0x001C 僕の帰る場所

 僕はDHAから家路についている。


 DHAにどうして行ったのかだって?

 そりゃ、借りてた服や靴を返さなきゃならないからだ。それと、もう一つ理由があった。

 ラルカンに確かめたいことがあったから。


 DHAの所に行くと、ファンバーが居た。

 いや、正確に言うと、ファンバーも居た。

 今日の出来事は一生忘れないだろうと思う。


 ファンバーは僕の突然の訪問にいい顔はしてくれなかった。

 そうだね。扉開く前にノックするとか、先に確認しとけばよかったね。


 ラルカンとファンバーは上半身裸だった。

 僕は口を開けたまま身動き一つできなくなった。今まで生きてて硬直したことがなんかなかったから、これが生まれて初めての体験になる。

 手にしていたラルカンの衣服と靴を落としたけれど、正常な人間の反応だと思う。

 何が起こってるのかサッパリ理解できなかったし、キッパリ理解したくない。


 異様な雰囲気だったのは覚えている。

 これでラルカンが何も気付いてないとか、ちょっと頭がオカシイんじゃないかと思う。

 ゲイ・ゲーみたいなのがあったのだとしたら、ラルカンは間違いなく鈍感係。

 ファンバーはゲイ力高いと思う。美形だし、スタイルもいいし。


 でも、ゲイにも独占欲ってあるんだね。知らなかったよ。

 ファンバーが色々と説明してくれたけど、余りの事態に僕は言葉は聞こえているけど、意味がわからない状態になってしまった。靴を拾うのも忘れてたしね。


 というか、ファンバー、返しの達人flipperって何?

 ストレートでも油断しちゃいけないという事実を知りました。でも、彼がいない今なら言えるけど、正直知りたくありませんでした。

 ごめんなさい。ゲイ文化の認識甘かった。世界は広いんだね。

 もうね、怖くてファンバーとちゃんとした会話ができなかった。これ以上、知っちゃったら別の世界に引きずり混まれそう。

 でも、そんな中でも事実は確認しなくちゃいけない。ファンバーの嫉妬心を煽りたくはないけれど、そんなことは構ってられなかった。


 家路が地味に遠い。

 新しい靴はまだ足になじんでいないけれど、新しい革底は石畳の上で小気味よい音を立てていた。本来なら気分がいいはずなんだけど。

 ラルカンからの返答は予想を遙かに上回るものだったので、今ある情報を整理するので手一杯。

 ただでさえ、例のプロジェクトがどういうものかを知ってヘコんでたのに。


 屋敷に着くまでの道程で、あちらこちらに人々が集まって世間話に興じている。

 道ばたでかたまりになっている人達を避けて歩く。囁き声が耳に障るが僕の名前は出てこない。

 空を見上げたら季節外れの筋雲が空に長々と伸びていて、それを見ていたら溜息が出てきた。

「ラルカンは単なる操り人形ってわけか。もう、本当に何を信じていいのやら」

 僕の独り言は石畳の上で空回り。


 世間を賑わせている内容については色々知ってるけど、それを喋るわけがない。

 ハッカーの宿命みたいなものだ。いや、民間偽装要員と言った方がいいしれないね。


 魔法統制庁と宮廷魔法ギルドが実行しているプロジェクト。それに関する情報をOMGギルド員になりすまして内部告発メールという形でカヴァン王へと送った。

 デアドラの話によると、そのメールが引き金となり、特別王令が発行され、議会が緊急招集されている。そこではガシュヌアが言ってた問責決議案について議論されている。


 屋敷に帰り、書斎へと入る。ジネヴラとマルティナが机に向かって開発をしていた。

 アステアから言われた軍用パッケージの作成だ。

 ジネヴラは僕が帰ったきたのを見ると、声をかけてきた。

「お帰り。どうしたの、冴えない顔してるけど」

「ちょっと、考えることが多すぎて」

「デアドラの話だと議会が揉めてるみたいだったよね。それってユウヤの仕事と関係あるんだよね?」

「そうなんだ。それでちょっと気が重くって」

「私も。色々ありすぎて。変な形で認可されたからかな。ちょっと複雑な気分」


 Emmaは陸軍省を通じ、特別民間ギルドとして認可された。魔法ギルドとして認可されるのは、議会が終わってからになるらしい。

 軍法コードM021-0050.08に定められている特別規定09-03。

 ガシュヌアが用意していた異常発生時緊急マニュアルは、特別規定09-03を適応させる為に必要な書類だそうだ。

 被魔法者の候補まで用意されており、後は軍用パッケージを完成させて、テストするだけ。


「でもさ」

 ジネヴラは僕を励ますように笑顔を浮かべた。彼女の背景に花が咲き始める。

 あっ、宝塚劇場開演ですか?

