0x0010 忖度とか言っていいのは中世までだよね

 メールはテキストに出力してもらい、FTPで受け取った。

 ハッカー的にはFTPはNG。暗号化されておらず、盗み見されたら丸見え。

 ただ、こっちのハッカーのレベルも知らないので、言われるままFTPで受け取った。

 

 この世界でもハッカーがいるとは思いもしなかった。仲間が増えた気分で嬉しい。


 ラルカンとはどうでもいい話をしていたら、正午過ぎているらしく石畳に伸びる影が長くなっていた。太陽が建物の屋根に隠れるには、まだ時間がある。

 デアドラの屋敷に行くまでに、フィモール街を通っていると、この世界について知りたいという好奇心もあって、セルジアの事務所に寄ることにした。


 セルジアは法律事務所として開業したばかりなのだろう。奥の通りにあった。しかし、ダーナ街とは違い、塵一つ落ちていない。建物も伝統と重厚さを感じさせる。


 ノックをすると、戸板が堅く音が余りしなかった。果たして中まで聞こえたのか不安になり、もう一度、ノックをして、ドアを開ける。

 間取りは広くないものの、清潔で本の多い事務所。奥には相談室があるのだろう。受付はおらず、カウンターには頬杖をついたセルジアが居た。事務員はいないようだ。


「やあ、セルジア」

「あら、どうしたのユーヤ。珍しいわね」


 この前、ジネヴラと結んだ契約書では、すったもんだをしたものだったが、彼女としては既に終わった話らしい。表情に曇りはなかった。

 割り切りとか早そう。ビジネスウーマンとしてドライなのかも。


 近づいてみれば、セルジアの手元には書きかけの書類があり、誰かに頼まれた契約書の下書きをしているらしかった。仕事中のようだけど、頬杖ついているし、退屈な作業に見える。突然の訪問者を嫌がっている雰囲気でもなさそう。


「忙しいかな?」

「ああ、今書いているこれね? クライアントからの頼まれ事。行商から通行申請書、関税報告書を書いてくれっていう仕事があってね。それを書いている所なのよ」

「へえ、通行申請書に関税報告書か。自分で書きゃいいだろうに」

「色々と手続が面倒なのよ。後、フランツからの行商だし、英語で書くのは苦手みたい」

 フランツ? 僕の世界でのフランスのことだろうか? 

「フランツか。何かフランツ語って苦手な気がする」

「あの鼻にかかった音が、ちょっと嫌かも」

「でも、英語の方が簡単だろうに。行商も自分で書けば手数料が浮くだろ」


 セルジアはちょっと背を伸ばした。書類と向き合ってばかりで肩でも凝ったのだろう。

「その辺は色々あるのよ。例えば関税とかね。商人がこの町で物を売ったら関税がかかるのはわかるわよね」

「関税があるのは、カヴァン王国の産業を守りたいからなんだよね」

「そうそう。そうしないとカヴァン王国の雇用が守れないじゃない。雇用を守らなきゃ税金も取れないし」

「うん、わかる」

「別国商人が商品をこの国で売ったら関税がかかるんだけど、このグリーン・ヒルは王都で、産業特区に指定されているのね。で、産業振興したい加工業者がいるわけ。だから、商人がこの町で商品を売ったとしても、加工業の原料となるのであれば、関税が減免される制度があるの」

「要するにこの都市で他国籍の商人が売上げをあげた時、加工業者に卸したということにしておけば、関税が節税できるってこと?」

「そう。ユウヤって飲み込み早いわね。あの契約書もことごとく見破られたし」


 そりゃそうだ。

 ダークウェブで闇サイトを立てて、日本人相手に仮想通貨アカウント作成やら、情報売買していた時期もあったからね。海外を跨いでの商取引は理解している。

 

