0x000E これから臨死体験をして頂きます

 これから臨死体験をしてもらいます。

 と、言われて喜ぶ奴がいるだろうか? 


 テストというのは何事においても重要だ。

 好きでも嫌いでも何だろうと、ソフトウェアを開発したらテストが必須。薬についても臨床試験と呼ばれるテストをする。


 回りくどくなったけれど、治療系の魔法を問題ないか調べるにも、テストが必要。そして被対象者が生きている必要がある。


 僕が根源サーバーから作成した魔法APIである『空気殺菌』、『消毒』、『火傷治療』、『骨折治療促進』、『接骨』、『炎症治療』、『局所麻酔』、『局所麻酔回復』、『火傷』、『骨折』、『炎症』、『炎症悪化』。これら魔法として公開申請する前に、実際に効果があるのかテストをする必要がある。


 話はまったく変わるけど、臨死体験の中でパノラマ体験ってあるよね。脳裏に走馬灯がよぎったとか言われてたりするの。


 あれを見ることができるのって、精神的な余裕がある人だと思うんだ。

 僕って死んじゃうけど、仕方ないよね。みたいな余裕が。


 魔法の単体テスト中、パノラマ体験を楽しむ余裕などなかった。単体テストはデアドラ屋敷の薄暗い地下室で行われた。そこで誰かが絶叫していたのは覚えている。


「殺せ! 僕を殺してくれ! 頼むから今すぐ殺してくれ!」


 誰でもない、僕の叫び声だった。


 そりゃそうだ。

 『骨折』のパラメーター最大とか、想像できないほどの痛み。

 足の小指をぶつけたというレベルじゃない。直径八メートルのスチールボールで側頭部をぶん殴られた感じ。

 本気で早く楽にして欲しかった。

 死ぬより苦しいって、本当にあるんだよ。

 一回自殺した僕が言うのだから間違いない。


 それにしても、拷問に使えるよね、この魔法。

 普通の生活をしていて骨折したい人なんか居るわけない。


 単体テストだから、『局所麻酔』など他の魔法が使えない。こんな単体テスト、地獄以外の何ものでもない。理屈でテストは必要だと思うけど、何も人体でしなくてもいいんじゃないの?


 てか、エルフがこの魔法を開発した時の様子を見てみたい。

 これ以上に悲惨だったと思う。バグとかあったら死んじゃうだろコレ?

 デバッグとかどうなるの? 

 再現性のないエラーとかあったら、死人じゃなくて死エルフ出ているよね?

 この魔法が完成されるまで、何エルブス死んだのだろうか?


 とりあえずテストは完了。

 窓のない地下室。天井も石組みになっているから、ブロックの数を何度数えたことか。朦朧もうろうとした意識でジネヴラに話しかけた。

「コード解析だけでは済まないのね。魔法って。本気で何度か殺して欲しかった」

「うん。ごめんね。痛かったよね」

「もうね。地獄以上」

「とりあえず、欲しいものがあったら言ってね」

「何か食べ物欲しいかも。『骨折治療促進』すると、やたらと食欲が出てくるんだ」


 ジネヴラは動けない僕に小魚の骨とかを口に入れてくれた。後、レバーとか色々。

 赤毛の彼女が心配そうに、眉を寄せてる顔をしているのは嫌だから、平然としていたいけど、痛いものは痛い。 

 『骨折治療促進』を受けながら、カルシウムを摂取すべく小魚の骨を必死に食べているけど、痛みはまだ引かない。


 そもそも『骨折治療促進』は骨折を早く治すように骨新生、骨代謝のスピードを上げているだけ。専門外でよくわからないけど、「骨芽細胞」を活性化させているのだろう。


 骨代謝の速度を上げると、エネルギーは莫大に消費されるわけで、それは消化器官から吸収するしかない。必要になる栄養素は身体が自然と欲するようになる。

 人間の身体って本当によく出来てる。


 しかし、その理屈から言うと『骨折』は「骨破細胞」を活性化させるはずなのに、被験者の体感からすると、物理的な力で折られた気がする。


 少なくとも、現時点で発見された、治療系魔法、つまり人体に施す魔法は、人体のメカニズムを利用して効果を実現させている。


 魔法を使った時点で、僕のPCに魔法メッセージが入ってくる。そして、そこでプロセスが実行される。人体にある治療メカニズムはそもそもある。それを人為的にかつ効率的に働かす為に、ドライバ層があり、それが『骨折』やら『骨折治療促進』を引き起こしている。

