第280話 ゲームの勝者は
よく観察すれば他の共通点も見つかる。
僕の国ではほとんど見なかった浅黒い肌だとか、くるくると巻いた黒檀のような髪だとか。全てを見透かして嘲笑う、深淵のような黒い瞳だとか。
「……質問、あなたは神様ですか」
『……っふふ、はははっ、そんなこと誰に聞いたの? へーぇ、それ知ってるとは知らなかったね。ふぅん……うん、そうだよ。ボクは神様』
「じゃあ、あなたはどんな神様ですか」
『どんなって?』
「人となりって言うか……何をしてるのか、みたいな」
『面接みたいだねぇ! はははっ、弊社……あ、いや、御社? まぁどっちでもいいや!』
この質問は解答にはあまり関係ない、純粋な疑問だ。
何故僕に関わってくるのか、何故こんな回りくどくくだらない事をするのか、
それが少しでも分かればいい、もう名前は分かっているから。
『そうだねぇ、暇潰し……うん、慰めてるんだよ』
「……何を?」
『お父様、かな?』
「…………親とか、いるんだ」
『あっははははははは!』
お父様、そう言った直後から肩が震えていた。
そしてとうとう耐えられなくなって、間欠泉が噴き上がるように笑いだした。
『そう! そう……ふははっ! あの何も考えられない奴等のために駆けずり回って、仕組んで! 騙って! っははは! 結構大変なんだよぉ? あはははっ!』
それは愚痴なのか、自慢なのか、どちらにしてもどちらでもないにしても、彼は聞いて欲しくてたまらないというふうだった。
『尽くして、尽くして、尽くしまくって! だからどうなるって訳でもないのにねぇ! っはははは!』
何がおかしいのか、誰を笑っているのか、僕には分からない。
いや、分かりたくもないし、きっと理解は出来ない。
けれど僕は、その嘲笑から一つの感情を汲み取った。勘違いか真実かは僕が判断するものではない、とりあえず口に出す。
「…………寂しいの?」
『……………………はぁ?』
「何しても、褒められたりしないんでしょ? それ、虚しくない? 寂しく……ないの? それが親なら……僕なら、もう……」
『寂しい……そう、かな。うん、寂しい……』
ピタリと動きを止め、じっと目を伏せる。
当たっていたのか?
男はクスッと優しく微笑むと、しゃがみこんで僕に目を合わせた。
『……なーんてね。寂しいなんて……んなわけねぇだろバァーカ。くっくく、ははははっ! ここまでとは思わなかったよ!? いや、ううん、分かってた! 分かってたよ、キミがズレたお人好しだって、すぐに同情する馬鹿だって!』
「べ、別に! 同情なんて……してない」
外れていたのか。この男に僕と同じような感情があると考えた僕が馬鹿だった。
『ふぅーん? ふぅん、そう……まぁ、うん。いいよ? それで。そう思い込みたいならそう思い込むといい。それを……ふふっ』
「…………もう、答えていいですか」
『ん? ああ、忘れてた。あーいや、覚えてたよ、うんうん。ふふ……馬鹿にされるのは嫌いなのかな?』
「好きな奴なんていませんよ」
拒絶するために、閉じこもる為に、わざとらしく冷たい敬語を使う。
「…………ナイ君、だよね」
『せぇーいーかぁーくぅーにぃ!』
「え? あ……ナイ……えっと、ナイなんとか」
『キミ正確って言葉の意味知ってる? 辞書持ってきてあげようか?』
一度ベルゼブブに聞いたはずだ。だが、まずい、思い出せない。そもそもあの時だって言えていなかった、ちゃんと聞き取っていなかった。
「ナイ……る? ぷ?」
『惜しいような違うような、あーもうボクまで自分の名前忘れそう』
「ナイアー……?」
『不正解でいい?』
「ま、待ってよ! 思い出すから……!」
そうだ、思い出せ。ベルゼブブの言葉を、あの時の風景ごと脳裏で再生しろ。
──名は……そうですね、ナイアルラトホテップ、これでいいでしょう。あまり呼びたくはありませんね──
嫌そうに歪んだベルゼブブの顔とともに、あの時の情景が浮かび上がった。
「ナイアりゅりゃっ……もう一回」
『あ、はい』
「ナイアルラちょっ……もう一回」
『そんなに噛む? え、何、キミ乳児? ボク改名した方がいい?』
「ナイアルラトホテップ!」
『はーい、おめでとう! ハズレ!』
そんな馬鹿な。ちゃんと言えた、はずだ。多分。
ならベルゼブブが間違っていたということになる、そうだベルゼブブのせいだ、罰ゲームはベルゼブブに……って、何を考えているんだ僕は。これだから最低だって言うんだ。
「ちゃんと言ったよ……長い上に言いにくい名前、ちゃんと……言ったもん」
『拗ねないでよー、まぁこの問題は正解させる気ないからね』
「…………どういうこと」
『正確に、って言ったろ? ボクの名前さぁ、人間じゃ発音出来ないと思うなぁー、聞き取るのも無理じゃない? 正確にって言ってなかったらナイとかニャルとかでも正解にしてたよ? 他にも通名は適当に作ってるしぃー、ま、あんま覚えてないけど』
「は!? な、なんだよそれ! 問題になってないじゃないか!」
全三問で僕が正解したのは一問だけ、僕の負け。
駄目だ、このままでは罰ゲームの名を騙る非人道的行為の餌食になってしまう。
『うんうん、だからね。別の名前でもよかったんだよ。最近手に入れた名前でも。ふふっ……キミの恋人からもらった名前、あーいや、前世だから元恋人? まぁどうでもいいかな。そっちなら短いし言いやすいよ』
「そっ、そもそも名前なんか! 問題にしちゃダメだろ! 初対面で知ってるわけないのに……酷いよ! ナシだよナシ! このゲームナシ!」
『負けたからってゴネないでよねー。確かに負かす気だったけど、抜け道はちゃんと用意したじゃないか。それを通らなかったのはキミの怠慢。恋人の名前なんだから分かるだろ? 何? もしかして忘れたの? 結婚するとか言ってたくせにー!』
前世の記憶なんてある訳がない、前世があるということさえ半信半疑なのに。
いや、今は前世がどうかなどどうでもいい、どうにかして罰ゲームを逃れなければ。
「き、棄権する! このゲームやめる!」
『終わったんだよ? キミの負けで。さー罰ゲーム罰ゲーム』
「…………分かったよ、やればいいんだろやれば!」
『あっはは、物分りのいい子は好きだよ。それでも抗う子も好きだけど』
僕が諦めて従順になったと信じたようで、ナイはズボンのポケットを漁る。
それからあの缶詰の中身──脳をぐちゃぐちゃとペンで抉る。
ペン先に付着した薄桃色の肉片をポケットから取り出した小瓶の液体に浸ける。
透明だった液体はみるみるうちに青黒く変色した。
僕は薬を調合しているらしいナイの背後に回り込み、髪をかきあげ右眼を露出させる。
『これくらいでいいかなー、キツすぎて壊してもつまらないしぃー……』
「…………ベルゼブブ! 来 て ! 」
紫に近くなる液体に怯えながら僕は叫んだ、僕の声に振り返ったナイは満面の笑みを浮かべていた。
『隙狙ってたの? イイね、そういうの大好きだ!』
直後、破壊される壁、倒れる棚。
壁を破って入って来たのはベルゼブブだろう、僅かに見えた翅と声でそう判断したところで、僕の意識は視界を埋めつくした缶詰に奪われた。
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