アサシン ザ レイン

シノマ

第1話

 雨が嫌いだ。あの日の出来事があってから俺は、雨が嫌いになった。


 教室の窓から耳障りな雨の音を聞きながら、げんなりとしていると、先生が見知らぬ生徒を連れて入ってきた。


 おぉ、かなりの美少女じゃないか。

 顔は整っていて、雪のような肌に、黒髪ロングがよく似合っている。俺の好みの、どストライクな子だ。


「えぇ……。これから転校生を紹介する。このクラスの仲間になる、冰置 雫さんだ」


 冰置さんは一歩前にでて、自己紹介を始める。


「冰置 雫です。色々と迷惑をかけるかもしれませんが、一年間よろしくお願いします」


 恥ずかしがっているのか、雪のような肌が少し赤らんでいた。


「えっと、空いてる席は霧島の隣が空いているな」


 先生が俺の隣の席を指定する。


 どうりでいつもは無いはずの机があったわけだ。そして周りの男子達の視線が痛いんだけど……。


「これからよろしくね霧島君。さっき自己紹介したと思うけど私は、冰置 雫って言います。霧島君の名前は、なんて言うのかな?」


 席に着いた冰置さんが話しかけて来た。女子から話をかけられるなんて、仕事以外だとなん年ぶりだろうか? とにかく、きょどらないように気をつけないと。


「お、俺の名前は陸。霧島 陸……。こちらこそよろしく」


 あぁ…… 。 本当緊張する。こんな可愛い子と話をすることになるなんて……緊張しすぎて少し無愛想すぎたかな? この事がきっかけで嫌われたりしないよな。


「陸君って言うんだね。名前で呼んでいいかな?」


 え? 名前で呼んでいいと言ったのか? 女子に名前で呼ばれる……。内心嬉しすぎて飛び跳ねそうだが、嬉しい心を鎮める。


「うん。名前でも苗字でもどっちでもいいよ」


「わかった。これからは、陸君って呼ぶね」


 笑顔でそんなこと言われると、惚れそうになるだろーーーー。


「隣同士仲良くなって何よりだ。霧島、昼休みにでも、冰置さんに学校の案内をしてあげなさい」


「わかりました。先生」


 隣同士の恩恵か、冰置さんの案内役に抜擢された。

 今日は、俺の嫌いな雨な上に、仕事があるから気分が、がく落ちだったが、こんな美少女と学校を回れるならテンションが上がるというもの。


「昼休みの時間潰しちゃうようで、悪いけど案内お願いします。陸君」


「任せてよ。冰置さん」


 そして授業が終わり、昼休みの時間になる。これから冰置さんに学校の案内をする時間だ。


「そういえば冰置さんは、弁当とか持ってきてる? 持って来てないなら、食堂か購買、先に回るけど」


「お弁当ちゃんと持って来てるよ。自分で作った方が、栄養バランスが取れるからね」


「そうなんだ、俺も弁当派なんだ。と、言っても男料理だから適当に詰めてるだけなんだけどね。一応、食堂と購買部の方も案内するよ」


 そっか、冰置さん自分で弁当作ってるのか。食べて見たいけど、今日知り合ったばっかだし、そんな馴れ馴れしく、少し分けて欲しいなとは言えないな。


「適当に詰めてるだけじゃ、栄養偏っちゃうよ。陸君が良ければ良いんだけど……私がお弁当作って来てあげようか? 一人分も、二人分も変わらないから」


「へ? まじですか……」


 なんだろう……心の中読まれたのかな。もしかしたら、エスパーではなかろうか。


「本当だよ。任せて、料理には自信がある

 から」


 自信満々の笑みを浮かべて、ガッツポーズをする冰置さん。このビッグウェーブに乗るしかないな。


「それじゃ、お願いするよ。弁当楽しみに待ってる」


「任されました。さて、そろそろ行こうか陸君」


「そうだね。早く行かないと、弁当食べてる時間もなくなっちゃうし」


 それから、何種類かある特別教室、体育館、保健室、更衣室、食堂、購買部と回った。

 案内を終えた頃には、昼休みも残り十分になっていて、急いで教室に戻り、弁当を食べる。


「ごめんね、私に案内していたせいで、急いでお弁当食べることになって」


「いや大丈夫だよ、早く食べないと授業始まっちゃうから、冰置さんも、申し訳なさそうな顔してないで食べないと」


「うん、そうだね。ありがとう」


 昼休みが終わる直前に、俺も冰置さんも弁当を食べ終わり、授業の準備をする。食べ終わってすぐに授業が始まったせいか、思いっきり爆睡してしまっていた。


 最悪なことに思い出したくもない悪夢が夢に出てくる。そう、忘れもしない、始めて人……、親を殺した時のことを。


 仕事に失敗した親が、組織から逃げ出した。そして、子供である俺に、組織のボスが初めての仕事をくれる。自分の親を殺せと……。俺はそれに従い、親の潜伏先を見つけ出し、殺した。今日みたいな殴りつけるような雨の日に。