 しかし、セルジアはあの悪意のある契約書については何とも思ってない。淀みもない表情に僕はビックリだ。反省などおくびにも出そうにない。


「契約書にサインする時は注意しなきゃね」

「東洋でもそういうものなのね。こっちの馬鹿なら簡単に引っかかるのに」

「あんまり悪行を重ねてると、その内にしっぺ返しにあうよ」

「この事務所を作るのだって大変だったんだから。当たり前にやってちゃ、事業を大きくすることできないでしょ?」

 セルジアはそういって笑った。逞しさを感じさせる笑顔だった。

 自分で事務所持ってるぐらいだもんな。相当に苦労はしているはず。


 そういや、僕の世界では色々あったよな。

「節税のお手伝いか。でもまあ、架空の会社で帳簿上やり取りするように見せかけて関税を免れる。そんな奴も居るんだろうね」

 何気なく言ったら、セルジアが驚いたような顔をしていた。目を見開いた彼女から殺意がうっすら滲み出てきている。


 ヤバい、この女。とんでもねえ。

 ペーパーカンパニー作って脱税してるよ。


 税務署員さん、こいつです。

 この人、違法な脱税スキーム構築して、お金儲けしてますよ。

 セルジアのやっている仕事は限りなく黒に近いグレーというよりも、グレーに限りなく遠い黒。


 どうやら、地雷を踏んだらしい。

 セルジアの瞳に警戒感が浮かんでいる。彼女の警戒度マックスを達成してしまうと適当な理由を見つけられて、訴えられる可能性がある。この話題はよくない。


 話題を変えよう。というか、立ち位置を明確にしておく必要がある。細心の注意が必要だ。

 爆発物処理班にでもなった気分。まずは冷却から始めなくては。

「そんなことより、法律だけでなくて経理もできる必要があるのか。大変だね」


 セルジアは書類を机の上で揃え、書類を裏側にした。僕が読むのを警戒したのだろう。


 セルジアは僕に笑いかけた。

 今更、彼女が僕に向かって笑顔を向ける理由はない。

 これはトラップだ。僕の出方を見ていて、場合によっては法律的に殺される。

「そうなのよー。重さや長さの単位って、国によって違うし、仕入れ金額も別の国の通貨使っているでしょ。帳簿を付けるのも、大変なのよねえ」

「何しろ、セルジアは一人でこの事務所回さないといけないもんね。色々間違ったりしても、悪くないと思うよ」

 このサインが通じるだろうか?


「一人で経理しなきゃならないし、税法もよく変わるのよ。時々、やらかしたりしても不思議じゃないわよね。その辺はユウヤの国もそうなんだよね」

「当然だよ、セルジア。僕もやらかす人だから、セルジアの状況よくわかるなあ。失敗を責めても人間は伸びないよね」


 お互い笑い合った後、しばしの沈黙。漂う緊迫感。胃がキリキリ痛む。

 しばらくして、僕とセルジアは又、笑い声をあげた。だけど、僕もセルジアも目は笑っていなかった。

 起爆するの? そうなの?

 

「とにかく、僕は経理とか法律とか専門外だから。セルジアが何をしているのかサッパリだ」

「こういう仕事は大変なのよ。わかるでしょ?」

「わかる。わかる。わかる」

 非常に重要なことなので、三度言った。彼女と僕は合意に達成できたみたい。表向き、彼女との闘争は避けられそう。


 爆発物はうまく処理されたらしい。

 セルジア、どこに地雷があるかわからねえ。


「それより、ユウヤ、何の用できたの?」 

 セルジアは書類を置いて、肩まで伸びたダーク・ブロンドをかきあげる。彼女の高い鼻筋と大きな目がこちらに向けられた。眉は上がっており、彼女の気の強さを物語っていた。

「そうそう。相談があったんだ。座っていいかな?」

「どうぞ」


 僕は相談者が座るであろう椅子に腰掛けた。堅い木でできているけれど、腰掛けても軋む音一つしない。きっといい職人が作ったのだろう。


「実はこの世界について聞いておきたいことが沢山あってさ」

「どんなこと?」

「事前に聞きたいのだけれど、これって相談料とか支払わないといけないのかな?」

「内容次第かな? ジネヴラ関連の事だったら、デアドラから顧問料もらっているから」

「ジネヴラのギルド設立に関して邪魔をしようとしている話って聞いてる?」

「何々、何か新しい情報でもあった?」

 事件の臭いを嗅ぎつけたのか、彼女の興味は、手元の書類ではなく、僕へと移された。新しいオモチャを見つけたような顔をしている。

 いつもそういう表情していたら魅力的な女性だと思うよと、心の中でセルジアに言った。


「確認したいんだけど。他人の根源サーバーに侵入して、その情報を見つけたりすると、やっぱり違法なるのかな?」

「えっ! そんなことってできるの?」

「いいや、僕じゃなくてさ。ほら、情報提供者がいるって言ってたじゃない」

「あー、ラルカンね」

「セルジア。声が大きい」

「ふーん、あいつ、そんなことできたんだ」

「他言無用でお願い。情報入手手段はどうかとしても、内容からOMGがやろうとしていることって、宮廷魔法ギルドとしては、公平ではないと思うんだ」


「うーん」

 セルジアは背筋を伸ばすようにして、天井を見た。

 どこから説明したらよいのやらといった表情。

「ユーヤ。世界は公平ではないし、平等という理念はあっても、現実は全然違うの」


 そりゃそうだ。僕の世界でもそうだった。

「それぐらいわかっているよ」

「気を悪くしないでね。ユーヤの世界がどうだったが、私は知らないから。この国は最近になって、国の運営に関して、普通の人にも開かれてきていて、それはいい傾向だと思うの」


