第396話 五大元素
僕はすっかりグロルに気に入られ、奥の遊び場に引き込まれてしまった。話はフェルがしておくと言っていたし、会話が得意でない僕は席を外していた方が良い。だが、フェルは僕の複製、過度な期待も禁物だ。
「くまさんねー、あまいのすきなの」
「そっか」
子供の相手は得意ではない、僕の精神が幼いからだろう。
「ねぇ、グロルちゃん。君は何か、不思議な力があったりするかな。物を燃やしたり、壊したり、治したり。そういう力」
グロルはきょとんとした顔で僕を見上げ、首を傾げる。
「わ、分かんないかな……?」
説明が悪かったのだろうか。と再度説明の仕方を考えていると、グロルが首を真っ直ぐに戻して「ある!」と大声を出した。
「あるの?」
「うん! おもいだしたの、びゅーってできるの」
「えっと……見せてくれる?」
「うん、みててー」
グロルは両手を僕に向けて突き出し、目を閉じて「ん~」と唸る。
「えいっ!」
目を開いてそう叫ぶ。赤い瞳に怪しい光が灯った気がして、それを観察しようと乗り出した身体がふわりと浮かんだ。
「えっ……浮いたっ……ちょ、ぅわぁっ!?」
浮かんだのは一瞬で、そのすぐ後に突風に吹き飛ばされた。壁で打った後頭部を擦りながら、グロルの力は風の性質を持っているのだろうと考える。
「おうさま……だいじょーぶ?」
「ぁ……うん、平気平気。大丈夫だよ」
走り寄ったグロルが心配そうに僕の顔を覗く。心配をかけないようにと笑顔を作って立ち上がるが、頭を打ったせいかふらふらと倒れ込んでしまった。
「……いや、大丈夫、大丈夫だよ。なんともないからね。でも……疲れるから、座っておくね」
自分では本当に平気だと思えるのだが、身体は僕の楽観以上に繊細だ、特に頭は。
「よしよし……」
「ありがとう、もう治ったよ」
「ほんとー?」
「本当だよ。にしてもグロルちゃん、その力って……ぇと、お母さんにもあるのかな」
術師でない人間にも魔力を扱える者は居る。術を知らなければ魔力に属性を付与する事が出来ないため、生まれ持った属性やその場の環境に効果は左右されるが、魔力をそのまま放出している為に疲労が蓄積しやすく、また魔物に狙われやすいといった特徴もある。
体内に貯められる魔力量や出力は遺伝しないが、魔力が持つ属性は遺伝しやすい。まぁそれも所詮は傾向であって、僕のような例外もあるけれど。
「わかんない。みたことないよ」
「そう……」
ランシアにも聞いた方が良いだろう。この力がランシアから遺伝したものでなければ、グロルの父親がどんなモノか絞り込める。
「ねーおうさまー、ぐろるねー、ねむいのー」
「眠いの? えっと、ベッドとかは?」
「これー……」
グロルは部屋の隅で二つ折りにされている薄いクッションを指差す。僕はそれを床に敷き、その上にグロルを寝転ばせた。
「くまさん……」
「はい、くまさん」
くまのぬいぐるみを抱き締め、目を閉じる。傍に畳まれていたタオルケットをかけると、グロルは手を突き出した。
「おうさま、おててちょーだい」
「えっ……ぁ、ああ、手を繋げばいいの?」
今までの経験上、手を寄越せと言われたら手を切り落とされるのだと解釈してしまう。こんな子供がそんな事を言う訳がないのに。
手を繋いでしばらくすると、グロルは寝息を立て始めた。ランシアに聞きたいことがあるが、手を離したら起きてしまうだろうか。しっかり寝付くまではこうしておこうか。
グロルの手は温かい。子供故の高体温もそうだが、僕が低体温なのも原因の一つだ。手のひらから少しずつ温められて、何だか僕も眠くなってしまった。
ペちペちと顔を叩かれ、目を覚ます。
『おーきーてー、もう夜だよ。天使来ちゃう、お兄ちゃーん』
僕を起こしているのはフェルのようだ。寝起きに自分の声を聞くと不思議な気分になる。
『早く起きないとお兄ちゃんが女児に手を出したって言いふらすよー』
「……やめろよ、起きてるし」
『起きたんなら返事してよね』
「寝起き悪いんだよ……」
フェルに手を引っ張られて起き上がる。グロルの手はいつの間にか離れていた。
リビングに戻ると兄の隣に十六夜を見つけた。どうやら先程この家に来たばかりのようで、何故はぐれたのかと兄と口喧嘩になっている。
そんな微笑ましい光景とは正反対に、顔を青くしたランシアが僕に駆け寄る。
「ヘル君……あの子は、あの子が、グロルを殺しに来たの……?」
「……いえ、大丈夫です。説得してみせますから」
