第10話 ギルド戦闘

 ジリジリと肌を焦がす強烈な日の光の下。足を熱砂に取られながら、ワシとグリフォンクローのメンバーは砂漠地帯を進んでいた。


「暑そうだな、ドルク」


 意識体のシェリルが息を切らすワシの周りを元気に飛び回っている。ワシは若く健康な肉体に戻っているが、こうも直射日光を浴び続けては流石に辛い。


 ワシが歩きながら水筒の水を飲んでいるのを見て、ウォリアーのライオスが鼻をフンと鳴らした。


「だらしねえ野郎だ。ちょっと歩いちゃあ、すぐに飲みやがる」

「砂漠で水分補給は基本じゃろうが」

「無くなっても俺の分は分けてやらねえぞ」

「ちゃんと配分を考えておるわい。それにいざとなれば、」


 ワシは人差し指を口に向ける。


「……『リトル・ファウンテン小さき泉』」


 指先から噴水のように水がピューッと吹き出し、ワシの喉を潤した。


「このように魔法で水も生成可能じゃ」


 ワシとライオスのやり取りを見ていたグリフォンクローのリーダー、イリアが快活に笑う。


「ドルクがいれば砂漠の水不足も解決だねー!」


 ヒーラーのエリエルは純真な瞳をワシに向けてくる。


「へぇー! 便利だね、水魔法って!」

「水筒の水が無くなったら遠慮無く言ってくれ。ワシがいくらでも出そう」

「うん! ありがとう、ドルク!」

「お前さんらも欲しかったら分けてやるぞい」


 ワシはヤンとライオスに言うが、二人はしかめ面を見せる。


「ケッ、魔法で出来た水だと。本当に飲めるか疑わしいな」

「つーか、それドルクの体液じゃねえか? 気持ち悪りい。飲めたもんじゃねえ」

「な、何を言うか! 大気中に含まれる成分を魔法で水に還元しておる! そこらへんの川の水より清らかなんじゃぞ!」

「とにかく俺らはそんなものいらねえ」

 

 そしてズカズカと先を進む。


「全く。へそ曲がりじゃのう」


 ワシが小声で独りごちるとシェリルが反応した。


「いらねえって言ってんだ。無理にやることはねえよ」

「ふむ。まぁ、そうじゃな」

「ちなみにアイツらの気持ちは分かるぜ。アタシもそれ飲みたくねえもん。『ドルクの指汁ゆびじる』」

「!? リトル・ファウンテンじゃよ!! 変な名前付けないでくれる!?」


 叫ぶと皆が妙な顔でワシを振り返った。いかんいかん! ライオスとヤンにますますバカにされてしまう!


 ワシは咳払いをした後、平静を装い、歩き出したのだった。




 ……炎天下の行軍は続いた。一度、エリエルが水を欲しがったのでワシの指汁――ではなくリトル・ファウンテンで補給してやった。エリエルは素直な子で笑顔を見せて喜んでくれた。


「ああ、良かった! 水筒の分だけじゃあ、ヤバかったかも!」

「役に立てて良かったわい」


 無邪気な性格だけでなく、エリエルはとても愛くるしい顔をしている。しかし、当然のように恋愛感情は湧いてこない。中身が老人のワシから見れば、いくら可愛かろうが孫のようなものである。実際、ライオスとヤンの態度に対しても「若いのう」と呆れるくらいで腹の底から怒ってはいない。むしろ想像以上の暑さの中、二人の水筒が空になりそうなことを純粋に心配していた。


 そんな折、


「……そろそろ近いかもねー」


 イリアがぼそりと呟いた。飄々としているが、彼女は先程から凄まじいオーラを周囲に放っている。おそらくはアサシン暗殺者のスキルだろう。既にワシらはアークスコーピオの出現地域に入っているだろうに、一体の魔物にも出くわさないのはイリアが気を張り巡らし、敵を避けて進んでくれているからに違いない。


「あっ! あったよー、スコーピオの巣穴発見ー!」


 細い指で指し示した場所は、すり鉢状にくぼんでおり、真ん中にぽっかりと黒い穴を覗かせている。半径数メートルの大穴である。


「まるで地下洞窟の入口じゃのう」


 ワシが呟くと、イリアは静かにしゃがみ込み、砂漠の砂に手を当てる。目を瞑って集中しているようだ。


「うーん。内部はアリの巣のように入り組んでいるねー。ざっとだけど数十のスコーピオの生命反応を確認したよー」

「ほう。そんなことまで分かるんじゃな」

「ふふ。『スカウティング索敵行動』ってんだよー」


 今までアサシンと行動を共にしたことはなかったが、なかなかどうして便利なスキルだと思った。いち早く敵を察知し、更には一カ所に集まった敵の総数までも把握する。確かにギルドのリーダーに向いている。