 被験者として実感したことは、Linuxの治療ドライバは有効になっている。魔法を使う側のドライバはどうかわからないけど。


 正直な所、魔法実施者でどのようなプロセスが実行されているかわからない。多分、大まかに以下のようになっているはず。


 魔法詠唱→音声解読→魔法API呼出(→魔法実施者プロセス起動→魔法実施者ドライバ)→魔法対象者プロセス起動→魔法対象者ドライバ→効果


 ざっくりとこんな感じ。だと、思う。

 ()をつけた部分は、本当に実施されているのがわからないからだ。ただ、魔法メッセージの元となっている魔法パケットを見ると、発信元が魔法実施者になっている。だから、魔法が実行されるのは、魔法実施者を経由しているのは間違いない。治療系汎用ドライバーとかあるとか言ってるし。ただ、魔法実施者内で具体的に何が起こっているのわからない。


 『祝福』もそうだけど、今回発見した魔法の、タチが悪いのは、まずポート9番でマジック・パケットを送りつけてくる。

 マジック・パケットというのは、魔法でもなんでもなく、対象PCを起動させるためのパケットを指し、FF:FF:FF:FF:FF:FFに起動対象マシンのMACアドレスを十六回繰り返したものだ。


 何が厄介かというと、こいつが飛んでくると強制的にPCが起動されるということだ。Wake on LanWoLと呼ばれる機能。もちろん設定でOFFにすることはでき、ルーター越えをするには、それなりに準備がいる。


 長くなったけれど、治癒系魔法はWoLで起動させられたPCに対して、アンノウンポートを通じて魔法メッセージが送られて実行される。この時のコネクション確立までが公開鍵なしのパスワードなし。

 ハッカー側からすると都合がいい。何故なら対象者がPCを落としていようと、勝手に魔法が実行できる。


 だけどハッキングされる側からすると話は別だ。

 個人PCにもファイアウォールが必要だと思う。青空市場を歩いている時に、いきなり『骨折』とか、かなり死ねる。そりゃ、町中で呪いが禁止される訳だ。余りにも危険すぎる。


「今回の魔法は治療系汎用ドライバーでカバーできるのがわかったし、テスト成功してよかったよ」

 治療系汎用ドライバーが異常動作を引き起こし、全身複雑骨折とかなったら笑いたくても笑えない。

 

「折角だし、『局所麻酔』を使おうか?」

「お願いできるかな? でも、頭蓋骨骨折とか本当にそんなテストいるのかな?」

「一応、単体テストとして網羅性はないといけないし」


 厳密な意味でテストの網羅性を考えると、OSや64bit、32bitなどの違ったOSに対しても同じテストをする必要があるはず。

 だけど、そこは黙っておくことにしよう。

 違った条件でテストを繰り返されたりしたら、正気でいられる自信がない。自我なんか消し飛び、残ったのは僕の残骸になるだろう。


「個人的には肋骨は痛みはなかったけど、指の第一関節から第三関節までの時は、本気で殺してくれとか思っちゃったよ」


 デアドラは僕に添え木をして、包帯を巻いてくれていたが、おもむろに顔を上げた。

「研究に痛みはつきものですから……」

 うまいこと言ったつもりなの、デアドラ?

 研究につきものなのは、こういう痛みじゃないよね。もっと違う痛みのことだよね。

 ドヤ顔をしているデアドラに言ってやりたい。


 マルティナは魔法API仕様書を埋めてくれているのと同時に。単体テスト結果報告書を作成してくれている。本当にマメだよな、マルティナ。

 彼女は尽くすタイプだと思う。それにしてもガシュヌアとドラカンのどっちが気になってるの?


