第1章 ザ・異世界アワー(2)
増加する、異世界召喚の問題。
本当に世界が危機に瀕しているような案件は数を減らし、
反対にくだらない理由で異世界に召喚されてしまう人々が、日々増え続けている。
当初の頃は、異世界側としても事を荒立てたくはなかったのか、
召喚される人材にも偏りがあった。
世間的に、いなくなっても発覚が遅れるような、
もしくは、すぐには問題にならないような、
引きこもりやニート、社会的立場の低い人間を召喚する、という配慮があった。
勿論、どんな立場の人間でも、人一人が世界からいなくなれば、必ず問題になる。
それでも、周囲との関係性が薄い人間ばかりが召喚されていた為、問題が大きく表面化することはなかった。
政府としても、情報操作がしやすかったのである。
しかし、事態は変わる。
世界の危機が、過ぎ去った後。
異世界側の行動に、配慮が無くなったのだ。
自分達の勝手な目的の為に、召喚をするようになったのだ。
世界の危機とは全く関係なくなってしまったのだから。
当然、その勝手な目的に沿った人材を、狙って召喚するに決まっている。
それは、これまでのように、目立たない人材を選ぶようなことではない。
目的を達成するだけの能力を持っている人材……こちらの世界においても、ある程度能力が認められている人材を、堂々と召喚するようになってしまったのだ。
体力に優れた人材として、有名なスポーツマンを。
知識が必要な問題を解決する為に、高名な学者を。
単に、自分たちが見たいという理由で、アイドルを。
なりふり構わずに、求めるようになってしまった。
一応、召喚された目的が達成されれば、その人材は戻って来る。
しかし、いかなる理由があったのか、そのまま異世界に留まってしまうケースも頻発するようになった。
貴重な人材が次々と、外国どころか異世界に流出していく……この重大な事態に、いよいよこちらの世界としても、真剣な対応を余儀なくされた。
人材の流出という問題を抱えている世界中の国々が、それぞれ対応を始める。
それは、俺が暮らしている日本でも同じことだった。
最初の計画は、優れた能力を持ったメンバーを集め、異世界召喚に対応する為のチームを結成することだった。
各分野から、一流の人材を揃えた最強のチームを結成し、
いざ異世界側とのトラブルが起きた時に対応出来るように。
ただ、最強の人材を集めたということは、
異世界側としても欲しい人材が集まっているということで。
対策チームが異世界側の人間と接触した際に、チームまるごと異世界に引き抜かれてしまうという、最悪の結果に終わったのだった。
その失敗のおかげで学んだこと。
下手に能力を持っていると、異世界側に勧誘されてしまう。
かと言って、何の能力もないメンバーを集めたところで、荒事には対処出来ない。
ならば、どうするべきなのか。
日本政府が選んだのは、全く異なるアプローチによる作戦だった。
貴重な人材が、異世界に流れることを不安に思うのなら。
逆に、異世界に流れることのないようなメンバーでチームを構成すればいい、というものだった。
毒をもって毒を制す、と言うか。
毒を制する為に、ガソリンを飲むような、そんな無茶な作戦を。
異世界に行くだけの優れた能力を持ちながら、
しかし異世界に呼ばれることはないだろう、そんなメンバー達。
例えば。
異世界に行きたいと日々願っていながら、しかしどうしても異世界に行くことが出来ないで燻っている者。
例えば。
既に何度も異世界に召喚されて何度も世界を救い、その結果異世界に行くことに飽きてしまった者。
例えば。
身内が異世界に召喚されて以来、異世界の存在を心から憎み切っている者。
例えば。
元々異世界の出身だったが、事情があってこちらの世界に捨てられてしまった者。
それらの、異世界に対して複雑な縁を持つメンバー。
むしろ異世界側から来て欲しくないと、三行半を突き付けられるような、そんなメンバー。
そんな、癖のある面々を集めて結成されたのが、
異世界召喚問題に対して日本政府が計画した、最新の対応策。
異世界からの召喚侵略行為に対して出動し、
異世界とのいざこざを解決する、特殊な組織。
今日も、異世界に流出してしまいそうになる貴重な人材を、
いざ召喚される前に保護し、
あるいは直前で守り、
決して異世界には行かせないための組織。
