第253話 地中の女王
辿り着いたのは洞穴、その入り口には二人の少女が立っていた。
見張りだという彼女達は全く同じ顔をしている、双子だろうか。
「やぁ、アルメーさん達。元気かな? カルディナールはご在宅?」
「ご機嫌麗しゅうウェナトリア様、カルディナール様はお食事中でございます」
「ご機嫌麗しゅうウェナトリア様、そちらはいかがお過ごしでしょう」
黒い髪に黒い瞳、全く同じ顔で全く同じ声で全く同じ抑揚で話す。
「私も元気だよ、少し用がある。入ってもいいね? この子達も」
少女達はウェナトリアを通すと剣を交差させ入り口を塞ぐ。
僕とツァールロスをまじまじと眺めだした。
「……人間」
「と、キュッヒェンシュナーベ」
「あ、あの……僕、少し急いでて」
「危険物は」
「病気は」
「私は病原体なんかじゃない!」
「貴方達の通行」
「許可します」
「あ、ありがとう……」
「なんだよ、どうせお前ら私が嫌いなんだろ! どーせ! バーカ! 黒ゴマー!」
喚くツァールロスの手を引き、ウェナトリアは奥へ奥へと進んでいく。
入り組んだ洞穴の中はまるで迷路のようだ。
「アーマイゼ族はホルニッセ族ほど手が早くはない、カルディナールの命令が出るまでは何もしてこないからね、優しいいい子達だよ」
「……命令が出たら?」
「従うだけさ、抹殺なら抹殺、追い出すなら追い出す。完璧に執行する」
時折すれ違う少女達も見張りの少女達と同じ顔に見える、気のせいだろうか。
遠い異国の人は見慣れていないから見分けがつかないとかいう、アレか。
「ああ、そうそう。ここの子達はみんなアルメーと呼べば返事をする、迷ったら声をかけるといい」
「へぇ……何か意味があるんですか?」
「苗字だね」
「……みんな同じ?」
「全員血縁者だから……と言うより、みんなカルディナールの娘だからね」
狭い土地だから全員顔見知り、まではよく聞く話なのだが。
血が繋がっているだとか、子沢山なんて話はそうそう聞かない。
全員同じ歳に見えるのだが、一体一度に何人産んだんだ。
「ホルニッセの奴らもそう、全員モナルヒの娘。兜かぶってるから顔じゃ分かんないけど、みんな似てるんだよ」
「へぇ……凄い、ですね?」
「見分けつかないしちょっと気味悪い」
「私は見分けつくよ」
ウェナトリアはそう言って誇らしそうに笑う。
「お前が頭おかしいだけ」
「目が多いからね。八つあるんだ」
「……ここの奴ら大体複眼だろ」
「どんなふうに見えてるんですか?」
無数に集まった目だとか、八つの目だとか。
気味悪さはやはり感じるものの、同じように興味もある。
「別に……普通に」
「まぁそう言うしかないねぇ、二つ目の見え方知らないからさ」
「あ……そう、ですよね。すいません」
まずい、失言だったか。
考えの浅い自分を責めながら、二人の顔を伺う。
「ウェナトリアは立体認識とか得意なんじゃないか? よく木に登ったり跳ね回ったりしてるだろ」
「感じたことはないけど」
特に気にした様子はない、僕が考え過ぎなのか。
気の遣い過ぎも失礼になる。加減が難しい。
「…………私が地べた這いずり回ってるあいだ、木の上ふらふらぶら下がって、さぞ気持ちいいだろうな」
「いや、枝葉が当たって結構居心地が悪いんだよ」
「私を見下すのがそんなに楽しいか!」
「背が高くてすまないね」
「ウェナトリアさん……多分、そういう意味じゃないです」
ツァールロスの長い前髪から覗く瞳は酷く陰鬱にウェナトリアを睨んでいる。
……僕も前髪が長い、こんなふうに目付きが悪くなっていたりするのだろうか。
…………切ろうかな。
「私は翅がある方が羨ましいね、空を飛べるのは気持ちよさそうだ」
「お前ちょくちょく滑空してるだろ、私は飛んだことないし……」
「勿体ないなぁ、そう思わないか? ヘルシャフト君」
「え……僕は、時々アルに乗せてもらったりしますけど、結構怖いですよ」
「だよな、別に飛びたくないし、自分が飛べるって信じられない」
やはりツァールロスとはところどころで気が合う、自己評価が低い者同士だからだろうか。
僕達の会話を傍から見れば憐れに映るだろう。
「……着いたぞ」
少し大きな部屋に出る、部屋の中心には玉座があり、そこには菓子を頬張る女が座っていた。
アルメーと呼ばれた少女達によく似た顔立ち、彼女が母だろうか、まだ若く見える。
「あら珍しい、ウェナトリア国王様ではありませんか? こんな地の底までなんの御用でしょう」
女は菓子を机に放り投げ、立ち上がってウェナトリアの前に歩み出る。
腰まで伸びた黒髪を揺らし、その髪をかき分けて生えた触角がチラチラとウェナトリアの顔を撫でる。
「治療してもらいたい」
「魔獣? 構いませんよ。タダで、ですか?」
「…………何が欲しい」
「お菓子ならなんでも、あまぁいものが欲しいです」
お菓子が代金か。植物の国に通貨はないようだし、物々交換が主なのだろう。
「今は持ち合わせがない、また今度持ってこよう」
「後払い……ですか? それは…………」
「ダメか? 頼む、必ず持ってくるから」
ポケットを探るが、中には何もない。
お菓子……お菓子がなければ、治療はしてくれないのか?
「ツァールロスさん、何か持ってませんか?」
「持ってたら自分で食ってる」
「……ですよね」
女は渋っているような対応をしているが、間違いなく譲る気はない。
目がそう言っている、前払い出来ないなら出て行けと。
お菓子なんて、この島で手に入るとは思えないし、だからといって今から外に買いに行ったのでは到底間に合わない。
アルがあとどれだけ痛みに耐えられるのか、死に至るものなのかどうかすら分からない。
ため息をついて頭を抱え、無能な自分を恨んだ。
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