0x0012 晩餐って優雅なものかと思ってた

 僕は食事の用意ができるまで、男五人で書斎に移動することにした。


 あの時のジネヴラ、マルティナ、デアドラの視線は蔑みを遙かに通り越していた。最初の頃に変態扱いされてた時期があるけど、今回はそれ以上に酷い。


「いやあ、DOGと会食とか光栄ッス」

 ラルカンが饒舌になっている。彼の脳はどういう状態なのだろう。全てをぶち壊したのにウキウキしている。挙動不審で見てられない。


 気安い態度でラルカンが質問をしてる。

「ラルカン君とユウヤ君とは仲良しなんだね?」

「ユウヤって案外と話がわかる奴ッスよ。魔法統制庁とかクソだとか意気投合しちゃいました」


 えー、ラルカン。反政府的な発言とか、言っちゃダメだろ?


「それはよかった。魔法開発はどう?」

「未処理の根源サーバーを、サルベージとかしちゃってます」

「パスが割れずに放置されている根源サーバーのことを言っているのかな?」

「そうっス。他のギルドから、パスが割れなかった根源サーバーを譲り受けて、やってたりするんスよ」

管理者root権限取得が一番のハードルになるからね。面白いやり方だとは思う。いい結果が出ればいいね」

 DOGの二人はスマートに聞きに徹している。相づちの打ち方が絶妙で、ラルカンは言わないでもいいことまで喋っていた。


 そうか。パスを割れなかった根源サーバーとかあるんだ。

 それは気付かなかったな。


 視線をファンバーに移す。金髪に整った顔。女性が放っておかないだろうに、何という資源の無駄遣い。

 でも、僕の思いは関係なく、ファンバーは敵意に満ちた目で僕を睨んでいた。もし、ファンバーの瞳に歯があるのなら、今頃、僕の眼球は咀嚼そしゃくされているだろう。

 それにしても。ファンバーがゲイであるということを知って、普通に見ること、というか、どう接していいかわからない。


 ガシュヌアとドラカンは、ラルカンとの会話にけりを付けると、長ソファーでくつろいでいる。手頃な近さにあったテーブルに置かれた、シャンパングラスを手に取り、口を潤す程度に飲み下していた。

 スーツはガシュヌアが黒よりのネイビーのストライプ。シャツは白のワイドカラーでグレンチェックのネクタイをしていた。靴は黒のパンチドキャップでフォーマルな感じ。

 対してドラカンはダークネイビーのヘリンボーン。チェックのシャツはカジュアルでボタンダウン。ネクタイは無地のブルーで上品な輝きを浮かべていた。

 いいスーツ。何だろうこの余裕。着こなしまでいい感じ。彼らは王侯でもあるかの風情で、肘置きに肘をついて、足を組んじゃったりしていた。


 気にくわねえ。


 何だろう、僕の中から湧き出てくるこの感情。黒くて何かモヤモヤしている。

 僕の中に住んでいるモンスターが大きくなるよ。大きくなってるよ。


 ガシュヌアはDHAがいるにも関わらず、動じた気配もない。相変わらず目つきは悪いけど、フラットに会話を差し込んできた。

「ユウヤ、調子はどうだ? この前言っていた件について色々と聞きたいことがあるんだが」

 ガシュヌアさん、あんた本当にブレないね。まだ、探りたいの?

 まあ、前回、嘘ついちゃったけど。

 しかし、ガシュヌアは普通にしててもマジ偉そう。年上かもだけど、同年齢になったとして、同じようになれる気がしない。

 どうしてこう差が付いた?