 心の準備がまだなんだけど。

 蔓バラが咲き乱れましても、気分的にツッコミ入れる余裕がなさそう。


「ユウヤ、約束したよね、私とマルティナに」

「えっ? 何のこと?」

 脳内検索エンジンでのヒット数は0。もしかして、も出てこない。

「ほら、ユウヤが持っているスキルを教えてくれるって言ってたじゃない」

「あっ、そうか」

「そうかじゃないよ。ねえ、マルティナ。言ってたよね?」

「言ってた。間違いない」

「というわけで、ユウヤ。私達が開発した軍用パッケージのコードレビューをして欲しいんですけど?」

「そうだぞ、ウウイエア。コーディングは終わったが、これでいいのか確認してもらいたいんだ。間違っている部分があるなら教えてほしい。前回の魔法開発はウウイエアが全部やってくれたが、私達は魔法士だ。持ってるスキルを教えてくれる約束していただろう?」


 これまで縛られた心がほぐれてゆく。僕は色々難しく考えすぎていたみたい。

 気がついたら僕は笑っていた。心の底にあった煩悶は解け、気持ちが軽くなってゆくのを感じた。

 そうか、僕はここに居ていいんだった。

「そうだったね。約束してたよね。ありがとう」

「感謝されてる? 私は特に何もしていないけど」

「何でもないよ。こうして普通に帰る所があるのが嬉しいなって思ってさ」

「ふーむ、ユウヤ君はどうも寂しい人生を送ってたようだね」

「そうなのかな? でも、そうかも」

「じゃ、これからは違ってくるね。今できる精一杯を頑張ろう」

 お姫様は今日もエンジン全開らしい。話をしているだけで心が軽くなる。

「わかった。それじゃコードレビューしよっか」

「オーケー。じゃ、これからユウヤ先生だね」

 ジネヴラのそう言って振り返ると、赤い髪が僕の鼻先をかすめた。甘い香り。脳内コンソールに意識を戻したくない。この瞬間がいつまでも続いてくれたらいいのに。


 アイツが囁いた言葉を思い出しかけるが、それにはそっと蓋をしておく。

 叶わない夢を考えてみても仕方がない。チクリと心が痛むけど、普通の生活ができるなら、それだけでもいいんじゃないかな。


「さて、ジネヴラさん、マルティナさん、コードレビューするので、開発したコードをメールで送って下さい」

「この前作ってもらったメールアドレスでいいんだよね?」

「いいよ。メールアドレス間違えないでね」

「送信したよ。マルティナは?」

「ちょっと待ってくれないか。文書を書いている所なんだ」


 マルティナは真面目な表情をして、脳内コンソールに集中しているらしい。

 今日はフェロモン一バレル状態。

 僕としては安全域。問題なく二十四時間耐久ジェントルマンでいられそう。

 この所、マルティナがガシュヌアに対しての好意がどうなったのかがわからない。

「マルティナ。魔法ギルドと認可されたらDOGが食事会に誘うって言ってたけど、着ている服とか決めてる?」

「いや、特に決めてはいない。言われてみれば食事会に誘われていたな。確か」

 オカシイ。

 マルティナさん、ちょっとオカシイ。

 この前までは頬を染めたり、モジモジしたりしてたのに。僕の努力はどうなるの?

「ウウイエア、メールを送ったぞ」

 受け取ったメールを見ると、文章キッチリ。どこまで几帳面なんだよ。


 でもまあ、マルティナ自身がガシュヌアへの好意が薄くなる理由は何となくわかっている。

 ガシュヌアには後でキッチリ確認しておかなきゃな。

「受け取りました。それでは、これから授業を始めます。まずはコードからクラス図を作ります。使うツールは……」


 書斎のドアが開かれた。どうやら、デアドラが帰ってきたらしい。

 この所、彼女は議会に呼び出されることが多く、屋敷にいない時間の方が多い。

「ただいまです……」

 ジネヴラが元気よく立ち上がった。

「お帰り。今日も忙しかったの?」

「はい……。皆さんに伝えることがありますです……」

 何事かと思って、一同はデアドラの所に集まる。


 デアドラはショールを外しながら、金髪を一振りした。

 そして、一息置いてから、彼女の背筋が伸ばされた。

「魔法統制庁長官が変わりました。Emmaの審議会が開かれますが、間違いなく認可されるでしょう。お疲れ様でした。ジネヴラさん、あなたのギルドは女性の社会進出の助けになります。実技試験においては果敢に弁舌を振るって頂いたようで、アステアさんも感服したとのことでした。今後の働きにも期待しています」

 あっ、王族スイッチが入ってる。金髪を一振りするのがルーティンなのかな?

「DOGはOMGと同じく宮廷魔法ギルドと認可され、今後もEmmaと協力関係になります。後、ウーヤ、あなたには別の伝言を授かっています」

「えっ?」

「どうしましょう。メールを送った方がいいですか?」

 デアドラの王族スイッチが入りっぱなし。調子が狂うんだけど。

「メールで構わないけれど、あっ、届いた」

「DOGがウーヤに来てくれと言っています。メールを一読した上で、彼らの執務室に向かって下さい」


 公式的にEmmaのメール使用は認可されていないし、料金の問題もあるから、メールアドレスを公開することが出来るわけもない。DOGは僕のメールアドレスなんか知らないし、これしか方法がなかったんだろう。


 メールの本文を読んでいると、反ヴィオラ派が駆逐され、デアドラを通じてEmmaとDOGは協力関係になる旨が書かれていた。

 それと、このメールを読んだら執務室まで来いと書かれていた。

 DOGには確かめないといけないことが多いから、遅かれ早かれ行こうとは思ってたけど。


 メールの最後には彼らのサイトと思わしきアドレスが記載されていた。

 そのURLは――

 なるほど、DOGのサイトが見つからない理由がわかった。


 メールを読み終え、出て行こうとするとデアドラが耳元で囁いた。

「ウーヤ、気をつけなさい。DOGは想像以上にしたたかです。今まで色々な人と関わってきましたが、彼らは手強い。くれぐれも言動には注意をして下さい」

「……そうだろうね」


 僕はDOGの事務所に向かうことにした。

 彼らの執務室に行っても、僕の帰ってくる場所があればいいなと、そんなことを思った。

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