第210話 魔物使いの活用法

魔界の最深部のそのまた最奥にそびえ立つ城。

その地下、檻の中。


「出せ! 出っ……せ、よ! 出せぇ! アル! アルはどこだ!」


金属らしきもので作られた格子を揺らし、叫ぶ。

そんな僕の背後でミカは蹲り、壁に体を預けていた。

翼に穴をあけられて、ミカは全てに対してやる気をなくしていた。


僕の目が覚めたのは数分前、その頃にはすでに檻の中にいた。

状況説明をミカに求めたが、ミカは翼の毛繕いに集中しているようで僕の方を見もしなかった。

そして僕は一人で脱出を試みている。


「出せ! 出せったら出せよ!」


と言っても、格子を揺らすだけなのだが。


少し前の僕の思考はこうだ。

ここから出なくてはならない、出るには格子が邪魔、ならアルに壊してもらおう。

……アルがいない。

なら尚更早く出なくては、アルに会いたい。

その為には格子を壊さなくては、アルに頼んで……アルはいない。

アルに会うにはアルの助力が必要、アル……アル、アルが、アルがいない。

僕の隣にアルがいない。



「出してよぉ! アル! ここ壊してよ、アルに会いたいよ。どこにいるの、アル……」


格子の仕組みを調べるだとか、壁が崩れないか調べるだとか、そういったことは出来ない。

いや、考えられないと言った方がいいか。

隣にアルがいない、それだけで僕の視界や思考能力は極端に下がる。


『…………うるさい』


ミカの呟きも聞かずに、いや聞こえずに、僕はただ格子を揺らす。




玉座に座る王、肘掛けに腰を下ろし、ぷらぷらと足を揺らすリリス。

アルはその前に座り、頭を下げていた。


『そう怯えるな、余は同族には優しい』


『私は、合成魔獣。悪魔ではなく人に造られた存在』


『ふっ……ははは! 確かに! そうだなぁ、まぁ、どうでもよい。どちらでもよい』


堪えきれない笑みを零し、王はミカとの遊戯を延期させられた怒りを鎮めた。


『さて、聞かせてもらおうか? 何故ここに来たのかを、どうやったのかを』


『……兵器の国。貴方様が呪われた、今は滅びた国をご存知ですか』


『ん? ああ、あぁ、あー……ああ、思い出した。ああ、確かに呪ってやった。だがあまり覚えていない、もう大分と弱まっているだろう。それがどうした?』


王はアルとの会話にミカと話していた時とは違った楽しさを見出していた。

生まれの違う同族、価値観の微妙な相違、それは王にとって丁度いいスパイスになった。


『その国で、竜が捕えられておりまして』


『ほう! 竜か、人間如きに捕えられるとは間抜けな奴だな』


『その竜は死して尚、貴方様の呪の影響を受け、実体化した呪を纏っております』


『余の呪は感情を喰らい勝手に成長する。実体化するとは……随分と怒らせたな』


『誰が竜をそうさせたかは私の預かり知らぬところ』


『そうか、その竜、少し見てやってもいいかもな。ところで……私の質問に答える気はないのか?』


王の手のひらの上で黒い焔が揺れる、王の魔力の塊だ。

王は魔力を凝縮し、加工し、実体化させる。

四つ足の獣に効くのはどんな器具だろうと思いを巡らせながら、王は焔を弄ぶ。


『竜は実体化した貴方様の呪を操り、私達をここに落としました』


『ほぅ……何故だ?』


『竜の感情は分かりませんが、攻撃を仕掛けた天使を疎ましく思ったのでしょう。呪が流れる先に私と私の主がおりまして、巻き込まれたと認識しております』


『ふむ、まぁ……有り得なくもないか』


『ですから……その、ここに来たのは私の意思ではなく、もちろん私の主の意思でもなく、貴方様の領域を犯そうなどとは少しも考えておりません』


『当然だ』


『ですから……その、私と私の主を、人界に帰していただきたく……』


アルは頭を下げたまま、言葉を選びながら、慎重に頼んだ。


『えー! やーよ、絶対やー! せっかく取ってきたのにー!』


会話に興味を示していなかったリリスが突然叫ぶ。

肘掛の上で体を反らせ、王の顔を覗き込む。


『だーりん、帰したりなんてしないわよね。欲しいのよ、あの魔物使い!』


『……お前が持ってどうする、軍を率いるのか? 宝の持ち腐れだ。アレは私かブブが持たねばならん』


『あの食いしん坊にー!? やだやだ絶対ダメ! だーりんならまだしもあの虫だけには絶対渡さない!』


アルは王に気取られぬよう歯を食いしばる、ヘルを取り戻すなど、不可能。そう突きつけられた。

帰す帰さないではなく、誰が持つか。もはや生物としてすら扱われない。


『そんな顔をするな、人の造りし同族よ。何も貴様と離すとは言っていないだろう? 魔物使いには神魔戦争の際に軍の統率を頼みたいだけだ……その間も、使わない時間も、貴様は同じ空間に居させてやる』


『ですが、あの子は……戦争など』


『まぁ、まともな人間では神経が持たんか。だが安心しろ、わざわざ洗脳や人格破壊を行わずとも、彼奴には才能がある』


王は再び黒い焔を現し、それを鏡へと変えた。


『余は魔力を完全に物質化できる、この城も私の魔力で作った。つまり、この城は余の体内も同然……檻の中だろうとそれは変わらぬ』


鏡が映したのは周囲の景色、ではなく檻の中の様子だ。

格子を揺らす少年に、蹲る天使。

アルは頭を上げ、耳を立てた。


『体内に入ったものの魔力の質はある程度読み取れる、常に外に放出している分もあるからな。それで、貴様の主の魔力……余よりも暴君的な味だ。まぁ魔物使いだからな、これは当然だ。

だがそれよりも気になるのは僅かに感じ取れる性格、激情。寂しがりで、独善的で、我侭で、自分勝手……っとと、ほとんど同じ意味だな』


『そっ、それが、なんだと言うのです。ヘルはまだ子供で!』


『あー、あー、あー、話は最後まで聞け。いいか? 同族よ。私が少し呪えば貴様の主は怒り狂い、私の思い通りに動くようになる。簡単だ、自分勝手な子供は、自分の邪魔をする者を一番嫌う。神や天使が邪魔者だと思わせればいいだけだ』


『……確かに、ヘルは、少し感情的なところがあります。ですが……感情的になった後、冷静になったあの子は、傷つけた者を見て自分を蔑むのです』


『だからなんだ? 正気に戻すのは戦争が終わった後だ、戦争さえ終わればどうでもよい。自傷するも自殺するも、好きにするがよい』


アルは苛立ちを抑えながら、恐怖を押し殺しながら、丁寧な対応を作り上げる。


『第一だな、貴様に決定権は──っ、何だ!?』


王がいきなり立ち上がる、体を預けていたリリスが転げ落ち、非難の声を上げる。

だが王はリリスを無視し、黒い焔を纏う。


『強力な……神性!? それも異界の……!』


焔は剣へと変わる、王が剣を振るうと、再び焔が現れる。

王の前に均等に並んだ五つの焔は、その全てが別々の魔獣へと変化する。

王はその魔獣を斥候として放った。

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