第12話 不吉な予言

「この近くに今は誰も住まない古城がある。奴はそこを拠点に暗闇に乗じて、人をさらってるらしいんだよー」


 たき火を囲いながらグリフォンクローのリーダー、イリアが岩場で語っている。辺りは暗がり。どうやら今は夜らしい。


「……なぁドルク。相手はアンデッドの魔法使いなんだろ? 夜の討伐は無茶じゃねえか?」


 ワシの隣でシェリルがぼやく。『アンデッドは夜、その力を数倍に増す』――ワシらの時代では当然のことも、この時代の人間にとっては常識ではない。そもそも魔王復活前はアンデッドなど滅多に現れない魔物だった。グリフォンクローのメンバーもアンデッドとの戦いなど初めてだろうから無理からぬことである。


「しかしまぁ、特に問題ないじゃろ」


 皆に姿の見えないシェリルに小声で言ったつもりだったが、イリアに聞こえてしまったようだ。バンと肩を叩かれる。


「問題ない、かー! うんうん! 今回も期待してるよ、ドルクー!」

「う、うむ」


 イリアが酒の入った木の杯を向けてくる。ワシも杯を合わせるが、この際、ハッキリと言っておく。


「アンデッド相手に効果的なのは、光魔法と神聖魔法じゃ。そして、そのどちらもワシは習得しておらん。じゃから今回、ワシは補助に徹しようと思う」

「神聖魔法? 何だそりゃ?」


 ライオスが怪訝な顔をする。ああ、そうか。この時代では神聖魔法も、まだ馴染みがなかったんじゃな。


 神聖魔法は教会で神の儀式『洗礼』を受けた後、厳しい修行を経て習得する特殊な魔法である。魔王復活が近付き、邪気が増していく中で生まれる『闇の眷属』――ゴーストやスケルトン、そして今回の敵、リッチーなどに対抗するべく生み出された魔法だった。


 イリアがハタと膝を打った。


「ああ。言われてみれば今、テロゼアンがその魔法の研究をしてるよー。あれってアンデッド対策だったんだねー」


 イリアは納得したように頷いているが、ヤンはワシに白い目を向ける。


「どうしてドルクがまだ開発中の魔法のことを知っているのだ?」

「い、いや、ちょっと聞いただけじゃよ! そう、テロゼアンから!」

「ドルクとテロゼアンは仲が良いからねー」

「……なるほど」


 しかし、エリエルがハッと気付いたように顔色を変える。


「ねえ、待って! ドルクの言うことがホントなら私達、そいつに勝てなくない?」

「まぁワシの魔法も、ライオスの物理攻撃も全く通じん訳ではあるまい。ただ、あまり効果的ではないというだけじゃ。それに神聖魔法は使えなくとも、光魔法の使い手ならおるじゃろ」


 ワシは弓手ヤンの肩に手を乗せた。


「ヤンのスターダスト・レイ星輝光弓。アレは光の魔力を帯びておる。今回は皆でヤンをサポートすればよい。……頼んだぞ、ヤン」

「フン。任せておけ」


 ぽつりとヤンが言うと、ライオスが声を張り上げる。


「よーし! それじゃあ早速、奴の根城に攻め込むか!」


 この岩場で一晩明かして、翌朝攻め込むという選択肢もあった。だが、ライオスの言葉に皆、大きく頷く。ワシとしても一刻も早く現実を変えたかったので、反対する理由は無かった。ワシ達はリッチーの住む古城に足を進めたのだった。





 たいまつを持って先頭を歩いていたイリアが足を止める。朽ち果てた古城が見えると同時に、多数のスケルトンが辺りを徘徊しているのが目に入った。エリエルがおののいて叫ぶ。


「が、が、骸骨が動き回ってるよ!?」

「魂を吸い取られた人間の骸じゃな。どうやら城を守っているようじゃ」


 ワシらに気付いたスケルトン数体が鈍いながらも突き進んでくるが、


「うおりゃああああああ!!」


 ライオスが鞘から大剣を抜いて振り回す。骨の砕ける音と共に、スケルトン達は瞬く間にバラバラの骨片になった。


「何だ、攻撃が通るじゃねえか! アンデッドとやらも、たいしたことねえな!」


 ――ふむ。本当に凄まじい膂力じゃ。実際、スケルトンに物理攻撃はあまり有効ではない筈じゃが……ああまで粉砕されれば再生は出来ないようじゃな。


 ワシは感心し、ライオスは豪快に笑う。だがその時。朽ち果てた古城の門が軋む音を立てて開かれた。そこには鎌を持ち、灰色のローブに身を包んだアンデッドの魔法使いリッチーが佇んでいた。


