0x010C 拷問椅子の座り心地は最悪

 ジネヴラとマルティナは僕の所に駆け寄ってきた。

 セルジアが屋敷に来ているから、セルジアとの間柄の誤解は解けてるのかな?

 

 本当は僕が彼女達の所に駆けてきたいけど、僕は拷問椅子に座らされている。

 拷問椅子って質素な椅子。

 たけど、革紐があらゆる首に括り付けられる仕組みになっている。

 手首、足首、首。それに頭まで革紐で括り付けられている。これだと身動き一つとれやしねえ。


 それと拷問椅子って座り心地がよくないんだよね。

 クッションがない。つまり、板張りの上に座らされてる訳。

 できるなら、リクライニング機能を要求したい。

 革紐で締められて、無理な姿勢になっているから、さっきから地味に腰が痛い。

 

 デアドラを見ると、一瞬だけ、目を細めたが、ハンターモードを解除したようだ。

 目つきから剣呑けんのんな気配が消えてゆく。


 人格が変わるのをリアルタイムで見て、僕は思った。

 デアドラの血液型は何だろう?

 少なくとも、彼女はハンターモード、非ハンターモード、腐女子slasherという三つの人格があるのは間違いない。そして、もう一つぐらい人格が隠れてそう。

 

 AB型だと二重人格だったよね?

 

 そうから導きだせば、デアドラは血液はおのずと決まってくる。

 デアドラの血液型はABCD型。

 王族って説明できない不思議な血が流れていると思う。

 時々、彼女が冷淡cold-bloodedになるのはそのせいだ。


 ジネヴラが急いで駆けつけたかと思うと、僕に問いかけてきた。

「ユウヤはエマの事を知っているの?」

「うん、セルジアから聞いた。僕は検察庁が臭いと思ってる」


 正直に言うと、ジネヴラと普通に会話できてホッとした。

 赤い素直な長髪は相変わらず綺麗。赤みの差した白い肌は清らかで、甘い香りは僕を安心させてくれた。


 セルジアの件で振り回されたのもあって、最初に会うとどうなるか心配だった。

 僕は自由だI’ve got liberty


 ただ、この時点の僕は認識が甘かった。


「エマが自殺したのってオカシイよね! ユウヤもそう思うよね!」

「あの、ジネヴラさん。その。革紐を解いてくれない? 僕の肩。大きく揺らさないで。その。喉が締まって苦しい。んですけど」


 革紐は堅く、容赦なく僕の首を締め付ける。

 いきなりエマの話を聞かされて、ジネヴラは動揺したんだろう。

 彼女に悪意はない。

 と、信じたい。


 てか、マルティナも何とかしてよ!

 黙って見てないで、何とかしてえ!

 これだと、頸椎けいつい折れちゃうよ。

 環椎Atlasが天球を支えきれずに押しつぶされちゃうよ。(※a)


 僕が拷問椅子に座らされている時点で、まずは革紐を解いて欲しかった。

 肩が揺すられる度に、喉仏がかなり圧迫されて、軽く昇天しそう。

 毎秒二回の間隔で首が絞まる。締まる。締まる。


 女子は喉仏が目立たないから、この感覚ってわからないかもだけど。

 喉仏を押されると、激しい痛みがあって、息ができなくなるからね。


「ちょっと、ユウヤ。どうしたの顔色がおかしいよ」

「ちょっ。息が。できない。ですけど」

「あっ、ゴメン。ユウヤがエマの話をするものだからビックリして。ちょっと感情的になっちゃって」

「解いてくれないかな?」


 デアドラの方を見ていると、やってくれましたわね、って顔をしている。

 顔は怒ってないけれど、目は深い怒りを隠し切れてない。

 ヤバそう。

 でもさ、僕だって拳を潰されちゃったらたまったもんじゃねえ。

 ただ、悪意はないことは言っておかなくちゃ。

 これだとEmmaがオカシイ雰囲気になる。それはそれで僕としては望まない展開。


「デアドラ、君の立場で言えないことはあると思う。だけど、僕はEmmaの一員という自覚はあるから。そこは疑わないで欲しい。実際、検察庁は反ヴィオラ派だと思ってる。実技試験の時に、ガシュヌアが言ってたよ。法務大臣は検事総長を籠絡ろうらくするのに忙しいって」


