0x0003 転生の仕組みって…

 魔法を理解するのはたいしたことではなかった。ここでは水道、ガス、電気などのインフラが発達していない。何故なら魔法で解決できるから。


 自然エネルギーは魔法を介して供給されている。ジネヴラが言っていたパブリック魔法というのはプログラムだ。それを脳の魔法領域で実行しているらしい。

 ジネヴラとマルティナから聞いた話を総合すると、実際に物理的な現象を発生させるのは、根源と呼ばれているサーバーからサービスを受けることで実現させている。


 人間はホタルのように光を出したりする器官はない。だから、光の根源サーバーからサービスを受けて、魔法士クライアント側のプログラムで実現していると考えた方がより自然。


 自分でも気付いていなかったが、人の脳には魔法領域がある。意識するか意識しないかの違いでしかない。

 例えば、以前に通ってた学校を思い浮かべて欲しい。その時、視覚にはない風景が頭の中に浮かぶだろう。校舎だとか体育館だとか。その領域が魔法領域。


 魔法領域はコンピュータで表現するならPCだろうと思っている。僕が居た世界での常識では、そんなことを考えたこともない。僕たちの世界では自然科学が意識領域にソフトウェア開発の余地があり、そこを開発するという発想なんてなかった。


 自然科学の母体となる哲学は神学的な研究を経て進化した。

 そして、神学の基礎となるのは聖書にまとめられた書物やそれに関する議論。当時はそれが創作物なのに、絶対に正しいという前提に立っていた。自然科学が発展するにつれ、神学との整合性がとれなくなり、反動で科学経験主義に走っちゃう。


 神学は極端な学問だった。地球は回らず、地球は平面で、動植物は進化や退化することもない。

 科学経験主義も極端。神様は死んで、妖精は駆除され、霊はプラズマとして処理された。でも意識領域については全然解明できていないっていう有様。

 どっちもどっちだね。


「大体わかったよ。ありがとうジネヴラ。PCが起動したのは確認できた」

 僕の魔法領域はVM(仮想マシン)で複数のOSが起動できるようになっている。OSはKali Linuxのイメージファイルがあった。これは嬉しい。


 書庫にはテーブルがあり、その上にはたくさんの書物が開けて並べられている。

 僕が生徒でジネヴラが先生。クッションのない木の椅子は長時間座ると腰が痛くなった。ジネヴラ先生の講義が三時間ほどに渡った。


「そう。こっちは結構、疲れたかも。落ち人って、案外何にも知らないものなのね。ちょっとガッカリしたかも」

「でもまあ、覚えるのは早かっただろ?」

「確かにね。何にも知らないはずなのに、魔法の概念だけは理解できるって、不思議。何でなんだろ?」

「よく似た概念は僕の世界にもあったよ」

「そうかー。でも、ちょっと休憩しよう。昼寝したい気分」

 ジネヴラがテーブルに両手をあげてうつ伏せになっている。まるで伸びている猫みたい。ちょっと微笑ましい。


 ジネヴラの対面に座っている僕は意識をPCに移す。不思議なものだ。普段は思い出で使われている意識領域がコンソールとして機能している。


 僕のPCは魔法網ネットに接続されてない。だが、Wi-Fiのシグナルは検知している。SSIDと言われているものだ。スマホで例えると、Wi-Fiを選択して下さいと、いくつか文字列が出てくると思うが、SSIDとはそれのこと。(※a)


「ジネヴラ、魔法使う時って、どのSSIDを使っているの?」

 しまった。PCはパーソナル・コミュニケーターの略で通じているけど、SSIDがこちらで通じるのかどうか。

「ああ、SSIDは”Cavan Kingdom”、カヴァン王国の公用Wi-Fi」

 SSIDで通じるの? すごいな色々。技術的特異点って存在していて、どういう技術発達があったとしても、そこに収束してしまうの?


