第11話 健康を手に入れろ
装飾された豪華なランプが備え付けられた天井の下、ふかふかのベッドで目を覚ます。周りの家具も高級品。だが問題はそんなことよりワシの体である。
「調子はどうだ、ドルク?」
「今、試してみる……」
胸元のシェリルに告げた後、おそるおそる体に力を入れる。するとワシの上半身は思った通りに起き上がった。ベッドに腰掛けながら、シェリルに笑いかける。
「や、やったぞ! 動けるようになっておる!」
「よっし! これでようやく望み通りの現実を手に入れられたな!」
「うむ! 嫁もいて、金もあって、しかも健康じゃ! わははは! 楽しいのう!」
今までの苦労が報われた嬉しさから、シェリルと陽気に笑い合った。すると『ぴしり』! 全身が軋むような激痛がワシを襲う! 同時に胸元から熱いものが込み上がってくる!
「!! ごっへぇっ!?」
「ど、ドルク!?」
笑いすぎてむせたのかと思った。しかしシェリルが青ざめた顔でワシを眺めている。まさかと思いながら目線を下げると……胸元から下が真っ赤に染まっていた。
「ドルクゥゥゥ!! お前、また吐血してんぞ!?」
「な、何でじゃあああああああああああああああ!?」
あまりのショックに絶叫する。すると廊下をパタパタと走る音が。シェリルがベッド下に隠れた。
「アナタ!! どうなさったのです!?」
現れたミーシャに、ワシは有無を言わせず尋ねる。
「ミーシャ!! ワシは何でこんな状態なんじゃ!? アークスコーピオは無事に倒した筈じゃろ!?」
「そ、それはグリフォンクロー時代のお話ですか……」
ワシの口元を手拭いで拭いつつ、ミーシャは言う。
「確かにアナタはアークスコーピオを見事、討伐されました。しかしその後のギルド戦闘で体を痛められたのです」
――『その後』じゃと!? 吐血の原因はアークスコーピオだけではなかったのか!!
落ち着いて考えてみれば、一度の負傷でここまで裕福になれる障害給付金が出るとは思えない。ギルドでの度重なる負傷があったからこそ、障害給付金は数十年間も続いたのだ。あの時は日記を読む暇は無かったが、おそらくアークスコーピオに尻を刺された後も、ワシはギルド活動を続けていたのだろう。
「それでミーシャ……ワシは後どのくらい生きられるんじゃ?」
少し躊躇った後、ミーシャは呟く。
「お医者様の話では、後数ヶ月の命らしいのです」
!! いや何ソレ!? ほんのちょっと伸びただけではないか!!
激しく落胆し、言葉に詰まっていると、ミーシャは優しく微笑んだ。
「ポットー医師はあと僅かの命だと仰います。それでも私は奇跡を信じています。数々の偉業を為したアナタなら、きっと……」
「そ、そうじゃな」
ワシにとっては二度目となる台詞を言ってから、ミーシャは部屋を出て行った。入れ替わるようにシェリルが這い出てくる。
「うーん。どうやらグリフォンクローにいる間に負った色んな怪我が、今のお前の病を引き起こしてるみてえだな」
頷いた後、ワシは机の上の日記を手にとってパラパラとめくった。そしてアークスコーピオ戦の後、該当する日記のページを見つける。
『帝国暦九百八十九年 八月二十一日 雨 出来る限りギルド戦闘を避け、事務仕事をしていた俺に、またも討伐の依頼がやってきた。何でも今度の相手はデーモンだという。強靱な肉体のみならず、魔法まで唱える恐ろしい怪物だ。戦うと考えただけで身震いがする。すぐに断ったが、テロゼアンは「君は相手が強いほど真価を発揮する。アークスコーピオだって倒したではないか」の一点張り。またしてもグリフォンクローとして俺はギルド戦闘をしなければならなくなったのだ』
「……日付はあれから約五年後か。普段はギルド活動をやんわりとかわして、事務仕事に専念していたようじゃの」
「超凶悪なモンスターが出た時の控えのピンチハンターってところか。しかし今度はデーモンかよ。まぁ見るまでもねえけど、結果を見てみるか」
シェリル同様、日記を読む前から結果は分かっているので溜め息しか出ない。予想通り、数日後のページにはミミズがのたくったように乱れた字でこう書かれていた。
『デーモンにボッコボコにされた。デーモンは他のグリフォンクローのメンバーには目もくれず、俺だけを狙って殴りまくった。火の魔法も唱えまくられた。どうにかメンバーがデーモンを俺から引き離して退治した時には、俺は全身の骨を折られ、また体中に酷い火傷を負っていた。仲間の治癒魔法で一命は取り留めたが、あまりの負傷で完治は難しいという。……辛い』
ワシも辛くなって、日記を閉じようとしたが何とか思い留まる。だ、ダメじゃ! 精神的にしんどいが、この次の日記もしっかり読んでおかねば!
