第331話 同盟

大酒飲みの上に第一印象が『短気』だから長く勘違いしていたが、彼はそう頭の悪い男ではないらしい。


『鉄と火薬の匂い……あぁ、確かにその犬は撃たれたようやなぁ』


「アルは怪我治せるからさ、すぐに分からなくなるけど……胸から前足吹き飛ばされて羽と後ろ足もちょっと欠けちゃってさ、そっちより大怪我だったんだよねー……」


アルは姿勢を低く保ち、警戒を続けている。

酒呑は酒をあおってはいるものの、その眼はじっとアルを見つめている。

牽制はアルに任せて僕は話に集中しよう。それなら僕とアルの両方に気を配らなければならない酒呑が不利だ。


「僕達は最初はちゃんと話し合うつもりだったんだよ。眠らせたり殺すって宣言してきたりしたのはそっち。だからまぁ、アルが飛びかかって……」


『先に手ぇ出したんはそっち、と』


「…………結果的にはそっちだよ。酷い武器持っちゃって」


『俺は嫌いやねんけどな、この石火矢……嫌な匂いしよって』


責任を押し付け合う。しっかりと考えて言葉を紡がなければ、口下手な僕は話だけに集中していても負けてしまうかもしれない。

深く息を吸って、吐いて、気合を入れ直す。


「さっきも言ったけど、アルが酷い怪我しちゃって、それで……同じ目に合わせてやろうって思って。でも感謝してよ、無くなったのは左腕だけなんだから。アルはそれ以上の大怪我させられたんだよ?」


『しゃーないな、非は認めたるわ。両方似たような怪我した……これで手打ちといかへんか』


向こうから手打ちと提案してくるとは思わなかった。

だが、僕は神具を盗んだ理由を聞きに来た。条件を上乗せしなければ。


「質問に答えてくれたら、いいよ」


『…………大分譲ったってんねんけどなぁ。この鬼の頭領が、ここまで譲ったん自分くらいのもんやで』


「もう少し譲ってもらえないかな。ダメだって言うなら君を動けなくして、ゆっっくり殺す」


髪をかきあげて右眼を見せて過激な文言で脅す。


「自殺させてもいいんだよ」


『……なんや知らんけど自分、けったいな能力持っとるようやしなぁ。しゃーないか』


酒呑が同意しかけた瞬間、茨木がベッドから転がり落ちて彼ににじり寄る。


『いけません酒呑様! 貴方様なら勝てます、あんな子供に好きなようにさせて……どういうつもりですか!』


『黙っとれ』


『しかし……』


『逆らう気か? 足までもがれとうなかったら黙っとき』


『…………力が足りないのなら、この茨木を喰らってください。こんな子供に貴方様が下るのを見るくらいなら、その方が……っ!』


酒呑は黙ったまま茨木の髪を掴んで、再びベッドに投げた。


『誰が下る言うた。これは盟約や。せやな? 魔物の頭領』


「頭領……って」


『集団の長。リーダー。ボス。そんなところだ』


言葉に詰まる僕にアルが単語の意味を説明する。僕が黙ったのはそういう理由じゃない……とは後で言っておこう。


「……えっと、盟約か。うん……そうだね」


『約束。誓い。共通の目的を共に達成する為の利害関係、同盟だな』


「…………僕そんなに馬鹿じゃないから! いちいち説明しなくていいよ!」


二度目は我慢し切れず、つい叫んだ。

確かに馬鹿ではあるが、会話に不自由する程ではない。と自分では思っている。


『……ええからはよ質問してくれんか』


「あ、あぁごめん……えっとね、神具を盗んだ事について、聞きたいんだ。どうして盗んだのかとか、なんで他にやっちゃったのかとか」


『しんぐ……? なんやそら、まぁこの部屋を寝所として使わせてもろとるけど。枕やら毛布やらは盗んでへんで、この部屋にあったもんしか使うてへん』


「…………え?」


『寝具の話は要らん。神具だ。神がその力を人間に振るわせる為に落とした神々の道具の話だ』


『ほーん、知らんわ』


神具を知らない? 嘘をついているとも思えないが……だが、盗んだのはエーデル家で、エーデル家に住み着いた魔物はこの鬼達だ。なら盗んだのは鬼達だ。


「い、茨木! 君は!? 君は知ってるよね!? 酒呑の為に何かしようとして、その為に神具を盗んだんだよね!?」


『…………一人分しかあらへんからうちはいっつも床で寝て……』


「寝具の話じゃないよ! ふざけないで!」


『……うちはなんもしてへんよ。自分ら人間と違うてうちは何も使わんで何でも用意出来るんよ。傷に響くから大声出さんといて』


どういう事だ、鬼達は何も知らない。

なら神具を盗んだのは誰だ、誰の意思だ。


『質問ちゅーんはそれだけか』


「あ……えっと、玉藻は?」


『知らん。あいつが化けたら俺も見破れん。自分俺らに暗示かけてったやろ、それ解けてすぐ国出て行きよったわ。俺らは陰陽師がわらわら来よって面倒なったから出てきたんや』


「そ、そっか。うん……質問はこれだけ」


『せやったら手打ちや』


酒呑は僕に歩み寄り、僕に手のひらを向ける。

僕は戸惑いながらも彼と手のひらを合わせ、パンと音を鳴らした。


『自分ら神具っちゅうの探しとるんか?』


「い、いや神具はもう見つけたよ。でもなんで盗まれたのか調べておかないとって」


『ほーん……』


「アル、とりあえずヘルさん達の所に戻ろう。起こしてこのこと話さないと」


僕はアルに跨り部屋を出た。

廊下や階段を走るアルの背の揺れを感じながら、ぼうっと考える。

この家はミナミが勤めていた店と癒着していた。そして兜を店に隠すよう言った。

そこで兜を見つけたミナミがまた盗んだ、といった所だろうか。

なら初めに盗んだのは……この家の人間なのか? 魔物ではなかったのか?

それなら、そうだとしたら、僕にはどうにも出来ない。

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