#5「voiceⅠ -声-」

 夕焼け空を戦闘機が飛んでゆく。

 その街は、イラク北部の山間に作られた小さな街だった。

 同時に隣国との陸路を結ぶ要衝であり、今はイスラム系過激派テロ組織に占拠され、その支配下に置かれる場所でもある。

 この街を奪還できれば敵の勢力を大きく削ぐことができる――泥沼の膠着状態に陥っていた戦況を変える、重要な作戦だった。

 空爆のため何機もの戦闘機が山に向かって飛んでいく――白露に与えられた任務は、爆撃を逃れた敵を掃討し、現地解放のため投入される地上部隊の露払いをすることだった。

 すでに白露は特甲をその身にまとい、目的地に向かって夜空を飛んでいる。

 なぜ夜間に作戦を行うのか――脳裏に疑問/そこで気づく。

……どこに置いたんだったかな?」

 コンコンと機甲化した胸を叩く。あの子からの贈り物――装甲の下/失くさないように、いつも肌身離さず持っていたその感触が無い。今さら気づくなんて――どうやら高揚するあまり、平常心を失っていたらしいことに、ようやく白露は思い至る。

「まあ、いいさ。この作戦が終われば、いつでも探せるしね」

 呟きが冷たい夜の風に飲まれてゆく――空爆はすでに始まっていた/今は探しに戻る時間はない/とにかく作戦に集中しなければ――そんな考えが、次々と胸の裡に浮かんでは消える。

 冷たい夜空を疾駆――心が刃のように研ぎ澄まされてゆく感覚。

 ――風とも違う雑音ノイズ/空気を振るわす戦闘機の飛行音に交ざって耳を打つ――耳障りな不協和音ディソナンス/こっちの方がよほど気になって仕方ない/神経を逆撫でするそれに耐えながら戦地へと飛翔――砂漠の先――丘を越え――見た。

 山・街・建物――全てが夕日のように燃えていた。

 街を包む炎に照らされて、夕焼けのように赤く染まる夜空――あちこちでくすぶる火/立ち上る煙/倒壊した建物――そこかしらでメラメラと何かが燃えている――家/車/木/看板/商店/雑誌/生ゴミ/家畜――あるいは――

 機甲に覆われた仮面ごしにも届きそうな炎の熱気・異臭・何かの焼ける臭い・血の臭い――せかえる戦場の空気――死臭。

 バラバラ/ダダダダ/ガガガガガガ――銃撃の音が木霊する/街のあちらこちらで火花の応酬/すでに地上部隊が戦っている――ザリザリと雑音ノイズ/ワーワーと悲鳴/叫び/狂おしいまでの音の洪水――感情の波が襲ってくる/あらゆる感情が渦を巻いて、まるで砂嵐のように。

 信じがたい不協和音――ガラスを引っかくような――神経が引っかかれる――動悸/ぐらりと揺れる視界/息苦しい――喉――。「はあ……はあ……はあ……っ」

 眼下の建物に目が吸い寄せられる――破壊された給水塔/砂漠では貴重な飲み水/溢れた水が崩れた外壁を伝い、道路へと滴り落ちる――と唾を飲む/例え泥と埃にまみれていようと、――カラカラの喉を潤したい――

 ! と腹が底冷えするような爆音――ハッと我に返る/空中を漂いながら、炎に引き寄せられる火蛾のようにフラフラと街の中心部へ。

 役場らしき建物――前面の街路に陣取った装甲ジープ/荷台に小銃を持った男たち――何かの叫び/発砲――応戦する地上部隊/乗り捨てられた車を盾に/めくるめく火線――――空を震わせる重低音/次の瞬間――ジープが吹き飛んだ。

 ――最新の精密誘導爆弾スマート・ボムによるピンポイント爆撃=闇夜を物ともせぬ無慈悲な一撃――爆煙のなかバラバラと舞い飛ぶ破片――その一つがこちらにも降ってくる/とっさに盾ではね除けた。