 感情のコントロールを訓練時代に学んでいたおかげで、心は全く痛まず涙すら出なかったが、大粒の雨が俺の代わりに泣くように落ちてきている……そんな気がした。


「……君、……陸君」


 どこからか、俺を呼ぶ声が聞こえる。 この呼び声のお陰で、ようやく悪夢が終わり、目が覚めた。


「冰置さん? そっか、ずっと寝てたのか」


「授業が始まってから、ずっと寝てたけど大丈夫? 顔色悪いけど」


「大丈夫。少し、嫌な夢見ただけだから」


 心配そうに顔を覗き込む冰置さん、俺は照れ臭くなってつい顔を背けてしまう。女の子に顔を見られているのが耐えられないからだ。


「顔が少し赤いよ。保健室行った方がいいんじゃない?」


「本当に大丈夫だよ。それに一時間も寝てたから体は楽なんだ。あと一時間で授業も終わるし平気」


「そう……。だけどあまり無理しないでね」


 顔が赤くなってたのは、顔を覗き込まれたからだけど、心配されるのも悪くはないな。


 今日、最後の授業が終わり、放課後になる。部活に行く人、帰宅する人、教室に残る人、みんなそれぞれに散って行く。


「さて、帰ろうかな」


「陸君は、部活とかやってないの?」


「俺、バイトやってるから部活入ってないんだよね。今日もこれからバイトなんだ」


「バイトやってたんだ!! 頑張ってね陸君」


「あまりやりたくないんだけどね。頑張るよ」


 そう……、人殺しをね。


 冰置さんに別れを告げ、帰路につく。外は相変わらずの雨。そろそろ止んで欲しいところだが、そんな気配は全くない。

 何故か、胸騒ぎがする。このまま家に、帰りたくないと思えるほどに……。しかし、足を止めるわけには行かない。重くなった足を引きずるように進んで行く。


 いつもより遅く家に到着し、ポストを調べると一通の手紙があった。その手紙を取り、家の地下室に入る。地下室には、ランプ一つに仕事道具しか置いてない、殺風景な部屋だ。


「さて、ターゲットの確認でもするか」


 手紙の中身を見てみると、信じられない……信じたくない人の顔写真と依頼書が入っていた。

 ターゲット冰置 雫。一週間以内に殺害せよ。殺し方は問わない。


「嘘だろ……。まさかターゲットに冰置さんの名前があるなんて……」


 今日知り合ったばかりだが、ターゲットにされるような子じゃないのはわかる。あんなに優しい子はそうはいない。

 だが、組織の仕事は絶対。俺は冰置さんを殺す為の準備をする。なるべく苦しまないよう、一撃で仕留められるように。


「あーあ、ほんと、雨の日はロクなことないな」


 結局、翌日も雨は止まなかった。

 昼休みになり、冰置さんが約束通り、手作り弁当を持ってきてくれた。これから殺す相手の弁当を、どの面下げて食べればいいのかわからないが、持ち前のポーカーフェイスで乗り越える。


「美味しいよ冰置さん、俺が適当に作る弁当なんかより百倍ぐらい美味しい」


「お口にあったなら良かった。食べて貰えるまで心配だったんだ」


 嬉しそうに笑う冰置さん。この笑顔を、俺は殺さなければならない……。

 ここまで殺すことに躊躇するなんて思わなかった。気づかない内に彼女は、俺にとっての太陽のような存在になっていたのかもしない。


「ねぇ陸君、もし今日の放課後空いてたらでいいんだけど、私の家に来ない?」


「え? どうしたの?」


「相談事があるんだ。一人じゃ解決できなくて……」


 チャンスだと思った。元々学校が終わった後、冰置さんを人気のないとこに連れ込み、殺す手はずだったが、家の中に入れるなら連れ込む必要もなく、人に目撃される心配もない。組織の手紙によれば冰置さんは、一人暮らしだから親と鉢合わせすることもない。