それが俺達、「異世界行けない委員会」なのだ。
◆ ◆ ◆
「ははは、良く帰ったね皆の衆」
オフィスに戻った俺達を出迎えたのは、委員長の朗らかな笑みだった。
俺の上司に当たる委員長、阿部征五。
物腰は柔らかいが、柔らかい態度のままで俺達にムチャぶりを押し付けて来るオッサンである。
いつでも笑顔なので、表情から何かを察することが難しい。
それを分かってやっているとんでもないタヌキか、あるいはとんでもない無能か、どちらかだろう。
まあ、仕事の監督に関してはしっかりしているので、こちらも手は抜けない。
「それでは池中君、早速、報告を」
「はい。どうでも良い感じの案件でしたよ。くだらない理由で、召喚をしようとする、いつものパターンです、世界の危機なんてものは、欠片もありませんね」
「ターゲットの少年は、無事に保護出来たのかな?」
「はい、無事に身柄を押さえ、記憶の処理も完了しています。しばらくは監視を付けることになるでしょうが、恐らく問題ないかと」
「ふむ、それで、被疑者は」
「そちらも問題なく確保し、担当に預けて来ました」
「よしよし」
太鼓腹を揺らしながら、満足そうに笑う委員長。
良かった、お咎めはないらしい。
ドロップキックをかましたことが問題になっていたら、どうしようかと思った。
異世界側からの勝手な召喚は確かに問題だが、だからと言って、何をやっても良いという訳ではないのだ。
今回は、ちょっぴりムカついてしまい、
ちょっぴり足が出てしまっただけなんだけど。ちょっぴりな?
とにかく、無事に報告は済んだ。
そのまま、今日の仕事は終わりだと、その場を去ろうとして。
「おっと、池中君」
背後から、委員長に呼び止められる。
ああ、嫌な予感がするよな。むしろ嫌な予感しかしない。
「……何でしょうか?」
こっそりと溜め息を吐く。
無視する訳にもいかないので、振り返るしかない。
嫌そうな顔を隠さないまま振り返れば、
そこには先程までとまるで変わらない、委員長の笑顔があった。
その朗らかな表情が、今は恨めしい。
「うん、お疲れの所、非常に申し訳ないんだけどね」
申し訳ないと思うのなら黙って帰らせて欲しい、そう思うが、そんなことを口に出す勇気はない。
それが勤め人の辛いところだ。
「もう一つだけ、一つだけだから、ちょっとした仕事を頼まれてくれないかね」
「……はぁ」
「大丈夫大丈夫、すぐに終わるから」
「……はぁ」
話を聞く度、みるみる下がって行く、俺のテンション。
今日もまた、家に帰ることは出来ないような予感がした。
昨日に続いて、これで三日目に突入である。
本当、何でこんなに忙しいんだろうか。
それもこれも、異世界からひっきりなしに問題が来るからだ。
異世界。
それは、どうやったって、俺の目の前に立ちはだかるものなのだ。
「で、僕たちも付き合わされるってことだね」
「一人でやって下さい」
「いや普通は皆でやるもんだろ!? 俺達仲間なんだからさ!!」
帰り支度を始めていた史雄と隼瀬の二人を呼び止めると、大変嫌そうな顔を返して来やがった。
特に隼瀬の奴は、不機嫌を通り越して怒りに満ちた顔をしている。怖い。
「大体、何ですか、これは」
「俺だって分からねぇよ」
「こんな作業をするの、中学校の時以来です」
「俺は、小学校の時の委員会以来だな……」
俺達に与えられた、新しい仕事。
異世界召喚の問題に関して重要な仕事だと、そう委員長から言いくるめられて、この夜遅く、会議室の机に向かって必死に考えることになったもの。
それは、チラシ作りである。
「つーかチラシって何だよ!!」
「ですから、それを、委員長が説明してくれたんですよね?」
「確かに説明はあったけどさぁ」
委員長の説明、それは単純なものだった。
現世界の貴重な人材を連れ去ってしまう、異世界召喚という問題に警鐘を鳴らす為、チラシという形でメッセージを発信するというものだ。
果たして、それがどんな内容かといえば。
『異世界に行くことは危険です!!』
『気を付けよう 不慮の事故と 異世界召喚』
『異世界ダメ、絶対!』
そんなような、どこかで見たことのある感じの警告つきのチラシだった。
学校や警察署の掲示板にでも張ってあるようなやつ。
いや、ちょっと待って欲しい。
「これ貼ったら駄目なんじゃねえの!?」
思いっきり異世界召喚って書いてあるんですけど!?
