0x010B 拷問官って大変な職業だと思う
中世時代の拷問って頭オカシイだろってのが多い。執行するのは拷問官という公務員。
あのさあ、人体はおもちゃ箱じゃないんだよ。
以前の僕は、ウェブでそういった記事を見ても、第三者的な立場だった。
だけど、現在の僕は違う。
だって、僕が今居る世界が中世なのだから。
地下室へと続く、階段を一段一段降りる度に、心拍数は上がり、呼吸も息苦しくなってくる。実際、ピアノ線が僕の首に食い込んで、呼吸しずらいってのはあったけど。
「ねえ、ちょっと僕は何されるの? 今回、僕は何もしてないよ? ねえ、ちょっと聞いてる僕の話? セルジア、デアドラ? 僕の話を聞いてよ!」
二人は何も答えようとしない。腰から力が抜けて、階段降りるのもやっと。
ピアノ線が首に食い込み、痛いのもあって、歩けるのが不思議。
夜の地下室って、本気で怖い。
『照明』はついているものの、薄暗く囲まれた空間が重々しい。そもそも窓がないから密室な訳ですよ、これが。
四方は闇に包まれ見えないし、『照明』に照らされ、灰色の石畳が鈍くと反射しているのを見ていると。こう思っちゃう。
これが僕が見る最後の景色になるかもしんない。
そして、拷問椅子に座らされる。デアドラは革紐を足、首、頭と括り付けてゆく。
悪意があるのだろうか?
デアドラ、そんなに締め付けたら足とか壊死しちゃうから!
もうちょっと手加減してえ!
そして、首を締め上げられる時、ギュッギュッと何度も絞り上げないでえ!
これだと喋る前に死んじゃうよ。
カールした金髪はキレイだけど、内面はどんなものかわからない。
彼女の目はアースアイという珍しい模様をしている。
「ユーヤ。手を固定するから、肘掛けに手を置きなさい」
冷え切ったセルジアの声。空気が寒い地下室に反響して、
「い、嫌だ。ねえ、ちょっと僕は関係ないから。ガシュヌアがどんなメール送ったのか知らないけど、今回は僕は全然関係ないから。痛い、ちょっとピアノ線で首を絞めないで!」
「私は言ったわよね。肘掛けに、手を、置きなさい」
「ええっ、ちょっと首が、首が、息ができないんですけど。ちょっと手を置くから、取りあえずピアノ線締めるの止めてよ!」
「肘掛けに、手を、置きなさい」
僕の抵抗はことごとく無視される。
セルジアとデアドラ。
彼女達と話をしてて、僕の意見が通ったことは余りない。ジネヴラだけが僕の生命線。
ところが、今回に関しては、ジネヴラと上手くいっていない。
もう僕は無理かもしれない。
意識せずとも呼吸数は上がり、聴覚が遠くなる。言葉が音としか聞こえない。
失禁とかするのはこういう状態なんだろうと思う。意識せずとも膝がガクガク震えてた。
手の甲に万力が付けられた。
ヒヤリとした鋼鉄の感触は、無残な未来の入り口だ。
進行している一連の作業を、理解したくない。
デアドラが何か喋ってる。
「指を伸ばさないのでしたら、
「ちょっ! 潰さないで! 僕の拳を潰さないで! 質問したいことがあれば尋ねてよ! てか、DOGから告訴状って何なの? 僕、本当に何も知らないんだからさ! だから、お願い。僕の拳潰さないで!」
「おやおや、鳥が何か
そうきたか!
悪魔繋がりとか絶対に言えない。
言うと、ガシュヌアからもっと酷い目に遭わされる気がする。
そもそもセルジアは僕がDOGに
僕は既にデスゾーンに居る。
ここを回避するカードはないものか?
恋バナとかヌルいこと言ってると、確実に僕の精神は粉砕される。
「次にあるDOGの食事会。連中何か
おや?