「なら、行って片付けようぜ!」


 ライオスが大剣を抜いてズカズカと穴に歩もうとしたので、ワシは驚いて止めた。


「待て待て。そのまま行っては危険じゃ。敵の懐に飛び込むようなもんじゃからの」

「行かなきゃ討伐できねえだろうが!」

「まぁ落ち着きなよ、ライオス。……ドルク。何か策があるんだねー?」

「うむ。今から水をやる」

「!? だから、てめえの指から出る水なんかいらねえってんだよ!!」

「お前さんにじゃないわい! 巨大サソリ達にじゃ!」


 ライオスはどんだけワシの指から出る水がイヤなんじゃ、と思ったが気を取り直して呪文を詠唱する。


「ウンディーネの水瓶よ。溢れ出でて全てを押し流せ。……『フラッド・ウォータ水精霊襲流』」


 途端、巣穴に向けたワシの両手から大量の水が凄まじい勢いで噴出する。止まることなく、ドドドドドと音を上げながらどんどんと穴に流れ込んでいく。


「うわー、とんでもない量の水だね! どーなってんの!」

「水攻めって訳かー。面白いねー」


 エリエルとイリアが感心し、ライオスとヤンも少し驚いたような顔をしていたが、


「ハーッハッハ! 指汁の次は腕汁かよ、ドルク!」


 一番付き合いが長い筈のシェリルにもっともバカにされている気がする。それでもワシは黙々と巣穴にフラッド・ウォータを注ぎ続けた。


 やがて周りの地面から噴水のような激しい水柱が何本も立ち上り、それと共に人間程の大きさのあるサソリがわんさかと溢れ出た。


「おおー! 水攻めでたまらず飛び出してきたねー!」

「何匹かは水に飲まれ、そのまま溺れ死んだと思うぞい」

「うんうん! 損害を与えると同時に敵の地の利も消す! 素晴らしいよ、ドルク!」


 イリアがにこりと笑うが、地上に上がってきた巨大サソリ達がワシらを襲おうと凄まじい速さで向かってくる。


 流石に水魔法を使った直後に、全体攻撃魔法を唱えるには準備が必要。少し時間が欲しかったのだが、


「俺の出番だあ!!」


 天を貫くような大声でウォリアーのライオスが叫ぶ。大剣を抜くや、猛進してくる五匹のサソリに向け扇状に切り払う。瞬間、サソリ達は体をバラバラにしながら吹き飛んだ。


 ――たったの一振りで……! まるで上級魔法が炸裂したような感じじゃ。凄まじいパワーじゃの。


 その後もライオスはサソリを難なく退治していた。ヤンが構えていた弓を仕舞い、イリアもライオスに任せ、持っていた短剣を下ろす。ライオスはちょくちょくワシに突っかかってくるが、口先だけの男ではなかった。何せあっという間に数十匹の大型サソリを片付けてしまったのだから。


「たいしたことねえな!!」


 高笑いするライオス。しかし突如、ワシらの足下がぐらつく。


「じ、地震っ!?」


 エリエルが叫ぶがそうではない。振動と地鳴りを巻き起こしながら地中から這い上がってきたのは、今までのサソリが子供に思える程の超巨大サソリだった。


「でけえ!! アタシ、こんな大きなサソリ、初めて見たぜ!!」


 シェリルが叫ぶのも頷ける。ワシも長らく生きてきたが、これほどの大物は見たことがない。黒光りする全長は、およそ五メートル。いともたやすく人間の首をちょん切るであろう両のハサミ。反り返った尾の太さは人間の胴体ほどもある。あんなもので尻を刺されたら……と想像するだけで身の毛がよだつ思いがした。


「コイツがボスだねー。ライオス、アンタが今まで片付けたのは普通のスコーピオ。コイツが討伐対象のアークスコーピオだ。辺りの人間が食われているのはコイツの仕業だねー」

「上等だ!」


 まるで臆することなくライオスが突っ込んでいく。この巨体のモンスターに躊躇無く攻撃を仕掛けるとはなかなかの胆力――いや実際は頭のネジが少し緩んでいるのかも知れない。