そういうのは、割と表沙汰にしたらいけない感じのものではないのか。
ここまで堂々と書いたら、割と政府を巻き込んだ大問題になるのでは。
何しろ、異世界召喚というものは確かに存在している訳だが、その存在が公言されているということではない。
公に、異世界の存在を認めてしまえば厄介なことになるのは目に見えている。
だからこそ、異世界についての情報は秘されているし、俺達だって一応気を使いながら行動しているのだ。
つまり異世界とは、
『本当はあるけれど、そこのところはぼかしておこうね?』
みたいな優しさと思いやりによって上手い具合に隠されている筈のものだ。
で、あるからして。
「ここまでハッキリ書いちゃ駄目だろ!?」
「逆に、ここまでハッキリと書いてあったら、かえって冗談に見えるとか、そういう効果を狙っているんじゃないかな」
「いやいやいやいや」
書いちゃってるじゃん!
書いちゃったら、その時点でギリギリアウトじゃん!
たとえ、冗談として取られることを最初から想定した計画であるのだとしても。
効果が無くて当たり前、効果があればラッキー、くらいの、なあなあな感じでやっているものだとしても。
「それをどうして俺らがやるんだよ!!」
「どこも人手不足だからねぇ」
「ああもう!」
こういう仕事をするのは、もうちょっと他の部署なんじゃないのかよ。
少なくとも、最前線で活躍する実行部隊の俺達がやるべきことではない。
俺達は毎日忙しく活動していて、今日も数件の異世界案件に対応して来てとても疲れているので、こんなことをしている暇はハッキリ言ってどこにもない。
それでも、やれって言うのか?
「いいですから先輩、さっさと手を動かしてください」
「その態度はどうなんだお前……」
「何もしないのなら黙っていてください」
「何でそんなに厳しいんだよ。お前風紀委員か何かなのか」
先輩に対するリスペクトが足りないと思う。
しかし隼瀬は、表情こそ怖いものの、手だけは真面目に動かしているので、文句を付けようがない。
仕方なく、俺もチラシに視線を落とす。
まだ白紙のままの、未完成のチラシ。
異世界に行かないように、警鐘を鳴らすという目的のチラシ。
そんなものは、俺にとって、どうにも書きづらいものなのに。
「…………はぁ」
先程よりも強く深く、溜め息を吐く。
全く。こんな無意味なことばかりしていて、果たして辿り着けるのだろうか。
俺の、目指すべき場所。
俺がずっと昔から、望んでいた場所。
遥か遠き、麗しの異世界に。
そう、俺の目的は、俺個人の目的は、今自分がしている仕事はかけ離れている。
それどころか、正反対とも言えるようなものこそが目的だ。
誰かが異世界に召喚されることを防ぐのが、俺の日々の仕事で。
しかし、俺自身の目的は、全く違う。
根本的に違う。
俺は、俺はとにかく、異世界に行きたいのだ。
他の誰でもなく。
俺自身が、異世界に行きたいと、そう願っている。
あの時から、ずっと。
今でも、欠かすことなく、思っている。
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