『奇跡は本当に』
ルトラが白い光と出会った翌日。ルトラとユーリアは、二人で村の仕事を手伝っていた。
この村で作られた木材品は、馬車に乗せられて町まで運ばれる。この村で作られる商品は評判がよく、道具や飾り、単なる木材に至るまで売れることは売れる。
ただ、大きな町まで運ぶためのコストがかかってしまうので上がりは少ない。たまに、村まで直接買いに来る客もいるが多くはないのであてにはできない。それでも村の貴重な収入源なので、手を抜く職人は誰もいなかった。
ルトラやユーリアは小物の運搬や後片付けが主な仕事だ。ルトラとユーリアは、運べる範囲の商品を胸に抱いて荷車に運んでいた。
そんな二人のそばに、何人か子供たちが近づいてきた。
「おはようルトラ! 昨日奇跡を見たんだって?」
子供たちの目的はルトラだった。昨日大声で奇跡のことを話していたから、誰か聞いていたのだろう。そして、巡り巡ってこの子供たちの耳に入り、こうやって期待に胸を躍らせてやってきたのだ。
ルトラは子供たちの羨望のまなざしを受けて得意げに前に出る。
「本当だよ! 昨日は夢のような体験をしたなー」
「わー、いいないいなー」
ルトラの言葉に、子供たちはさらに目を輝かせた。ユーリアの奇跡の話に憧れていたのはルトラだけではない。だからルトラが奇跡を体験したというのは、子供たちにとっては尊敬に値することなのだ。
「ねえ、話してよルトラ!」
「聞かせて、聞かせて」
得意げなルトラの顔を見て、子供たちは奇跡体験の話をねだった。別に言いふらすつもりもなかったルトラだが、こうして求められれば悪い気はしない。昨日ユーリアにしたように子供たちに話し始めた。しかしユーリアの表情は少しだけ陰った。
「まあまあ皆さん? 今はお手伝い中ですし……」
「少しくらい大丈夫だよユーリア。まずはねー……」
ユーリアがやんわり止めようとしたが、ルトラは聞かなかった。
「そう、空は晴れていたのに雨が降ったんだよ! すごいでしょ?」
自信満々にそう告げたルトラの表情と対照的に、子供たちはきょとんとした表情を浮かべた。
「え? それだけ? 他に何か特別な雨だったりしたんでしょ?」
「ううん、別段変わった雨じゃなかったよ。でも晴れてるのに雨なんて降るわけないし、不思議でしょ?」
「いや、ルトラ。お天気雨って言葉聞いたこと無いの? 珍しいは珍しいけど、奇跡というほどじゃないよ。僕だってそれくらい見たことあるし」
ルトラの言葉に、子供たちはそれくらいはあるよという風に返してきた。
「ふえ? そうなんだ……。あ、じゃあこれは? 落ち葉が舞ったんだよ。風も吹いてないのに! これは体験したことないよね?」
「……風が吹いてただけじゃないの?」
「そんなことないよ。ちゃんと無風だったもん。それなのに落ち葉がバッと舞って……」
「じゃあルトラの周りには風が吹いてなかっただけでしょ? きっと木と木の間から風が吹き込んだんだよ」
その子供の意見に、周りの子供たちもうなずいた。
「そうかなー……。あ、じゃあこれはどう? お天気雨の後に水たまりがいくつかできたんだ。その水たまりの水がね? 宙にふわふわ浮き始めたんだよ! びっくりしたなー。泥水だったんだけど、あんまりうれしかったから飛びついちゃって服汚しちゃった」
その言葉に子供たちはいよいよ笑い出した。
「ルトラってば、転んで服を汚したからって、そんな馬鹿な言い訳しちゃって!」
「あはは! わたしだってもう少しいい嘘考えるよ。水が宙に浮かんだのを抱きしめたから汚れたって……ぷ! ぷははは!」
「えええ! なんでみんな私のお母さんと同じこと言うの? ま、まさかみんなはげんこつ落としてきたりしないよね……?」
ルトラは子供たちと少し距離を取って頭を守る。その様子に子供たちはなおのこと爆笑する。
隣で見ていたユーリアは、頭を押さえて首を振った。こうなることが予想できていたからだ。