「放課後空いてるから、俺でよければ相談事に乗るよ」


「よかった。こんな事、陸君にしか聞かせられないから」


 少し心がズキリと痛んだ……。親を殺した時ですら何も感じなかったというのに。


 運命の放課後が来る。今日一日、来て欲しくないと願っていた時間が。


「じゃあ、行こうか。私の家に案内するよ」


「うん……」


 返事を返し、外に出る。

 俺も冰置さんも一言も喋らず、雨の音だけが響いていく。これから起こるであろう惨劇を物語っているようにも聞こえた。

 冰置さんが、ふと足を止める。どうやら目的地に着いたらしい。


「着いたよ、陸君。ここが私の家」


 俺は目の前の洒落たマンションを見つめる。かなり高い建物で、敷地も広い。


「冰置さんすごいマンションに住んでるんだね……」


「お母様が警備がちゃんとしてる所じゃないと、一人暮らしはさせないと言うものだから、しょうがなくここに住んでいるの。とりあえず中に入りましょう」


 マンションの中に入っていく冰置さん。俺も続いて入っていく。

 二〇三号室の前まで来ると、冰置さんが「外で少し待ってて」と言って、中に入っていく。少し片付けたいものでもあるのだろう。五分ほどで戻ってきて、「どうぞ」と中に入れてくれた。

 廊下を歩いて部屋の方へと向かう。


「ここが私の部屋です。どうぞ入って」


 廊下を渡り終え、部屋に入る。


「私、お茶用意して来るね」


 一人で残される俺。考える時間が得られた。本当に冰置さんを殺すのか、殺さないのか。だけど答えはすでに決まっている。組織は絶対だ。失敗は許されない。殺すしかないのだ。


「おまたせ、陸君」


「え?」


 俺は驚いた。目の前にいる冰置さんに、銃口を向けられていた。何が起こっているのか理解が追いつかない。


「ねぇ、陸君、死にたくなかったら私の質問に、はいかいいえで答えて」


 とりあえず、うなづく。まさか殺そうと思っていた人に、逆に殺されそうになってるなんて皮肉な話だ。


「陸君は、私を殺しに来たの?」


「はい……」


「それは、自分の意思で?」


「いいえ」


「て、事は組織の命令?」


「はい」


 なんで冰置さんが組織のことを知っているんだ。まさか冰置さんも殺し屋なのか……。まさかでもないか、今こうして銃口を向けられているわけだし。


「なるほど、ありがと陸君」


 冰置さんは拳銃を下ろし、「聞きたいことがあるならどうぞ」と言ってきた。


「あの……冰置さん、これはいったい……」


 どう言うこと、と言おうとしたが、冰置さんに一通の手紙を渡される。そこに入っていたのは、俺の顔写真とターゲットの依頼書だった。俺が持っている依頼書と同じ。


「組織の連中、私と陸君を殺し合わせて何が目的なんだろうね」


「まさか……冰置さんも、殺し屋だったなんて」


「まぁね。私は陸君が殺し屋だって気づいていたけどね」


「どうして?」


「内緒。答えは、陸君の頭の中にあるかもね」


「え?」


 俺の頭の中だと? 頭の中という事は記憶だよな? でも俺、冰置さんと初めて会ったの昨日だしな。どういうことだ?


「まぁ、その話は今はいいや。ここからが本題なんだけど、陸君を殺さなかった理由が二つほどあるんだ」


 さらっと物騒な単語が聞こえたんだけど……。殺し屋だから問題ないか……。


「まず一つ目、陸君には、私と一緒に組織を潰してもらいます。異論反論は一切認めません」


「は? 組織を潰す? たった二人で? 出来ると思ってるのか?」


「出来るよ。組織での訓練時代、陸君は神童と呼ばれていたんだから」


 なんとも懐かしい呼び名が出てきたな。昔は神童と呼ばれるは好きだったけど、今呼ばれるとなると、少し恥ずかしいな。


「それに、組織を潰すと言っても、目的はボスの暗殺。少数精鋭で動いた方がいいんだよ。陸君と私だけでも十分成功率は高い」


「わかったよ。どっちにしろ、断れる状況でもないしな。それでもう一つの理由は?」


「私が、陸君のことが好きだから殺したくなかった!!」


 冰置さんは頬を真っ赤にして言い放った。その言葉を聞いて俺まで顔が熱くなってくる。


「冰置さんが俺のことを好き……?」


「そう。恥ずかしいからもうこの話は終わり。もう話したいこともないし、早く帰って!!」


 冰置さんに外まで追い出された。ドアが閉められる寸前「また明日ね」と言われて、嬉しさがこみ上げてくる。


 昨日に引き続き、今日も濃い一日だったな。組織の依頼は失敗するし、冰置さんも殺し屋だったし、一緒に組織を潰そうとか言われるし、最後には告白されるし。


「あーあ、ほんと、雨の日はロクな事ないな」


 だけど。今日の雨は、少しだけ好きになれた気がした。






















































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アサシン ザ レイン シノマ @Mokubosi

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