 ここで爆弾セルジアの入場。

 言われてみれば、セルジアが、ジネヴラとマルティナが駆け込んだのを黙ってスルー訳がない。

 僕は心の中で悲鳴をあげた。


 もうね、こうなると僕の想定外。

 コントロールすることができそうもない。

 実際、僕は拷問椅子に固定されたまま。身動き一つとることができない。


「ちょっと、ちょっと、どうなってる訳、ジニー?」

「ユウヤがエマの話をしてて。やっぱりエマは殺されたの? 検察庁が悪いの?」

「落ち着こうよ、ジニー。あなたに嘘ついたのは悪かったけど、さっき説明したみたいに、悪意はないの」

「それはいいよ。ただ、心の整理が付いてないだけだから。でも、エマの話は別でしょう?」

 ジネヴラは今まで見せたことのない切迫せっぱくした表情をしていた。

 事態は僕が思っているより、深刻そうだ。

 マルティナだけは僕の方を注視している。

 えっ? 何なの?

 また、何か階段踏み外したかな?


「エマの件は一事不再理いちじふさいり(※b)の原則があるから、これ以上は無理なのよ。というか、ジニー、どうしたの? ちょっと様子が変だけど?」

「ええ、さっきからPCでアラーム音が鳴り響いてて、ちょっと落ち着かないのよ。私も取り乱したみたいね」

「PCの中でアラーム? 何かあったの?」

「”ユウヤが地下室に閉じ込められている件”って画面表示されてて、もう何が何だか」

 ジネヴラは頭を両手で頭を押さえ、セルジアが彼女を支えている。

 仲直りはできてるみたい。

 とりあえず、ジネヴラとは良好な関係でいられそう。

 僕とセルジアが付き合ってるって嘘は解決したんだろう。

 安心してしまって、身体から緊張の糸が解けてゆく。


 でも、マルティナは僕をジッと凝視していた。黒髪は漆のように黒く。淡い『照明』に輝いて見えた。

 そういや、彼女のPCでもアラーム音は鳴り響いているハズ。

 

 やっべー。

 救助要請出したけど、終わらせてねえ!

 そうなるとジネヴラとマルティナの頭の中で、常にアラーム音が鳴り響いている訳だよね。

 忘れてた!


「すいません。ジネヴラさん、マルティナさん。それは僕がやりました。この椅子から僕を解放して欲しいんですけど」


 一堂の視線が僕に集中する。

 ああ、何かヤバそう。

 これっていつものパティーンだよね?


 そんなことを思ってたら、マルティナが近づいてきた。

「ウウイエア。真夜中に何の騒ぎなんだ。やっぱりお前の仕業だったのか?」

「はい。やっぱり僕の仕業でした。ごめんなさい」

「いいから、解除してくれないだろうか?」

「本当にすいません。わかりました。解除します。直ぐします」


 そして、僕は意識をコンソールへと戻す。

 メモリを書き換えたばかりじゃない。再起動を考慮してレジストリ(※c)まで書き換えちゃってるので、そこも修正しないといけない。


 WannaCryが利用している脆弱性を使って、問題部分を書き戻す。


 とにもかくにも、救助要請を解除をさせる。

「ジネヴラ、マルティナ。メッセージを解除したよ。とりあえず、PCを再起動させて」


 ジネヴラはデアドラとセルジアの二人と話をしていた。

 僕の声に気付いたのか、ジネヴラはこちらに顔を向け、僕の顔を見た。


 何だろう?

 危険な予感がした。

 それというのも、僕に顔を向けたジネヴラの表情が険しくなっていたからだ。


 あれ? 

 何か事態が思ってもない方向に転がってる気配がプンプンする。


 何故だか知らないが、デアドラの背景で、宝塚劇場が開催されていた。

 これはよくない。


 枝葉は伸び、薄いピンクの小さな花々が咲き乱れている。

 前回ので理解したが、花言葉は「裏切り」で間違いない。

 これはかなりよくない。


 薄暗い地下室はずなのに、そこだけ別空間みたい。

 デアドラの固有結界とでも言えばいいのだろうか。そこだけ仄かに明かりに包まれている。

 既に彼女は全力懇願体制。デアドラの目は潤み、両手で祈るように組まれている。

 やられた!


