自走式な女神さんズ。

人喰いウサギ

第1話



万感の想いをもって…彼女は 事に及ぼうとしていた。




入社3000年目にして主任級地母神となったエリート女神…イシュたん。


そう…今まさに彼女は、自らの権能の化身たる伝説の弓を…。


悩みに悩み…そして、選びに選び抜いた現地調達の選ばれし若者…『勇者』に、大切なそれを手渡そうとしていた。



『勇者』…〈神界法第2条(定義)に係る神人存在…現人神あらひとがみ『英雄』〉の別称であり、主任級以上の神格を有する調整担当執行神の全権能及び一部権能執行代理者の尊称。


膂力や霊力で勝る他の候補者らではなく、この若者が『勇者』と認定された経緯は色々あるが、最大にして驚嘆すべき理由は〈同法第10条(契約)に基づく〉『英雄特約但書』を…容認した事実であろう。


何故に、驚嘆すべきなのか…。


…当該『特約但書』には〈存在質量の相殺承認に係る当事者意思の確認〉という事項があり、それは『…乙(勇者)は、魔王討伐完了の瞬間から起算して一週間後に発動される第一種調整制約(強制的死亡。)に一切の異議申立を行えないものとする…』という内容であり、端的に要約すると…。



【魔王倒しても一週間後には死ぬけど、それでも〈英雄化〉…するの?】…である。



名目上、神界から生命の霊長と認定されているヒト族…。


しかし…それらには『調和原則を基準として、かつ自助努力等で世界を主導的に回して行く』という前提が存在し、それを遵守させるべく 通常は〈生物的物理的能力制限規定〉が課されている。



神が起こす奇跡の地平線外…世界の辺境とも言うべき、その彼方から招来される…。


…不都合かつ未知の神殺し、龍殺し…次代の神を受胎する因子…〈魔王〉。


時として、現存する神々をも否定する因子を多く有するそれら…。


…その討伐にさえ…傑出したヒト族の犠牲を強いる約定。



未だ不確定な自然則たる『等価交換の原則』を一部無視した形で 神々が引用した〈今上神のみ得をする【完全なる不平等契約】〉…いや、一方的な【誓約】…。



ヒトの可能性を妬み、そして 何よりも恐れる神々からの呪い…。


『ヒトは…魔法を容認し、神、龍及びそれらに準ずる存在を超えてはならない』…そういう不文律的な戒律が、尚 暗然と存在する世界。



そんな不条理の最高峰とも言える『自らの生命を当然の如く担保』とし、いわば 『神の鉄砲玉』となるを良しとした幼く稀有な…精神性。


『守りたいモノを守る為』とは言え、社畜的な『無私の精神』を有する非常に特殊な存在であるところの…ヒト族の青年。



『そう、この〈ひと〉は これで…勇者になる』


神々の権威と世界調整を主任級で担うエリート女神たる彼女の感慨は、一入ひとしおであった。



しかし、いつからだろうか…こうなると分かっていて、尚 何故か釈然としない違和感みたいな感情が、彼女にあった。



『しかし、勇者とは 〈制約〉を引き受けた、つまり…〈死すべき定めの者〉だ…』



担当世界の南方大陸…。


その中央にある唯一の霊峰…その麓に広がる大密林地帯に住まう小さな部族の若者…。


決して、見た目が良い方ではない精悍な顔つき…そんな青年の事を彼女は、以前から他の勇者候補者とは『何か、少し違うよね?…この子』と思いながらも、いつの間にか その成長を楽しみにしながら見守って来た。



彼女は超越した美貌を有する女神であった…。


だが…惜しむべきは真の恋を知らぬまま神格を得た、精神的処女神でもあった。



これから『真なる勇者』となる旨を承諾したヒト族の青年に対する関心が、永き生涯で初めて抱く感情に基づくものという事実に…彼女自身が気付いていなかった。




元々、山出しの田舎者…原始人類の一狩猟系の精霊でしかなかった彼女…。


しかし、彼女は努力した。


森を始め…地、そして水の精霊等を地道に取り込み、その甲斐あって業界最大手の天上神会に見事 採用されたのである。


自然調和係の主任地母神として意気揚々と部下を率い、任地である この世界に赴いた彼女…。


…そこで彼女は、初めて対応する事となった『世界転がし(消滅・混沌化促進に依って堕ちた世界を転売する)』を主幹事業とする企業舎弟の一派…【魔王軍】による洗礼を受ける事となったのである。



とにかく、主任として臨んだ大事業の達成と青年に対する無自覚な思慕が混合した愉悦の中…。


手元の弓が、青年の戦闘特性に反応して…雄々しい『碧色の刃を湛える長大な剣』となり、彼に引き渡された。



しかし……。


めでたく『勇者』となった彼に祝辞を述べる間もなく…突然。


女神イシュたん。の姿が掻き消えたのだった…。






「…そ、それ、それでは……貴方の武運に、一片の翳り無き事を祈って……んんううぅ…♡…………………………………ん?……あれ?…え?! ラムア君!?」



逆らう余地のない社畜系新入派遣社員に…セクハラ同然の『おでこキス』を敢行し、そして見事に逃げられたかの様な『気まずさ』や『居たたまれなさ』が、そこにはあった。



「くくくく。…あは、あっははははははははははははははははははは、ぐひひひ、ぎゃははは…」

突如として鳴り響く、遠慮のない若い女性の笑い声。



「………ふえ?!……だ、誰⁉」

耳まで真っ赤にしながらも 咄嗟に声の方に振り返り、誰何の声を発するイシュたん。



「にゃはにははははは。…あは、ぐくくくく………はあ。 あー、可笑し。……アタシよ、イシュ」

一頻り笑い終えた女性は、気さくな感じで イシュたんの名を呼んだ。




「……せ、先輩?!」

自らの居た場所とは明らかに違う世界の中心で、エリート女神は驚愕の絶叫を放ったのだった。

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