 確かに中世時代に現代の政治学がもたらされ、変化している最中に見える。

「行政機関や司法機関が独立して、そこに私のような一般人が入れるようになったんだから。以前は、そんな余地なんか何もなかったのよ」

「この国では社会制度は変わりつつあるというのは理解している。でも、それはそれで、ジネヴラの件に関しては、公平でないっていうのは納得いかないな」

「だから、そういう不公平をなくすように司法制度があるんでしょ。変えていかなくちゃ、”私たちが”」


 セルジアは”私たち”がという所にクォーテーションを入れて話した。彼女は続ける。

「私は男女平等をスローガンに上げて、それに向かって努力しているつもり。今ある全てが完成形なわけないでしょ? だから、変えないといけない。そして、変えて行くのには”私たち”がアクションを起こすしかないでしょ?」

 再び”私たち”という所にクォーテーションを入れた。

 僕は頷くしかない。

 

 セルジアの瞳に曇りはない。むしろ、世の中を変えていかなきゃいけないという使命感に輝いていた。

 社会に立ち向かっている彼女たちがとても眩しく思えた。

「君の言うとおりだ」

 僕の言葉を嬉しく思ったのか、彼女は微笑んで腕を腰に組んで得意そうな顔をしてみせた。


「”他人の根源サーバーに侵入して、妨害されるのを確認”している行為自身が、違法行為になるわ。他人の根源サーバーに侵入する行為に関しての法律はないけれど、過去の判例から根源サーバーは、民法上で所有物として扱われるの。他人の所有物を無許可で使用したということになるから厳罰くらうわよ」

「やっぱりか。でも、”何かのプロジェクトに抵触する可能性がある”とか、そんな理由で、ジネヴラがギルド設立で認可されなくなったら、それはそれで、おかしい」


「それが違法取得した情報の内容なの?」

「そうだね」

「認可されなかった理由を不服として裁判を起こすにしても、証拠がいるわ。だけど、違法行為をして集めた証拠では裁判は起こせないからね。逆に違法行為を働いたってことで捕まっちゃうわよ」

「その理屈はわかる。ただ、明らかに実技試験で認可されない理由が明確でなかった場合、その情報公開ってできないの?」

「裁判で情報公開を求めるしかないわね。でも、行政文書公開に関する法律はないし、見込み薄よね。不服申し立てはできるんだろうけど」

 

「正攻法だと、そうなるよね。でも、OMGがやり放題はおかしい」

「それは私も憤慨しているのよね。証拠になるものって何とかならないのかな。これは違法取得したものでないって意味よ」


 セルジアは腕まくりをした。陽気が屋内に残っている。彼女にとっては何気ない動作だったのだろう。

 でも、その仕草一つで、僕は狭い屋内で、一つ屋根の下で若い男女が居るという現実をいきなり突きつけられた。

 この部屋には誰もいない。変な噂とか流れたりしないよね。

 そもそも、女性経営者の事務所に、顧客でも何でもない男が訪れてるって何なの?