「死ねえ!!」


 だが、アークスコーピオの背に豪快に叩き付けたライオスの大剣は、甲高い音と共に弾かれた。ライオスの顔が歪む。

 

「ミスリルの大剣で傷一つ付けられない、だと!?」

「い、いかん!」


 思わずワシは叫んでしまう。アークスコーピオの尾が目にもとまらぬ速さでライスを狙っていたからだ。


「クソが!!」


 ライオスは咄嗟に大剣を盾にして一撃を防ぐ。しかし、あまりの膂力に数メートル吹き飛ばされてしまった。地面を数度転がり、苦しげに唸りながらもどうにか体勢を調える。


「あの野郎……!」


 ライオスは苦々しい顔だが、ワシは密かに感心していた。あの速さの尾の攻撃をどうにか凌ぐとは、攻撃だけでなく防御も優れている。流石はグリフォンクローのメンバーである。


 更に負傷したライオスの前にアーチャーのヤンが立ち塞がる。迫るアークスコーピオに向け、冷静に弓を絞った。


「『スターダスト・レイ星輝光弓』」


 放たれた矢は白く輝く軌道を宙に描いて飛翔する。光の魔力を帯びた魔法弓だ。魔法で攻撃力を増した矢は正確にアークスコーピオの脚の一つを捉えた。


 脚を止めれば動きも封じられて一石二鳥。しかしヤンにとってもワシにとっても予想外だったのは、アークスコーピオは外殻だけでなく脚すら頑強だったことだ。ヤンの魔法弓を受けても止まることなく突っ込んでくる。ヤンが細い目を更に細める。


「な、何という装甲……!」


 ワシの隣でイリアが心底、困った顔を見せる。


「ありゃー。こりゃあどうも敵の実力を見誤ったねー。まさかライオスの剣もヤンの弓も全く効かないとは思いもしなかったよー。これじゃあ私の短剣や毒針も通じない。正直、参ったねー」


 イリアが見誤ったというのも頷ける。通常のスコーピオを難なく片付けるライオスの剣が全く通じないなど予想の範疇を超えている。イリアとて通常種の数倍の強さを想定していたのだろうが、目の前のアークスコーピオは数十倍、いや数百倍もの能力差だ。


「一旦、撤退するかねー」


 まるで焦らず懐から煙幕を出したイリア。だが、ワシがその横を平然と通り過ぎ、アークスコーピオの居場所に向かったのを見て、流石に声を荒らげた。


「な、何やってんだい、ドルク!」

「撤退する必要はない。ワシが仕留めよう」

「無茶だよ! ソイツはSSクラスの怪物だよ!」

「物理攻撃が通じにくい敵こそ、魔導士の出番じゃ」


 ワシはライオスとヤンの間に駆け寄る。二人に迫っていたアークスコーピオは、近付いてきたワシの方を向いた。


「バカ野郎!! 何やってやがる!! さっさと逃げろ!!」


 流石に命の危険とあって、ライオスでさえワシに逃げろと忠告してくる。しかしワシは首を横に振った。


「この距離で逃げるのは愚策じゃよ。敵に背後を見せることになるからの。逃げようとする獲物を真っ先に狙うのはモンスターの習性じゃ」


 自分で言いながら『日記のワシは慌てて背を向け、尻を刺されたんじゃろうなあ』と想像して苦笑いする。


「とにかく立ち去れ!! 意地になってんじゃねえ!!」

「別に蛮勇を奮っている訳ではないよ。お前さんのお陰で充分な魔力を溜められた。呪文も既に詠唱済みじゃ」

「な、何だと?」


 腹の底に響き渡るような重低音が辺りに木霊していた。音の鳴った上空を見上げたグリフォンクローのメンバーが、黒雲がもうもうと頭上に集まっていることに気付く。


 ワシは迫り来る巨大サソリを指さしながら呟く。


「『トール・ハンマー雷神王暴甚打』」


 青白い閃光が天より降り注ぐ。雷撃がアークスコーピオに到達した瞬間、周囲の景色が真っ白に染まった。目の眩む光が過ぎ去った後は、巨大なハサミや尻尾を弾け飛ばし、残った胴体から煙を出すアークスコーピオが転がっていた。


