第330話 興奮状態

右胸から右前脚、右翼の半分と右後脚も少し。

アルの体を削り取った鉛玉、それを吐き出す筒は今僕の腹に当てられている。


「……撃たないの?」


アルの体にめり込み、再生に伴って吐き出された鉛玉は筒口よりも小さい。

散弾、とかいう代物だろう。


「それ撃ったら、僕真っ二つになっちゃうね。それは……黙らせたことになるんじゃないの? 上半身だけで喋れるほど丈夫じゃないんだ、僕。ねぇ……撃たないの?」


茨木の手は震えている。

魔物使いの力は魔物に絶対的な命令を下す力。という単純なもの。

僕はアルに動くなと命令した直後、茨木にも同じ命令を下した。


「撃たないんなら貸して」


僕は茨木の手から銃を奪い取る。

長い筒……あの弾はここを通ってアルを傷付けた。


「どうやって撃つの? ここ?」


僕は茨木の様子を伺いながら引き金を指差す。

銃を見るのは初めてではない。といっても扱いには詳しくない。

とりあえず引き金を引けばいいんだろう? そうすればこの女を殺せる。


「…… 座 っ て 」


銃身は意外と重い。持ち上げるのは大変だ。

僕は茨木を座らせ、銃口を彼女の左肩に向けた。

引き金を引くとまたあの大きな音が鳴った。僕の狙い通り、茨木の腕は吹き飛んだ……が、僕にもダメージがあった。


「痛……ぁ」


反動がこんなに強いなんて知らなかった。

持ち手が腹に叩き込まれて、手首と肩を痛めて、僕は銃をその場に落とす。


『ヘル! ヘル、あぁ……大丈夫か、ヘル』


「アル……大丈夫? 怪我治った?」


『何故急に蹲ったんだ? 何かされたのか? どこか痛いのか?』


「足は大丈夫そうだね……羽も治ってる。よかったぁ……」


何を言っているのかは聞こえないが、アルは心配そうな顔をしている。

僕はアルの傷が治った喜びも込めて、安心させる為に抱き締める。


『…………殺したのか?』


「とりあえずアルと同じにしようと思って腕を撃ったんだけど……もう死んだのかな、もっと…………思い知らせてやらなきゃならないのに」


血溜まりの中で倒れている茨木は見た目には生死の判別は付かない。

死んでいるとしたら僕が殺したということになるが……まぁ、どうでもいいか。僕のアルを傷付けた、なら死ぬべきだ。もっと惨めに死ぬべきだ。


「茨木がいるならもう一人いると思う。何か分かる?」


鬼は二人組だった。僕の洗脳が解けてしまっているなら、あの妖狐は別行動をしているだろう。


『ああ、家に入る前から匂っていた。酒の匂いだ』


確かあの鬼は大酒飲みだった。僕はアルに案内を頼み、銃を拾う。アポロンは紅茶を飲んでおらず起きているようだが……今の彼は戦力にならない、置いていこう。


「アポロンさん、何かあったら呼んでくださいね」


「君は……牛頭派か? 馬頭派か?」


「もういい加減正気に戻ってくださいよ……」


扉を開けるアルを追いかける──と、視界の端で黒いものが蠢いた。

茨木だ。まだ生きていた。僕は咄嗟に銃を構え、引き金を引く。

カキン、と小さな音が鳴った。


「嘘……弾切れ!?」


銃の扱いに慣れていない僕はこの銃が一発ずつ装填が必要な物だとは分からなかった。


「ア……アル!」


装填の仕方は分からないし、そもそも僕は弾丸なんて持っていない。

だからもうアルに頼るしかなかった。


『どうした?』


「茨木が……あれ?」


『…………逃げたか。この出血では長くは持たんと思うが……鬼の頑丈さは馬鹿には出来ん。追うか』


血溜まりから窓にかけて赤い道が出来ており、窓は割れてカーテンが風をはらんでいた。


「うん……そう、だね。追いかけよっか」


『よし、乗れ』


「…………ちゃんと話せば、誰も怪我せずに解決出来たのかなぁ」


何故神具を盗んだのか、しっかりと聞き出すべきだった。

煽ったのはあちらだが、先に手を出したのはこちらだ。


「けど、アルに大怪我させたんだ……許せるわけないよね」


『私の傷はもう癒えた。貴方の好きなようにするといい、私はそれに従うまで。だが意見だけは言っておく、強いモノには絆を結んでおくべきだ』


「…………絆。そう、そうだね」


神や天使や悪魔やら、僕は人知を超えた化け物に狙われているんだ。

僕は早く魔物使いとして成長しなければならない、強力な味方を集めなければならない。


「そうすれば、アルも楽になるよね」


そうなれば、アルはもっと僕に構ってくれる。



時折鼻を床に向けては歩む、アルには僕が感じ取れないものを感じ取る感覚がある。魔力にしても匂いにしても音にしても同じこと。

アルは本当に優れた生き物だ。人間の中でもとびきりの出来損ない僕なんて足元に及ばないくらいに。なのにアルはそんな僕を大切にしている、僕はそれが何よりも嫌だ。


『ここだ、入るぞ』


大きな扉の前に辿り着く。

僕はアルの背から降りて扉を開ける。


『……おぉ、久しぶりやのぉ。虹眼の丁稚』


金色の瞳がぎょろんと動いて僕を捉える。

赤髪の鬼は茨木の傷の手当をしていた、といっても傷口を押さえるようにシーツで胴を包んだだけで、止血にも心もとない。


『酒呑……様、申し訳……ございません。お待ちください、この無礼者共をすぐに片付けますので……!』


『ええから寝とけ阿呆、両腕失くして何出来んねん』


片手で茨木をベッドに投げ、面倒臭そうに立ち上がっては再び僕を睨む。


『…………まぁ、そう殺気立たんと。ちょっと話そうや。酒でも呑むか?』


「悪いけど、僕まだ未成年なんだ。話そうってのには賛成だけど。でも……さ、殺気立ってるのはそっちだよね?」


『そらなぁ、唯一残った家来やられて頭来ぉへんやつぁおらんわ』


「…………そう、だよね。うん、でもこっちも……アルに大怪我させられたんだよ」


話をすると向こうから言ってくれたのは有難い。

僕はあの時、アルの傷を見て殺意に囚われてしまった。だがアルの傷は完璧に癒えた。だから少し……そう、ほんの少しだけ、左腕で手打ちにしてもいいと思い始めた。

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