勇気を振り絞ってワシは続きの日記を読んだ。
『帝国暦九百九十五年 十月三十日 晴れ 深い傷を負ったあのデーモン戦以降、ギルド戦闘から身を引いていた俺の元にテロゼアンがやって来た。今度はカルフォン地方にアンデッドが現れたらしい。誰もが今まで見たことのないモンスターで、対処法が分からないという。当然、俺も分からないのに、テロゼアンは「君ならきっと大丈夫!」と意味不明なことを宣う。デーモン戦でまるで役に立たなかったことを告げても「アレは、たまたまだと思う」と聞く耳持たない。「今度こそ君の
「……うわー。最後の方、もう神頼みしてるぜ。憐れだな」
「うむ。自分ながら不憫でならんわい」
そして数日後。討伐の結果を見て、ワシもシェリルも吃驚した。
『敵はリッチーと名乗るアンデッドの魔法使いだった。テロゼアンに言われた通り、どうにか全魔力を出そうと試みたが、凶悪なドクロの顔に禍々しいオーラ。気付けば俺の股間は塗れていた。そう。魔力が迸るどころか、俺の股間から大量の小便が迸っただけだった。俺の失禁にグリフォンクローのメンバーが引きまくっている中、奴の体から発散された瘴気を肺いっぱい吸い込んでしまう。どうにかその場から逃げ帰ったものの咳が止まらない。胸が痛い。色んな意味で胸が痛い……』
「!? また漏らしておる!! 赤ちゃんか、ワシは!?」
「ドルク。お前、尿道をどうにかする魔法、考えた方がいいんじゃねえか?」
「そんな魔法あるかあああああああああ……って、ごほっがほっ!?」
「む、無理して大声出すからだよ! アタシが今からキノコ採って来てやっから、おとなしくしてろ!」
「ううっ……! まずはデーモン戦……ごほ……その次は……けふっ、リッチー戦じゃあ……!」
「喋んなって! とにかく寝とけ! なっ!」
こうしてワシはまたしても過去に戻ることになったのだった……。
帝国暦九百八十九年八月二十五日――デーモン討伐の日。不思議なキノコで時の壁を超えた後、気付けばワシは何処かの町の酒場で木のコップを持っていた。透明な酒の水面に若かりし頃のワシの顔が映っている。グリフォンクローはモンスター討伐前、景気づけに酒盛りをやるらしい。他の者に姿が見えないシェリルが辺りを飛び交い、テーブルにはグリフォンクローのリーダー暗殺者イリア、戦士ライオス、弓手ヤン、僧侶エリエル、そしてテロゼアンがワシを囲って座っていた。
「……と言う訳で、デーモンは此処から数キロ先の湿地帯にいるらしい。例の如く私は用事があって行けないが代わりにこのドルクが、」
ワシはテロゼアンの言葉を遮り、席を立った。
「うむ。すぐさま瞬殺してくれよう」
「おお! いつになく頼もしいねー!」
イリアに釣られてメンバー全員が笑った。しかしワシはこの上なく真剣である。ライオスが唸る。
「体から溢れる闘気を感じるぜ。ドルク……お前、しばらく見ないうちにまた強くなったな?」
ライオスが知ったようなことを言っているが、単純にワシはイライラしているだけであった。何度も何度も過去に戻り、どれほど頑張っても、物事が思い通り上手く進まないことに憤慨していたのである。
「じゃあ出発しよっかー! グリフォンクロー出陣ー!」
イリアの一声でワシらは一斉に席を立ち、デーモンがいるという湿地帯に向かった。
……イリアを先頭に森の中を突っ切って、歩くこと一時間。所々に沼が点在する湿地帯に辿り着く。しばらくしてイリアが神妙な声を出す。
