法陣に乗った瞬間、光が強さを増した。
それは、今でも瞼の奥に焼き付いている、鮮烈にして不吉な光。
当時の俺も、それがヤバいものだということは認識したのだろう。
俺も慌ててアイツを追い、魔法陣の中に入ろうとして。
しかし、叶わなかった。
俺が入ることを拒むように、光が壁となって立ち上り、俺達を分断したのだ。
アイツは、確かにそこにいて。
しかし、決定的な断裂の向こう側にいた。
壁の向こうで振り返ったアイツは、全てを理解しているように見えた。
自分の身に起こっていること。
自分の身にこれから起こること。
その全てを受け入れているように、俺には見えた。
そして、その口が動いた。
如何なる機能が働いているのか、アイツの声は全く聞こえない。
ただ、魔法陣が、光の壁が発する音が大きくなっていくばかりで。
音が最高潮に達してしまえば、もう全てが終わってしまう。
そんな予感に身体を包まれながらも、俺は必死になっていた。
それでも、アイツは泰然としたまま、微笑んで。
何もかもを受け入れながら。
自分がこれからどうなるのかを、ありのままに受け止めながら。
ただ一言分、口を動かす。
『――後はよろしく頼む』
そんな言葉が、最後に聞こえたような気がした。
やがて、光が消えると、そこには何も残っていなかった。
一切の痕跡もなく、何一つ変わっていない風景。
ただ、アイツの姿だけが、消えていた。
現れた魔法陣が、異世界召喚の為のものであるのなら。
恐らく、アイツは、既にこの世界からも姿を消してしまったのだ。
すぐに戻って来るかもしれない、なんていう期待も、その徹底的な消失を前にしてはいかにも頼りなくて。
ただ一人、立ち尽くしながら。
俺は、親友を失ったのだということを、ようやく認識した。
そして、
俺は思ったのだ。
たった今、目の前で消えてしまった親友。
もう会えないかも知れない、遠く離れてしまった親友。
そこに対する悲しみ、怒り、寂しさ、憤り、辛さ、そんなやりきれない感情。
そんなことは、まるで関係なく。
そんな感情は、ハッキリ言ってどうでも良く。
ただ、自分の思考は、一点に絞られていた。
つまり、
それこそは、
今の俺へと繋がる考え。
俺をここまで引っ張って来た、ただ一つの熱情。
「どうして俺が、召喚されなかったんだ!?」
そんな、とても自分勝手な、文句だった。
今でも、あの時の事を夢に見る。
見る度に『どうしてあの時、俺はアイツを押し退けてでも、先に魔法陣に入らなかったのだろう』という後悔に苛まれる。
戸惑っている暇があったら、何を差し置いてでも自分が突撃するべきだった。
もたもたしているから、アイツが先に異世界に行ってしまったじゃないか。
その結果が、今のこの、悶々とした毎日だ。
あれ以来、俺は、どうにかして異世界に召喚される方法を探し続けていた。
といっても、そう簡単に召喚されるような事態が起こる筈もない。当時はまだ、今ほどに異世界召喚が活発にはなっていなかったから。
異世界側としても、本気で自分達の世界の危機を救いたいと考えていたのだから、
何も知らない、何の力も持っていない子供を召喚しようとは思わないだろう。
だからこそ、ただの子供でしかない俺のアイツが召喚されたのは、奇跡的な確率だったのだと思う。
その千載一遇のチャンスを逃してしまったことが悔やまれてならない。
本当に、本当に悔やんでも悔やみきれない。
目の前でチャンスを逃してしまった俺は、しばらく悔しがるばかりだったけれど、やがて思い直す。
このままではいけない。
ただひたすらに悔やんでいたところで、チャンスは訪れない。
うじうじと悩んでばかりの子供を必要とする異世界なんてものはないのだ。
そこで俺が考えたのは、全く別の観点からのアプローチだった。
いつ異世界に呼ばれても良いように。
異世界側から、こいつを召喚したい、と思われるように。
自分を鍛え上げることにしたのだ。
毎日、必死で鍛錬し、肉体を鍛え上げた。
異世界においては、こちらの世界の常識など通用しないと考えるべきである。
何よりも大切なのは、資本となる自らの肉体。
肉体さえ鍛えておけば、どんな異世界においても信用出来る武器となる筈だ。
そしてもう一つ、自分が用意できる武器、知識である。
だからこそ、知識は全て、自分の頭の中に叩き込んでおかなければならない。
農業や治水や狩猟の方法、植物や動物の普遍的な知識、あるいは古今東西の戦術や戦略に至るまで。
どんな文明レベルの異世界に召喚されても構わないように、ありとあらゆる知識を詰め込んで行った。
結果として、学生時代の俺は文武両道の優れた生徒として、周囲から一目置かれるようになっていったが……そんな評価は正直、どうでも良かった。
俺の努力は全て、異世界において役に立ちたいと思ってやったこと。
こちらの世界にいる間に評価されたところで、嬉しくもなんともない。
とにかく、俺は努力を重ねた。
何が起ころうとも、身一つで生き抜けるように。
果てのない努力を、ひたすらに積み重ねて行った。
全ては、異世界召喚された時の事を考えて。
しかし、何時まで経っても、異世界からの使者は訪れることなく。
俺の努力を披露する場は、何処にもなく。
それでも、必死で頑張っていたところ。
待ち望んでいた異世界召喚の代わりに訪れたのは、
何だか良く分からない、異世界召喚対策の組織を作りたい、とかいうスカウト。
最初聞いた時は、冗談じゃないと思った。
異世界召喚の対策とか言われても、むしろ俺にとっては不都合な存在ではないか。
何しろ俺は、異世界に行きたくて仕方がないのである。
異世界に行くことを邪魔する組織の存在は、俺にとっては敵のようなもの。
いっそ組織ごと壊滅させてやろうかとすら考えた。
ただ、そこで俺に、天啓が訪れた。
この事態を逆転させる、会心の一手。
異世界召喚を防ごうとする組織なら当然、異世界召喚の現場に多く関わることになるだろう。
それも、今まさに異世界に召喚されようとしている場に、だ。
ということは。
この組織に所属して情報を得て、異世界召喚の現場に駆けつけて。
そして、そこにある異世界行きの魔法陣にこっそり、あるいは堂々と、飛び込んでしまえば。
俺は労せずに、異世界へと行くことが出来るのではないか。
そうと気付いた時、俺はスカウトの話に、一も二もなく飛びついていた。
尻尾を振る勢いで、スカウトしてくれと頼んでいた。
これこそが、異世界への近道だと、そう確信したからだ。
ずっと夢見て来た異世界召喚というものが、急に目の前に飛び込んで来たことで、俺はすっかり理性を失くしていたのだろう。
深く考えることもしないままで、俺は将来を決めていた。
そんなこんなで、
俺は異世界召喚対策組織『異世界行けない委員会』に所属することになり。
そして、今に至る。
この、毎日がハードでスリリングな、今の職場に。
異世界召喚に、毎日のように関わり続けていながら。
大変で大変な仕事を、必死でこなしながら。
しかし残念なことに、
未だ、異世界に行くことは叶っていない。
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