第395話 間の子
僕達はランシアの家で夜を待つ事にした。オファニエルなら話を聞いてくれる、悪魔の子でないと分かれば手を引くはずだ。
『ねぇ、にいさま。魔性をそんなに感じないってどういうこと?』
『……君の眼も同じ造りにしてやったはずだよ? 分かるだろ、そのままだ。平均よりは多い魔力を持っているけど、悪魔だなんて呼ばれるほどじゃない。そうだね、クラスに一人はいるまぁまぁ良い出来の奴ってとこ』
「なら……あの子は、人間なんですか?」
『…………三ヶ月で生まれた、って言ってたね。生まれた後の成長速度はどうなの? 見た感じは九歳くらいだけど、今幾つ?』
「……二歳と二ヶ月です」
キィと扉が開き、くまのぬいぐるみを抱いてグロルが帰ってくる。ケーキのオモチャをランシアに帰して、可愛らしい笑顔で彼女に甘えている。
『見た目の割に幼いと思った。二歳……ね、人間じゃあなさそうだ』
「そう……ですか」
『…………グロルちゃん、だったかな。こっちにおいで』
「やぁー!」
グロルはランシアの後ろに隠れ、兄を睨む。やはり僕達は受け入れられていないらしい。
『ちゃんと見たら君が何者か分かるかもしれないんだよ、駄々こねてないでこっちにおいで』
「やぁ!」
「……グロル、お兄さんの言うこと聞いて」
「やーぁー! あのおにーさんこわい! どろどろしてるのぉ!」
兄が怖いというのには同意だが、どろどろしているというのはどういう意味だろう。性格を言葉に表すなら的確と言えるが、兄はグロルにそんな素顔は見せていないはずだ。
『……これだから子供は嫌いなんだ! 泣けばどうにかなると思ってるんだろ!?』
「ちょ、ちょっとにいさま」
『大っ嫌い! 癪に障る声ばっかり出して……』
暴れかねない兄を抑える為、フェルと協力して兄の両腕にしがみつく。兄は怒鳴るのをやめて僕を見ると、口だけを愉しそうに歪ませた。
『……その点、ヘルはいいよね。僕の好きな声ばっかり出してくれるっ……! 殴っても、蹴っても、焼いても、切っても…………可愛い声を聞かせてくれるっ!』
僕は腕に顔をうずめたフリをして、トールに目配せする。トールは僕の視線とハンドサインの意図を汲み取り、その通りに動いてくれた。
ゴッ、と鈍い音が響き、兄の頭が机に落ちる。
『これでいいのか?』
「ありがとうトールさん、完璧だよ」
『そうか』
僕がトールに頼んだのは兄を大人しくさせること。つまり、殴って気絶させること。
少々乱暴かもしれないが仕方ない、ここでグロルを怯えさせては意味が無い。フェルの眼が兄と同じ造りというのなら、フェルにも兄と同じことは出来るはずだ。必ずしも兄である必要は無い。
『ごめんね、グロルちゃん。あのお兄さんは怖いけど僕は怖くないよ~』
今やるべきはグロルを宥め、彼女の正体を知ることだ。
「やぁー!」
だが、グロルはランシアの服にしがみついて首を振る。痺れを切らしたフェルは机を回り込み、彼女達の方へ向かった。
「やぁ! どろどろ、やぁー!」
グロルは机の下に潜って、僕の方から出てきた。そしてトールと目を合わせてまた叫ぶ。
「ぴかぴかこわいー!」
『ぴか……ぴか? おい上の、ぴかぴかとは何だ』
「えっ……ぇと、き、金髪だからですかね」
『そこの女も金髪だろう、何故俺だけ』
子供の言うことにいちいち理由を求めないで欲しい。
「せ、背が高くて威圧感あるのかも……」
だが、子供とはこういうものだと理解させるより、適当な理由を作って納得させた方が早い。特にトールなら。
『なるほど。だが、俺は自由に姿を変えられん』
「で、でしたら……とりあえず、あまり動かなければ少しずつ慣れてくるかも……と」
僕も未だに彼には恐怖心を抱いている。きっとそれは本能的なもので、どれだけ彼を理解しようとどれだけ彼と時を共に過ごそうと拭えないものだ。
『分かった』
トールは扉に背を預け、ぼうっと机を眺めたまま動かなくなる。この素直さが無ければ、僕も兄もトールとは必死に縁を切っているだろう。