「魔物の気配を感じるよー。デーモンの奴、この近くにいるねー」
生い茂った草木からチラリと覗くと、沼のほとりで頭に角を生やした漆黒の体の怪物が人間の屍に跨り、牙のある口でグチャグチャと捕食していた。
「うおっ! 人間の死体、食ってやがるぜ! グロいなー!」
シェリルがワシの耳元で叫ぶが、流石に強者揃いのグリフォンクローの面子は落ち着いたものだった。
「じゃあ作戦通り、ヤンが弓で狙撃。怯んだところをドルクが魔法攻撃、続いてアタシとライオスが強襲、エリエルは後方から治癒魔法でカバー……こんなところかねー」
イリアが平然と説明するが、ワシはきっぱりと言い放つ。
「いや。最初はワシが行こう。万が一にも仕留めきれなかった時は皆でカバーしてくれ」
一瞬、メンバーの動きが止まったが、
「そうかー。ならここはドルクに従おうかー」
「まぁ珍しくコイツから言ってきたんだ。よっぽど自信があるんだろ」
「ケッケッ。失敗した時は許さないからな?」
「ドルクならきっと大丈夫だよ!」
アークスコーピオ戦でワシはずいぶん株を上げているらしい。メンバーはすんなり意見を認めてくれた。逆にシェリルが心配そうな顔をする。
「なぁ、ドルク。焦る気持ちは分かるが、こういう時こそ慎重に行った方が良いんじゃねえか?」
「大丈夫。平気じゃよ」
「ホントかよ? あんま油断して事故とか起こすんじゃねえぞ?」
「心配いらん。気は高ぶっておるが、頭は冷静じゃて」
ワシはデーモンに歩み寄る。ザッザッと無防備に進んでくるワシに気付いたデーモンは食事を止めて、獰猛な瞳で睨んできた。「ぐるるる」と威嚇し、戦闘態勢を取るが、それでもワシは進むのを止めない。歩きながら呪文を詠唱する。
「全てを焼き尽くす炎の魔神イフリートの秘儀を我が右手に……万物を凍り付かせる氷の魔女シヴァの妙技を左手に……」
「おおっ! その魔法は、ひょっとしてドラゴンを倒したやつじぇねえか!」
シェリルが興奮して叫んでいる最中、デーモンがワシに突進してくる。ワシは炎に包まれた右手と冷気を放つ左手をデーモンに向けた。
「『
刹那、あの時のドラゴンと同じように、硝子細工を落としたようにバラバラに砕け散るデーモン! ワシが振り返ると、メンバーが驚嘆の声を上げた。
「で、デーモンが一瞬で粉々……! お前、やっぱすげえな、ドルク! 流石は俺の見込んだ男だ!」
「やー、凄まじい力だねー! 惚れちゃいそうだよー! 百年に一人の天才魔導士――テロゼアンがそう言うのも分かるねー!」
やんややんやと騒ぐ中、シェリルが耳元で囁く。
「なぁ。グリフォンクローのメンバーに、こんな強いところ見せちまって良かったのか? これでまたギルド戦闘に誘われるんじゃねえの?」
「ふん。その時はワシがまた過去に戻ればよい。こうなりゃ、とことんやってやるわい」
「何だかもう開き直ってるな、ドルク」
「さぁ現在に戻ったら、次の討伐じゃ! 日記によれば、リッチー戦は帝国暦九百九十五年十一月四日! シェリル、またキノコを頼むぞい!」
「お、おう。分かったよ。つーか、普段おとなしいジジイが本気出すと案外怖ぇえんだな。初めて知ったぜ……」
鬼気迫るワシの迫力を感じたのか、勝ち気なシェリルも逆らわず黙って頷くのであった。
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