 デアドラの外見は十五歳の少女。

 この時点で僕とデアドラがやりあうのは分が悪い。

 既にイニシアティブはデアドラの方に移動していそう。

 

 デアドラの血液型って、ABCD型でいいよね?

 つうか、Zまであるんじゃねえの?


 でも、僕の思考はマルティナの言葉で遮られた。

「それにしても、ウウイエア。ラルカンからメールが大量に送られてくるんだが、ラルカンにメールアドレスを教えたのか?」

「ええっ! 何してくれてんのあいつ!」


 あの杉の木野郎ラルカン

 そういや、DHAの進捗報告させた時、僕のメアドをCCに入れさせた。

 当然、アドレスのドメイン名@以降のアドレスは判明するから、そりゃ必然的にマルティナのアドレスも判るわ、言われてみれば!


 どうして、どいつもこいつも僕に不利な方向にしか動いてくれないの?

 ねえ、ちょっと!


 ラルカン、変な所でアクティブだから、たまったものじゃない。

 晩餐会の時もそうだったけど、何かと僕が巻き込まれて、大騒ぎになってしまう。


 そういや、余興でやった演奏会でもそうだったよな。(※d)

 最初は気分良く演奏してたら、煽ってくるんだよ、アイツ。


 いや、最初は楽しかったよ。本気でいい気分だったし。

 そこは否定しない。


 でも、途中で思った。

 違う。何かちょっと違う。


 で、ラルカンの顔を何度も見たんだけど、あいつテンション上がってて、僕のことなんかお構いなし。むしろ、テンション上げてけって睨んできた。

 僕だって、子どもが喜んでるの見て、嬉しくなって、調子に乗ったけどね。


 確かにね。ラルカンはやるときにはやる男。

 そこは認める。

 あいつのパフォーマンスも見てて、どうすんのコレ? と思う反面、スゲーなって思ったし。


 でも、肝心の観客は、完全に置いてけぼり。


 って、何かやらかすってことを、身をもって知らされた。


 人のことは言えないけど、TPOは考えないと。

 マルティナと上手くいかないのも、その辺りに問題があるからだと思う。


「いや、今回ばかりは僕は関係ないよ。あいつが探って送ったんだと思う。僕のメアドは教えたから、そこからマルティナのメアドを探ったんだと思う」

「そうなのか? 受信したメールはゴミ箱に仕分けしてるから、それは問題ないんだが……」


 あれ?

 マルティナさん?

 君も何かオカシイよ?


 どうして、モジモジなの?

 マルティナは口元に握った手を当てちゃって。顔を赤らめてる。

 うん、君のそういう仕草は可愛いいとは思うし、何より綺麗だし、とても魅力的な女性だと思う。

 今日はフェロモン的に一日七バレルだね。

 絶好調じゃないか、マルティナ。

 でもさ、こっちは拷問椅子に座らされているから、それどころじゃないんだよね。

 手足や首や頭を革紐で縛られ、もはや身動きできる状態じゃないから。


 僕としては、とにかく革紐を解いて欲しい。

 でも、マルティナは僕の意思を全然読み取ってくれない。

「あの、ガシュヌアの前カノの話なんだが」

 そう来るか!

 ラルカン、どんなメール送ってんだよ。ああ、アレだよね。

 ガシュヌアの前カノがマルティナに似てるって話を確かにしたわ、ラルカンとセルジアに!


「う、ん。ソレより僕の革紐解いて欲しいんだけど……」

「あの話って、本当なのか?」

 上目遣いで訊いてくるマルティナ。


 どうしよう?

 僕は絶望感で目の前が真っ暗になった。


 ほら、目を輝かせるとか、目を光らせるって、言葉があるでしょ?