 こういうことが頭一杯になって、ちょっとドギマギしてしまった。

「え、えと。もうちょっと時間遅いよね。僕はそろそろ帰ろうかな」


 僕の動作がギコちなくなってしまったのだろう。立とうとすると、椅子の脚を蹴ってしまった。大げさな音が事務所内に響いて、更に居心地が悪くなってしまった。


「ん? どうしたの、ユーヤ」

 セルジアはそう言って僕を凝視する。僕としては慌てて目線を逸らした。顔が勝手に紅潮してゆく。意識すればするほど、挙動不審になってしまう。

「ははーん。別に普通にしてくれていいわよ。そりゃ、私の事務所の訪問客は女性が多いけど、男性だって普通に居るわよ」

 察しがいいよな。

 セルジアは僕が女性と二人きりというのに慣れていないと見切ったらしい。彼女は、もっとリラックスするように勧めた。


「セルジアと二人きりって、今までなかったから、ちょっと照れるよね」

「あらあら、ひょっとして恋人とかいなかったの?」

「どうでもいいじゃないか、そんなこと」

「へえ、いつもはジネヴラたちと居るんでしょ? ちょっと嬉しい反応よね」

 セルジアは肩肘を付いて僕を品定めするかのように僕の方を見て、ニヤニヤ笑っていた。

 茶髪は光の魔法で上品な輝きを浮かべていた。前髪が額にかかっている。


 僕は深呼吸をした。このままでは恥を掻きっぱなしだ。ちょっとは威厳を見せたい。女性に可愛いって言われるのは、男性の立場としては子ども扱いされているようで悔しい。


「実技試験って、実際に魔法を使ってみて、審査会で認可するか決定するんだろう? デアドラは内務省に根回しするみたいだけど、その辺りどうなの?」

「どうって言われても、私は弁護士で行政機関に関する法律は知ってはいるけど、専門じゃないから。実情まではわからないわね。でも、何もしないよりはいいんじゃない?」

「てか、デアドラって貴族って知っているけど、そんなに権力あるの?」

「貴族って言っても、王族に当たるから、彼女の場合」

「えっ! 何それ。聞いてない」

「知らないの? 今の王室ってカヴァン王で、女王は崩御。もし、カヴァン王が亡くなった場合、王位継承権は一人娘のヴィオラ王女だけになるけど、デアドラはその従姉妹にあたるの」


 デアドラが時折見せる鋭さに急に合点がいった。王位継承が絡めば色々とあるんだろうな。普段はおとなしそうでも、いざとなったら王族スイッチが入ってしまうのだろう。

 時折見せるハンターみたいな目を僕は忘れることができない。


「王位継承戦争とか巻き込まれたりしないの?」

「ないこともないわね。でも、王位継承権のあるヴィオラ様とも仲がいいし。ただ、ヴィオラ様が王位継承するのをよく思っていない人も少なくないわ」

「それって、やっぱり男性優位社会だから?」

「そう、それ!」

 我が的を得たりとばかりにセルジアが指を指した。


「理解が少ないのよね。女性の命令が聞けないっていう貴族が多いのよ。ちなみにユウヤはどう思う、女性の王様って。正直に聞かせてくれない?」

「いや、問題ないでしょ。つか、そこに問題を感じているようだったら、ジネヴラと雇用契約結んだりしないって」

「そうよね。どうしてこの国の男達って、そういう風に物事を考えられないのかしら」


 話が脱線してしまっている。話題を元に戻さなくては。

「話は戻すけど、デアドラの一言で、OMGの横槍って防げたりするのかな?」

「さっきも言った通り、行政機関ってどうなっているのか、私は専門じゃないからわからないのよ」

「そうかあ」


 ギルド創設がうまくいけば問題なかったんだろうけど。セルジアからこの国がどうなってるのか聞こうと思ったけど、わからないみたいだった。

 確かに専門職って、自分の業界以外ってわからないよね。


「えらくジネヴラ達に入れ込んでいるみたいよね、ユーヤって」

「生活するのお世話になってるし、普通だと思うよ」

「魔法の開発でもかなり活躍しているみたいじゃない。ジネヴラとマルティナが手放しで優秀だと褒めてたよ」

 心なしか口調がくだけてきたみたい。

 セルジアは肩にかかった髪を指で摘まんでいじっているけれど、こちらがどんな反応をするのかチラチラこちらを見ている。

「それは嬉しいかな」

「でも、たまに暴走するとかも言ってたかも」

「暴走とかした覚えないんですけど! あっ、それってマルティナのフォローのことを言ってるの? あれはちょっと無茶振り過ぎだろ」

「かなり挙動不審だったみたいじゃない。恥ずかしかったとマルティナ言ってたよ」

 含み笑いをしてるセルジアは猫のようだった。獲物を前にして舌なめずりをしている。


 女子の噂話に関する連携はいつも驚かせられる。彼女達は一体どのようにして情報連携をしているの?