手が止まった。
二人は一応聞いてくれてるみたい。地下室の重い空気は冷たくて、僕の脳を冴えさせた。
この際だ、一気に情報を与えよう。
彼女達が散らばった情報を検証し始めたら、少なくとも時間は稼げる。
その間に解決案が浮かぶかも。
「DOGはセル民族自治連盟を秘密裏に解体させたい。そして、デアドラのお父さんが内務大臣でしょ? 内務省の下には、魔法統制庁、警察庁、国土開発庁がある訳で。というのも併せて今後どうするのか、食事会で決定させたい、みたいなこと言ってた」
嘘は言ってない。二人は沈黙を守っている。
更に情報をおっかぶせると、処理できなくなるかもしれない。
僕としては二人と会話できる状態に持っていきたい。
現状だと一方的な尋問で、会話が成立していない。
だから、抜け出る手段が全くない状態だ。
「DOGは諜報機関。聞いた所の目的は、”国家安全保障”と言ってた。問い詰めたら”見通しがよい場所を確保する”とも言ってたよ。でも、僕には彼らの本当の目的はわからない」
完全に身動きを止めている。舌を止めたら殺される。
舌の根はスッカリ乾燥してるけど、回る分は回さなきゃ。
「ガシュヌアはOMGのドナヒューと法務大臣シベリウスが繋がりがあることを掴んでる。ドナヒューはヤメ検らしくて、OMGのダナシーの裁判も執行猶予付判決に持っていくみたいだよ」
僕はガシュヌアとアステアの明日の予定は知っている。
けれど、これはちょっと喋るのを止めておこう。
情報
そして、持ってるカードを全部
よーし、この隙を利用して、ジネヴラとマルティナに救援を呼びたい。
「デアドラ、ユーヤが言ってるのって本当なのかしら?」
「ちょっと待って下さい。思い当たる節がありますです……」
こめかみに指を当ててるデアドラ。
おお、ハンターモード解除に成功している!
拳の上に冷たい万力の感触。僕は脳をフル回転させる。酔いも何も吹っ飛んだ。
肝臓が緊急事態を把握したらしく、アルコールはすっかり分解。おかげで頭シャッキリ。
この際、ジネヴラとマルティナに嫌われていようが関係ない。事態は緊急を要する。
WannaCry(※a)というマルウェアが利用した脆弱性を使って、ジネヴラとマルティナに緊急事態だと全画面ロック、ビープ音で救助要請しよう。
実際、
助けて! コンソールに意識を向けようとすると、デアドラが口を開いた。
「なるほど、ウーヤ。あなたは色々と知っているようですわね」
あるぇ?
ハンターモードに入っちゃってる!
デアドラさん、首をおかしな方向に曲げているのは、どうしてなの?
展開的にデアドラさん、病んでるっぽいんですけど。大丈夫かな?
僕はかなり
ちなみに僕の
心拍数は200を突破。(※b)
膨張した心臓が、肺を圧迫するのか、息するのも苦しい。
その後ろでセルジアが茶色の瞳を
サバンナで、ハイエナに見つめられたら、こんな気分になるんだろう。
どう考えても、僕は
「ユーヤ、あなた言ってたよね。DOGはセル民族自治連盟をどうしたいんだったっけ? もう一度言ってくれるかしら?」
セルジアが口を開いた。
彼女の開かれた口から牙が見えた気がするけど、錯覚だよね、コレ?
ヤバい、追い詰められてる感がハンパない。
仕方ない。こうなったら……
落ち着けよ、僕。
指の第二関節をしっかりと握って骨を鳴らす。
僕のルーティンの一つ。
次第にマインドセットが切り替わってゆく。
セルジアの質問。これはタチの悪い誘導尋問だ。
知っている情報を、もう一度聞き直して、違いがあれば問い詰めるって手法だろう。
一言一句合わせないとセルジアは差異を指摘して追い詰めにくる。
さすがは弁護士。
でも、こちらも元はつくけど民間偽装要員。(※11)情報戦の最先端で常に戦争だったさ。
「”セル民族自治連盟の解体と隠蔽化”だよ。そして、僕はガシュヌアに丸投げしたんだよ。セルジア、昼にそう言ったと思うけど」
「あら、そうだったわね。私、最近忘れることが多くて困っちゃうのよね」
ふふふ、と笑うセルジアなんだけど、彼女の目は笑っていない。僕の瞳の動きを観察している。
そういや、”セルジアが適当なこと言った時って、目が少しだけ右に動く”って、言っちゃったもんな。
デアドラは先ほどから僕を注視している。
彼女は僕の微表情を読み取りにきているようだ。
ヒリヒリするスリル感。
マインドセットの切り替えで、狭まった視野が広がり、観察する余裕がでてきた。
おお、閃めいた!
