第415話 有力な情報

未来の出来事を話し、ベルゼブブの魔力で分身を作り、ベルゼブブを様付けで呼ぶ。そんな謎の悪魔。


『一番心当たりありそうなの君なんだけど?』


『私もそう思いますよ、でも分かりません』


『約立たずだねぇ。部下の把握もしてないくせに最高司令官とか言ってるの?』


『貴方より早くヘルシャフト様の危機に駆けつけましたけどね。ま、仕方ありません。私は魔界最速ですから、気に病むことはありませんよ、ヘルシャフト様の危機に一番に駆けつけられなかった、お、に、ぃ、ちゃん』


兄とベルゼブブの会話はいつもピリピリとして、聞いていると逃げ出したくなる。


『俺は悪魔連中なんぞ一人も知らへん』


『うちも。せやけどなぁ、その未来の出来事話したっちゅうんはくだんみたいやなぁ思うわぁ。死んでへんし、牛でもあらへんかったみたいやけど』


「……クダンって?」


『人の顔した牛の妖怪や。なーんや凶事を予言してバタッと死によるんよ』


中々印象深い見た目と行動をする妖らしい。残念ながら今は役に立たない情報だけど。


「天使には割と詳しいんだけどなぁー」


「この辺の吸鬼なら詳しいんだがな」


アザセルとヴェーンは共に感情を込めずに音に意味を乗せる。


『役に立たないなら黙ってなさい半端者共』


『分かった』


『貴方に言ってませんよ外来種! ですが、役に立たないのは同じです、黙ってなさい』


「……クソ淫魔は詳しいんじゃないか?」


『黙ってなさいと……アシュメダイですか? まぁ、悪魔ですし。ですが私の方が立場は上です、私が分からないんですから彼女にも分かりませんよ』


とベルゼブブは言っていたが、僕はヴェーンに頼んでアシュを呼んでもらった。上に立つ者より同僚あたりの方が互いの特徴には詳しいものだ。

ベルゼブブは不機嫌になってしまったが、これも情報の為だ。


『ふーん……それでぇ~、予言を~、したのね~?』


『誰か分かりませんよね?』


アシュは簡単に呼び出しに応じてくれた。話し方は鬱陶しいが良い人だ。


『未来のコトが分かってぇ~、ベルゼブブ様の魔力使って人界に顔出せてぇ~、テーネーな人ねぇ~』


『確かに、人界に来ているものの中では貴方は上位の悪魔の方ですが……淫蕩しか頭に無い貴方に分かるはずは……』


『ベルゼブブ様の側近様じゃないかなぁ~』


それまでペラペラとアシュへの嫌味を言っていたベルゼブブの声が聞こえなくなる。

側近と言ったか? つまりベルゼブブに最も近くで仕えていた者と言うことか。ベルゼブブはその者が分からなかったのか。


「ベルゼブブ……なんで分からなかったの?」


『ち、ちち、違いますよ!? その、彼は私の側近というか、その……ほら、戦争の時とか、そういう悪魔がほとんど集まる時に隣に居るかなー? くらいで…………常に、横にいる訳ではなくてですね』


