第251話 蜘蛛と蜂

ホルニッセの女達は空中に静止したまま、完璧な姿勢で敬礼をする。一寸違わぬ黄と黒の整列は気味悪くもあった。


「ご協力感謝します、ウェナトリア王」


「侵略者の件はご存知ですね、実はその女が侵略者を匿いまして」


ヘル達を追っていた時とは打って変わった丁寧な対応。

王を前にしているのだから当然といえば当然だが、それに似つかわしくない威圧感が彼女達にはあった。


「してない! アイツらが勝手に私の家に入ってきただけだ!」


「……と言っているが」


ウェナトリアの態度はツァールロスを庇うようで、それがまた女達を苛立たせる。だが王を相手に感情を出すわけにはいかない。


「脅されたならそう言えばいだけ、その女は現場から逃走しました。裏切り者と捉えて当然では?」


「お前らがいきなり首を刎ねるとか言い出したんだろ!」


「私達はそんな野蛮なことは言っておりません、私達は厳正なる裁判の元にのみ首を刎ねます。捕らえようとしただけ」


「嘘吐き! 嘘吐き! 嘘吐き! お前ら全員嘘吐きだぁ!」


泣き叫ぶだけのツァールロスを見て、女達は勝利を確信したと囁きあう。


「ウェナトリア王、その女の言い分など聞く価値はありません。汚らわしいキュッヒェンシュナーベ族の生き残りです、残ったことが間違い、間違いは正さねば」


「……汚らわしい、ね。君達は随分と人間の思考に染まったね」


「そんなつもりはありませんが、その女の存在価値など皆無でしょう?」


「そうか……そう、か。君達はそう考えるんだな、分かった。それをホルニッセ族の総意ととって構わないんだな」


「…………女王に確認してください」


「この国の王は私だけだ、彼女は君達の母親以外の何者でもない」


逃れられない死を感じ取りすすり泣くツァールロスの頭を撫で、姫子はそっとウェナトリアの後ろに下がった。


「女王を愚弄するような発言はお控え下さい、貴方といえど許されません」


「……女王なんて、私は知らないな」


「その娘もそうでしたね、古来よりの風習を破り、島の守り神の機嫌を損ね、今侵略者が来ているのも貴方が悪い」


「君達は生贄を肯定するのか」


「……私に意見を求めないでください、私達は何も考えません」


女達は槍を構える、国王に向かって。


「なぁツァールロス、侵略者というのはどんな者だったのかな?」


「……子供、と、犬のバケモノ」


「子供……どのくらいだ? 特徴は?」


「十三、四だと思う。髪が黒と白混ざってた」


「……っ! そうか、分かった」


ウェナトリアは八本の足を解き、ツァールロスを二本の腕で抱き上げる。


「少し揺れるが、大人しくしていてくれ。君を守りたい」


「…………嘘だ」


「君が暴れて私が手を離せば、君は間違いなく殺される。だが私が君を殺す理由はないだろう? どちらがより良い選択肢か考えるといい」


ツァールロスはウェナトリアの首に腕を回し、目を閉じた。

ウェナトリアはもう一度腕をしっかりと組み直し、空中に振れる槍を掴んだ。

穂先を掴んだ八本の足は力強く、ホルニッセの女達を地面に叩きつける。

ウェナトリアは槍に触れた足を節から切り落とし、ツァールロスの家に向かって走る。


「……遅い」


「仕方ないだろう、君を抱えてるんだ」


「……捨てないのか」


「捨てるわけないだろう」


「………………嘘だ、そのうち捨てるに決まってる、私なんて嫌いだろ」


「まさか、愛しているさ。当然だろう、私の国民だ」


倒れた木を飛び越え、横に伸びた枝に足を引っ掛けて木に張り付き、ウェナトリアは縦横無尽に森を抜ける。


「……酔いそう」


「君はあまり立体的に動かないからな」


「私には地面がお似合いって言いたいんだろ」


「綺麗な翅を使わないで勿体ないと言いたいんだ」


「……その話し方やめた方がいいぞ、口説いてるみたいだ」


ウェナトリアは黄と黒の横縞の鎧を見つけ、その中心に飛び込んだ。




アルがとうとう僕の上に倒れ込む、その直後見覚えのある男が空から降ってきた。


「やぁ、ヘルシャフト君。久しぶりかな」


「ウェナトリアさん! ああ、良かった。僕あなたを探してたんです。この国が今大変だって聞いて、来てみたら侵略者って誤解されて」


「分かった、少し待ってくれ」


ウェナトリアの背に庇われ、蠢く十本の足が目に入る。

気持ち悪さを感じてはいけないと唾を飲み、ウェナトリアの腕の中に先程の女を見つける。


「あ、えーっと、お名前……なんでしたっけ。ウェナトリアさんを呼んできてくれたんですね、ありがとうございます」


「ツァールロスだ、私の名前なんて覚えたくもないだろうけど……あと、呼んでない。コイツが勝手に……」


「ツァールロスさん! しっかり覚えましたよ。改めて、ありがとうございます」


「……お前も、どうせ……私が嫌いなんだろ、どうせ……」


ウェナトリアはツァールロスを抱いたまま話をしている。

彼が来てくれたのなら誤解はとけるだろう、そうしたら解毒薬か何かを貰わないとな。

歯を食いしばって、荒い呼吸を続けるアルの頭を抱く。


「……刺したのか?」


「勝手に噛んできただけですよ」


「それより……国王が人間のご友人がいたとは、知りませんでした」


女達は槍を下げはしたものの、まだ構えている。

王の前だというのに、臆する気配すら見せない。

むしろ、挑発しているような。


「以前、生贄の件で手伝ってもらってな。だから彼は私の友人だ」


「……ああ、貴方が生贄を渡さなかったから、守り神の守護が弱まって……今、侵略されている」


「犠牲の元に成り立つ平和が君達の望みか」


「我等が望むは我等の繁栄、女王の君臨。その望みは……貴方のせいで潰えた。いきなりやって来て国王を名乗るなど、無礼千万。我等は以前から狙っておりましたよ、貴方の首を刎ねる機会を」


死角からの急襲、ウェナトリアは首の後ろに生えた触肢で槍の柄を掴み、折った。


「暴れるなら離せ!」


頭のすぐ上を落ちていく槍の穂先、ツァールロスはそれに恐怖して叫んだ。


「……逃げないか?」


「逃げるに決まってる! お前が勝つなんて保証どこにもないし、盾にされるのはごめんだ!」


「盾になるのは私だ、心配するな。私は絶対に負けない」


「……なっ、なら、とにかく離せよ! 腕塞がってるし、ここ怖いし……逃げないから、離して」


ウェナトリアは仕方なくツァールロスを下ろし、背に庇う。

一瞬ツァールロスの隠された目とと目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。

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