 その表現からすると、僕の目が消えた。もう完全に消えた。

 もう、目玉が消えて、未来まで消えたって感じ。


 奥では、デアドラが着々と巻き返しを計ってる。

 すでに効果があったらしく、ジネヴラはさっきから、僕に背を見せて頷いてばかり。

 ジネヴラの伸びた背筋ってキレイだなって一瞬思った。けれど、冷静に考えると、いい方向に進んでいるとは思えない。

 何故なら、セルジアも一緒になって話に加わっているからだ。


 そして、僕の前には恋したマルティナさん。

 もうね。どうしろと言いたい。

 僕にどうして欲しいんだって声高に主張したい。

 ガシュヌア、これを自分で何とかしろって、無茶振りすぎるだろ!


「あの、マルティナ。その話は本当だよ。ドラカンから直接聞いたから」

「そうなのか」

 嬉しそうなマルティナ。


 どういう訳がここでも宝塚エフェクトがかかる。

 結果として目の前で太陽フレアが起こった。(※e)

 ぱああ、と輝くってほどヌルいものではなかった。余りの威力に惑星を百個単位で吹っ飛ばすレベル。

 僕の意識は一瞬で消し飛びそうになる。

「そうか。それでガシュヌアは何か言ってたか?」


 こ、これは。太陽フレアは止めて欲しい。圧力で意識が持たない。

「確か前カノの名前はアンジェラ。五年ほど前に亡くなったみたい。ドラカンは、ガシュヌアに”他の人に心を開いてもいいんじゃないかな”と言ってたけど」

「そうなのか。他に何か聞いていないか?」


 僕の肩を掴んでガクガクと動かすマルティナ。

 もう、拷問と何ら変わらねえよ。この状況!

 こっちは意識保つのに必死なのに、マルティナは毎秒五回の間隔で僕の肩を揺さぶる。

 そして、僕の声にビブラートがかかり始める。

「あいつさ。ガシュヌア。何か頑なに話そうと。しないん。だよね」

「どういう感じなんだ? 男性視点で言ってくれないか?」


 マルティナの揺さぶりはテンポアップ。毎秒十回間隔。

 これだと、ビブラートの上下が激しすぎ、高音は可聴範囲を超えて超音波となる。


 もうね。

 いっそ、拳潰してくれた方が楽だった。今の状況は拷問よりタチが悪い。

「そうだね。今、迷ってると思う。ガシュヌア。積極的に。会った方が。いいかも」


 ここでようやくにして、マルティナの揺さぶりがストップ。

 太陽フレアはもっと酷いことになっているけど、呼吸器系の安全は確保できた。


 奥の三人がどこに向かっているのか全然わかりません。

 というか、探ろうという気力も出てこない。

 僕は椅子の上で力なく、グッタリ。

 けど、セルジアの誤解が、どういう顛末てんまつになっているのかだけは聞いておきたい。


「結局さ。セルジアの件ってどうなったの? あれ完全に誤解なんだけど?」

「あれか。セルジアが突然に夜にやってきた。ウウイエアはどこなどと、目を血走らせて来たから、取りあえず話を聞いた。あれは嘘だったんだな」

「あー、よかった。誤解解くのをどうしようかと思ったんだよね」

 胸のつっかえがようやく取れた。

 ああ、今なら素直に言える。

 ガシュヌア、お前いい奴だよ。取りあえず解決はできたみたい。


「セルジアの言う通り、ウウイエアは二股かけるほど器用じゃない。それで妙に納得してしまった」

「そうだよ!」

 僕は思わず高い声をあげてしまった。

 だが、マルティナのテンションが少し下がったように思えた。目線を逸らし何か考えているようだった。

 なるほど、宝塚エフェクトには、時間制限があるんだね。

 また、一つお利口さんになってしまった。


「ただ、ジネヴラは色々と悩んでる」

 突然のマルティナの言葉に僕は驚く。

「えっ、何のこと? ジネヴラは何を悩んでいるの?」

「食事会でガシュヌアと言い争いをしただろう? ジネヴラは雰囲気悪くしてしまったと、ずっと自分を責めていて。それに実技試験では上手く私をフォローできなかったとか言ってたし。そこまで思い詰めなくてもいいんだけどな」

 うーん。

「ジネヴラも色々あるんだなあ。悩んでる節を見せなかったから」

「お前が知らないだけだ。私はズルい女だとか、意地悪な女だとか言って、へこんでいる時もあるんだぞ? 私はそんなこと微塵も思ってないのに」

 うーん。

 これってジネヴラが僕のことを意識してるってことでいいんだよね?