『悪魔の王様がみっともなく言い訳だ。凄いね、何か紙にでも残しておきなよ』


「そりゃいいね兄ぃ、歴史の目撃者って訳だ、後々あまぁい蜜が吸えるぜ」


ベルゼブブの思わぬ失態に兄とアザセルが機嫌を良くしてからかい尽くす。僕がやめろと言ってやめる者達ではない、僕は黙っておく事にした。


「俺の提案で解決したよな、お前が半端者だとか約立たずとか言った俺の提案で!」


『え~ベルゼブブ様アシュちゃんのダンちゃんにそんなこと言ったの~ひどぉ~い!』


「そうだぜクソ淫魔! コイツ俺を虐めるんだ!」


『えぇ~もう~やめてよそういうの~』


ベルゼブブの声が聞こえない、不安になってきた。落ち込んでいるだけならいいが、逆上したら誰にも止められない。


『はっはっはっ! ええ気味や! 偉ぶっとるからそうなるんや』


『ふふっ……あんま言うたりな、まだ小さいんやから』


ひた、と僕の顔に手が触れる。フェルの予備触手のものだろうと思っていたが、どうやら本体らしい。


『念の為結界張るね、そろそろキレちゃいそうだから』


「……アルも入れてね」


『勿論だよ。狼さん、もうちょっとこっち来て』


『うむ……出来れば止めて欲しいが、仕方ないな』


アルが机の下から這い出して僕の隣に寄り添う。肘掛けに前足を乗せて、僕の肩に顎を置いた。可愛らしい仕草に胸を撃ち抜かれ、僕はアルの首に腕を回した。


『夢は泡沫、この世は夢。全てがやがて泡と帰すのなら、どうかそれまでは温かな微睡みの中に。我を、我の同胞を、悪夢から守りし壁を築こう。防護結界!』


フェルの詠唱が終わってすぐ、耳元でゴンと硬い何か同士がぶつかる音が聞こえた。


「な、何?」


『椅子が飛んできた』


その後も似たような音と、怒声が部屋中に響いていた。時折に結界にぶつかる人や物が僕には一番恐ろしく思えた。


「お、王様! 王様、俺も入れて! いたいけな幼女を助け……」


『……甘い蜜を吸うとか言ってましたねぇ。ほら、吸ってご覧なさい』


「いっだい!? 痛い痛い痛いっ! 割れる、頭割れるっ!」


「…………ねぇ、アル、フェル、どうやって止めたらいいかな」


『時間が解決するのを待った方がいいね。あ、クッキーでも食べる? 昨日こっそり作ってて……』


それから数十分の間そのくだらない喧嘩は続き、収まる頃にはもう荒い呼吸しか聞こえなくなっていた。


『……修復、治癒……増殖、再生……修復、修復……』


『エア、椅子も頼む』


『うるさい分かってる黙ってて。あぁっ……もう、キリがない』


怪我や破壊された家具は魔法で元に戻せるからいいものの、消費した魔力は戻らない。あまり浪費しないで欲しいものだ、特にベルゼブブには。


『取り乱しました、が、中々腹が膨れました』


何を食べたのかは聞くまでもない。呻き声や早く治せという兄への懇願で誰がどこを喰われたのかまで分かる。


「……ねぇ、誰か死んでたりしてないよね」


『その辺の加減は出来ますよ私。それよりほら、ヘルシャフト様、この子を』


部屋が元通りになったらしく、フェルは結界を解いた。その途端にベルゼブブは僕に何かを渡す。


「おーさまー! ぐろる、あたまいたいの……」


『ちょっと何度か壁に叩きつけて……陥没したところは治させましたので、問題ないかと』


「……やめてあげてよ、こんな小さい子に」


膝の上に乗せられたのはグロルだ。僕は彼女の頭を撫でつつ、ボサボサになった髪を整える。


『その時は堕天使の方でしたし、流石に幼児に暴力は振るいませんよ』


『見た目同じだから関係ない気もするけど、にいさまより良識あるね!』


『アレより良識無いようなの居ませんよ』


フェルもベルゼブブも兄をなんだと思っているのだろう。


『え~と~、落ち着いたぁ~? みんなぁ~』


『……貴方どこ行ってたんです? 貴方とダンピールだけ殴れてないんですけど』


『ダンちゃんとぉ~、寝室でぇ~』


『あーもう言わなくていいです結構です』


アシュは部屋から逃げていたらしい、賢い選択だ。


『……えっと、何の話してましたっけ?』


『ベルゼブブ様のぉ~、側近様がぁ~、気付かれなくてぇ~、可哀想って話ぃ~』


可哀想という話ではなかった気がするが、ようやく本題に戻った。ベルゼブブの側近ならそう怯えることもなく──待て、側近だったとしても忠実だとは限らないし、僕を喰らおうとしない保証もない。ベルゼブブの魔力を使って家に忍び込んだのは、僕を喰らう為だったのでは?


『……話がまとまりましたね。こんばんは、また来ました』


「……っ!? ま、また来た……」


『夜分遅く申し訳ない、こちら手土産でございます、つまらないものですがどうぞお納めください』


「…………て、丁寧にどうも」


「とりさんだぁ! ぐろる、とりさんすき! ねぇおーさま、これぐろるがたべていーい?」


件の悪魔はいつの間にか僕の背後に立っていた。僕に手土産としてチキンが入っているらしい箱を手渡し、そのまま僕の背後に留まった。


『……お久しぶりです、ベルゼブブ様。不肖アスタロト、ここに』


『…………どうして、貴方がここに?』


『頃合いでしたので』


『頃合い? 何のです?』


『……ええ、新たな魔物使い、三界の王、全ての支配者の為、見参致しました』


アスタロト、か。ベルゼブブが過去に話したことはなかったな。会話からも仲の良さは読み取れないし、ベルゼブブの声の調子はいつもより低い、不機嫌だ。


『……見えてるんですね?』


『未来は不確定なもの、樹木のように枝分かれして、無数の選択肢から無数の未来が生まれていきます』


『未来予知の精度は遠い未来ほど下がる、でしたね。ま、貴方の場合はわざと間違った選択肢を伝えることもありますよねぇ?』


『…………ご冗談を』


アスタロトがそう言った直後、背後でグラスが割れる音が響いた。


『投げた程度じゃ避けますか、ま、当然ですよね』


どうやらベルゼブブがアスタロトに向かってグラスを投げたらしい。まさか、この二人本当に仲が悪いのか。なら僕の最悪の予想通り、彼は本当に僕を喰らおうとしているのだろうか。

不安は尽きない。

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