 しばらくの沈黙の後、ライオスとヤンが口を開く。


「マジかよ……! あの装甲をバラバラに……!」

「凄まじい魔法攻撃力……」


 イリアもエリエルも目を丸くする中、興奮してブンブン飛び回るシェリルが尋ねてくる。


「ドルク! 今回は一体どんな魔法理論を使ったんだよ?」

「ホッホ。単にワシの魔力の三分の一を使っただけじゃ」

「普通にドルクの実力って訳か! まったく何十年も童貞のまま一人でセコセコ研究だけに明け暮れた老人の魔力は想像を絶するぜ!」

「褒めておるのか、貶しておるのかどっちなんじゃ……!」


 イリアは散らばったアークスコーピオの死骸を眺めていたが、やがてワシに近付いてくる。


「怖れいったよ。あのサソリを一撃かー。色んな魔導士に出会ったけど、アンタみたいに強力なのは初めて見る。テロゼアンが言った通りだねー」

「たいしたことはない。雷魔法がたまたま奴に効いたというだけのことじゃて」


 謙遜しながら言う。まぁ甲殻系のモンスターが雷に弱いと分かっていたから放ったのじゃが。


 離れた場所で、ライオスはエリエルに治癒の呪文を唱えて貰っていた。アークスコーピオに弾かれた時、腕を負傷していたようだ。憎々しげな顔でワシを睨んでいる。その様子を見て、シェリルが笑った。


「見ろよ、ドルク! あの悔しそうな顔! ざまあねえな!」

「ふむ」


 ワシがライオスの方に歩み寄ると、親の敵のような目を向けてきた。


「何だ、てめえ! 俺を嘲笑いに来たのかよ!」

「う、動かないで、ライオス! まだ治りきってないんだから!」

「やってやれ、ドルク! バカにされた仕返しだ!! 思う存分、嘲笑ってやれ! この見かけ倒しとか、木偶の坊とか、短小包茎とか罵ってやれ!!」


 シェリルがヤジを飛ばすが、ワシはライオスに微笑みかける。


「ワシの雷魔法が発動できたのは、お前さんのお陰じゃよ」

「ああ?」

「トール・ハンマーは、極度の集中と長い詠唱時間が掛かる魔法でな。お前さんが周りのサソリ達を殲滅してくれていたからこそ静かに魔力を集中できた」


 次にワシは弓の手入れをするヤンにも視線を移す。


「お主の弓の腕前も見事じゃった。高速で動くサソリの脚を正確に射抜くとは驚きじゃ」

 

 少し照れくさそうにそっぽを向いたヤンだったが、代わってライオスは治療の途中だというのに、ワシにズカズカと向かってきた。


「おい、ドルク!!」


 そしてワシの肩を両腕で掴む。


「お前……分かってんじゃねえか! そうだ! 俺達の力があったからこそアークスコーピオに勝てたんだ!」

「あ、ああ。その通りじゃ」

「お前一人の手柄じゃねえ! これはチーム全体の勝利だからな!」


 ワシの肩をバンバン叩きながら上機嫌になったライオスを見て、イリアもエリエルも声を上げて笑った。呆れていたのはノームのシェリルだ。


「ったく、何だありゃ。単純な奴だなあ」

「まぁ実力を認めてやれば、誰でも機嫌は良くなるもんじゃ」

「ドルクの手の平で良いように扱われてる。結局、能力も人間性もお前の方が上ってことだな」

「こう見えて年だけは経ておるからの。多少の処世術は身に付けておる。人間、いがみ合うより仲良くした方が良いに決まっておる」

「今後を見据えての円満解決か。『年食ったジジイの知恵袋』だな」

「うむ……いやあの……言い方ってあるじゃろ……!」


 シェリルと小声で話していると、少し頭がくらりとした。


「おっと」


 流石に暑さにやられたのかと思った。だがよくよく考えると、時の壁を越えてからちょうど三時間程経っている。不思議なキノコの効果が切れかけてきているようだ。


 イリアが足下の覚束ないワシにいち早く気付いた。


「どうした、ドルク? 疲れが急に出たのかなー?」

「まぁ、そんなところじゃ」

「討伐はもう完了したんだ! 焦ることはねえ! 少し休んでから行こうぜ!」

「すまんのう」


 急に優しくなったライオスに感謝した後、ワシは岩陰に移動した。


 目を覚ました後、病が治り、健康になっていることを祈念しながら、ワシは過去から現実へと戻ったのだった。

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