 ジネヴラと僕が距離を詰めようとすると、マルティナを放っておくって状況が彼女を苦しめている訳だよね。

 マルティナとガシュヌアの間を取り持ったら解決じゃね?


 でも、そうなるとラルカンが酷いことになる。

 困った。マジで困った。

 ファンバーも居るし、ややこしいったらこの上ない。


「ジネヴラは、昔から正義感が強いから。ブラウン・ツリー第二孤児院に居た時も、そうだった」

「ん? 何かあったの? 確かエマもそこに居たんだよね」

「詳しくは知らない。ただ、ジネヴラは施設長のケルソーとケンカばかりしていた」


 そうか。

 ジネヴラが「規則とか理不尽なことが多くって。やってられるかーって、荒れていた時期があったんだよ」って言っていたのを思い出した。


「ケルソーってどんな奴だったの?」

「あいつか。ヤラシそうな中年だったよ。貴族の末息子とは聞いたが。最初に入院した時は、アイツから身体の隅々まで、見られてるっていうのがわかった。今、思い出しただけで寒気がする」

 ああ、この野郎のせいで、マルティナの中で、男は変態って偏見作られたんだね、きっと。

 マルティナと出会った時、僕が変態呼ばわりされたのも、こいつのせいに違いない。


 ケルソー、大人って自覚持てよ。

 その頃のマルティナって、十五・六歳だろ?

 まあ、マルティナだけに、その歳で既にセクシーだったかもだけど。

 仮にも貴族が少女を色目で見るとか、どうなの?


「ジネヴラと出会ったのはその頃だったんだ。入院したてで、一人でポツンとしていると、ケルソーがやって来た。そこにジネヴラがクリケットバットを投げこんできて」

 何か想像できないけど、そんな事してたの、ジネヴラ?

 荒れてるどころじゃないわ。

 セルジアがジニーを怒らせたら怖いって言ってたけど、その片鱗へんりんが垣間見えた気がする。


「最初の頃は乱暴な女だと思っていたんだ。けど、ジネヴラは私を守ってくれてたんだな」

 何故だか僕の背筋がゾワゾワした。

 考えているよりも、深刻な状況だったのかもしれない。

 ディープな感覚が刺激される。

 そういや、僕の世界でも、そういう手合いもいたよな。

 チャイルド・マレスターとか何とか。(※f)


「そのケルソーって、ひょっとして女子に乱暴したりだとかした?」

 僕は自分の中が昏くなっているのを感じた。

 こういう連中って僕は嫌いだ。大嫌いだ。

「わからない。私はジネヴラから守ってもらってばかりだったからな。ただ……」


 ジネヴラは一人ぼっちだったと言っていた。

 ぼっち同士でマルティナと仲良くなったって。


 わからない。わかりたくない。

 けど、ジネヴラはひょっとして、孤児院の女子全員を守る為に……

 ――ケルソーの虐待を一身に受けていたのではないだろうか?

 そして、彼女の正義感が周りから認めて貰えず、孤立していただけじゃないだろうか?