 彼女は肩にかかった黒髪を後ろに流し、筆記を続けている。相変わらずのフェロモン産出量。でも、痛みで彼女のセクシーさなんて何も気にならない。

「ウウイエアじゃなくても、私が実験台でも良かったんだが」


 いや、デアドラに無理矢理させられたんだけれどもね。

 気が付いたら寝台に縛り付けられて、口には棒を噛まされていたよ。


「男女平等にケチをつけるわけじゃないけど。こういうのを女の子にやらせるというのはちょっと」

「……」

 あれ、変な雰囲気になっちゃった。話題、話題。

「そうそう。教えて欲しいんだけど、魔法を実行するにあたって外部デバイス必要な場合とかあるのかな?」

「ものによってはある。治療系は余り発展していないからわからない。攻撃系魔法とか、防御系魔法の場合はあったりするな」

 詳しく聞こうかなと思ったら、ジネヴラが『局所麻酔』の魔法を使った。

「我が名はジネヴラ。痛みを癒やせ。ユウヤの頭部から可能な限り」


 ああ、『局所麻酔』の魔法メッセージが僕に入ってきた。

 なるほど、こういうメッセージは上位層で僕の魔法領域にあるプロセスが実行されているわけだ。プロセスはドライバーをコールして、それに基づいて人体内にあるPCの人体回復レジスタに設定値がコピーされ、効果が出始める。


 頭がぼんやりしてきた。魔法にも副作用あるんだよね。

 そりゃそうだ。体感している限り『局所麻酔』は、麻酔を注射している状態か、脳内物質で痛みを伝達するものを分泌しなくさせているだけだもの。


 そんなこんなで僕は朦朧とした状態になってきた。地面がグラグラするので、思わず横になった。

「ジネヴラ、ちょっと眠たくなってきたみたい。ここで寝ちゃっていいかな?」

「えっ、こんな所で寝ちゃったら風邪ひいちゃうよ」

「うーん、頭に『局所麻酔』は眠気を誘うみたい。これって魔法使う時には注意が必要な気がする」

 化学や薬学がない状態で、薬だけあるっていうのがこの世界。

 エルフが確固たる治療理論に基づいて治療系魔法を作ったのか、今となっては知りようもない。けれど、処方の注意点はあったんだろうな。


「ユウヤの意識が遠のいているみたい、寝室まで連れて行こう。マルティナ、そっち側の方を持ってくれる? 私はこっちの肩を持つから」

「わかった。任せておけ」


 意識はあるけれど、されるがまま。女の子に担いでもらうってどうなんだろ?

 だけど、何しろ体が動かせない。肩下から細腕が差し込まれる。かなり麻痺しているみたい。踏ん張ろうにも足に力が入らない。


 二人とも背は僕よりちょっと低いぐらい。

 それにしても二人とも骨が細い。やっぱり男とは体の作りが違うんだなと改めて思った。

 何で女子って甘い匂いするんだろうな。

 腕にあたる彼女の背中は温かく、柔らかい。地獄から天国へ。


 寝室へは二階に行かないといけない。階段を登っている内に、意識までぼやけてきた。

 ジネヴラ、『局所麻酔』の程度指定する際に、『可能な限り』を頭部に使うのはヤバいかも。

 正直、呼吸できているのが不思議に思えるほどだった。


「ねえ。マルティナ。結局、DOGのガシュヌアさんってどうだったの?」

 どうやらジネヴラ達は僕が寝ていると思ったらしい。意識があるのに女子トーク始めちゃったよ、この二人。

 盗み聞きしているようで、気分は余りよくなかったが、目は閉じとかなくちゃ。でも、耳には蓋がないからね。聞こえてしまうのはどうしようもない。

 僕は何も悪くない。


「まともに喋れなかった」

「気になっているのはガシュヌアでいいのよね?」

「そうなんだけど、何も言葉が出てこなかった。頭の中が真っ白になってしまって。まるで、自分が自分でないような」

「そうかあ」

 それを先に言ってよね! マジで!


「ガシュヌアは私の容姿を気にせず真っ直ぐに目を見て、話しをしてくれるんだ」

 あー、そうかも。でも、あの人は感情とか無さそうだよ。

 でもって、目を見て話すって、やっぱりあいつ耳聞こえているよ。読唇術って唇から言葉を読み取るんだよね?