 と水っぽい音=ペンキをぶち撒けたように赤く染まる盾/こびりつく肉片――/焼け焦げた腸壁から、ポタポタ滴り落ちる粘液。

「ああああああーっ」叫び=もはや自分のものかどうかも分からない――更地になった道を兵隊たちが走る/瓦礫を飛び越える。

 先頭の一人が道に転がる真っ黒に焦げた手足を踏みつける――! 唐突にその頭が割れた水風船みたいに弾け飛んだ――敵の狙撃=街路の先にある役場の窓から――

「ああああああーっ」訳も分からず白露は突進した/右の手斧を振るう――窓枠ごと体を寸断された狙撃手が人形みたいに奥の壁に叩き付けられる/飛び散る血と肉片/人の形をした爆弾じみた破壊力――部屋に残る敵が、恐怖の叫びを上げて発砲――それに容赦なく手斧を振るう・叩きつける・薙ぎ払う――半壊する建物/コンクリートの壁や柱が砂のように崩れる――あちこちで悲鳴。

 と音が反響する――堪らず後退/パラパラ零れるコンクリート片――入れ替わるように建物に突入する兵隊たち/数人が白露のことを取り囲む。

 隊長格らしき一人が大声で怒鳴る――英語ではない。知らない言葉/だが意味は分かる――誰何すいか? 

 正体不明の乱入者である白露を、敵か味方か判断しかねている。警戒/または恐怖――血染めの鎧――悪魔めシャイターン/刻まれた残響。

 頭痛がする――ザリザリと雑音/頭の奥に反響する叫び声――なんとか我慢して相手を振り返る――出し抜けにその光景が視覚に飛び込んだ。

 崩れかけの建物――壁の亀裂から這い出してくる老人・大人・赤子を抱く女・額から血を流した男――突入した兵士に助けられ、どうみても一般人にしか見えない者たちがゾロゾロと出てくる。

 逃げ遅れたこの街の住民たち?/なんであんなところに?

 いや、違う。――盾にされた/――だから、空爆であの建物を攻撃できなかった。

 そして――

 幼い女の子を抱えた兵士――女の子が泣き喚く/視線の先――部屋の中/崩れた瓦礫/倒れた男――血で染まった肉体。

 別の兵士が倒れた男の手を握った/血にれた手首に触れ――そして、力なく首を振る。泣きながら叫ぶ女の子――唐突に理解――――嘆き/慟哭――その意味を。

「あ……ああ……あぁ……」

 さっきから隣で兵士が怒鳴っている――まるで責めるように。

 ――

 違う――違う――僕は知らなかった/知らなかったんだ――

 グラグラと足もとが崩れるような感覚――その白露の挙動に、ますます警戒心を強めたように兵隊たちが一斉に銃を構える。

 引き金に力を込める大人――その眼差し。

 白露はを知っていた――待機所に来る大人たちも、みんな同じ眼をしていた/そんな眼で見ていた――

 違う――違う――そんな眼で僕を見ないでくれ。怖れるような眼で――怖ろしい眼で。

 カラカラに喉が渇く/ザリザリと雑音/頭が割れるように痛い。

 助けを求めるように手を伸ばす――対する兵士の冷たい反応/ガチャリと突きつけられる銃口――彼らの恐怖に揺れる眼差し――銃口よりも冷たく打ち据えられる。

 チガウ――チガウ――チガウ――ボクハ、ジャナイ。

 張り詰めた弓のごとく緊迫する空気――渦巻く感情の洪水――それを突如、凄まじい轟音が引き裂いた。

 ダダダダ・ダダダダ・ダダダダ・ダダダダ――耳をろうする砲声。

 とっさに自分が撃たれたのだと思った/だが違った――白露を取り囲むように小銃を構えていた兵隊たちの頭が/いや――その上半身ごと――削り取られるように吹き飛んでいた。

 残された下半身がと膝をつく/地に転がった胴体から腸が零れ落ちる/バシャッと飛び散る大量の血――それをまともに浴びた白露の全身が真っ赤に染まった。むせかえる血臭。

 ?――悲鳴・怒号・混乱――残った兵隊たちが絶叫を上げ小銃を撃つ――通りの向こう/が姿を現した。

 夜を照らす炎を背景に、ガシャリと瓦礫を踏みしめる異形の影――黒い装甲/山羊のような角/蹄みたいに尖った二本の脚――燃える炎を浴びて、まるでのような化け物がそこにいた。