 普段、飄々としているイリアが真剣な顔をする。


「うーん。アタシの索敵に入らず突然現れたよー。さっきまでのスケルトンとは明らかに雰囲気が違うねー」

「むう。凄まじい負のオーラじゃの」


 ワシも息を呑んだ。リッチーはアンデッド系の中でも強力な敵である。しかし、これは……。


 鎌を持った死神のような風体のリッチーに、ヤンは既に光り輝く魔法弓を向けていた。アークスコーピオ戦で見せた時より、その輝きは増している。


「……喰らえ。ライトニング・ノヴァ超級貫光矢


 虹色に輝く光の矢がリッチーの胴体に到達、体を貫く!


「よし! 入ったぜ!」


 ライオスがガッツポーズを取った……だが、何と言うことだろう。リッチーはそのまま、歩んでくる。


「急所を外したか」


 舌打ちした後、ヤンは新たな光の矢を放つ。強烈な光線がリッチーの頭部に直撃。光のオーラで灰色のフードが消失し、骸骨の顔が露わになる。それでもリッチーは我関せずとばかりに歩みを止めない。


「バカな。今のはクリーンヒットだった筈だ」


 ヤンが驚いているが、それはワシやシェリルとて同じだった。


「ドルク! ヤンの矢はアンデッドに効くんじゃなかったのかよ!」

「……シェリル。あのリッチーの額をよく見てみい」


 ヤンの矢で剥ぎ取られたフードの下、ドクロの額に刻まれた禍々しい紋章が血のように怪しく光っていた。


「あ、あの紋章は……!」


 シェリルが絶句する。そう……魔王復活から討伐までの歴史を生きてきた者で、あの紋章を知らない者はいない。


「アイツはただのアンデッドではない。魔王軍直属の闇の眷属じゃ」


 この時代に既に魔王の息の掛かったモンスターがいることに、ワシは少なからず驚いていた。ドクロの顔面から、腹に響くような低い声が漏れる。


「いかなる魔法も我が身を滅ぼすこと叶わぬ……。脆弱な人間共よ……我はアンデッドの王ダーカー・リッチーなり……」

「神聖魔法以外の魔法は全く無効という訳か。厄介じゃのう」


 間違いなく物理攻撃も効かないだろう。アンデッドの中でもハイクラス。伝説級の魔物の登場にワシは面食らったが、それとはまた別にライオス達は驚愕していた。


「しゃ、喋りやがった!? 人語を解するモンスターだと!?」

「こ、こんなモンスターがいるのっ!?」


 すると、シェリルがキョトンとした顔で呟く。


「そんな珍しいのか、ドルク?」

「簡単な魔法を唱えるモンスターは昔からおった。じゃが、人間同様の知能を持ち、言葉を話すモンスターが現れたのは確かに魔王復活前後じゃの」

「アタシはずっと前から喋れるけどな?」

「お前さんのくくりは妖精じゃろが」


 ワシがシェリルと小声で喋っている間も、ヤンは光の矢を放ち続けていた。そのお陰でリッチーの魔法詠唱を牽制し、歩みを遅くしている。だが、ダメージを与えてられていないのは明白だ。ワシはイリアに頭に下げる。


「すまん。ワシの見立てが外れてしもうた」


 神聖魔法に準ずる光魔法が全く通用しないとは、ワシにとっても予想外だった。実際、リッチーから溢れる強烈な闇のオーラは今までワシが倒してきた魔物の比ではない。


 イリアがワシを肘で突いた。


「どうする? 撤退も策の一つだよ、ドルク」


 イリアは既に手に煙幕玉を持っている。グリフォンクローが強いのは敵が自分達の能力を上回っている場合、外連味無く、すぐさま逃げに転ずるところなのかも知れない。戦略的撤退は確かに作戦の一つ。おそらくイリアの機転のお陰で過去のワシは怪我を負いつつも、どうにか生き延びられたのだろう。


