第252話 毒に隠れた蠢き

戦闘の邪魔にならないよう、アルを抱えて後ろに下がる。

大丈夫だよと根拠の無い慰めの言葉をかけると、苦しそうにぐると唸った。


「……ツァールロスさん、毒って、どんなものなんですか」


「確か、たんぱく質。熱せば消えるはずだけど……回ってるし、それはやめておいた方がいい。症状は……痛み、腫れ、アレルギー反応。が主だって聞いた、けど」


「解毒薬とかありませんか?」


「…………ホルニッセの巣にあるはず」


今襲ってきている彼女達の巣にあるなんて、そんなもの彼女達を倒したとしても薬が手に入るかどうか分からない。

王を前にして槍をむけるなんて思わなかった。植物の国の状況は想像以上に悪い。


「他に何かないんですか? 時間が経てば治るとかは……ない、ですよね。死んじゃったり……しませんよね」


「知らないよ……アレルギーって言っただろ。魔獣なら何とかなりそうだけど、なってないなら死ぬかもな」


死ぬ──アルが?

嫌だ。

そんなの、もう耐えられない。


ウェナトリアを見上げれば、彼は民を傷つけまいと槍を奪って叩き折り、片っ端から気絶させていた。


「……ウェナトリアさん」


「待ってくれ! あと……二人!」


空中に逃れようと飛んだ女の足を掴み、地面に叩きつける。

その女の足を掴んだまま、もう一人にぶつける。

頭同士を打ち付けた彼女達はぐったりと動きを止めた。


「終わったよ」


「ウェナトリアさん、アルが……アルが、死んじゃう」


「馬鹿な……魔性を持つモノならこんなに早く回るはずはないぞ」


「でもっ……」


「分かっている、すぐに薬を貰ってくるから。少し待っていてくれ」


「…………お願いします」


走り去るウェナトリアをぼうっと眺めながら、アルを抱き締める。

こんなに早く回るはずがない、魔獣なら何とかなりそう、そんな言葉が頭の中で渦を作った。


「…………あれ?」


ツァールロスはアルの顔を覗き込み、首に手を当て、ぼそりと呟く。


「これ……毒の症状じゃない」


「……どういうこと」


毒じゃない、その言葉に全身が凍りついた。

毒でないのならウェナトリアが薬を持ってきてくれたところで意味はない。

僕の知らない何かがアルを蝕んでいる、それは僕を異常なまでに焦らせる。


「毒じゃないなら何!?」


「ど、怒鳴らないで……怖い。毒っぽくないってだけで、他は分からない」


「ごめん、その……焦って、でも、本当に……アルがいなくなったら、僕は……」


独りになる。


「この人達は、アルがふらつき始めたのを見て「毒が効いてきた」って言ってたよ」


冷静に考えろ、僕に出来ることを。

孤独を回避するために、足りないと罵られ続けた頭を回転させろ。


「毒の痕跡もある、でも違う。何か違う。毒も確かに効いているけど、違う何かがある」


「…………よく分からないんだけど」


「とりあえず、解毒薬を試してみろよ。丁度帰ってきた」


そう言われて顔を上げると、ウェナトリアが走ってくるのが見えた。



ウェナトリアから解毒薬だという小瓶を受け取り、その中身を全てアルの喉に流し込む。


「……副作用とかないよね」


「飲ませたあとに気にするのかよ」


アルを抱き締めたまま、会話のない時を過ごす。

どれだけそうしていただろう、一瞬にも数時間にも思えた。

アルは瞼を伏せたまま起き上がり、僕に身を任せる。

アルの全体重を支えるのは僕には難しい、僕はゆっくりと後ろに倒れ、アルを体の上に乗せた。


「……アル? 大丈夫?」


『ああ』


「もう何ともないの? 痛いとこない?」


『……ああ』


「…………アル、本 当 の こ と 言 っ て」


右眼に針を刺したような痛みが走る、この痛みは手応えだ。

これでアルは本当のことを話してくれる。


『中に何かが居る』


「どういうこと?」


『腹の中で蠢いている。蛇のような、蛸のような、虫のような、何かが。気持ち悪くて、痛くて、痛くて、痛くて……仕方ない』


「今も痛いの? いつからなの?」


『貴方に再会した時から』


「なに、それ…………何でもっと早く言ってくれなかったの!?」


植物の国も、ホルニッセの毒も関係ない。

ずっと前から──僕が調子に乗って料理を作っていた時も、美味しそうに酒を飲んでいた時も、眠そうにしていた時も、ずっとその痛みを感じていたのか。


『初めは大して痛みも無かった』


「だからって……そんな、ここに来た時にはかなり痛かったんだよね?」


『外傷も無いのに貴方の気を散らす訳にはいかん。腹痛なら年に二回程度はある、島に降りる前まではそう重大視していなかった』


「……何か心当たり、ある?」


『いや、全く』


「……歩ける?」


『いや、無理だ。済まないな』


「ううん、大丈夫。僕がおぶるから」


支えることも出来ないというのに、背に負うことなど出来るはずもない。

僕は屈んだまま、アルの前足を肩に乗せて動けなくなった。


「……ウェナトリアさん、助けてください」


「やる前に考えた方がいい、ほら……っ!? 重いな……」


「ですよね」


アルを背負ったウェナトリアは僅かにぐらつく。


『失礼だな、体重と歳の話はするな』


「申し訳ありません、お嬢さん」


「……アルお嬢さんじゃな……ううん、なんでもない」


少しでも痛みがマシになればとアルの背をさすっていたのだが、「お嬢さんじゃない」と言って睨まれ手が止まる。


「ところで、どこか行くところあるんですか?」


「とりあえずアーマイゼ族の集落に行く、この島唯一の医療行為が出来る場所だ」


「ア、アーマイゼ!? 嫌だ! 私は行かない! 絶対行かないからな!」


ツァールロスはホルニッセとアーマイゼを軍隊ごっこをしている種族と言っていたか。

詳しくは分からないが、彼女はこの世全てが自分に危害を加えるものだと認識している。戦闘能力の高い種族は恐ろしいのだろう。


「そう言うなツァールロス、船も確認されている以上、本物の侵略者がいることは明白だ。モナルヒにはそちらを片付けるよう言っておいたが、今この島が危険なことには代わりない。私の傍が一番安全だ」


「う……でも、うぅ……」


ツァールロスは独り言を呟きながらもウェナトリアの背後にぴったりとくっついている。

安全だということは分かったのだろう、それでもそのアーマイゼという種族への恐怖心が消えてなくなることはない。

と、言ったところか。


頭で分かっていても心は着いてこない、よくあることだ。

僕はツァールロスに奇妙な親近感を抱いた。

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