 ちなみにアーサー王ガシュヌアはモルドレッドに深手を負って死亡するからな。

 夜道に気をつけろよ。


「そうだね、ユウヤ君。君について具体的に知りたいと思ってるんだよ。この前は中途半端だったからね」


 黙れ、ランスロットドラカン

 主役とは違って、樫の木は名前すら無いんだよ。だからそっとしておけ。


「あー、その件ですか。ネットワークについては詳しいですけど、何もできないですよ。ラルカンも来てるんで、その話は後にして下さい」

 ラルカンの名前を出したらムカムカしてきた。

 なんで呼ばれてないのに来てんだよ。気が付いたら、ラルカンに怒鳴ってた。

「てか、ラルカンなんで今日来た? 訪ねてこいとは言ったけど、日付は後で連絡するって言ったろ!」

「でもさ、折角の食事会なら俺達が参加しても問題ないだろ?」

「ラルカン、僕の立場どうなんの? 見ただろ、あのジネヴラ達の冷たい目。お前は帰る場所があるからいいけど、ここが僕の帰る場所なんだよ。つまり、避難不可能なんだよ。あー、後で絶対に説教だよ」

「えっ、俺の来訪を怒ってるのか、皆? マルティナもそうなのか?」

「当然だろ! 突然の訪問で喜ぶ奴なんか普通にいねえ。しかも、食事会にとか迷惑以外の何でもねえよ。人数増える訳だし、準備だって大変だろ? お前の頭の中では、マルティナがお前の来訪を心待ちにしているのかもしれないけれど、ここは現実の世界なんだ。さっきの表情から察して、歓迎されていないと思わないのか? 押しが強すぎて引かれてるってば」


 あっ、何かファンバーから冷たい視線。ヤバい。目が座ってるよ。

 夜道で刺されるのは僕かも。


「後、ジネヴラには赤毛gingerって言ったこと謝っておけよ。絶対にだぞ。絶対にだ。それと、食事会ではおとなしくしておけよ。頼むから」

「えー、何だよ。注文多すぎだろ。来いって言ったのユウヤじゃねえかよ。だからわざわざ来たのによ。なあ、ファンバー。お前も忙しいのに予定を合わせてくれたんだよな?」

「食事会に来いとは言ってねえ」


 ファンバーが僕の方へ詰め寄ってきた。

「ユウヤ、君は女娼の斡旋でもしてるのかい?」

 彼の発言にはカチンときた。

 お前がカミングアウトしていて、僕が知っていたら、考慮には入れていたさ。マイノリティには偏見があるというのは知っている。

 でも、ジネヴラたちを娼婦扱いされるのは勘弁ならない。

「ファンバー。彼女達は男性社会でマイノリティだ。そんな中でもギルドを設立させようと頑張ってんだぞ? しかも、僕はこの前聞いて知ったけど、ファンバーについては、同情的で、しかも協力的だったんだぞ? ついこの前、ファンバーのことでたしなめられたよ。そんな彼女達にどうしてそんな言い方ができるんだ!」

 ファンバーは僕の言葉を聞いて、しばらく考えた後、言葉を漏らした。

「……そうか。それは知らなかった。確かにジネヴラ達は、男性社会ではマイノリティになるのかもな」

「そうだよ。僕なんか軽率だって注意されたし!」

 まあ、デアドラはベクトルが違うけど。

「それは失礼した。僕も知らなかったから。でも、君は違うだろ。ラルカンとマルティナが上手くいかないのはわかってるだろう。なぜラルカンに叶わない夢を見させるんだ?」


 ファンバーの一言を聞いて、愕然とした目でファンバーを見るラルカン。

 身内からアンブッシュを食らったら、そういう表情にもなるだろう。 

「お、おい。ファンバー、俺とマルティナって上手くいくわけないって、どういうことなんだ? 少しは希望はあるだろ? この前、ヘコんでた時に慰めてくれたじゃないか」

 

 ヘコんでた時に慰めてくれたって、具体的に何があったのだろう? 

 僕はゲイじゃないけれど、それはそれだ。

 ガシュヌアとドラカンは静観を決め込んでいる。


「マルティナの表情を見た? あれで気付かなくちゃ。後、ジネヴラとデアドラの態度。いい加減、自分は女性にはモテないって気付きなよ」

「俺はモテないのか? そうなのか? なあ、ユウヤ。お前はそんなこと思ってたりしないよな?」

 ラルカンの縋り付く目。土砂降りの雨の中、捨てられた子犬のような目をしてた。

 どうしよう。でも、ファンバーに殺されるのは嫌だ。

 

 しかし、こんな状態で食事会?

