第279話 缶詰の中身

銀色に筋が入る、パキパキと軽い音を立てて金属が割れていく。蓋らしき部分が浮く、僕は蓋を取り上げて中身を覗いた。

中身は陽の光をてらてらと反射する薄桃色の物体、迷路のようなシワのある、柔らかそうな物体。

微かに動いていたような、それが今止まったような。

蓋の裏にはその物体から伸びた管が繋がっていた。


『おめでとう! 正解だね。この脳は記者の男のものなんだ。あるビックスクープを手に入れて、記事にしようとしたらこうなっちゃった』


「……誰がこんなこと」


『それは二問目。さて問題です、この脳の缶詰を作ったのは一体誰でしょう? 名前じゃなくていいよ』


誰? 名前でなくていいということは、人間と答えればいいのか? いや、どんな人間かを答えるのか?

今回の質問は問題のために使わなければ。


「質問。えっと……どうやって作りましたか」


『どうやって? んー、外科手術?』


「よく分からないんだけど」


『だから、こう取り出して……缶詰にする。あ、ちなみに生きてるよ。開けたら死んじゃうけど。何か専用の器具を取り付けると視覚や聴覚、嗅覚なんかも戻るとか。いやぁ面白いよね』


「生きてる……? え、じゃあ、さっきの、僕……」


先程開いた缶詰の脳は、生きていた。

僕が殺した。


『キミのせいで死んじゃったね!』


分かりきってることを言うな。

ああ、ああ、また吐き気が……


「あなたが開けろって言ったんじゃないですか!」


『そうだっけ? でも、やったのはキミだ。これで何人殺したの?』


「……質問、作った目的はなんですか」


『ゲームに戻ってきてくれて嬉しいけど、人間にしちゃ切り替え早すぎるんじゃない? それとももう慣れちゃった?』


「答えてください。まだ二個目です」


『…………生意気だね。でもボクは好きだよそういうの。目的か、目的ねぇ、うん。さっきも言った通り記事にしようとしたんだ、これを作った奴をね。だから口封じされたんだけど、殺すだけじゃ生ぬるいってんで脳だけにしたんだ。ちびちび苦しめるつもりだったのか、この時点で苦しいのかは興味ないけど』


記者、と聞いたところでなんとなく分かっていた。

秘密を握った者は狙われるなんてのは所謂お決まりだろう。


『好かれた人も缶になるんだよね。まぁさっき言った器具に繋いで、色んなところ連れてってくれたりするよ。そういう人はちゃんと体も生かして置いてあるから、後で戻してくれるかもね』


「戻すの? そうなんだ……」


どうやらマンモンの予想は外れていたらしい、「イカれた人間」でなさそうだ。確かに異常ではあるのだが、単なる犯罪者ではない。殺してはいないのだから。


「……三つ目、作ったのは一人ですか?」


『いっぱいあるし皆やってるんじゃない?』


「作るのに必要な人数……というか、悪魔の力を借りて……とか、そういうのです」


『んー? そうだね、一人かな? 手術は一人で出来るだろうけど、役割分担はしてるかも? ってとこかな。ボクも術中見てないから分かんない!』


人間が悪魔や天使の力を借りて作った訳ではない、それなら高い技術を持ち人の脳を摘出することを厭わない人間が大勢いるということか。

待てよ、人間?

男は先程「缶を作った奴を記事にしようとしたから」と言った。

缶のことではなく、缶を作った者。

缶を作った者として記事にしたかったのか、あるいは優れた技術を持っているから記事にしたかったのか、それとも……単体で記事になるほどのモノだったのか。


『考え長いよ、ボクひまー』


「……悪魔?」


『ん? やった奴? まぁそういう大雑把な括りで構わないけど、答え悪魔でいいの?』


「あ……い、いや、天使。神?」


『どれにするか決めてから言ってよね』


「…………じゃあ、悪魔」


『悪魔ね。理由を聞いてもいいかな?』


「科学の国は国連加盟国の中でも位が高い、って聞いた。だから、天使がその国の人間に手を出すはずはないし、批判的な記事を書いたなら普通に殺すはず」


書物の国が天使の襲撃を受けた理由を思い浮かべ、今と重ねる。


『ふんふん』


「人間のフリをしてる悪魔だとしたら、記事にされたら困るだろうし、悪魔はこういう面倒で惨いこと好きそうだし……」


『にゃるほどねぇ、いい推理だと思うよ? うんうん。君、探偵やったら?』


自分の頭の悪さは自覚している、だがこの推理はかなりよく出来ていると自分でも思う。

だからこそ男の褒め言葉には腹が立った、馬鹿にされているとしか思えなかったから。


「合ってるのかどうか早く言ってください」


『うん! ハズレ!』


少しの邪気も感じられない満面の笑み。


『名前とかは分かんないだろうから、模範解答はー……んー、人間よりも優れた科学技術を有した生物。かな? うんうん、これだね』


「人間よりも……優れた? そんなものいるなら、もっと……」


科学については全くの無知だ。

だが、人間よりも知能が高い生物がいないことは知っている。悪魔や天使は抜きにして、だ。

彼らは住む世界が違うし、科学文明は持っていない。その生物が人間より知能が高いなら人間よりも繁栄しているはずだ。


『ここただの採掘場だからさ、別にここで繁栄しようとかはしてないんだよ』


僕の心を読んだかのように男は僕の疑問に答える。


「意味が分かりません」


『この星の生物じゃないんだよね、宇宙じゃメジャーなんだけど。ここじゃマイナーかな?』


「……ますます、意味が……」


『別に理解しなくていいよ、こいつらは本来キミたちには関係ないんだから』


「こんなことしておいて、関係ないわけないじゃないですか!」


『関わらなきゃ缶にされないよ、多分』


さて、と男は手を叩いてニッコリと微笑んでみせる。

この話はもうおしまい、そう口に出さず言っている。


『最後の問題、キミは一問正解一問不正解だから、この問題に勝利がかかってるよ』


「勝ったら、ナハトファルター族のみんなを助けてくれるんですよね」


『キミの手助け、だからね?』


「負けたら……どうなるんですか」


『罰ゲームさ、命に関わることはしないよ。あ、精神的なダメージも大したことないから安心してゲームに挑んでね』


大したことはない。つまり少しはある、と。

精神的な……何をする気だ、この男は。


『じゃあ第三問! 最終問題! ボクの名前を正確に答えて!』


「…………は?」


『ん? 聞こえなかった? ボクの名前を当ててよ。正確に、ね』


名前なんて分かる訳がない、初対面なのに……初対面? 本当に初対面なのか?

男は僕を知っているような口振りで、ベルゼブブのことも知っていて、僕がここにいる目的も知っている。


「質問、僕はあなたと会ったことがありますか」


『別の奴には会ってるよ、そいつらが取ったデータはボクにもある、全部じゃないけどね』


「データ?」


『キミに関するあらゆる情報。名前に魔力の質、成長度合い、交友関係、色々だよ』


別の奴、その言葉を聞いて心当たりが一つ浮かぶ。

兵器の国で、お菓子の国で、同じ名を語った別人。

僕に怪物化する薬を飲ませた、あの男。

僕を騙して弄んだ、あの子供。

目の前のこと男の笑い方は、彼らと全く同じだった。

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