「おい、何をしてるんだ? 革紐取り外さないと身動きとれないだろう?」

「今からケルソーぶっ殺す! そいつ絶対に許せねえ!」

「落ち着け。革紐を外すから待ってろ! 擦れて血が出てるぞ!」


 黒々とした感情に飲み込まれ、僕は椅子から立ち上がろうと暴れた。

 地下室に椅子の擦れる音が響いている。

 だが、革紐は強く僕を縛り上げるばかりで、身体の自由は効かないままだ。


「そんなこと知るか! 革紐なんか引きちぎってやる! くそっ! ケルソーをぶっ殺してやる!」


<Supplement>

※a 環椎

 頸椎、つまり首の骨は上からC1、C2からC7と呼ばれる骨で構成されている。

 頸椎を構成するC1の”環椎”はアトラスと呼ばれている。

 これはギリシャ神話で両腕で天球を支えさせられている神の名前に由来する。

 彫刻でもよく題材とされており、”アトラス 彫刻”でググれば沢山でてくる。


 いきなりスチールボールを後頭部にぶつけられて、ビックリして両手を上げてしまったオッサンではない。


※b 一事不再理

 刑事裁判で確定した判決が出た場合、当該事件において再審理することは認められないという原則。


 エマのケースでは拘置所内で自殺をしていることになっている。

 つまり、裁判中に検察庁内施設で自殺をしているので、判決までには至っておらず、再審理するには再審請求を行う必要がある。

 この部分については、日本の刑事起訴法とは色々異なる。

 ただ、舞台の設定として、再審請求するにしても、相手は検察になるので、余程の証拠がないと難しい案件。


 ただ、この時点で、”一事不再理”という言葉を持ち出したのは、セルジアはジネヴラを納得させる為の方便。


 尚、この物語の設定上、行政裁判所なるものはない。

 日本と同じく司法裁判所のみが存在し、行政起訴は司法裁判所で取り扱いされる。


※c レジストリ

 Windowsの設定情報。

 起動する際に、レジストリを読みこみ、Windowsは起動することになっている。

 プログラムをインストール、アップデートした際に、再起動を要求されることがある。

 メモリ上に展開されている情報から、再起動することで、

 マルウェアでレジストリを書き換えられた場合、起動するする度にマルウェアが起動することになる。


 ここからは物語とは関係ないが、WannaCryの場合、jpg、オフィス系のファイルを暗号化してしまう。

 その為、レジストリを書き直した所でどうにもならない。暗号化したものを復号化元に戻すする必要がでてくる。


※d 余興でやった演奏会

 0x010B 末尾にある<Image Music>を参照。


※e 太陽フレア

 表現として、^は累乗になる。

 10の二乗は10^2という形で表記される。


 太陽フレアのエネルギーは10^29~10^32erg。

 Jジュール換算すると、10^22~10^25Jジュール

 ちなみに、人類史上最大の水素爆弾であるツァーリ・ボンバが2.1×10^17Jジュール

 更に恐竜を絶滅させた隕石メネシスの威力は3.14×10^17Jジュール

 要するに太陽フレアは惑星単位で破壊される威力がある。


※f チャイルド・マレスター

 犯罪分析の用語で子供にみだらなことをする人を指す。

 ペドファイルは子供に性的な夢想を抱く人。


※g アステア・デ・カスティーリャ

 ミドルネームに”デ”が入っているので、スペイン系貴族というのが判る。

 0x001Aにてユウヤが指摘したのはその点。

 なお、スペイン語的には、名前の最後にaで終わるのは女性名。

 男性名だとoで終わるのが普通。

 名詞でも男性名詞、女性名詞。男性形、女性形があるが、男性はo、女性はaで終わっている。

 この名前については色々と事情がある。


『組織図』

カヴァン王国は立憲君主制。

国王は居るが、権限が憲法で制限されている。

―――――――――――――――――

・立法

―――――――――――――――――

国王

議会┬貴族院

  └庶民院


各種委員会:宮廷魔法ギルド(OMG/DOG)

      宮廷鍛冶ギルド

      宮廷繊維ギルド

      宮廷農業ギルド

      等々

―――――――――――――――――

・行政

―――――――――――――――――

内務大臣:デアドラの父(マッカーサー公)

  ・内務省┬魔法統制庁……セル民族自治連盟

      ├警察庁

      └国土開発庁


外務大臣:マクラレン卿

  ・外務省┐

陸軍省代表:アステア・デ・カスティーリャ卿(※g)

  ・陸軍省 ┤

      └国家安全保障局(DOG:非公開組織)


  ・海軍省

  ・通商省-特許庁

   (貿易経済協力局は外務省下、通商政策局は未だに組織化されていない)

法務大臣:シベリウス伯

  ・法務省┬検察庁

      ├移民庁(序盤でユウヤが移民登録した所)

      ├法務局(ギルド登記、不動産登記など)

      └地方自治体(各都市に存在している役所)


  (財務省):反ヴィオラ派が設立を目論むが議会で見送り。

  (厚生労働省):そんなヌルいものはない。


―――――――――――――――――

・司法

―――――――――――――――――

  司法裁判所

―――――――――――――――――

</Supplement>

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