「一度、退いてテロゼアンの神聖魔法の完成を待った方が良さそうだねー」

「確かにそうじゃの」


 だが、それを分かった上でワシはイリアに申し出た。


「逃げる前に試してみたいことがある。良いかの?」


 一瞬、驚いた顔をした後、イリアは笑う。


「ふふっ。いい顔だ。任せたよー、ドルク」


 そしてワシはエリエルに歩み寄る。


「エリエル。お前さんの出番じゃ」

「わ、私っ!? でもまだ誰も怪我してないよ!?」

「リッチーに向けてお前さんに出来る最高の治癒魔法を唱えるんじゃ」


 横で話を聞いていたライオスが叫ぶ。


「何言ってんだよ! そんなことしたらアイツが回復しちまうだけだろ!」 


 ライオスと言い合っている間、ヤンが苦しげな声を発する。


「もう魔法弓は限界だ……。終われば奴の攻撃が来るぞ……」

「エリエル。ヤンの矢が尽きれば、リッチーの暗黒魔法詠唱が始まる。あのオーラの量じゃ。喰らえば大変なことになる」


 そう。どうにか生き延びたとしても長年、肺を患う瘴気を浴びることになるのである。


「じゃから、急いでくれんか?」

「ど、どうなっても知らないよっ!!」


 エリエルはリッチーに両手を向けた。


ハイリー・ヒール中級治癒魔法!」


 優しく淡い光がリッチーを包む……が、


「やっぱり全然効いてないよ!! そりゃそうだよ!!」

「落ち着くのじゃ。お前さんはそのままヒールを放ち続けてくれれば良い」


 ワシはエリエルの背に手を当て、呪文を唱える。


「エリエルの持つ回復魔力を更なる高みへと導かん……『マジック・エンハンス上昇魔力呪法』」


 するとエリエルの手から放たれる光が輝きを増した。同時にリッチーを包む光も赤みを帯びる。


「ぐ……」


 光の矢をまるで歯牙にもかけなかったリッチーが痺れたように動きを止めて唸った。


「おおっ、効いてるぜ!! すごいじゃねえか、エリエル!!」

「わ、私の力じゃないよ! ドルク! これは……?」

「僧侶の持つ治癒の力を究極まで高めた『エターナル・ヒール完全治癒魔法』はアンデッドにダメージを与えるのじゃ」


 あらゆる魔法や物理攻撃を無効化し、神聖魔法しか打つ手がないと思われた魔王軍直属の闇の眷属達。しかし大僧侶ナックスが発見したこの法則により、神聖魔法が無くとも対策が可能となったのである。以後、神聖魔法の使い手と大僧侶団がチームを結成し、見事に闇の眷属を打ち破ったのだ。


「こんな……こと……が……」


 リッチーが苦しげに言葉を発する。ワシは集中し、エリエルの魔力を上げることだけに力を注いでいた。強力なエンハンスにより、エリエルの治癒魔法は、もはや何十年も修行を積んだ大僧侶に等しくなっている。徐々にリッチーの体が灰となって、消え失せていく。


「よおし! 勝ったぜ!」


 ライオスが叫び、ワシも勝負あったと確信した。だが、体を朽ち果てさせながらもリッチーのおぞましい声が周囲に響く。


「束の間の平和を楽しむが良い……魔王様が復活なされば、地上に生きる人間は皆、死に絶える……この世界は魔族のものだ」

「ま、魔王だと……!」


 予言のような不吉な言葉にグリフォンクローの豪傑達も押し黙った。しかしワシは余裕を持って言う。


「残念じゃが、お前さんが言うような世の中にはならんよ」


 リッチーの黒き眼窩がワシの方を向いた。


「貴様がどれだけ強い魔導士でも……魔王様を倒すことは出来ん……」

「魔王を倒すのは、ワシではない。勇者が現れて世界を救うのじゃ」

「勇者……か」


 ワシには分かっておる。世界を救う勇者は、もうこの広いサフィアノの何処かで生を受けているのじゃ。


 しかし、リッチーは不気味な声で高らかに嗤った。


「くけけけけけけけけけけけ! そんな者など現れぬ! 揺蕩たゆたう光の兆しは虚空へと消えた! 我には見える! 数十年後、魔王様の支配する闇の世界が!」

「……何じゃと?」


 だが、それが最後の言葉だった。灰となって辺りに飛散したリッチーを見て、グリフォンクローの皆は歓喜の叫び声を上げる。


「よくやったねー、エリエル!」

「あはは! 全部ドルクのお陰だよっ!」


 皆、沸き立つが、ワシの気分は優れなかった。シェリルがワシの耳元で囁く。


「おい。どうした、ドルク?」

「うむ。少し奴の言ったことが気になってのう」

「どうせ死に際の悔し紛れの台詞だろ。『勇者が現れて世界を救う』――どう転んだって、そのことに間違いはねえよ」

「そうじゃ……な」


 ほんの微かな不安を感じた。ワシが過去を変えたことで何かが変化してしまったのではないだろうか、と……。だが、よくよく考えてみれば、ワシがいくら過去を変えたところで、サフィアノに勇者が現れないなどといったことが起こり得るだろうか。いや、あり得ない。勇者が現れるのは確実に起こり得る未来――いや、現実なのだ。