『ねぇ、お兄ちゃん。僕やにいさまのことドロドロって言うの……まさか、見抜いてるとかじゃないよね? ピカピカって…………雷神だし、ほら……』
兄やフェルは人間の姿をしているが、その正体はスライムのような生き物だ。確かにドロドロと呼ぶには相応しい。だが、それは見た目には分からないし、魔力を見ても姿なんて分からないはずだ。つまり、グロルは本性を見破る力を持っているという事。
「ごめんなさいね、この子ったら……本当に、人見知りで」
ランシアはグロルが「こわい」と嫌がる度に身を縮ませて謝っている。そんな彼女を慰める為にも、僕は机の下に隠れたグロルに声をかけた。
「グロルちゃん、怖いのは分かるけど……でも、ちょっとだけ我慢してくれないかな。お兄ちゃん達は君に何も酷いことしない、味方だよ。お母さんのお膝の上でいいから、君の顔を見せてくれないかな」
グロルは目を見開き、その真っ赤な瞳に僕だけを大きく映した。真ん丸の瞳孔が歪み、長方形に似た形になり、また真ん丸に戻る。
「……僕は何に見える?」
僕を見つめたまま机の下から出てきたグロルに目線を合わせ、下手くそな作り笑いをしてみせた。
「………………おーさま?」
「へっ? ぁ……いや、おー……なんて?」
「おーさまー!」
グロルはランシアに向けていたものと同じ笑顔を浮かべ、僕に抱き着いてきた。
『僕がダメでヘルは良いってことは……やっぱり、見えてるね』
フェルが僕の隣に戻ってくる。グロルは僕に抱きついたまま、怯えた瞳でフェルを見つめた。
「懐いたの……? すごいわヘル君! この子が私以外に心を開くなんて……!」
「それは……まぁ、光栄なんですけど。おーさまって、王様ですか? 何かそんな絵本でも?」
「王子様なら心当たりもあるけれど……王様は、あまり、ねぇ? 悪役や愚かな役回りが多いでしょう?」
それはグロルには僕が愚か者に見えたということだろうか。
『これで確定だ。何故魔性をあまり感じないのか、何故成長が早いのか、そういうのは全く分からないけれど、ヘルを王と呼ぶのなんて……魔物である何よりの証拠だよ』
「あら……フェル君、どうして?」
『ヘル……お兄ちゃんは魔物使い。魔物に愛され、魔物を従える魔物の王。だから、王だとか主だとか、そんなことを言うのは魔物だけだ。神や精霊の子なら魔物使いは忌避する存在だからね』
魔物の王、か。あまり心地の良い響きではないな。だが、悪魔だろうと魔獣だろうと、僕を愛してくれるのなら──例えそれが魔力だけに惹かれたとしても、嬉しいことだ。
『俺は別に忌避してないぞ、下の』
「……いや、トールさんはほら、何かこう…………特別って言うか、別格って言うか、この世の魔物全てに襲われても、何ともないでしょ?」
『面倒だな。嫌だ』
「…………うん、別に死んだりしないよね?」
『どうだろう、しないんじゃないか』
「僕が言った神や精霊ってのは、木や川、そういったものから自然発生する神性のこと。トールさんもっと強いでしょ?」
『褒めるな、照れる』
「……にいさまの気持ち分かるなぁー」
フェルとトールのイマイチ噛み合わない会話を聞いている場合ではない。僕は魔物かどうかの判断は僕にも出来るとようやく気が付いた。
「グロルちゃん、右手挙げて」
グロルは僕の顔を見つめ、首を傾げた後しばらくしてから右手を上げた。
力を使うよう意識はしたが、手応えはなかった。目にも頭にも痛みや快感は全くない。
「フェル、違うよ。魔物じゃない」
『混血だから効きにくいとかじゃなくて?』
「……それは分からないけど」
酒食の国で二度ダンピールに会った。彼らには力の効き目が弱かったことを覚えている。
だが、今は全く効かなかったのだ。確かに全力でやった訳ではないが、だからと言って全く効かないとは思えない。
結論はまだ出ないが、僕はグロルが魔物ではないという方に傾いている。
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