 テーブルにうつ伏せになったまま、顔だけ上げてジネヴラは答えた。

「あっ、でもキーがいるよ。王国に行って、国民ナンバー取得しなきゃ。ユウヤの場合は移民になると思うから、移民庁に行かなくちゃ」


 でもなあ。ネットに繋げないのは個人的に面白くない。僕のOSはKali Linux。こうなってくるとネットに接続しない方がどうかしている。


 とりあえず、”Cavan Kingdom”がSSIDになっていることってことだし、パスを割ってやろう。(※b)

 キーハック完了しました。楽勝です。

 自宅や職場でWi-Fiを使うなら、暗号形式でWEP使うのはやめるべき。一分もかからず侵入できてしまう。


「ここにある根源サーバー起動は終わったし、グリーン・ヒルに行こうか? マルティナ、デアドラいいかな? 魔法統制庁にも申請しないといけないし、ユウヤを移民庁に連れて行こうと思うんだけど」

 ジネヴラはテーブルから起き上がると、二人に意見を求めた。


「ごめん、ジネヴラ。接続できちゃった」

 だって、暗号形式がWEPだったんだもの。

「えっ、野良WiFiに繋いじゃったの? 危ないよ、それ」

「いや、”Cavan Kingdom”の」


 僕の言葉にジネヴラが驚いた。先ほどのジネヴラの呼びかけに応えてか、僕の後ろにマルティナとデアドラが立っていた。不穏な空気。完全に包囲されている。


 そもそも社会制度がわかっていないのに、自分の力を見せるものではない。新参noobほど騒ぎたがるものだ。

 ハッカーフォーラムで、はしゃぎ回っている新参noobによくレスしてたよな。ROMっとけよ、新参lurk moar noob

 今の自分が全くもってそういう感じ。


 やっぱり、Wi-Fiハックはマズいかったかな。日本では「ただ乗り」は電波法違反にはならないはずだけれども、国によって法律は違う。僕の場合、色々と常識がマヒしているから、やらかしたかな?

 というか暗号形式はもっと複雑なものにして欲しい。


「ユウヤ、それってどうやったの?」

 ジネヴラは目を見開いている。本当に驚いているだけで否定的な感情は見当たらない。


「おい、変態」

 マルティナの冷たい声。彼女にポジティヴな反応を期待してはいけない。何か、色々からんでくるんだもの。最初は魔法序章を教えてくれたけど、目つきがやらしいとか、身に覚えのない理由でジネヴラと交代されちゃったし。

 とにかく、彼女を刺激してはいけない。話す度に人間不信になりそう。


「何でしょう、マルティナさん」

 怖々振り返ると、彼女は無表情だった。何を考えているのかサッパリわからない。確かに彼女はグラマラス美人。そういう人が無表情でいると威圧感が生まれる。

「本当に接続しているのか? 嘘をついているんじゃないだろうな?」


 単に疑っているだけか。でも、ネットに繋げただけで、プログラムは何もない。

「どうやって証明すればいい? 魔法実行はどうしてるのかわかってないから、『光』の魔法は使えないけど。単にWi-Fiに接続しただけなんだ」

「そうだな。魔法を使わずに接続を確認する方法か」


 顎に手を当てて考えているマルティナ。見ているとちょっと心の余裕がでてきた。ネットに繋がればこちらのものだ。

 いい感じだ。調子出てきた。


 そうなるとポートスキャンが必要だろう。ポートスキャンというのは、どのプログラムが通信可能状態なっているか調べるってこと。


 ポートスキャンにはいくつかプログラムがあるけど、今回はnmapでいこう。(※c)



 すると……


 結果を見て、僕は驚愕した。

 ポートは必要以上に通信可能状態だった。(※d)

 マルティナ、これヤバいって!


 もっとも空いているポートにもよるけれど。

 マルティナの場合、ファイルを盗んだり、マルウェアを仕込んだりだとかできてしまう状態になっていた。


「ええと、マルティナのOSはWinXPのSP2。これかなりヤバいから。アップグレードした方がいいかも。できなくともSP3にしておくべきかも。それとポートが結構、通信可能状態になっている。これもよくない。ファイアウォールの設定してないだろ」


 誰もが言葉を失った。

 また、やらかしたのだろうか? 