「あ、あれは徹夜明けだったし……」

「潔くないなあ」

「頭が回ってない所で、いきなりマルティナをフォローしてと言われても。正直、何をフォローしたらいいのか意味がわかりませんでした」

「なるほど、被告人の言うことはもっともですね。でも、気付かなかったの? 同居人として」


 セルジアは明らかに会話を面白がっている。楽しそうな笑顔を浮かべてた。

「あっ、僕だって、マルティナの様子がおかしいのはわかってた。でも、DOGって二人いるじゃない。いきなりフォローしろって言われてテンパってるのに、どっちが好きなのか本気でわからなかったよ」

「これは被告人の言い分が正しそうね。私も聞いてビックリしちゃったもの」

「だよね。僕だってビックリしたよ。てか、ガシュヌアが好きだってわかったのは、DOGから帰ってからだよ」

「この件に関しては無罪っぽいな。私も納得したかも。まさかマルティナがねえ。恋愛とか全然興味ないみたいな感じだったから」

「僕もマルティナは男性不信だと聞いてたし。今でこそ普通に喋れるけど、最初は警戒されてたからね。いきなり変態扱いされたし」

「あはは、そんなことも言ってたわ。初対面の時、マルティナの胸を凝視してたらしいじゃない」


 そうなのか。自分ではそんなつもりはなかったけれど。

 女性視点だとそうなんだ。


「あ、あれは不可抗力です」

「そうなの? 女って、そういう視線には直ぐ気付くからね。大体、男ってどうしてあんなに胸に固執するんだろう」

「……」


 それは幸せの象徴だからだよ、とは言えない。

 良い言い方をすれば、セルジアはスレンダー。言葉を選んで言わせてもらえば持たざる者。

 だから、この話題を長引かせると、色々とまずい。セルジアの地雷を踏んでしまう可能性がある。話題を早めに変えよう。


「ところで、セルジアってさ、ジネヴラとマルティナとどう知り合ったの?」

「ん? また、唐突ね」

「いや、監獄が初対面だったし、そもそもどういう関係なんだか。よく二人は愛称で呼ぶじゃない。ずっと気になってて」

「ああ、ジニーって呼んでるものね。大学で一緒だったのよ。ジネヴラとマルティナは孤児院出身でさ。二人とも成績良かったんだよ」

「えっ、ジネヴラとマルティナって孤児院に居たのは知ってる。でも、大学とか富裕層だけしか行けないんじゃないの?」

「普通はそうなのよ。でも、デアドラが奨学金制度を設けたのよ」


 ここでまたしてもデアドラ。

 もう、デアドラって、どういう人物なのか皆目見当がつかなくなってきた。

 でも、彼女の場合、投資目的で奨学金制度を設けたのかも。

 後世の人は、デアドラの人となりを知らずに、彼女の残した業績だけを知ることになる。歴史とは時として美化されるが、デアドラも偉大な人物として名を残すのだろうか?

 荒野を生きる孤高のハンターという側面はきっと隠されるのだろう。


「意外だな。本当に色々と。それで三人とも奨学生だったの?」

「そう。ジネヴラもマルティナも学科が違ってたけどね」

「マジで? ジネヴラとマルティナは同じ学科じゃないの?」

「ジネヴラは経済学と魔法学の両方の学科を専攻してたから。マルティナは魔法学だけ。私は法学なんだけどね。経済学と法学って被る授業が多くって、そういうのもあってジネヴラとは愛称で呼び合う仲になったわけ」


 それにしても経済学って、中世ぐらいからあったっけ?

 ちょっと意味がわかりません。

 統計学とかできてからじゃないと、経済学とか意味なくない?


「まあ、そんなことは置いておいて」

 セルジアはずいっと身体を乗り出した。どういうわけか僕を凝視してる。

「な、なんだい。ちょっと近いんだけど」

「ねえ、ユーヤ。あなた、ジネヴラのことどう思ってるの?」

「えっ、何それ。意味がわからないんですけど」

「おかしいわね。マルティナからジネヴラとユーヤは良さげな雰囲気だとか聞いたんだけど」

「そ、そうなの?」

「何よー。煮え切らないわね。率直に言うわね。あなたはジネヴラにどんな感情を持ってるの? 被告人は答えて下さい」

「うーん、僕はこの世界に来たばかりで、ちょっと何のことだか」

「何それ? 逃げたね?」


 セルジアは僕のジネヴラに対する感情だって?

 そりゃジネヴラのことは気にはなっているさ。話をしていて楽しいし。明るくて、強くて、正しい。ジネヴラは魅力的な女性だと思う。


 だけど、僕は悪魔に魂を売ってしまった。

 アイツが最後に僕に囁いた言葉。


 それを思い出すと、このままが一番いい。

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