第212話 下敷き
崩れた瓦礫の下敷き、嫌な思い出が蘇る。
何かの下敷きになったり、建物の倒壊に巻き込まれることが多々ある。
全く不運な……
「……最悪」
『あれ、いきてる。きみ人間だよね?』
「ローブのおかげかな。上見てみなよ、防護結界が展開してる」
『ああ、あれきみのだったんだ』
「正確にはにいさまの、だけどね」
『ふぅん……あれ、うえでこわさなかった? ぼく』
「一回割られたけど……もう一つあったみたい、用意いいよね」
ローブの右袖に縫われた魔法陣が、清涼な光を放っている。
同じ模様が左袖にもなされてあったが、そちらは何の反応も示していない。
兄らしくもない、僕を守るための魔法だ。
そのおかげで瓦礫に僅かな空間ができ、僕とミカは無傷でいられた。
『ゆっくりしてていいの? きみ、ちっそくしちゃったりしないかな』
「ローブが万能だと信じたいな、どうせ僕にはこの瓦礫動かせないし、ミカにも無理だろ?」
『うん、いまは人間なみのちからしかない』
「君は窒息したりしなさそうでいいけどね……」
灯りがない今、魔法陣の微かな光すらも僕の心の支えになる。
狭い、暗い、暑い。それら全ては心を蝕む。
「せめて、もう少しっ……この棒が向こうにあれば……」
太腿にくい込んだ鉄の棒、折れた格子は僕の足に刺さる直前で魔法陣に阻まれ、僕の活動領域を狭めるだけに留まっている。
背を曲げ首を曲げ、折りたたまれるような体勢のせいで余計に力が入らない。
体の小さなミカには丁度いい狭さだろう、羨ましいことだ。
『サタンがなにかしたのかな』
「さぁね」
『サタンがわざとこわしたんじゃないなら、すぐにもどるとおもうよ』
「……わざとだったら?」
『このまま』
「何で僕がこんな目に……アル、無事かな」
アルが無事なら、捕まってもいないのなら、すぐにここに来てくれるはずだ。
ここはじっと耐えてアルを待つか、なんて考えをまとめた時だ。
美しい鈴の音が聞こえた。
僕の上、瓦礫の奥から聞こえてくるその音は次第に近づいてくる。
ゆっくりと、確実に。
『なに? この音』
「……最悪」
『なに?』
「まぁ、助かるのは助かるかな。その後は……考えたくないけど」
僕の真上の瓦礫の隙間から黒い液体が染み出してくる。
粘着質なそれはゆっくりと僕の頭の上に落ち、体積を増やしていく。
『な、なに? なに? きもちわるい』
「フード被っててよかった、のかな」
頭の上に乗り切らなくなった液体は左右に分かれてゆっくりと落ちてくる。
下を向いた僕の顔の前で、液体は気味悪く蠢き、その中心に目玉を造った。
『ほんとにきもちわるい』
「あんまり言わない方がいいと思うよ」
目玉が持ち上がり、顔に近づく。
鼻先に触れた目玉は僕の顔を確認すると、液体の中に落ちた。
数本の触手が生え、僕の頬を撫でる……這い回る。
新たに現れた口が、僕の名を呼ぶ。
『ヘル』
「……ここ壊したの、にいさまなの? びっくりしたよ。けど、助けに来てくれたんだよね? ありがとう」
一時はやめていたご機嫌取りを再開する。
対象は変わったが、やり方は何も変わらない。
「会いたかった、にいさま」
ミカの剣に消し飛ばされたのかと思っていたのだが、やはりと言うべきか無事だった。
なんとなく予想はついている、兄はきっともう死ねないのだと。
僕の予想が外れているのか、当たっているのか、嘘を並べ立てながら考えた。
会いたかった、来てくれて嬉しい、大好き。
適当に、慎重に、思ってもいないことを口にする。
『ヘル』
「うん、なに?」
『お腹空いた』
「……え、っと、それは……僕を食べたいってこと?」
『お腹空いたお腹空いたお腹空いた』
「え、ちょっ、ちょっと、にいさま? 大丈夫?」
『…………り?』
「……ダメっぽい」
理性も知性も飛んでいる。
いや、まだ僕にかぶりついていないから理性はあるのか? どちらにせよ名前を呼んだところで何の反応も示さない、それは兄がただの怪物になっているということ。
「治癒魔法はまだ大丈夫そうだし、別にいいけどさ……痛覚消しのがちょっと怪しいんだけど」
右眼の痛みを思い出し、効力切れを危惧する。
だが、そんなことどうでもいいと僕の腕は液体の中に取り込まれ、一瞬で溶けた。
『うわ……こわ』
「他人事だね、君は。まぁ今は僕もかな……感覚ないから仕方ないって思いたいけど。痛覚まだ消されてるみたいで助かった」
異様な光景を見物するだけのミカ、今までの作戦を棒に振る可能性も気にせずに、嫌味を言う。
『…………リ……ん、美味しかった』
「にいさま?」
『ごめんね? ちょっと腹ごしらえするのも忘れててさ……ヘルがいなくて焦っちゃって、二人くらい食べてくればよかった』
「ふ、ふたり……腕一本で平気なの?」
『全然? ローブのもそろそろ効力切れるし、でも魔力補充はキツイかな。そしたら僕また意識飛んじゃうから』
元通りに再生した腕を確かめながら、目の前で兄の声を発する液体を眺める。
「瓦礫なんとかして欲しいんだけど」
『無理、そんな力出せない』
「……空間転移とか、すり抜けとか」
『そっちのが消費多い』
「……腕何本いる?」
『最低五本かな? 治癒魔法の限界はあと一本で、感覚操作はもうほとんどダメ』
「……そう」
約立たず、なんて言わないように口を閉じる。
兄にそんな口をきいたら腕どころでは済まない、何度虐め殺されるか分からない。
『何も出来なくて悪いね、でも心強いだろ? 僕がいて、嬉しいよねぇ?』
「とっても」
『なら良かった』
「……でも、早く出ないと僕死んじゃう」
『大丈夫だよ、そのうち来るから』
「何が?」
『雷、かな』
とん、と頭の上から音が響く。
瓦礫の上にまた岩でも落ちたのか? いや、そんな音には聞こえなかった。
もっと軽い何かが、慎重に降りた音だった。
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