 シェリルが呑気に笑う。


「これで後は時間が来るのを待って現実に帰るだけだな!」

「うむ。じゃが、その前にやることがある」


 ワシはイリアの前に歩み寄ると、大げさにすっ転んで見せた。


「ぐほっ!!」

「ど、どうしたんだい、ドルク!?」


 ピクピクと体を痙攣させる――振りをした。ライオスもヤンもエリエルも駆け寄ってくる。


「今のリッチー戦で全魔力を消耗した。ワシにはもう魔力は残っていない」

「本当か? まるで、そんな風には見えなかったが……」


 ヤンの言葉に首を横に振る。


「いや。奴は今までで最大の強敵じゃった。もうワシの魔力は露程も残っておらん。いくら休んでも絶対に金輪際、回復しないじゃろう。真っ白に燃え尽きてしまったのじゃ」

「いやー、アタシもそんな風には見えなかったけどなー」

「うん。余裕あったように見えたよね?」

「と、とにかくワシはもう無理じゃ! これからは事務仕事に専念する!」

「「「「うーん?」」」」

「ほ、本当に無理じゃからっ!!」


 疑いの眼差しを向けられつつ、ワシは一人で歩き出す。シェリルが耳元で呆れたような声を出した。


「なんつー下手クソな芝居だ。あんなんで大丈夫かよ?」

「や、やかましいわい! 何もせんよりマシじゃろ!」

「つーか、どうせ現実に戻ったところで、また何か別の問題が起きてるんだろうなあ。今までの経験上」

「うう……そういうこと、言わんでくれ……!」


 確かにもう一波乱、二波乱はありそうである。あまり期待せず、ワシとシェリルは現実へと戻ったのだった。







 ……ベッドで目覚めると、すぐに隣のシェリルが尋ねてきた。


「ドルク。具合はどうだ?」


 吐血の主立った原因はリッチーの瘴気を吸い込んだ結果だった。今回は相手に攻撃する暇も与えなかったから大丈夫だと思うが……ワシは軽く咳払いしてみる。


「ふむ。大丈夫……じゃと思うが、まだ安心は出来ん」


 次に立ち上がって体操をしてみた。足も動く……。体が軽い……。何処も痛くない……。シェリルには控えめに答えたが、むしろ過去に戻るより調子が良い気がする。


 するとコンコンとノックの音がして、ミーシャが部屋に入ってきた。おずおずとワシに話し掛けてくる。


「アナタ。お時間よろしくて? 例のお話をしたくて……」


 例の話とは、むろんアレのことだろう。ワシは言われる前に自分から聞いてみる。


「ミーシャ、教えてくれ。ワシの命は後どのくらいなんじゃ?」


 するとミーシャは目を丸くした。


「ど、どうされたのですか。いきなりそんな不吉なことを」

「遠慮などいらん! はっきり教えてくれ! 医者は一体、何と言っておる!」

「そう言われましても、お医者様にはしばらくお世話になっていませんもの……」

「えっ! で、では話とは何じゃったのじゃ?」

「明日はシューベルと一緒に三人でお出掛けのご予定でしょう? サンドウィッチに何を挟むか尋ねたかったのです。でもアナタの具合がよろしくないようでしたら延期になさいますか?」

「い、いや! 元気! 全然、元気じゃ! そうか、家族でピクニックか! 楽しいのう! わははははははは!」


 大声で笑って誤魔化していると、シューベルがやって来る。


「どうした、親父? バカ笑いなんかして」

「おお、シューベル! 明日は楽しみじゃのう……って、待て待て待て! 明日は確か平日! お前、仕事は? ま、まさかまた無職……!」

「楽な図書館の仕事を辞める訳ないだろ。言ってなかったっけ? しばらく長期休暇だって」

「そ、そうか! 休暇か! それは良かった!」

「まぁ、どうせ働かなくても食えるだけの金はあるんだけどな。体を動かしてないとソワソワしちまうからさ」


 二人と当たり障りのない会話をした。やがてミーシャとシューベルが部屋を出て行くと、代わりにシェリルがベッド下から現れて、満面の笑みを見せる。


「ドルク! 金持ちで体も健康! シューベルだって職がある! 完璧じゃねえか!」

「う、うむ!! 遂に……遂にやったぞ!!」


 成功を確信してシェリルに大きく頷く。


 こうしてワシは最高の余生を送れる、理想の人生を手に入れたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る