ハッシャバイ
ジョーイは電車後部のドアに腕を突き込み、高速で引きずられている。風圧が髪と頬をなぶった。
線路面に接触した両足が激しく擦られて火花を上げている。
耳元でイースターが喚き続けた。
「聞いてくれ。聞くんだ! ――『都市の弾丸』は、地下鉄をハイジャックして爆弾を積み、市庁舎の真下で爆発させる気だ! ……後、強盗犯の子供達の身元も判明した。君が追っているのは――」
ジョーイは自分を振り落とそうとする電車にしがみつき、歯を食い縛って応答する。
「パルカ・ランフォード! スラム地区に住む高校生! 最近よくビリヤードで一勝負してる仲だよ!」
沈黙があった。
「――そうか。……彼女の家は貧困にあえぎ、両親は市長を憎むテロ団体に同調した。そして、彼女を――」
ジョーイは吐き捨てる。
「テロリストの一員として育てた! くそっ、クソクソクソクソ! どいつもこいつもクソったれだ!」
電車がカーブに差し掛かり、慣性で体が振られた。
突っ込んでいた腕が抜けそうになり、ジョーイは慌てて電車の壁面にもう片方の手の爪を立てる。ぎいいっ! と金属が悲鳴を上げた。
「いいか、ジョーイ! 『都市の弾丸』は用心棒を雇った。そいつは――」
「人の頭をかき乱すノイズを発生させるよう、肉体を改造された被験者! 俺達と同じ、軍の遺物だ!」
ぎぎぎいぃー……。金属が軋んで喘ぐ。
イースターがはっとしたように、ジョーイに問いかけた。
「ねえ、ジョーイ。君は――」
ジョーイはもうイースターの言葉を聞いていない。すう、と息を吸い込むと、両腕に全力を込めた。
雄牛の角の如く硬化したジョーイの腕が、まるでアルミホイルを引き裂くかのように電車の外枠をまくりあげていく。
「うおおおおっお、おおおおおお!」
電車の隔壁がぼっかりと口を開けた。ジョーイをそこに体をねじ込み、中に入り込む。
途端、激しい銃撃に晒された。
中にいたのは武装した男たち。ジョーイに向けた銃を一斉に発砲している。
その手に持つのはアサルトライフル、サブマシンガン、それにロケットランチャー。
ぱひゅ、とどこか間抜けな音をさせて放たれたロケット弾がジョーイに迫る。
スタンスを広くとって衝撃に備えたジョーイは、渾身の右フックを繰り出した。
ばっ、があああん! 狙い済ました拳による一撃はロケットの尻部を捉えた。
粗悪なロケット弾はその衝撃では爆発せずにくるくる回り、天井にぶつかってようやく破裂した。
姿勢を低くしたジョーイは舞い散る金属と火花の雨をくぐり抜け、慌てふためいている男たちに接近。
それぞれ別の人間を狙ったワン・ツーで二人の頭蓋を砕くと、もう一人に飛びかかって蹴りを浴びせた。
がぎがぎがぎ。車両の連結部が外れようとしている。
降り注ぐ銃弾から腕のガードで頭を庇うと連結部に突進。ドアをぶち破って次の車両へ。
肩や前腕にめり込んだ鉛玉を腕を薙ぎ払って振り落として疾走。
目の前に立ち塞がる男たちをなぎ倒して先へ。
「パルカーっ! いるなら返事しろーっ!」
前へ。前へ。ジョーイは燃える目で前方を睨み付け、ひたすらに走る。
何枚目――もしかしたら何十枚目かも――のドアを蹴破り、とうとうジョーイは先頭車両に到達。
その瞬間、激しいノイズが脳みそをシェイクした。
「不正は、正されなくてはならない」
銃声と破壊音が炸裂するこの場にはそぐわない落ち着いた声音――目を向ける。
雑音野郎が、パルカに銃を突きつけていた。
「君達も知っているはずだ。この街がどれだけ腐っているかを。私は『都市の弾丸』の理念こそが真理だとようやく知ったのだ」
あまりに激しい頭痛に目が眩み、膝を折った。
暴れまわる内臓をなだめつつ男を見据える。
男は天井――天国かもしれない――を見つめ、恍惚とした表情で言葉を続ける。
「君達もよくやってはいる。だが、生ぬるい。都市におもねってはならない。意志のあるものが、都市を掌握しなければならないのだ」
ごり、と銃を押しつけられたパルカは、色の消え失せた顔でジョーイを見ている。
「待ってろ、パルカ。今俺がこのサイコ野郎をぶっ飛ばして家に帰らせてやるからな」
立ち上がる――ノイズが更に強くなった。
雑音が頭の中で衝突を繰り返す。頭蓋骨が砕け散りそうだ。
それでも一歩踏み出すと、雑音野郎が引金を引いた。
弾丸はパルカの頬を掠め、血が一筋、彼女の頬を伝った。
ジョーイは歯を軋らせて足を止める。
男が微笑んだ。
「君達のような、正義を勘違いしている人間には何をいっても無駄か」
雑音が脳内で膨れ上がる。
押し出されたように眼球が飛び出し、顔面に血管が浮き出してくるのを感じる。
かすかに絶叫が聞こえる。誰だ? 喉が痛い。恐らく、自分の声だ。
ジョーイは体内を埋め尽くすノイズをかき消そうと、自らの声を張り上げていた。
その中でも鮮明に届く男の声――それだけに集中する。
「我々は、都市と共に生まれ変わる、そのための弾丸だ。生きて帰るつもりなどない、鉄砲玉だ」
もはや雑音が視界さえも埋め尽くし、何も見えない。
ジョーイは着ているパーカーのポケットに手を伸ばした。
「我々の死は、都市を生まれ変わらせるだろう。そのためなら私は――」
イカレ野郎が自己顕示するための声に照準をつけ、ジョーイはポケットから手を引き抜いて振りかぶり、投擲。
飛来した白い玉が雑音野郎の顔面を貫き、四散させる。
ビリヤード用の手玉。パルカが、『いつも持ち歩いてる』と言っていたのをなんとなく真似してジョーイも持ち歩くようになった。
「ブレイクショット、うまくなったろ?」
パルカはジョーイに泣き笑いを返した。
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