第2話


「久しぶりね…イシュ」



女神たる『イシュたん。』に匹敵する美貌を有する若い銀髪女性…彼女は、一頻り笑った後、気さくな感じで声を掛けてくる。



「……だ、誰⁉」

赤面したまま声の方に振り返ったイシュたんは、彼女を嘲笑した女性の顔を凝視した。



「………え?…イナなん先輩⁉」


エリート女神の驚愕は、極彩色が混じり合い続ける不思議空間に 虚しくなる程 大きく木霊したのだった。






焦りながらも エリートたるイシュたんは、流石であった。


…表面上だけでも冷静さを装いつつ、自らが置かれた状況を把握しようと 周りを見回す。



……広い。

果てなど見えない。


明らかに通常空間とは違う光と空気に満たされた空間…。



…神域。

先程まで『勇者』と共に居た空間も神域と呼ばれる、自らの神気を満たした自分にのみ都合の良い快適空間…。


しかし、この神域が自らの物ではない事実にイシュたんは気付いていた。

いや、無視̪シカトしていたのだ………わざと。



その原因は 目の前に居て…蠱惑的に笑いながら、イシュたんを見つめている。






課長級代理地母神『イナなん。』


課長級とは役職名…つまり『仮の、表層的神格』を表す名称であり、必ずしも実力(取り扱える神力総量)を示すものではない…。


…が、『世界調整事業本部』直轄の『事業現場』に於ける作戦指導全般を 一手に担う超花形部署である営業部隊『原生世界統轄調和課』を率いる現世顕現がギリギリ可能な最高神格を有する存在であり、例え『代理』であっても相当量の権能(実力と裁量権)を有すると見される。



心底 嫌そうな半眼を『イナなん』に向ける、イシュたん。

「…先輩ですよね? 私をここに…違法な『強制転移』で、更に違法な『異界間召喚』を用いて呼び出したのは…」


「ええ、そうよ。…久しぶりね、イシュ」

後輩女神からの『一腐り』も『二腐り』もある質問に 何らの脅威も感じてないのか、余裕な感じで銀髪を掻き揚げながら先輩女神は応じる。


先程からの嫌そうな表情が必要以上に消え、無表情となったイシュたん。

彼女は銀髪の先輩女神…その、おもに下半身の状況を視認してから、小さく溜息を吐くと…。

「…はい、お久しぶりです。…では、お互い事業の最前線勤めで忙しい身、まあ余り…というか全然、名残惜しくないですが、元の世界に帰して頂けますか? 」と、銀髪女神の下半身をなるべく見ない様子で、努めて冷たく答える。



「無いわよ」

と、銀髪先輩の即答。


「…え?」

予想を超えた速度と返答内容に、金髪後輩は絶句してしまう。


「無いのよ、霊力…アンタをこっちの世界に強制転移させるのに全部 使っちゃったの…って事なので、アンタにはこれからアタシを手伝って、アタシの手足となって、この世界『最新の勇者』として馬車馬ばしゃうまの如く働いて貰うわ…言いたかないけど、これって課長代理命令だから、悪しからず。…んじゃあ、早速」

凄まじいばかりの開き直りと、いっそ清々すがすがしい程 ド直球なパワハラ発言を宣いながら、銀髪の女上司はふんぞり返りつつほくそ笑む。


「え?! ちょっ…」


「…悪いんだけど、霊力を少ーしばっか 都合してくれないかなあ? 魔王『達』の討伐が終わったら 利子いろ付けて返すからさ?ね、イシュ?」

戸惑う イシュたんの言を待たず、女上司は畳みかける。



「無いですよ」と、今度は金髪後輩が即答する。



「………………はい?」

かなりの間をおいて 銀髪美女は、間抜けな声で疑問を呈した。



それに対し、後輩女神 焦りて曰く。

「…いや先輩、タイミング悪過ぎですよ! 今の私、力なんて何もないですよ ?!」



「…?!…な、何でよ?!」


「〈貸与〉中だったんです !…うちの勇者殿との〈権能貸与の儀〉の最中だったんですよ!? 今の私にはヒト族の娘ほどの『力』しかありませんし、その…何があったか知りませんし、本当は 知りたくもありませんが…そんな〈間抜けな恰好〉の先輩に貸与出来る『力』なんか、ありませんよ…」


「…い!?」

今更ながら 致命的な事実を知る、〈間抜けな恰好〉の先輩女神。



〈間抜けな恰好〉…。


それは無機物で…かつ 女神の美しい髪と同色であり、更に信じられない事に…魅惑の太股から下を喰らっているようだった。


それは、一般的には〈戦車〉…。

または 何よりも厳密さなるものをこそ至上、と要求する者達からは〈自走砲〉と呼称される近代陸戦兵器の一種であった。


念のために言っておくが、本作の時代設定は中世初期である……が、時空を超えて存在し、あらゆる現象を司り支配する高位存在たる神々には時代考証や産業革命前後の兵器を分けて用いる等の配慮や深慮など無い。


とにかく、彼女…課長級代理 地母神『イナなん。』は、第二次世界大戦で活躍したとされる近代兵器の一部になっていた。


そして、知る人ぞ知る その兵器の名は…。



「…に…Ⅱ号自走重歩兵砲…」

イシュたんは、おののくようにうめいた。


「そう言えば …アンタって軍事オタだったわよね? ふふふ、格好良いでしょ? サンルーフなんてケチ臭いのはアタシらしくないから、わざわざオープンカーを選んだのよ !! オ~ホホホホホホ♪」

豊かな胸を誇るかの様に 両手を腰に構え…そっくり反って笑うイナなん女史。



「……まあ…いきなり『魔王』との一騎討とか言った、現状では『絶対に有り得ない』シチュエーションにでもならない限り…『オープントップの自走砲』なんか役に立ちませんから 別の兵器に…そうですね………あ。スーパーシャーマンがあるじゃないですか ?! 先輩、あれに乗り換えて下さい」



「…む、無理なんだな。これが…」

銀色の頭を掻きながら、蒼白な顔色で答えるイナなん。



「……え?」




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自走式な女神さんズ。 人喰いウサギ @redrose0620

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