「DOGは
どうだろう。
これでセルジアを切り離せるかな?
とにもかくにも、追撃の手を止めさせなくちゃ。
デアドラはピクリと表情を動かした。
追い詰められた僕がそれを見過ごす訳がない。
この話をされるとデアドラは僕だけと対話せざるを得ない、と僕は思った。
「僕の想像だけど、
言葉の外に置いた
緊張はしたけれど、結果はデアドラの口から出てきた。
「セルジア、下がってくれませんか?」
追い打ちをかけとくか。
とにかく、セルジアの問題は、DOGがチラつかせた、シェルフ・カンパニーの告訴状。
それで彼女は感情的になっている。
納得できるオチを与えておこう。
火消しになるかどうかわからないけど、とにかくセルジアを切り離すのに集中する。
このまま二人居られると、一人が質問者、一人が観察者となり、応答に手が抜けない。
「検察庁相手だと、セルジアや法律事務所の身体検査をされる可能性があるよね。DOGはその可能性を教えるという、
実際の所、ガシュヌアが何を考えてるのかわかったものじゃない。
ただ、EmmaとDOGは友好的な関係ではありたいはず。
理由は簡単で、セル民族問題の解決には、デアドラと内務大臣である父親の力が必要となる。
でも、告訴が単にセルジアへの牽制の可能性もあるけど。今の僕としては、そんなことは構っていられない。
自分ファースト。この世界は甘くない。
エゴシステムがこの世界での基本原理だ。
セルジアが文句を言いたそうにしていると、デアドラの再度の退席を促した。
「セルジア、これ以上は国防上の問題になります。下がってください。それと、シェルフ・カンパニーの件ですが、早々に撤収しましょう。残念ですが、ウーヤの言うことにも一理あります」
デアドラの声はいつもと比べてシャープ。地下室の中でやたらと響いた。
どうやら本体が出てきたみたい。
セルジアは怖い目線を残して、去って行こうとしている。
でも、僕がセル民族について知らないというのを印象づけておく必要がある。
扉へと歩いて行く、セルジアにも聞こえるよう、僕は喋った。
「デアドラ、セル民族を独立させないのは意味があるんだよね。でなきゃ紛争の種を抱えている意味がない。独立させとけば何の面倒もないはずなのに」
「ウーヤはどう考えていますか?」
「以前に
僕としては何でもいいから喋ってみた。
事実、推測、伝聞はわけて話すべきだけど、敢えて混ぜて放り投げる。
こうなるとデアドラは情報を整理する必要が出てくるし、会話するというベースを構築することができる。
一方的な質問よりも、受け答えをする土壌を作りたい。
「ウーヤの答えは、当たらずも遠からずですね」
「僕はセル民族については何も知らない。ハーフエルフだったよね? えーと、セルジアは、もういないよね。それじゃ質問したいんだけど、例の実験の件と誘拐事件って関係はあるの?」
「……」
デアドラは口を開かず、無表情に徹している。信号が出てこない。
大方、間違ってはいない。でなきゃ、信号を隠す理由が見当たらない。
こちらとしては、セル民族自治区の情報を知りたい。
僕はこっちの世界に来て間もなく、セル民族の立ち位置さえわからないのだから。
「セル民族自治区にある魔法資源は王国として保有しておきたい。だから、使用権を得る為に自治区にしている。ただ、反ヴィオラ派の筆頭シベリウスが、魔法統制庁長官ドナルや宮廷魔法ギルドOMGを使って圧政を引いていた。ここまではあってるかな?」
「続けて下さい」
「セル民族は圧政を引かれた状態で、事件があっても検察庁が動かず事件化できない。で、彼らは仕方なく
「……」
また、黙るか。
貴族も
こっちは余裕ができてきた。
既にセルジアは退席した。
となると、僕は拷問を受ける可能性は低い。
拷問を鑑賞する連中は確かにいただろう。それは歴史が証明している。
だけど、デアドラ一人で拷問が実行するのは難しい。拷問側も相当に精神的な苦痛を伴う。
でなきゃ中世時代に拷問官という職業があるはずがない。
デアドラの口を無理にこじ開けようとしでもダメそうだ。
デアドラが何もしないなら構わない。
それは”何もしない”というアクションを選択したということだ。
そういうことなら、僕に考えが無い訳でもない――
しばらくして、僕は口を開く。
