第416話 見透かして

グラスが割れてから当事者二人を除いて誰もが沈黙している。身動ぎ一つ許されない窮屈な空間だ。


『……わざわざ私の魔力を盗んで人界に出てきた理由は? 具体的に、お答えくださいね』


『明後日、南魚座のα星が並ぶ時、砂漠の国にて大規模な戦争が起こります』


『…………それが何か?』


『砂漠の国にかつて居た神々が再び人界に戻るやもしれません、これは不確定事項です。彼等の信仰者に危害が及ぶか否か……それはまだ確定しておりません』


砂漠の国は確か太陽神を筆頭とした神々を信仰する国だった。だから過去に何度か正義の国に攻め込まれ、衰退し、領土のほとんどが住民も居ない砂漠と化してしまった。今となってはその神々を信じる者も少ないと聞く。正義の国に取り込まれる日も近いと。

僕は砂漠の国について知っていることを呟いた。


『その通り。そして、それを嫌う者達は旧きものに助力を求めたのです』


『話が見えてきませんね、星の位置がなんなんです? 旧い神……あの太陽神ですよね? あれは別に……』


『違います。あの星に住む旧きもの、ベルゼブブ様がお嫌いな者共ですよ。それが元の神々の信仰者に手を出したとしたら、その太陽神が戻る──かも、しれないという報告です。まぁ、戦争が起こったところで人界の一部が焼け野原になる程度ですが』


『私が嫌いな……あの邪神共ですか!?』


『……別に一派ではありませんが』


『分かってますよそんなこと! 同じ界の神性でしょう!? 気に入りません!』


『界、というのも正確では──まぁ、いいでしょう。彼らを視たくはありません』


僕にはイマイチ理解し難いが、神々の争いなら僕に手出しは出来ない。せいぜい国民と魔獣への避難勧告くらいのものだ。


『あの国は以前の日蝕の際にも不気味なものを呼び出していますしね、あれは大した被害もなく呼び出したものも狂って終わりましたが』


『あ、そうなんですか? 知りませんね』


「……あなたは色々調べてるんですか?」


『いえ、視えるだけです』


『アスタロトは未来視と過去視が出来るんですよ、だからなんだって感じですけどね』


未来と過去が見えれば大抵の事は解決する。かなり凄い力だと思うのだが、ベルゼブブは気に入っていないらしい。


『……ま、報告ご苦労さまです。別に必要無いものでしたけど』


『そうでしたか。お役に立てず、申し訳ありません。では、私めはこれで……』


「帰るの? 待ってよ、もうちょっと聞かせて。何が起こるの?」


『…………炎の召喚、神々の降臨、創造神との戦争』


「……どうやったら防げるのかな」


『儀式の妨害ですね、星の位置さえ過ぎればまた巡るまでは何も出来ないはずです』


人間がその儀式を行うのなら妨害は容易い。創造神との戦争が起こらなければ天使が砂漠の国に来ることもなく、僕が行ったとしても安全なはずだ。


「妨害は成功する?」


『……その結果を言えば未来は変わります。観測者が居るだけで未来は変わる、それを伝えれば伝えるほど、枝葉は増える──未来とはそういうものです』


「分かった。じゃあこれだけ教えて? 僕が砂漠の国に行ったら誰か死ぬ? これもダメかな」


『…………貴方が行けば死者は出ません』


「……そっか、ありがとう。ごめんね引き止めて」


『いえ、それではまた……』


背後にあった気配が消える。アスタロトが帰ったのだろう。にわかに部屋は騒がしくなる。


『行く気ですか?』


「……うん」


『ま、だろうとは思いましたけど。アスタロトは性格悪いので、あんまり従わない方がいいですよ。で、どうするんです?』


砂漠の国に行くのならその準備と作戦が必要だ。ベルゼブブはそう言っている。時間は無い、とも。


「にいさま、移動してもこの家の結界は変わらないよね?」


『もちろん』


「……よし、じゃあとりあえず、明日砂漠の国に行こう。明後日ならぐずぐずしてらんない。どうせ向こうに行かなきゃ何も分からないんだし、いいよね?」


ぽつぽつと賛成の声が上がる。そこに込められた感情はおそらく、面倒だとか鬱陶しいだとかそんなものだったけれど、表立って僕に反対する者は居なかった。


『じゃあ、もう寝ようか! 明日に備えて、ね?』


無数の手が僕を持ち上げる。本体らしいフェルに手を引かれ、リビングルームを出る。あまりに素早いその行動に僕は声も出なかった。


『はいお風呂!』


「ま、待ってよフェル……まだ」


『行ってから考えるんでしょ? なら早く行かなきゃだから、今日は早く寝ないと』


何か不自然な気がする。だが、筋は通っている。僕はフェルに従って風呂に入り、また無数の手に運ばれ自室に放り込まれた。部屋にはフェルもアルも居らず、昨日のように兄が寝ているということもない。