 酷い有様になるのは目に見えている。

 それにしても、DOGの二人は相変わらずの安定感。


 そうだ。いいことを思いついた。

 もう、巻き込んでしまおう。


「ガシュヌアさん、ドラカンさん。ラルカンについてどう思います? 恋愛について教えてやってくれませんか? 女性経験とか豊富そうだし」


 言葉の最後に僕はどういう表情をしていたのか覚えていない。ただ、ゲス顔dicky faceになってたとは思う。

 だって、僕の中のモンスターはすっかり大きくなっていたのだもの。


 DOGの二人は話しの矛先が向けられても平然としている。

「こちらに話題が振られたみたいなのだが、ドラカン?」

「そうだね。ラルカン君は女性に気に入られたいみたいだ。アドバイスが欲しいらしい」

「やれやれ」

 短く息を吐くガシュヌア。片手を上げて困惑した仕草が様になっていた。

 内なるモンスターに殺意が芽生えた。もう少ししたら花が咲くかもしれない。


「ラルカン。女のハートを勝ち取るには原則がある。まずは清潔感。身だしなみは基本中の基本だ」

 確かにDOGの二人は着こなしもいい。スーツは身体にフィットしていて、仕立てがいいのがわかる。

 ガシュヌアのスーツは黒に近い無地のグレーで糸番が細いのか薄く光沢に覆われている。対してドラカンは無地のミッドナイトブルー。ネクタイは深紅で紋が一点入っているだけ。小紋かストライプも似合うだろうが、フォーマルさが失われる。敢えてシンプルなものにしたのだろう。