デアドラが反応しなくても関係はない。こちらはこちらでアクションを起こす。
「推測だけど、DOGはセル民族自治連合の隠蔽化を
さて、ダラダラと話をするのはこれで終わろう。
注意をこちらに向けるのには成功している。
デアドラは僕の言葉が終わっても、僕の顔を注視していた。
作戦通り。
最後に僕のスタンスは付け加えておく。
デアドラの人間関係がどうなっているか判らない。
けど、建前上、僕とデアドラはWin-Winの関係には持ち込め、口を開けさせることができる。
「僕はエマの事件は検察庁が関係していると思ってる。それを明らかにできるのであれば、僕は協力を惜しまない。デアドラはどうしたい?」
「ユウヤ、それってどういうこと?」
デアドラが振り返ると、ジネヴラとマルティナが戸口に立っていた。
これがデアドラが選択をした
その間、WannaCry が利用した脆弱性を使って、ジネヴラとマルティナに救助要請を出しておいた。
<Supplement>
※a WannaCry
写真(jpeg)、エクセル、ワード、パワーポイントなどのファイルを暗号化し、元に戻したければBitcoinで指定の所に入金しろ、と脅迫してくる、かなり悪質なマルウェア。
身代金を要求することから、ランサムウェアとも呼ばれる。
WannaCryはファイルを暗号化して、身代金要求のダイアログを表示させる。
NSAはこの脆弱性があったのにも関わらず、Microsoftに報告はしていない。この件についてMicrosoftは米国政府を非難している。
諜報機関においては、このようなハッキングツールを使用しているケースが多く、最近ではCIAのツールについてもWikiLeaks経由でVault 7と名付けられる文章で暴露された。
この文書でCIAはいくつかのハッキングツールがあることが判明している。
そのドキュメントでは2012年フランス大統領選挙のCIAスパイ活動命令があったことも判明。
また、ツールの群の一つであるAngel Toolでは、
CIAとNSAは行政組織としては別組織。
その為、情報戦を展開するに辺り、CIAは独自のアドバンテージを取る為に、独自の開発プロジェクトを持っていると推測されている。
尚、
最後に、スノーデンは日本へのメッセージを残している。
「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」
※b 心拍数200
ちなみにミジンコの心拍数は200を超えている。
水質の
水温は30℃辺りで心拍数は最大となる。
ミジンコとしては心臓にかなり負担がかかっている状態なので、30℃は水温が高すぎる。
常温、つまり20℃近辺がミジンコ的にハッピーな温度だと思われる。
測定環境にもよるが、その場合だと心拍数は300~400近辺ぐらい。
※10 以下はコンテスト用に短縮されており、後に追記します。
0x0106と同様の違いがあります。
0x001C:変更後:Emma全員とセルジアに内部告発メールついて報告しているシーンが追加されます。ユウヤはデアドラに他メンバーにセル民族問題については言及しないように言われます。
※11 以下はコンテスト用に設定しており、後に変更します。
0x00FF:変更後:ユウヤは民間偽装要員ですが、PLA Unit61398に所属していません。
</Supplement>
<Image Music>
#Emma
https://www.youtube.com/watch?v=HiaOFOMPOBc
#DOG
https://www.youtube.com/watch?v=Mx0xCI1jaUM
#DHA
https://www.youtube.com/watch?v=6CuMgLM558s
#ジネヴラ
https://www.youtube.com/watch?v=vxIOUJ7by6U
#DOGのが格好良かったので、同じことやってみたラルカン(黄)、ユウヤ(紫)
https://www.youtube.com/watch?v=uT3SBzmDxGk
</Image Music>
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