第246話 滅亡の謎

翌日、僕はいつも通りに昼間に起き、酔い潰れてソファの下に頭を潜り込ませたアルを見つけた。

アルはそれなりに酒に強いのだが、加減を知らない。だからよく潰れている。


『あら、おはようヘルくん。どぉ? よく眠れたかしら?』


マンモンに酒の残りは見られない。強いのか加減したのか、アルにも見習わせたい。


「あ、はい。お陰様で」


『んもぅ、本当に可愛い子ねぇ、礼儀正しくって……息子にしたいわぁ』


「はは……ありがとうございます」


ふとキッチンの方を見れば、ベルゼブブが冷蔵庫から生肉を引っ張り出しては貪っている。

長い間開いているためか、冷蔵庫はピピッという音を定期的に鳴らしていた。

凍ったままの肉を齧るどこか子気味いい音は、リビングまで届いている。


「……いいんですか?」


『よくねぇよ、あのクソ便所蝿、ホウ酸団子でも喰わせてやろうか』


何度聞いても慣れない、同じ人から出る声とは思えない。


「あ、あの、変な質問していいですか?」


『あらなぁにぃ、年は秘密よ?』


「最近……その、他の国でもいいんですけど、事件みたいなのってないですか?」


ここに来てすぐ、ベルゼブブと話した。

魔物使いの力を強めるには、練習が必要。

そして僕の計画性のない子供じみた夢を叶えること、それらの目標を実現する一番の方法は、各国の問題解決。

ベルゼブブは便利屋なんて言っていたかな。


『色々あるわよ? 立場上、そういったものはよく聞くのよ』


「本当ですか? 教えてください」


『いいわよぉ、そうねぇ……じゃ、まず砂漠の国ね』


「砂漠の国……ですか」


『少し前に日蝕があったらしいのよぉ、それで、どういう訳かその日蝕を見た人は、気が狂っちゃったみたいなのね。なんでも自分の目を抉りだしたとか』


日蝕の時、僕は丁度あの国にいた。

だが、太陽なんて気にしていられる状況ではなかったし、そんな話も聞いていない。


「な、なんで?」


『まだなんにも分かってないのよねぇ、気持ち悪い事件だったわ』


「魔物の仕業、だったりするんでしょうか」


『……いや、違う。それは断言出来る。あんだけの範囲に影響を与えるとなりゃ必然的に上級悪魔クラス……魔獣ならドラゴンレベル、最近ドラゴンが出たって話は聞かねぇし、上級悪魔の仕業なら俺が知らねぇはずがねぇ。動機もねぇからな』


声を低く変え、顔を近づける。その真剣な態度に僕は自然とかしこまる。


「動機?」


『悪魔が人間に関わるのは大抵の場合契約だ、上級になってくると人を襲って喰うやつは滅多にいねぇ。人間が好きで人間のフリをして生活してる奴もいるが、気ぃ狂わせて目を抉らせるなんざ、悪魔はやらねぇ。契約した人間の願いがアレだったとしても、俺が知らねぇなんざ有り得ねぇ』


「そう……ですか、すいません、疑うようなこと言ってしまって」


『あら、いいのよ? これを機に悪魔に詳しくなってくれたら嬉しいわぁ』


狙いが分からない、か。

まず動機を考えるのは、このような事件を紐解くのに最も大切だろう。

僕一人では辿り着かない思考だ。


「なら……天使、とか?」


『いい考えよ、でも少し短絡的過ぎるわ。まぁ……あの国は国連に入っていなかったから、動機としては成立するわね』


「そう、なんですか。国連に入っていないだけでそうなるんですか?」


『そうね、特に強い悪魔がいない国は。でも強い悪魔や神性がいなくても襲われない国はあるのよ?』


「え、どこですか?」


神性、となると神降の国はそれに当てはまるのだろう。神そのものではなくても、その力の片鱗を振るう者がいる。


『魔法の国よ』


「…………え?」


『魔法による結界っていうのはね、壊すのが難しいのよ。まぁ単純に強い負荷をかければ割れるってのはあるけれど、魔法の国を覆っていた結界は一万年前からのものよ、ヘクセンナハト……祖にして史上最強。彼女の張った結界は天使にも悪魔にも破れなかったのよ。この一万年間はね』


「でも、魔物に襲われて……みんな、殺された。王宮魔法使いが張った結界も、簡単に壊された」


"あの日"の光景が鮮明に思い出される、脳裏に焼き付いた凄惨な景色は、いつまでも色褪せない。

震えだした手を必死に止め、胸を撫でて呼吸を落ち着かせた。


『アレも未解決っちゃ未解決なんだよな、あの魔獣は人間が相手取るにゃキツいかもしれねぇが、腕のいい魔法使いなら死ぬこたねぇ』


「……みんな、殺された」


『俺も気になったんで調べたんだよ、結構前になるがな、いっぺんだけだしそう詳しくは分からなかった。

まぁ……普通の状態じゃねぇとは分かったぜ。魔法の国を襲った魔獣共、アイツらは"魔法に対して耐性があった"』


「耐性……?」


『慣れてるなんてもんじゃねぇ、全く効かねぇんだよ。水にナイフぶっ刺してるみたいなもんだ』


「そういう魔物じゃなかったんですよね?」


『魔法に耐性のある奴なんざいねぇ、あんな何でもありの反則技術……再現すら出来ねぇ。魔力でこの世の法則を歪めてんだよ、バケモンだぜ、魔法使いってのは』


前にもそんなことを聞いた、魔法はこの世で唯一法則を無視すると。

他の術なら難しい飛行も、ありえない蘇生も、局地的なら時間すら戻す。

確かに、異質だろう。


『だから、結界が……そうだな、経年劣化だとか、発動時間が切れたとかで壊れたとしても魔物が手を出すなんて有り得なかった。天使ですら手をこまねいたと思うぜ』


「でも……でも、みんな」


『ああ、おかしい。俺が知ってる一番大きくて謎な事件ったら、魔法の国だろうな』


マンモンの話を聞いているうちに、僕の頭に一つ顔が浮かんだ。

魔法を人間……ヘクセンナハトに教えた、魔法の国の神様。

彼といる時は僕のローブにかけられていた魔法も発動しなかった。


「…………ナイ……君」


まさか、アイツが──


『……だぁれ? それ』


「あ、いえ、なんでもないです……なんでも」


『あら、そう? 他のも聞く?』


「他の?」


『あらやだ忘れたの? 事件よ事件、ヘルくんが聞いたんじゃない』


「あ、すみません。ちょっと夢中になっちゃって……他にもあるなら、お願いします。教えてください」


『はぁい。っと、お茶がなくなっちゃったわね、淹れてくるわ』


優雅な立ち居振る舞いでキッチンに向かい、マンモンは湯を沸かし始めた。

しばらくかかるだろうと僕は仮説を整理することにした。

魔法の国を魔物に襲わせたのは、ナイではないかという最低の仮説を──

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