 冷や汗が出てきた。誰か何かしゃべって欲しい。無反応だとこちらが不安になってくる。やっぱり新参noobは、ROMっとけということなのか。


「マルティナ、ユウヤが言ったのは本当なの? OSはWinXPのSP2で間違いない?」

「そうだ。だが、当てずっぽうかもしれないし」

「信用ないな。コマンドプロンプトから”ipconfig /all”と打ってみて。コマンドプロンプトがわからなければ、”ファイル名を指定して実行”に”cmd”と入力して出てくるコンソールがあるからね。さて、これからマルティナのIPアドレスと、MACアドレスを言うから合ってるか確認して欲しい」

「わかった。ちょっと待て。いいぞ、言ってみろ」

「マルティナのIPアドレスは……」


 結果は一致していた。一部始終を聞いていたデアドラはポツリと言葉を漏らした。


「やればできる変態だったんですか……」

 デアドラ。その台詞って場合によっては危ない発言だからな、と心の中で呟いた。


 マルティナは真っ直ぐに僕の目をのぞき込んできた。ちょっと怖い。

「SP3にアップグレードと言ったよな、ウウイエア」

 変態からクラスチェンジできたみたい。

 でも、僕の名前が違う。最初は言えてたと思うんだけど、どうして後に戻ったりするの?

 そして、XPの場合、SP3にアップしてもセキュリティー的にダメダメだからな。


「そうだけど。OSってネットから落としてくるなりできるんじゃないのかな?」

「いいや。OSは洗礼の時に与えられる。ウウイエアはどこでOSを与えられたんだ?」

 名前、間違って覚えているよ。しかも固定化しそうな感じ。


「私も知りたいです……。変態、教えなさいです……」

 デアドラの場合は変態で固定化しているよな。ブレない分、タチが悪い。

 僕にどうしてOSが入っているのか、わからない。が、思い当たる節がない訳でもない。


 どうしたものか。答えに躊躇していると、ジネヴラは都合のいい解釈をしてくれた。


「落ち人って、こういうことなのかもね。私たちにはわからなけれど。色んな発明したりとか、理論を発見したりとか。ユウヤも何か役目があるのかもしれないね」

「僕の役目? ちなみに他の落ち人ってどういうことをしてたりするの?」

「そうね。有名なのはマキャヴェッリかな。彼がもたらした知識は、法律や国の基礎になってるわ」

 よりにもよってアイツかよ。僕はワーストハッカーに選ばれたことはあるけど、歴史に名前を残すほどのことはしていない。ああいうのと比べられるとか、本当にキツいんですけども。


「後、レオナルドとかいたな。絵画を広めたのはあいつだった。ちょっと奇人だったらしいがな」

「奇人ですか……。その部分だけだったら、この変態もそうですね……」

 デアドラに関しては何を発言してもスルーすることにしよう。


 それにしても、レオナルドって、レオナルド・ダ・ヴィンチかよ! モナ・リザ描いたあいつかよ。ハードルが上がってくるなあ。あんなの無理だから。手加減して下さいよ。


「パガニーニも、そうだったかな。異国だから知らないけれど」

 また、すごいのが来ましたよ。クラシックは詳しくしらないけど、ヴァイオリンがすごい人なんでしょ、パガニーニって。

 てか、イタリアに集中しすぎでしょうよ。どんだけなんだよ、イタリア。何があったんだ?

 色々とチート過ぎる奴ばかりじゃないか。


 そんなことを考えていたら、ちょっと思うところがあった。

「ひょっとしてなんだけど、ロバート・ジョンソンとか居なかった?」

 顔を見合わせる三人。僕の仮説が正しければ、ロバート・ジョンソンは来ているはずだ。

「確かに、落ち人と言っても色々居るな」


 スッキリしない答え。マルティナはそう言いながら僕の目をみて誰何すいかしている。

「極悪非道な落ち人もいた。高貴なマナーを身につけていたみたいだが、行いは最悪な奴だったらしい」

「名前は?」


 聞きたくない気もするけど、現状把握するために聞かなくちゃならない。

「ジル・ド・レだ。奴は最悪だったよ。ちなみに、お前の言うとおり、ロバート・ジョンソンも落ち人だったが、変わった音楽を残しただけだ。当時はレオナルドの再来かと大騒ぎになったらしいが」


