第213話 見つからない出口
ごつ、ごつ、と音を立てながら何かが近づいてくる。
それは瓦礫をどかして進んでいるらしく、少しずつ外から入る光が増えてきた。
「今度こそ出られる……よね?」
『ぼくもだしてね』
「勝手に出なよ」
『だっこー』
「……分かったよ」
ここで断れば地上に戻った時に殺されかねない、中断していたミカのご機嫌取りもしなくてはならない。
身をよじって僕の腕の中に入ってくるミカを抱きしめ、兄の反応を伺う。
『……テけ、っとと、本当に危ない……お腹空い……てない!』
今は僕を気にしている余裕はなさそうだ。
幸運と言うべきか、兄がいる時点で不幸だと思うべきか。それなら合わせて不幸中の幸いとしようか。
『ヘル! ヘル、無事か?』
「……アル? アル! 来てくれたの!」
『当たり前だ、怪我はないか?』
「ないよ、大丈夫」
『そうか……良かった』
瓦礫の隙間は拳ほどの幅のものとなり、そこからアルの声と姿を確認できた。
あと一つ、大きな瓦礫をどかせば再会出来る。
全ての不安が覆い隠されるほどの喜び、あと数秒でアルを抱きしめられる。
今の僕にはもうそれだけで良かった。
『アル……あの魔獣か』
幾つかに増えた眼球が全て僕を睨む、人型になられても邪魔だが、器官が透けるその姿も気味が悪く不快なものだ。
「……助けてくれるんだから、変なことしないでよね」
『へぇ? 言うようになったね』
「にいさまは、何も出来なかったじゃないか。ここに来る前もあっさりやられてさ、僕が逃げられたのはアルのおかげだよ」
ずる、ずる、と頭の上の瓦礫が引き摺られる。
その擦れる音に紛れてくれるようにと祈りながら、どこかで聞き取ってくれとも願いながら、兄に酷い言葉を吐いた。
「僕を助けられないにいさまなんて要らない」
言い終わったと同時に僕が通れるほどの隙間が出来る。
アルの尾が隙間から差し込まれ、僕の胴に巻かれる。
引き上げられながら、兄を見る。
さっきの言葉は聞き取れたかな?
『……り…………肉、に、ト……ひと』
ジェル状の液体の中に目玉が溶け、代わりに無数の牙が生える。
花のように開き、牙が整列していく。
「あ、ぁ……アル! 早く、早く引き上げて! 早く!」
『今やってる、もう少しだ』
「急いで!」
隙間は体を折りたたんで通れる広さではない、地上に肩が出てすぐに手のひらをついて肘を伸ばし、少しでも早く上がろうとする。
もう少し、というところで足に一瞬の痛みと違和感が宿った。
僕を引き上げて嬉しそうに擦り寄るアルの顔が、僕の右足をみて固まった。
膝から下はなくなっていた。
視認した途端に激痛が襲う、声にならない声を上げて、アルにしがみついた。
骨が伸び、肉がぽこぽこと生まれ、それを皮が覆い……足が元通りに治っていく。
再生の奇妙な不快感は、痛みに勝るとも劣らず耐え難い。
『治った……魔法か、まぁ、良かった』
「…………まだ、なんか、気持ち悪い」
『大丈夫、もう元通りだ』
右足を見つめながら、ゆっくり指を開き、また結ぶ。
僕の考えた通りに動く足は確かに僕の足だ。
元通り、確かに元通り、だけどやはり違和感が拭えない。
痛みを消していないと、こうなってしまうのか。
『ね、ねぇちょっと! ぼくもひきあげてよ! こんなのといっしょにいたくない!』
ぽっかりと空いた穴からミカの声、兄はまだ僕の足を食べているのだろうか。
『どうする?』
「一応上げてあげて、にいさまが邪魔するなら逃げよ」
『分かった』
隙間に尾を落とすアル、僕は未だに慣れない治りたての足で立ち上がり、アルに跨る。
ぎゅっと首に腕を回し、アルの胸あたりで手を組んだ。
『っと、たすかったよ』
『感謝しろ』
『……ありがと』
「ミカ、にいさまはどうなってるの?」
『きみのあしとかしてたよ、ちょっとなにいってるかはわからなかったけど、なにかいってた』
「そっか……まだ動かない?」
『たぶん、でもすぐだとおもうよ』
「よし、アル、逃げられる?」
『ああ』
アルが翼を広げると、ミカが慌てて僕の胴に腕を回した。
『まってまって、のっていいよね?』
『駄目だと言いたいところだが』
「乗せてあげて」
『分かった』
ミカは僕を包むように翼を丸め、アルは正反対に翼を広げる。
少しの助走、数秒の滑空、そして羽ばたく。
『出口はまだ分からないが、取り敢えず上を目指すぞ』
「任せる。あ、ミカは出方とか分かる?」
『あんまり、うえにいくってことだけかな』
「そっか……アル、出来るだけ早く飛んでね」
『分かっている』
天井付近まで辿り着くと、アルは壁に爪を引っ掛け周囲を観察し始めた。
『穴などはないな』
『やっぱりサタンにいうのがちかみちかな、つうこうどめだけど』
「今何か……戦ってる、のかな?」
『何故かは知らんがトールが来ている、彼奴がサタンの気を引いているうちに逃げ出したい』
とん、とん、と出っ張った岩を足場に隙間を探す。
「穴は開けられないかな」
『私には無理だ。厚みも分からんし、トンネルを掘るような時間はない』
「そっか……」
役に立たない、足でまとい、その上アイデアも出せない。
僕は本当に価値のない人間だ。
『でいりぐちはあるはずだよ、えれべーたみたいなの。サタンにえっけんする悪魔もいるだろうし』
『分かっている』
『ならはやくみつけてよ』
『今やっている』
少し声が低くなる、ミカを背に乗せている時点で相当頭に来ているだろうに、その上急かされたのでは不機嫌になるのも無理はない。
そっと頭を撫でてアルを宥める、邪魔しないように優しく、静かに。
地の底から吹き出す黒い液体から目を逸らしながら。
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