おろおろするルトラに対して、子供たちはさらに聞いてくる。
「それで? 他には何かなかったの?」
「ええっと……そうだ! 今までの話はね? 全部白い光さんがやってくれたことだったんだよ。白い光さんは狸が化けた姿でね? 最後に私にイチゴの実がなった木を渡そうとしてくれたんだ」
ルトラは最初に光のことを説明するべきだったと後悔しながらそう言った。
「へえ、そうなんだ。それで? その木はどこにあるの?」
「いらないって答えたら、光さんが消えちゃって。私はその時転んだんだけど、起き上がった時にはもうなくなってたんだよね……」
「なんだよそれ! あはははは!」
子供たちの笑いはもう止まらない。最後にはルトラはきっと夢でも見ていたんだろうと結論付けてしまった。
「ねえユーリア。ユーリアのお話はまだないの?」
ひとしきりルトラで笑うと、子供たちの興味はユーリアに移った。
「ええ、まだですね。また何か体験したら話しますね?」
「そっかあ。じゃあ皆行こうぜ」
ユーリアがまだ奇跡を体験していないと聞くと、子供たちは二人から興味を無くして去って行った。ルトラは子供たちの背中を寂しそうに見送った。
「うーん、本当にあったことなんだけどなぁ」
「落ち込まないでルトラ。さあ、早く片付けてしまおう?」
ユーリアに促されて、ルトラは歩き始めた。
仕事の手伝いの途中、子供たちだけではなく、ほかにも何人かルトラに声をかけてきた。話題はもちろん、ルトラが体験したという奇跡の話だ。
「ようルトラ、奇跡を体験したんだって? 泥まみれになるのが奇跡なんて、お前の奇跡は随分と安いな」
「ほら見ろよルトラ。あそこで枯葉が舞ってるぜ? 俺もついに奇跡に出会えたぜ。風は吹いてるけどな」
「おはようルトラちゃん? 服を汚したのを怒られるのが怖かったのよね? 必死に言い訳を考えたんだよね? あ、ごめんごめん本当にあったことだったわね。転んで気絶してる時に見た幸せな夢の中での出来事だったんだものね?」
村人たちは、ルトラが奇跡を探していたということは全員知っている。それと同時に、ルトラが少々抜けた性格をしているということも皆わかっていた。
ルトラはからかわれると頬を膨らませたり、顔を赤くしたり、大げさに驚いたりして面白い。村人たちは、そんなルトラを見るのが楽しくて近づいてくるのだ。
「もう! みんなしてバカにして!」
当の本人は、すっかり気分を害してしまっていた。ユーリアはそばを歩きながら、ルトラをなだめている。
「仕方ないよルトラ。奇跡が本当にあったかなんて、本人以外にはわかりづらいものだもの」
「でも、こうまでバカにされると落ち込むよ」
「みんなルトラがかわいいんだよ。それはルトラの人気の証拠でもあるんだから喜ばなくちゃ」
「小馬鹿にされて喜ぶのもなー」
いまいち納得がいっていない様子のルトラに、なだめているはずのユーリアもクスクスと笑ってしまう。ルトラは本当に素直に反応を返してくる。ユーリアはそれが心地よいから、一緒にいても本当に飽きることがなかった。
「ん? どうしたのルトラ」
並んで歩いていたルトラが、ユーリアから少し遅れた。ユーリアが振り返ると、ルトラは立ち止まって森の方向を見ていた。
「なんだか私も本当に奇跡を見たのか不安になってきて……。あの時最後に転んだと思ったけど、最初に転んで、夢を見ていただけだとしてもつじつまは合うのかなって思えてきたんだ」
「そんなこと言ったらきりがないよ。ルトラは確かに楽しかったんだからそれでいいでしょ? ほら、これで最後だから早く運んでしまおう?」
「うん……」
ユーリアに諭されて、ルトラは歩き始めた。しかし心のもやもやはかかったままだ。この時にはもう、ルトラは再び森の中に入ることを考えていた。
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