「なんか、引っかかるなぁ……」


ベッドに寝転がっても眠くはない。そのうちにアルが来るだろうと、僕は明日の流れを思い描いて時間を潰すことにした。




ヘルが自室に入った後、リビングルームにて。誰も部屋や風呂に行くことはなく、アスタロトが持ってきたチキンを頬張る者も居た。


『……ヘルは寝た?』


『まだ寝てはないと思うけど、こっちにはもう来ないと思う』


『じゃ、作戦会議始めますか。と言ってもヘルシャフト様が言った通り、何も情報がないので大した事は言えませんけど』


ヘルが話していた時とは正反対に全員が真面目な顔で机に向かう。


『ではまず役割分担についてです、誰が残りますか?』


「王様の護衛だろ? 俺がやる。外出んの面倒臭ぇし、グロルに交代してりゃ王様も無茶はやらない、追っかけてきたりしないぜ」


「俺も残るぜ。行く理由ないし、ここ俺の家だし」


ベルゼブブはヘルが話していた時、机に文字を書いていた。ヘルシャフト様を外に出すリスクは負えない、数人で素早く終わらせよう──と。

全員が賛同した。ヘルが居れば敵でも人間に手を出し難い、今のヘルは居ても仕方ない、と。


『先輩は?』


『……兄君の魔法も弟君の分身もある、この者達がヘルに手を出す事は出来ないだろう。なら私はヘルの願いを叶える』


「信用ないな、俺」


「俺はなくて当然だけど、なんでお前も?」


「知らね。幼女に酷いよな、みんな」


家に残るのはアザセルとヴェーンに決まった。まぁ、ヴェーンはアシュに呼び出されたりで常駐ではないけれど。


『……僕も残りたいけど』


『兄君は貴重な戦力です、来てください』


『…………仕方ないね。これやったら好感度稼げるかもしれないし、やってあげるよ』


『僕は居ても役に立たなさそうだけど、ここに居てもお兄ちゃんに押されて何かやらかしちゃいそうだし、後ろの方で頑張ってサポートするよ』


フェルは体内から世界地図を取り出す。一枚の紙ではなく、分厚い本だ。地域ごとに詳しい解説が載っている優れもの。


『俺らも行くわ。残って詰められても嫌やし、そろそろ人喰いたい』


『酒呑様が行くんやったらうちも行きますわ』


『角隠してくださいね、儀式をやるとなれば集団がコソコソしてるんでしょうし、前日の情報収集もあるんですから』


フェルは砂漠の国の地図のページを見つけ、その緯度と経度をエアに伝える。


『……太陽神だとかの話は二行くらいしかないや。昔太陽神を筆頭とする神々を崇めていた、今もその遺跡が各地に残る。だってさ、昔のことにされてる。今も信仰は残ってるのにさ』


『本なんてそんなものですよ。さ、次は行き先での役割分担です。残る人達はヘルシャフト様に問い詰められた時の言い訳でも考えてなさい』


ヴェーンはトマトジャムの瓶を持って部屋を出て、アザゼルもそれに続いた。二人で相談する訳でもなく、扉を開けたら反対方向に足を進めた。


『役割分担、と言うと?』


『先輩は目立つでしょ? 私は人に化けても結構目立つ見た目してますし、偽物さんも同様。となれば地味な見た目……性格悪い方の鬼と、兄君。貴方達に前日の情報収集、間諜をしてもらいたいです』


『酒呑様はそういうみみっちい作業向いてへん思うけどなぁ』


『性格悪い方は貴方ですよ? そっちは酒癖悪い方です』


間諜スパイ、ね。魔法使えばどうとでもなると思うけど』


『想定は必要でしょう? 魔法でパパっと解決できるならそれで構いません。で、偽物と酒癖悪い鬼は陽動役です。必要になるとは思えませんがね』


フェルは砂漠の国で最も大きい都市の地図を頭に叩き込む。陽動をするなら地形把握が必要だ、と。


『私と外来種さんは主戦力です。召喚が果たされた場合、信仰者に強力な魔術師呪術師などが居た場合、ですね』


『待て、俺は一度アスガルドに戻る』


『…………は?』


『そろそろ充電が切れるんだ。もうろくに戦えない』


『充電って貴方……まぁ、仕方ありませんね、外来種ですし…………しかし、貴方は最も重要な戦力なんですよ?』


『ああ、だから、これを』


トールは腰に下げたポーチから白っぽい石を取り出し、祈るように握り締める。その場にいた全員の目を眩ませる閃光がトールの手から放たれ、石は金色の光を宿した。


『蓄電石だ。山くらいなら消せる雷を五発は落とせる』


石をエアに投げ渡す。


『へぇ……! いいね、これ。もっと欲しいな』


『悪いが今はそれが限界だ、向こうで作ってくる』


『ならお願い。早めに帰ってきてね、神様。頼りにしてるから』


『ああ、善処する。じゃあな』


トールの姿は光の塊に変わり、消える。エアは笑顔を浮かべ手を振っていたが、光が消えると表情を消した。


『……貴方達兄弟って、そういうの得意ですよね。人たらしと言いますか……』


『美徳だろ?』


『悪辣ですよ』


『あの……ベルゼブブ様、私は?』


『先輩に何かあるとヘルシャフト様がブチ切れますからね。目くらいなら生やすかもしれません』


『流石にそれは……ヘルは人間ですし。私にも何か役割を下さい』


『そうですね……あ、そうそう。魔法の国跡地から誰かを砂漠の国に転移させましたね、アレはヘルシャフト様の知り合いではありませんでしたか? アレを守っていては? ヘルシャフト様もソレが無事なら喜びますよ、知りませんけど』


アルは明らかに適当な役割を与えられたと気が付きつつも、恭しく礼を述べた。

とりあえずの作戦会議は終わり、各々は各々で休息をとる。ヘルが起きないうちに出発する為に。

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