 鉄の悪魔が動く――ガシャンと音を立て巨大な何かを構える/冗談みたいな大きさの機関砲――それが火を吹いた。

 空爆にも劣らぬ砲火の轟き――周りの兵隊たちがミンチみたいに引き裂かれる/流れ弾が、通りに並ぶ建物の外壁を抉り取る/窓という窓が粉々に――割れたガラスが降り注ぐ/逃げ惑う人々が上げる悲鳴・炎・血の狂乱。性質たちの悪い冗談のような諧謔曲スケルツォ

「ああああああーっ」――調律の狂ったバイオリンの壊れた音色/自分の喉が本当にそれを発しているのか――それすら分からぬ狂乱のさなか、白露は鉄の悪魔に向かって突撃する。

 =衝撃/滅茶苦茶な勢いで思いっ切り肩からぶつかる――もんどり打って鉄の悪魔が倒れる/機関砲を取り落とす――相手にのしかかり無我夢中で殴った――/特甲の機能を使うのも忘れ、ただ右腕と左腕で/手斧と盾で/殴りつける――まるで道具を知らぬ獣のように――ひたすら己の機械の両腕を振り下ろす――/その度に火花――悪魔の角が折れる/装甲が歪む――白露の斧が折れる/盾が歪む――それでも構わず殴り続ける/獣のような叫び声を上げながら――鳴いて啼いて泣きながら。

「ああああああーっ」ナンダコレハ?/ナンナンダコレハ?

 遠のく現実感――熱を帯びる体に反して、胸の裡は凍ったように冷めてゆく――鉄の悪魔の反撃=ジャキンと音を立てて溶断機能付きの刃が飛び出す――白露の左腕が盾ごと切断される/片腕を失ったことでバランスを崩した体が、後ろ向きに倒れる。

「ああああああーっ」揺れる視界の中、鉄の悪魔が立ち上がる――ガチャガチャ/歪んだ装甲が軋む不快な音――と音を立てて転がった機関砲を拾おうとする――油の切れたブリキ人形みたいな動き――その間も遠くから聞こえる騒音/空爆のたびに振動する地面/モウモウとする炎の熱気――そのどれもが遠のく――異常な寒気/凍りつくように何もかも現実感が失われてゆく。

 ――何かが倒れた白露の脇を高速で走り抜ける/鉛色の影――鉄の悪魔に飛びつく――驚いたように悪魔が機関砲を取り落とす――ハナンダ?

 ガチャガチャと飛び回る六脚の何か――まるでブリキで出来た――何体もいるそいつらが、次々と悪魔に襲い掛かる。悪魔と獣の狂乱――獣が背負った重火器を撃つ/悪魔が転がった機関砲を拾う/横殴りに撃つ――飛び交う砲声/撒き散らされる流れ弾――白露に・建物に・兵隊に・生き残った人間に降り注ぐ――冷たい弾丸が降り注ぐ。

 弾丸に撃たれて兵隊が死んだ――瓦礫に潰され人が死んだ――炎に巻かれ人が死んだ――空爆に吹き飛ばされて人が死んだ。

 ――恐怖・憎しみ・悲しみ・嘆き――――それをき木にするように燃え盛る炎・炎・炎――なのにこんなにも寒い・冷たい・

 まるで渦巻く炎が、あらゆる生命を奪い去ってゆくように。

 まるで渦巻く炎が、あらゆる感情を奪い去ってゆくように。

 まるで現実感のない光景――幻のようだった――音が遠ざかる――心が遠ざかる――感情が凍りつく――が失われる感覚――ソレガナンナノカ、ソレスラ、ボクハワカラナイ。

「ああああああーっ」腕を再転送しながら滅茶苦茶に叫んだ――滅茶苦茶に振った――強大な衝撃波が鉄の悪魔を吹き飛ばす――鉛の獣を吹き飛ばす――建物を切り裂く――何もかも切り裂く。

 悪魔の手脚が千切れ飛ぶ/獣の四肢が千切れ飛ぶ――――まるでみたいに みんなバラバラ が 飛び散った。

「――――っ」どこまでが現実で/どこまでが幻なのか――それすら曖昧になってゆく――全てが燃えゆく街から飛び立つ。

 あらゆる音が遠のいてゆく――あらゆる感覚が遠のいてゆく。

 暗い暗い夜空で独り――この冷たい闇に飲み込まれるように、自分の中の大切な何かが失われたことを理解した。

 砂漠の夜は――暗い。

 砂漠の夜 ――寂しい。

 砂漠 夜 ――孤独 。

 ここ ある  だ た。

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