#4「dissonanceⅢ -不協和音-」

 訓練学校に集められた児童は、揃って変わり者ばかりだった。

(戦争するゆぅーても、悪いことばっかじゃないどォ~。なんせわしらぁ国連に参加するゆーことは、なんじゃァそれってよォーするに人助けにゆけってェーことじゃあないかァー?)

 一緒に訓練を受けていた三人兄弟などは、特に変わっていた。

 なかでも長男である彼は教官たちも手を焼くほどの問題児で、何かと騒動ばかり起こしていた。

(給金でがっぽり稼ぐんじゃァ。したらァ郊外に豪邸おっ建ててよォー、兄弟で楽しく暮らすのもえェーんじゃあないかァー)

 彼は確かに大人からすれば問題児で……実際に口も悪かったが、決して頭が悪い訳ではなかった。むしろ誰よりもシビアに現実を受け入れて、たくましく生き抜こうとしていたと思う。

 機械化児童は身寄りがいない。画一的な訓練を施すために過去の経歴は抹消されるし、そもそもまともな親がいないせいで国に保護されたような子供ばかりだ。

 その中で不幸にも兄弟揃って機械化され、いつも一緒につるんでいた彼らの存在は珍しかった。あるいは、家族の存在が彼らを強くしたのかもしれない。生きる目的になったのかもしれない。自分のすぐ側にいる、大切な者の存在が――。

 そんな彼らを、どこか羨ましく思っていた。

 訓練学校を出たところで――白露には生きる目的がない。

 夢も願いもなく、行く当てもない――ただ与えられた訓練を黙々とこなす白露は、ある意味で三兄弟以上の変わり者だった。

 そんな白露が変わったのは、彼女に出会ったからだ。

 あの子は他の誰よりも変わっていた。

 そして、白露のことも

 あの子の歌が――。


 砂漠の地平線に夕日が落ちる。

 あの日から確かに変化が訪れた。

 紅く染まる空を飛んでゆく影――あれは、米軍の偵察機だ。

 鳥の鳴き声みたいな重低音を響かせ、砂漠の空を渡ってゆく。それは変化を知らせる鐘の音色だ。

 いつものようにバイオリンを奏でながら白露は、耳に届く低音に合わせるようその曲調を変えてゆく。

 変奏曲ヴァリエーション――待ち望んでいた歓喜のアルペジオ。

 飛行機が砂漠を飛ぶ回数は、日に日に増えていった。呼応するように白露の期待も徐々に高鳴り昂揚してゆく。

 この停滞した砂漠の戦場に、変化がもたらされようとしている。

 いつ来るか分からない命令を、こんなにも待ち遠しく感じたのは久しぶりだ。

 充実した演奏時間――夜空に瞬きはじめた星を、余韻を楽しむようにしばし眺め――待機所に戻る。

 入り口をくぐる時ふとそれに気づいた――視界の端をカサカサと黒い影が動いていく/何気なく目で追いかける。

 だが/影は夜に飲まれるように、砂漠の闇へと消えてしまった。

 首を傾げながら待機所に入る――

 連想したのはとあるアニメの一場面だった――旧家へと越してきた女の子/閉ざされた部屋に黒い影=それは廃屋に住む妖精/女の子は捕まえようとするのだが、影は煙のように消えてしまう――あの子が大好きだと言っていた、有名な日本のヤパニッシュアニメだ。

 もちろん、そんなはずはない。何かの見間違いか――おおかたトカゲやサソリだったのだろうと考え直す。

 トカゲならいいけど、サソリだと危険だな――ようやく訪れた変化の兆し/注意しなければならない。

 あと半年――もうしばらくの辛抱なのだ/バイオリンをケースに収めながら、いつものように壁に刻まれた×印を確かめる。

『うす暗い谷で/私は永く夢見ていた/あなたの木々と青い空を/あなたの匂いと鳥の歌を』

 思わず目を見張る――壁に刻まれた印が、いつの間にか文字になっていた。内容には憶えがある。ドイツの作曲家リヒャルト・シュトラウス晩年の作品『四つの最後の歌』/その一つ『春』の詩だ――一体、誰がこんなものを待機所の壁に書いたんだ?

 そこでさらに――奇妙なことに気づく。

 その文字は――だが、こんなものを書いた記憶などない――昨日までは確かに日付を数える×印が何百個も並んでいたはず――それとも白露は、途中からこの詩を刻んでいたというのか?――そんな馬鹿な。

 ザリザリと音――耳鳴り/雑音ノイズ――まるで脳がグラグラ揺れるような感覚――不安/焦り/喉が渇く――唾を飲み込む/ゴシゴシと目を擦る――恐る恐るもう一度、壁を確かめる。

 合金製の壁に沢山の×印が並んでいた/まるでエルサレム教会に十字軍が残していったという十字の群れ――間違いなく白露が刻んだもの。

 ホッと胸を撫でおろす――なんでもない/ただの見間違いだ。きっと気づかぬうちに疲れが溜まっていたのだろう。

 もうすぐ掃討作戦が始まる――早くこの砂漠から出たい/そのためにも、今はしっかり体調を整えなければ。

 待機所の寝床に潜り込み、ゆっくりと横になる――


 大国の参戦は砂漠の情勢に変化をもたらした。

 国際世論はテロを許さず、人々は報復を望んだ。

 今や有志連合に参加する各国が次々と空爆を行っている。

 砂漠の空をテロリストの拠点と目される施設や油田や輸送車を破壊するために、一日に何度も腹に対地誘導爆弾を抱えた戦闘機や爆撃機が飛んでいった。

 その間も白露はじっと待った。

 長く待ち遠しい日々――そして/ついに命令が下された。

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