ランシアはグロルが眠る奥の部屋の扉の前に立ち、じっと十六夜を見つめる。
「十六夜さん、ちょっといい?」
「あぁヘルさん! ちょうどいい所に! ヘルさんからもお兄さんに何か言ってやってください!」
『君に兄って呼ばれたくないって言ってるだろ? そういうところだよ、僕が君を嫌いなのは』
十六夜がどうやってここを突き止めたのかは知らないが、その過程で悪魔の子はこの家の娘だと分からなかったのだろうか。
「それより、ですよヘルさん! どうしてこんな所にいるんですか! 悪魔の子の捜索は? 怠慢はいけません!」
やはり、十六夜はこの家にその悪魔の子が居るとは分かっていない。
「……見つけたよ」
「ふぇっ? そ、そんな……もう終わらせてたんですか? なら言ってくださいよー」
「…………話がある」
真剣さが伝わったのか、十六夜は姿勢を正して静かに頷く。抱いていたウサギを下ろし、兄達から少し離れて僕の前に立った。
「悪魔の子じゃなかった」
「……えっと、どういう意味でしょう」
「ここの人達の狂言……って言っていいのかな、とにかく、悪魔の子だって言われた子は悪魔の子なんかじゃない。天使様にも言っておいて」
「ちょ、ちょっと、もっと説明してくださいよ!」
いくら十六夜に間の抜けているところがあるといっても、こんな説明で納得してくれるほどではない。
仕方ない、苦手な長話を頑張るとしよう。
「父親が分からないんだ、ただそれだけ。誰の子か分からなくて、それはここの人達にとってとても穢らわしいもので、鬱憤晴らしにも丁度良かった。だから毎日母娘を嬲ってた。
そろそろ飽きたのかな? 殺したくなったらしい。でも自分達の手を汚すのは嫌だ、でも惨たらしい死に様に石を投げたい。だから……天使に処刑させることにした。それは正義だ、自分達の行動は全て正義だった、魔女と悪魔の子を滅ぼした素晴らしい民衆…………そうなりたい。それが、通報の理由」
「え……? な、なんですかそれ! それじゃまるで、この町の人達の方が……!」
「その母娘の家がここ。ねぇ、十六夜さん。協力してくれるよね? 仕事を終わらせたフリをして、移住先を探して欲しいんだよ。天使なら出来るでしょ? 君から言って欲しいんだ」
「…………わ、分かりました!」
案外と上手くいくものだ。フェルの嘘の巧みさに僅かに嫌悪感を覚えていたが、やはりと言うべきか僕も似たような事が出来た。
僕は微かに自己嫌悪を膨らませ、それ以上に目的達成の快感に打ち震えた。
「天使様はもうすぐいらっしゃると思います。もう夜ですし、外には誰もいません。あの石像のところに行きましょう? もちろん、そのお二人も! 天使様が素晴らしいお家を用意してくださるはずです!」
十六夜は僕の話を少しも不審に思わなかったのだろうか。僕は町民の感情も話した、それは町民だけが分かる情報だ。聞き込みをしたって余所者の僕達には教えてもらえない深部の感情だ。
それなのに、十六夜は簡単に信じ込んだ。
僕の捻くれた妄想から生まれた、正義を履き違えた町民達の存在を確信した。なんて、純粋で愚かなんだろう。
「……十六夜さん」
「なんですか? ヘルさん」
「君って、可愛い人だよね」
そう、まるでアルのような、美しい心が故の愚者。扱いやすく狂いやすく壊しやすい、愛おしい性質だ。
「……ふぇっ? な、なな、何を仰るんですかいきなり! もう、おふざけはやめてくださいよ!」
十六夜は顔を真っ赤にして家を飛び出す。少しして立ち止まり、早く行こうと急かす。
『何してんの……ヘル、あれは流石にどうかと思うよ』
「僕、何かいけないことやった? あとさ、お兄ちゃんって呼んでよ」
『いや、いきなり口説いたじゃん』
「口説いてないよ。ただ……扱いやすい人って、いいなぁって。まぁ確かに…………確かに、変なこと言ったね僕!? な、何あれ! 怖っ……うわ、恥ずかしい」
『怖いのはこっちだよ……変なお兄ちゃん』
自分の言動を思い出すと寒気がする。なんて気持ち悪い言葉を放ってしまったのか、ただただ後悔の念が押し寄せる。
『……まぁいいや、早く行こ。ランシアさん、グロルちゃんも連れてきてくださいね』
フェルは僕を家の外に押し出し、ランシアに声をかけて自分も出てくる。
十六夜とはしばらく顔を合わせたくない。僕はフェルの後ろに隠れて約束の場所に向かうことにした。
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