「マルティナ、色目で見られるのってすごく嫌だったもんね。今度、食事に来るんでしょ? ユウヤがそんなこと言ってたよ」

「ああ、そうなんだ。滅茶苦茶な会談だったけどな。また来るって言ってた。でも、あの時のウウイエアは普通じゃなかった気がする」

「ユウヤ、頑張ってのかな? そうなんだったとしたら、見てみたかったな」

 ジネヴラの期待には応えられたみたい。嬉しそうな声だった。それを聞いた僕もちょっと嬉しくなった。


「ウウイエアは悪い奴じゃない。あいつなりに必死だったんだと思う。でも、恥ずかしい会談で、見せられたものじゃないのは断言できる。もう少し何とかならなかったのか」

 あー、マルティナさん。あの時のことは僕の中でも余り消化できていないんだ。

 できれば、余り他の人には言わないで欲しい。やらかした感が一杯で、思い出を直視できないんだよ、まだ。


 僕の身体はベッドに放り込まれる。布団がかけられて、ようやく僕は楽に感じた。眠気が襲ってくる。


「ガシュヌアさん、また来るんでしょ? いいじゃない。結果オーライだよ」

「でも、ガシュヌアって東洋人だろ? 食事に来ると言われても、何が好みなのかわからなくて」

「その辺はユウヤに聞いたらいいんじゃないかな。同じ東洋人みたいだし」

「そうか。今度、起きたら聞いてみようか」

「マルティナの男性不信も大分マシになったね」

 ジネヴラはベッドに座ったらしい。綿がこすれる音が聞こえてきた。盗み聞きしてるつもりじゃないけど、これはちょっと。聞かないフリをしているべきなのか?


「後は実技試験だな」

「そうだね。書類はテスト結果報告書で最後になるから、これから魔法統制庁に提出。それから試験日が決まるみたい。提出する書類に副本を作成しておかなくちゃね」

「それにしても、OMGが阻止しようとしているって何なんだ? デアドラはうまくやってくれるだろうか?」

「貴族の世界というのは私にはわからないけれど。デアドラ、働きかけてるとか言ってたね。それっていいのかな?」

「わからない。貴族の世界は色々あるんだろう」

「そうだよね。あの時のデアドラって、言いにくそうだったし、詳しくは言えないとか、歯切れが悪かったよね」

「しかし、父親が内務大臣だったとは。身内だと思っていたけど、知らないことも多いな」

「大臣とか雲の上の存在だと思ってたけど。他の人はちゃんと試験を受けてるんでしょ?」

「そうだ。無理にギルド認可されるのは避けたい」


 えー、デアドラさん。貴族特権使い過ぎじゃないの?

 まあ、そもそも論的にOMGのダナシーが邪魔してやるっていうのが、ラルカンでも知ってるというのも既におかしい。だからといって、それに対抗する為に、内務大臣に働きかけっていうのもおかしいだろ?


「実力で実技試験をクリアできるようにしなくちゃね。色々な思惑があったとしても」

 ジネヴラは決意したように言った。彼女の声は清々しく、寝室に涼風が吹き込んだようだった。

「私たちならできるはずだ。運がいいことに、ユウヤもついている。彼は魔法に詳しいし、何よりいい奴だ」

「そだね。とってもいい人だよね」

 僕は二人の会話を聞いて嬉しくなった。僕に居場所があったような気がしたからだ。


 中国のパイプライン・ハックを皮切りにして、サイバー・ウォーは破壊的な攻撃に移行していった。報復につぐ報復。僕は元いた世界で居場所を失った。

 

「しかし、ジネヴラはウウイエアのことをどう思っているんだ? その、私が尋ねるのもなんだけれども、どうもジネヴラとウウイエアの関係は悪くないと思う。私が聞きたいのはジネヴラの気持ちだ」


 えっ、何、何を言ってるの、マルティナさん。

 この会話を聞くべきじゃない。プライベートな会話を盗み聞きしているようなものだ。でも、意に反して、耳は冴えてしまって、耳の大きさが倍ぐらいになったような気すらする。


「マルティナ、直球だねえ」

 いや、いい感じだよマルティナ。僕はマルティナを支持したい。


「私のことばかりじゃないかジネヴラは。だから、私だってジネヴラの役に立ちたい」

 僕の心臓が高鳴っているのがわかる。ドキドキ。

 これって局所麻酔の副作用じゃないよね。


 最後の審判の日がやってきて、法廷に立たされている気分。

 もっとも、悪魔に魂を売却済みだけど。


「うーん。今は実技試験のことだけ考えよ。とにかく、今はそれしか考えられないよ」


 やっぱりそうなるよな。

 実技試験を何が何でも成功させなくてはならないらしい。

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