第278話 愉しいクイズ

時刻は少し遡り、アルが別の倉庫に向かった直後、ヘルの身に何が起こったのか。



何かを探す、なんて馬鹿なことを言ったものだ。

探してどうなる、見つけたとしてどうなる。

今やるべき事はナハトファルター族の救出だ。

アルを追おうか、いや中途半端に追いかけては危険か、僕はまた立ち往生した。


「……アルは裏手って言ってたな」


棚の一段目に足をかけ、少し高い位置にある窓をから外を覗く。

裏手の倉庫とやらが見える、特に変わったところはない。

やはり追いかけようと足を下ろすと棚に並んでいた缶を蹴ってしまい、高い音が鳴る。


「わっ……もう、なんなんだよ……」


一応位置を戻しておこう、円錐形のそれに手を伸ばす。

棚に並んだ缶は皆同じ形をしている、金属製なのか全て銀色だ。

そして、ふと娯楽の国でマンモンに聞いた話を思い出す。


──脳だけを出されて、こう……円い、容器…………えっと、そう! 缶詰にされてるのよ!──


僕はその後吐いたっけ。

あの話が嘘だとは思えないが、目の前のこれがそうだという証拠はない。

確かに大きさは一致しているように思えるが……


「……いやいや、違うって」


自分に言い聞かせるために声を出し、頭を振って立ち上がる。

中身がなんであろうと僕には関係ない、早くアルと合流しよう。

と、ちょうど目の位置に缶切りを見つけた。


「これは、もう……開けろって言ってるよね」


『誰が?』


「うわぁっ!?」


いつの間にか背後に立っていた男に驚き、振り返った拍子に棚に腕と頭を打ち付ける。


『あーぁ、大丈夫?』


くすくすと楽しそうに笑う男、浅黒い肌の彼は裾に黒っぽい汚れのついた白衣を着ており、僕は彼が研究者だと判断した。


『あんまり弄ると怒られちゃうよ、お気に入りもあるから』


「……お気に入りって?」


『とっても気に入った人か、とっても嫌いな人がこうなるんだ』


くるくると巻いた毛を指先で弄び、深淵のように黒い瞳で僕を見る。

男は缶をつつき、そのうちの一つを缶切りと共に僕に渡す。


『開けてごらん?』


「い、嫌ですよ。何が入っているかも分からないのに……」


いや、もう分かっていた。

男は今「人」と言った、この缶の中身は人なのだ。

そう察するだけで叫んでしまいそうだったが、事前に聞いていたからか想像力が足りないからか、僕は冷静だった。


『ふ、ふふふ、はは、あは……嘘吐き。分かってるんだろ?』


「……なっ、何を」


『中身。あはははっ、はは、ふふふ』


マンモンは事件の犯人は「イカれた人間」だと言っていたか、あくまでも予想だが。

それなら、この男がその犯人であるという判断も自然と下る。

無邪気で、どことなく気味の悪い笑い方。感情が読み取れない、僕を移すだけの黒い瞳。

言ってはなんだが、犯人でなくとも「イカれている」ことは確かだろう。


「……あなたが、犯人ですか? あなたがやったんですか?」


『ふふ……何を? もししてたら、どうするの?』


「ベルゼブブ……最強の悪魔を、ここに呼びます」


髪をかき上げ、右眼をさらす。男の瞳孔が微かに揺らぎ、また笑い出す。


『ベルゼブブか! いいねぇ、確か……喰われたね。あれは今からだとどれくらい前なのかな? まぁ喰われたのはボクでボクじゃないんだけど』


ベルゼブブを知っている? それに、喰われた?

全く意味が分からないが、危険だということは分かった。

だから僕はベルゼブブの名を叫んで、この男を蹴散らしてもらおうとした。


「ベルゼっ……んっ……ぅ、ぐ……」


『しーっ、ちょっと話したいだけなんだから、乱暴なことしないでよ。ボクと仲良くして欲しいな、新たなる支配者様』


男は僕の口を塞ぎ、右手を棚に押し付け、動きを封じる。手慣れているようにも感じた。

押さえつけておいて仲良くしてだなんて、意味の分からない事を言って、何をしたいのか予想もつかない。


『ね、ゲームしない? キミが勝ったらあの子達を助ける手助けしたげるよ』


負けたらどうなるのか、それを聞きたかったが口は塞がれたままだ。


『ゲームはね、クイズだよ。ボクが今から出すクイズに半分以上答えられたらキミの勝ち、一問につき質問は三回まで、答えを直接聞くのはナシだよ』


手助けなんてしてもらわなくてもアルとベルゼブブがいれば助けられる。

だが、断りの言葉を発することも首を横に振ることも出来ない。


『じゃあ出すね、まず第一問』


口を塞ぐ手が離れる、だがこの口は答えを言う以外に使ってはいけない。

そんな気がした、いいや、それ以外に使ったら死よりも恐ろしい目に遭うと察してしまった。


『この中には何が入ってるでしょう』


缶を僕の目の前に差し出し、男は人懐っこい笑みを浮かべた。


「質問……」


『うん、三つまでね、なに?』


「それ、は……あなたが入れたんですか?」


『違うよ? ボクじゃない……って、その質問じゃ中身推理できないよ? いいの?』


中身はもう察しがついている、僕はこの質問を使って男の正体を暴くことにした。


「……もう一つ、あなたはそれを入れた人と関わりがありますか?」


『どうだろうねぇ、ボクは……うぅん、研究者としては関わってる気もするし、大まかにすれば信仰もされてる。だけどボクからは関わってないよ?』


しんこう……親交だろうか。いや、親交があるなら関わっていないというのもおかしい。

なら侵攻か? 領主でもないのにそれもおかしいか、研究室を奪われたとか……うぅん。

信仰……いや、これはおかしいな、人に使う言葉ではないと思う。

まぁとにかく、研究者としては関わっているという言い方から、彼は事件には無関係と考えていいだろう。これが異常な殺人事件ではなく、異常な研究だとしたらその限りではないが。


「最後、あなたはその缶をどう思いますか?」


『……よく出来てるなぁ、かな? うん、持ち運び便利だし。でもちょっとつまんないかな?』


よく出来ている、持ち運びが便利、普通の缶だと認識していればなんらおかしなことはない、だがこれの中身は……


「中身は、人」


『人? 入るかなぁ、それが答えでいいの?』


「…………人の、脳」


『脳かぁ、それなら入りそうだね』


白々しい、知っているくせに。そう心の中で悪態をついていると、男は僕に缶切りを手渡す。


『じゃあ答え合わせ。ほら、開けて?』


「…………え? 開けてって、答え知ってるんでしょ? どうして僕が開けないといけないんですか」


『分からないよ? キミの答えはボクの認識とは合ってるけど、もしかしたらこの缶は食べ物が入っているのかもしれない。可能性は捨てきれないよ、他の缶は脳みそでも、この缶だけは果物かも』


「……出題者の考えていることを当てるのがクイズでしょ?」


『真実を突き止めるのがボクのゲームだよ』


男はきっと缶を開けるまで次の問題には移らない。僕を逃がす気もない。

ニコニコと無邪気な笑顔で僕を見つめたまま、動かないだろう。

仕方なく、そう仕方なく、僕は缶切りを缶に当てがった。それはきっと好奇心ではなかったはずだ。

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