 マルティナは僕に目を投じていた。値踏みをしているのだろう。

「お前はどうなんだ。一見したところ、無辜むこな子どもたちを虐殺するようなやからには見えないが」

 さて、どう答えたものだろう。さしあたって普通な奴だ答えるのがいい。

 本当のことを言ってしまうより、変態扱いされていた方が、まだマシだ。

「僕はいたって無害なはずだ。少なくともマキャヴェッリ、レオナルド、パガニーニほど大した人物じゃないから期待はしないで欲しい。でも、ジル・ド・レほど悪逆ではないよ」


 落ち人には共通点がある。いずれも才能に恵まれていたり、天才と呼ばれていたり。

 狂気に振り回された奴もいるだろうが、僕の体験を含めると共通解が判明した。


 簡単な答えだ。彼らはどこでその才能や知能を得たか。

 僕は自殺をしてしまったから、わからないけれど、歴史に名を残しているかも知れない。

 ただ、ジル・ド・レと同列で、最悪という意味で。



 落ち人は、悪魔と契約をして魂を売った連中だ。




<Supplement>

※a SSID

 Wi-Fiの接続子。

 スマホなど電話線ではなく、Wi-Fiスポットと呼ばれる所で接続することで、月々のパケット通信料を減らすことができる。

 docomo00、au_WiFi、0001softbankなどが代表的。


 いくつかのSSIDには暗号化していないのもあり、Wi-Fi選択画面にて、鍵表示がついていないものが暗号化されていないと考えればいい。


 野良Wi-Fiとよく呼称されているが、こういった野良Wi-Fiでは窃視されている場合が多い。

 わざわざ”Secured Wi-Fi安全なWi-Fi”というパスワードなしのSSIDを立てて、通信を覗いている場合がある。


 何がマズいのかというと、メールアドレスやSNSアカウント、クレジットカード情報など抜かれる場合がある。

 基本的に野良Wi-Fiは避けた方がいい。


※b

 このシーンで使われている手法としてはKali Linuxにある以下のツールを使う。

 ・aircrack-ng

 ・aireplay-ng

 ・packetforge-ng


 本来的な目的はセキュリティチェックにある。

 ハッキング手順としては以下になる。

 尚、この方法は通信量トラフィックが少ない場合の手法。

 通信料が多い場合は更に効率の良い方法がある。

 01. airmon-ng起動

 02. airmon-ng モニターモード→この時点でWi-Fiの通信が見られる。

 03. airmon-ngでモニターした情報を元にして、ルーターを確定させる。

 04. 手順03で確定されたルーターを指定してairmon-ngにてモニターする。

 05. 偽装認証させてアソシエーションを確立。

 06. aireplay-ng起動→パケット分析

 07. packetforge-ng起動→ARPパケット作成(※b-1)

 08. 手順07で作成したARPパケットでARPパケット・インジェクション

 09. 通信がやり取りを保存する。

 10. aircrack-ngで09で収拾したパケットを解析してキーハック完了


b-1 ARP

 ネットワークを構築する際に使用されるプロトコル。

 OSI七階層(b-2)で説明すると第二階層のデータリンク層で使用されるプロトコル。

 要するに通信をするマシンと特定する為に、やり取りされる取り決め。


b-2 OSI七階層

 ネットワークの分類。

 実際は層が複数を跨がっている場合もあり、こういう分類があるという感覚で問題はない。

 

 第七層:アプリケーション層:HTTP、FTP、Telnet、DNS

 第六層:プレゼンテーション層:HTTP、FTP、Telnet、DNS

 第五層:セッション層:HTTP、FTP、Telnet、DNS

 第四層:トランスポート層:TCP

 第三層:ネットワーク層:ARP、IP

 第二層:データリンク層:ARP

 第一層:物理層


※c nmap

 ポートスキャンの時によく使用されるツール名。

 ユウヤはマルティナのIPを指定して、ポートスキャンを実行している。

 後の会話でOS名まで分かっているので、OSを判別するOオプションを使用している。


※d ポート

 要するにプログラムを使用する為に使われる経路。

 不用意に通信可能状態だと悪意がある第三者がいた場合、

 不正アクセスができてしまうことになる。

 ローカルマシンで対策するのであれば、対アンチウィルスソフトの導入。

 ローカルマシンでのファイヤーウォール設定が必要となる。


</Supplement>

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