ノイズ・ジャングル
「よこしな」
ハザウェイはへたりこんで小便を漏らしている目出し帽を被った少年――いや、胸に膨らみがある。少女だ――から銃をもぎ取ると、店の外にあごをしゃくった。
「3人は外に出た。ボイルドとラナが逃げ回る子供達をケージに入れようと走り回ってる」
「
ジョーイは駆け出し、非常口から勢いよく飛び出した。
路上で銃を構える覆面が3人、相対する形でボイルドとラナがいた。
ラナの腕の回りには小さな銀色のベアリングが青白く光り、8の字を描いて飛んでいる。
銀弾が発射された――子供たちの足下に弾痕を刻む。
ラナの特殊検診の成果――電磁力を発生させる両腕。金属を自在に飛び回らせ、機銃のような破壊力を持たせる。
しかし、ラナに当てる気が無いのを分かっているのだろう、子供たちは動こうとしない。逆に銃撃を浴びせられる。
ボイルドがラナを守るように前に出た。彼の体を包む不可視の壁――それに沿うように弾丸の軌道が逸れ、コンクリートの地面や建物の外壁を穿つ。
ボイルドの特殊検診の成果――
彼の手袋の手のひら部分から棒状の物体が出現――ウフコックが
ロッドを手にボイルドが一歩前に踏み出す。すると少年たちは仲間の1人のこめかみに小銃を突き付けた。彼の足が止まる。
「おい! 俺達を殺す気なんてないんだろうが! だったらどけよ、おっさん!」
滑稽な光景――犯人は仲間の命を楯に逃走を図ろうとしている。
ジョーイはラナとボイルドにウインクすると、自分に気づいていない犯人達の後ろにそっと忍び寄った。
強盗犯の1人に突き付けられている銃に手を伸ばし、銃身を握り潰しながら曲げた。
恐怖に弛んだ手から小銃をもぎ取り、更に力を加える。
ぐにぃ、と飴細工のように曲がっていった小銃は、くの字になったところで真っ二つに折れた。
ばん! 銃を突きつけられていた子供が自分の銃をジョーイに向けて引いた。
胸に衝撃を受け、仰向けに倒れる。
「タフぶってると、こ、こうなるんだよ。あまり俺達をなめるんじゃ――」
自分の行為に怯える少年に対し、ジョーイは手を伸ばして銃を掴むことで返答。口が凍りついた男の子は言葉が出なくなった。
「おいたはダメだぜ」
ジョーイの、針金を束ねたような大胸筋から弾丸がこぼれ落ちた。それを見た少年の目玉もこぼれ落ちそうになる。
ジョーイは指先で銃口をつまんで潰すと、少年にウインクした。内心この野郎と思ってはいるが、年上の余裕を見せてやらないとと自分を抑えている。
だから、額を指で弾く程度で勘弁してやった。
昏倒する少年を尻目に最後の一人に向き直ると、手を差し出した。
「ほら。銃をよこしなよ」
そういって歩み寄ろうとした瞬間、脳の中を引っ掻き回されるようなノイズが鳴り響いた。思わず両耳を手で塞ぐ。
「ご……うっ」
その雑音は耳を塞いでも一向に小さくならず、思考能力と平衡感覚を奪われていく。
胃をひっくり返されて絞り上げられるような強烈な吐き気に呻きと唾液を垂れ流した。
涙で霞むジョーイの目に、1人の男が映った。
上等そうな誂えのスーツを着こんだ成人男性だ。
周りを見る。
ラナとボイルドもジョーイと同じく耳を塞ぎ、身をよじらせて苦しみに耐えている。
強盗犯の最後の一人――頭をかきむしり、覆面が脱げた。
長い赤毛がこぼれ落ちる。
「おま、え……」
呟き、ジョーイは現状をなんとか把握しようと努めた。
内臓をめちゃくちゃにかき混ぜられるような不快感を伴う雑音が体を蝕む。このままでは正気を失いかねない、発生源を断たなければ。
再度男を見る。
そいつはこのノイズの中でも悠然と立ち尽くし、あまつさえ薄笑いを浮かべている。
――野郎が、この雑音を起こしている、元凶だっ!
持ち前の、物事を深く考えない即断力でジョーイは男を敵と認識した。腕を持ち上げ、ファイティングポーズをとる。
スーツの男が不意に走り出した。
もがき苦しむ強盗犯の一人、赤毛の子供の腕を掴むと、引きずるように走っていく。
「ごうえっ!」
突然ノイズが遠ざかっていった。ジョーイは一際大きく咳き込み、頭を振って意識をしゃんとさせる。
スーツの男は地下鉄の構内に消えていった。
「待て、クソったれの雑音野郎!」
ジョーイはアスファルトを蹴り、男の追跡を開始した。
地下鉄の階段を駆け下りるジョーイの無線に通信が入った。イースターの焦りに満ちた声。
「ジョーイ! クルツ達から報告があった! 子供達に強盗を唆したのは、マフィアじゃない! 奴等は第一級テロリストグループに指定されている、『都市の弾丸』のメンバーだ!」
「どっちでもいいよ!」
閉まっている改札を蹴り開け、ジョーイは更に走る。
イースターが声を大きくした。
「それがよくないんだ! 『都市の弾丸』の目的は、現市長の殺害! それもその方法は――」
耳を貸さず、ジョーイは走り続ける。
脳裏から赤毛の少女の顔が離れない。
ホームに到達すると、電車は既に走り出していた。
ジョーイは躊躇せず、遠ざかろうとしている電車の最後尾に飛びついた。
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