第172話 吐露

ミーアは耳を垂らし、尻尾を落ち着きなく揺らし、気まずそうに僕を見つめていた。


「にゃ、にゃー……ヘルさん」


「………座ったら?」


「にゃ! 失礼するにゃ」


作業用の長机には長椅子が二つセットになっており、僕はコルネイユと向かい合う形で座っていた。

だから僕はミーアも向かい側に座ると思っていたのだ、扉からも近いし。

ミーアは僕の隣に座っている、肩が触れ合う程の距離で。


「………つるつるハゲとか言ってごめんにゃ、コルネイユがからかうから……つい、にゃ」


「やっぱりアレ僕のことだったんだ。 え? いや、僕ハゲてないよね」


「にゃー……耳も尻尾も羽根もにゃいから」


「ハゲの基準が厳しいよ! あと耳はあるからね!」


話しながらミーアに気取られないように少しずつ移動する。

いくら何でも近すぎる、困る、照れる。


「にゃ、許してくれるにゃ?」


「あ、ああ、別に怒ってないから」


「ホントにゃ? 嬉しいにゃ! 嫌いとか嘘にゃ! ヘルさん大好きにゃ!」


「え? あ、うん、ありがとう」


何を考えているんだ、人としてとかそういう意味だろう。

友人としてかどうかも怪しい、世辞や勢いという可能性が高すぎる。


「はい言質取ったー! 「大好きにゃ!」頂きましたー!」


勢いよく扉を開き、黒い羽根を散らして少女が帰ってきた。


「にゃ!? コルネイユ!? 何してるにゃ、花摘はどうしたにゃ!」


「嘘に決まってンだろがィ! 美少女は排便なンざしねェのが世の摂理ってモンよ!」


「そんにゃ摂理ないにゃ! それに平気でそんなこと言うコルネイユには美少女名乗る資格にゃいにゃ!」


「うるせェぶりっ子がァ! にゃーにゃー言いやがって、あざとすぎて反吐が出らァ!」


「酷すぎるにゃ! 親友の言葉じゃないにゃあ!」


確かに酷い、色々と。

何をどう言っていいのか分からないし、考えたくもない。

とりあえず口論が終わるまで静かにヤスリがけをしておこう。


「ハンっ! ミーアは昨日も言ってただろがィ、公園で会った人が放っておけないタイプで気になるってよォ!」


「そ、それは急に倒れたからにゃ! 心配するのは当たり前にゃ!」


あー、何も聞こえない、ヤスリがけは楽しいなぁ。

あ、指擦った。痛いなぁ。


「ほーほー、よく言えたもんだァ……膝枕してやりたいとほざいてたのァどの口だァ!」


「にゃー!? や、やめるにゃ! 変なコって思われたらどうするにゃ!」


「母性本能くすぐられるだとか可愛いだとかもっとお話したかっただとか……」


「やめろっつってんだろアホガラス!」


「化けの皮剥がれてンぞ猫被りィ!」


ふっ、と息を吹くと、鏡のように平らな面が現れる。

木粉を落とし、最後の仕上げに入る。

横から物が飛んできているって? そんな事を気にしていたらヤスリがけの道は極められない。極める気もないけど。


トン! と机に羽根が刺さる。

投げナイフのように飛ばされる羽根、ふと横を見れば本来人が壊せるはずのない壁には爪痕が残っている。


ああ、成程。

この二人はよく喧嘩しているのだ、喧嘩するほど仲がいいとはよく言ったものだ。


だから壁が傷だらけで、机が穴だらけなのだ。

……来なければ良かった。

亜種人類同様、獣人の運動能力は人の数倍。

ましてや僕は人並み以下、巻き込まれれば大惨事だ。



ようやく終結した喧嘩、凄惨な現場。

巻き込まれぬようにと机の下にもぐり、机ごと下敷きにされた僕。


「だ、大丈夫にゃ? ヘルさん……巻き込んじゃって」


「うん、とりあえず引っ張り出して欲しいな」


ミーアがコルネイユを机に叩きつけ、そのまま机を割り、今の有様がある。

コルネイユは僕の上、机だった木材の上で気絶していた。


「コルネイユちゃんは頭でっかちだからあんまり強くにゃいにゃ」


「へぇ……早く出して」


「にゃー、今やってるにゃ、ちょっと待つにゃ」


壊れた机の破片の下からかろうじて顔の半分が見えている状態だ、 ミーアは僕の上に乗った木片を先に片付けるつもりらしい。

まぁ腕も足も出ていない僕の体勢ではそうするしかないだろう。


「コルネイユちゃん起きにゃいにゃ、手伝って欲しいのに」


「君が殴るからだろ」


「そんにゃに強くはしてにゃいにゃ!」


「へぇ……岩を砕くような音は僕の幻聴だったのかな」


頭を殴った時に聞こえたと思ったのだが、そんなに強くは殴っていないと言うのなら僕の幻聴ということにしておこう。

そんな発言をする人間に逆らいたくない。


「よし! 体が見えたにゃ、引っ張るにゃ! ヘルさんは力抜いてて欲しいにゃ」


「あ、分かった。お願いね」


腹に腕が回され、その細腕から想像も出来ない力で引っ張り出される。

抱かれたまま外に出され、木屑を払われる。


「にゃー……すっごくきたにゃいにゃ」


「うん、誰のせいでもないよ」


「お気遣い感謝するにゃ、ちょっと頭に血が上っちゃったにゃ。反省してるにゃ」


「頭に血が上ったからって机壊しちゃダメだよ、下に人がいるかもしれないからね」


「今度から確認するにゃ」


「うん………そうしてね」


喧嘩をしない、机を壊さない、などといった選択肢はないらしい。

僕はああ言ったが、机破壊の問題は下に人がいるか否かではないのだ。


「ヘルさん、足……動かにゃいの?」


「へ? あ、ああ、ちょっとね。動かないってほどでもないけど」


「にゃー……ごめんにゃさいにゃ」


椅子は壊れてはいないものの、机の残骸に隠されて座れない。

だから引っ張り出された後は立っていたのだが、ミーアは目敏く僕の怪我に勘づいた。


「にゃにかあったのにゃ?」


「ちょっと刺されただけだよ、すぐに治るから」


「そう……あ、ここにいちゃ傷のにゃおりが遅くにゃるにゃ、座れるところに行った方がいいにゃ」


そう言うとミーアは僕を横抱きにする。

軽々と持ち上げられたのはミーアが獣人だからであって、決して僕が軽いからではない。


「すぐに着くから待っててにゃん」


「……肩を貸すくらいでいいんだけど。ところでどこ行くの? 公園?」


「んにゃ、私のお家にゃ」


「へーお家………お家!?」


横抱きにされていては抵抗も出来ないし、ミーアが説得に応じるとも思えない。

今までの経験上痛い目に遭うとしか思えない、他人宅は危険だ。

ミーアに猟奇的な趣味があるとは思いたくないが、そうでなければ僕を連れ帰る理由などないだろう。

脱出の算段が整うまでは従順なフリをしておこうと決め、僕は全身の力を抜いた。

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