 僕のモンスターの芽が開花しそう。命名するならユウヤザウルス。樫の木的に凶暴なのは間違いない。


 確かに、DOGの二人はモテそう。

 正直に言おう。僕だってモテたい。


「そして、女に敬意を払うこと。女が話をしてる時は遮らずに最後まで聞く。まずはそこからだ」

 ガシュヌアの言葉の後に、ドラカンが続く。

「後、女の子は他の人にどう思われるか気にしている場合が多いからね。友達にもいい印象を与えておく方がいいかな」

 おお、ドラカン。いいこと言うじゃないか。

 僕がラルカンに言ったのとほぼ同じ。僕にもモテDNAがあるのかもしれない。

 DOGっていい奴なのかもしれない。僕は勘違いをしてるのかも。

「後、誠実であること。そんな所かな」


 ファンバーまでも聞きいっている。それぞれ、心当たりがあるか、今までの記憶を検索していた。実際、僕も記憶を探ってた。

 そんなことしてたら、食事の時間が来たのか、晩餐のお呼びがかかった。


「お待たせしました。晩餐の準備ができました」

 ジネヴラはラルカンたちが来たことを怒っているみたい。僕と視線を合わせようともしない。

 これはいけないと思い、僕はラルカンに小声で囁く。

「ほら、ラルカン。ジネヴラに先に謝っておけって」

「何だよ、いきなり」

「ドラカンも言ってたろ? 友達にはいい印象を与えとけって」

「そうかよ、わかったよ」


 ラルカンは大股でジネヴラに歩み寄ったかと思うと、頭を下げた。

「ジネヴラ、この前は赤毛gingerとか言って悪かったな」

「ラルカン、本心から言ってるの?」

「ユウヤから言われたし。ちゃんと謝れって」

「ふうん。本心から謝ってくれてるんだ」

「学校では成績で勝てなかったからな。嫉妬もあったんだと思う。悪かったよ」

「よし。これまでのことは無しにしてあげる。でも、突然に食事会に来るとか止めてよね。人数が変わったりすると、準備とか大変なんだから」

「タイミング、悪かったか? ユウヤにさっき怒られた」

「ふうん」

「来るなとは、ユウヤに言われてたんだけど、やっぱ気になってさ」

「マルティナのこと?」

「まあ、そうだな」

「ラルカン。マルティナの友人として助言するけど、今のあなたと彼女とは賛成できない。色々と複雑なのよ」

「ああ、ユウヤから聞いたんだけど、ガシュヌアのこと?」

「それだけじゃないの。色々と鈍いからなあ、ラルカンは」

 ジネヴラはファンバーの方にチラリと目線を移した。苦労するわねと言いたそうな顔をしていた。


 僕はファンバーに話しかけた。

「なあ、ファンバー。ジネヴラとラルカンって、昔、どういう関係だったの?」

「僕もそうだけど、学校でクラスメートだったんだ。プロムではダンスパートナーだったな」

 プロムというのは、高校卒業パーティーのことだ。日本の高校での修学旅行なみに、当たり前のイベントで、男性が女性を誘ってパーティーに参加する。

 アメリカ特有のイベントだと思ってたけど、この世界でもあるみたい。


 僕が知らない思い出を共有してるラルカンが羨ましい。

「ラルカンのことだからパートナーにはマルティナに申し込んだんじゃないの?」

「そのマルティナに断られて、落ち込んでるのを見かねてジネヴラがパートナーを引き受けたんだよ。何だ、ユウヤ。微妙な顔をしてるな」

「僕もそこに居たかったな」

「君がここに来たのは最近だもんな。どうして、ここに来たんだ?」


 まさか。落ち人とは言えない。口止めされているのもあるし、DOGが僕の後ろにいる。

「魔法を勉強しようと思ってね。他国を見て回るのも悪くないだろうと思ってさ」

「ラルカンがユウヤのこと褒めてたよ。ハッキングの腕も悪く無さそうだって」


 おーい、ファンバー。ちょっと待てよ。

 DOGの前で止めてよね。ネットワークに詳しいって設定にしてるんだよ。ハッカーと知られたくない。


 僕はファンバーに小声で話しをし、声のトーンを下げろと手で合図を送る。

 彼は察したらしく顔を近づけてきた。

 ちょっと、近すぎだろ!

 ファンバーは女性じゃないけれど、彫像みたいに顔が整っているから、こちらが焦る。


「複雑なパスワードを簡単に破ったっんだって?」

 ファンバーは怪訝に顔をしながらも声のトーンは下げてくれた。ラルカンとは違って空気は読めるらしい。

「いやいや。ネットワークに詳しいだけだから。大したことなから」

「ラルカンと一緒に打ち合わせするんじゃないの? OMGをハックするんだって?」


 ちょっとー、ファンバー、待って。本当にちょっと待て。

 DOGに知られたらヤバいでしょ。秘密にしとかなきゃダメでしょ?

「あのー、ハッキングって違法でしょ。僕は何のことだかサッパリだよ。ほら、他人に聞かれたら捕まっちゃうかも」

「ユウヤ、何を言ってるの? ラルカンにOMGのハッキングを依頼したのはDOGだ」


 僕は思わず後ろを振り返る。DOGの二人が僕の視線を受けてニヤリと笑った。

 人の悪い笑顔だった。


 このクソ野郎assholes。殺してやりてえ。マジで殺してやりてえ。

 殺した上に、遺体を山中に埋めて、墓石の変わりに犬のクソを置いてやりてえ。


「そういうことだ、ユウヤ。もうちょっとマシな嘘をつけないのか?」

「ユウヤ君。ついでに言うと、ネットワーク技術がどうとか言ってた時、目が泳いでたよ」


 これで勝ったと思うなよ。

 絶対にお前らのPCハックしてやるからな。絶対にだ。 


 しかし、全てはバレていたようだ。とんだ茶番もあったもんだ。

 どこから仕込まれていたのかわかったものじゃない。

 

 とにかく色々面倒なことに巻き込まれたのは間違いない。


 なんてクソったれな一日なんだろう。

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