第165話 治療方法は

アシュは手のひらで僕の目を転がしている、色が抜けて真っ白になったそれは、知らなければ目とは分からない。

赤く細い線……血管に僕は眼球らしさを感じられない。


『すまない、ヘル、全く分からなかった』


「もういいって、気づかなくて仕方ないみたいだし。別にアルは僕の顔覚えてないんだとかアルにとって僕は目なんだとか思ってないし」


『お、覚えている! 覚えているぞ、ヘルの顔を忘れるわけないだろう!』


「……どうだか」


焦って僕に擦り寄るアルは可愛くもある、もう少し拗ねてみるかな。


『そうだヘル、この傷は大丈夫なのか?』


「大丈夫じゃないよ、でも何か痛くないんだよね。アルが僕を分からなかったのがショックだったからかな?」


『ヘル……その、すまない。それしか言いようがない』


「何を謝るのさ、僕何も気にしてないよ」


表情に気をつけながら嘘をつき、足の傷を見た。

穴の空いた太腿、血はほとんど固まっている。

普通なら会話もできないほどの痛みだろうに、何故か全く痛みを感じない。


『アシュメダイ様、この国でこの傷は治せますか?』


『包帯巻くくらいならね〜、傷治すとなると魔術になってくるけど、淫魔ってヒーリング苦手なコ多いから』


『そうですか……あの、目は?』


『魔術かけても元には戻らないと思うよ? 傷は塞がるけど再生はしない。魔物なら余裕なんだけど人間はちょっとね〜』


「………え?」


『治ると思ってたの? 甘いよ〜、人間がそんな簡単にちぎったりくっつけたり出来るわけないじゃん』


甘い? ああ、そうだ。

僕はこの目が元に戻ると思っていた、当然だろう? 経験からの当たり前の思考だ。

今まで見てきたもの……そういえば、再生したのは魔物や天使だけだったか?

重傷に見えた人間が完治したのは、ちぎれてはいなかったからか?

部位が失くなる傷を負った人間は、よくよく思い返せば見たことがない。

娯楽の国での先輩も、骨が砕け肉が裂けていても足そのものは形を保っていた。


『悪魔には手術得意な奴もいるからね〜、紹介したげてもいいけど、元通りは無理かな。これもう一回くっつけても多分ダメだよね、もう細胞死んでるもん。それに移植じゃ魔眼にはならないしね。魔眼を作るのは……他のならまだしも魔物使いはキツいかな』


『……天使にも、不可能でしょうか』


『天使かぁ……よく知らないからなぁ。でも無理じゃないかな。治療系の術ってのはさ、その部位だけを活性化させて促進するってのが原則でしょ? だから人間の場合は欠損を治すにはくっつけるしかないの、それで断面を癒着させるのね。でも魔眼は多分無理、別のをはめ込んで魔術をかけても普通の眼にしかならない』


『……何故?』


『ヘルくん自身、魔物使いの力が急速に抜けていってる、これから左眼も魔眼になる予定だったんだろうけど、多分もうダメ』


『抜けて……!? 何故ですか、何故そんな』


『風船に例えるね、魔眼は風船の栓で、空気はその魔力。栓が抜けると空気は一気に抜け出ちゃうでしょ? 魔眼が取られたショックで魔力が流れ出したんだよ』


アシュの説明を聞き流しながら、そっと目があった窪みに手をやった。

パリパリに乾いた血が剥がれ、皮膚に痛みを与えて落ちていく。

アルは僕とアシュを交互に見て、僕の頬を舐めた。


『まぁ、目を戻す心当たりがない訳じゃないけど』


『それを早く言ってください! 全く、アシュメダイ様も人が悪い』


『いや〜、無理だと思うんだよね』


『無理を通して見せます!』


『んー、まぁ、ね。魔術とかの治療は、活性化……つまり、時間を進めてるって言えるよね?』


『……ええ、自然治癒力を早めていると言えますね』


『それの逆、時間を戻すってのがあるんだよね。知ってるでしょ? この世で唯一全ての法則を無視する種族、人間から外れすぎた異質な人間達』


アルは僕の横に座り、黙って少女を見上げる。

話が長くなる気配を感じ取ってため息が勝手に漏れた。


『浮遊は魔術にもあるよね? でもあれはかなりの高等魔術、バランスや酸素、加速に対応しなきゃならないから何重にも魔術をかけなきゃならない。でもその一族はホウキ一つで飛んで見せた、酸素も気にせず加速や空気抵抗にも対応せずに』


箒……? まさか、その一族は。


『絵を動かし、人形に生命を吹き込み、魔力だけで全てを操る。精霊の力を借りてる? 悪魔と契約してる? 嘘っぱち、全て自分の力のくせに。神にだって悪魔にだって、魔法を使える奴なんていない。一体どうやって編み出したんだか』


「魔法使い、ですか?」


アシュは一瞬目を見開き、それから僕に微笑んだ。


『よく知ってるね〜、そうだよ。アイツらの使う治癒魔法は時間を戻してる。証拠はないけどそうとしか考えられない。若返りだの蘇りだのもあるからねぇ、本っ当にバケモノだよ』


アシュは自論を語り、満足そうに笑ったあとですまなさそうに目尻を下げた。


『……でも、魔法使いは少し前に滅びたんだよね。魔法使いの血を引いてないと魔法は使えないし、治癒魔法はそれなりに難しいみたいだし。何であんなバケモノ種族が滅びたのか……全然分かんないよ』


『心当たりがあります。魔法使いには生き残りがいます。それも……蘇生魔法まで扱う者が』


『蘇生…!? ありえないよ、そんなの大昔にヘクセンナハトだけが実現させた、不可能魔法って呼ばれてる禁呪だよ!?』


アシュは取り乱して僕の眼球が入っていた瓶を割った。

奇妙な液体が零れて独特な臭いを発生させる。


「……あの、ヘクセンナハトって?」


『一万年くらい前に現れた魔法使いの祖、何度殺してもどんな苦痛を与えても、笑って全てを滅ぼしたっていうバケモノだよ。確か……全てを征服することこそ我が使命って言い出して、魔物を支配して魔王と化した魔物使いに喧嘩売ったんだよね。でも昔のことだからよく覚えてないな〜、あの戦い結局どうなったんだっけ』


アシュは落ち着きを取り戻し、瓶の欠片と液体を足で退かした。


『ヘクセンナハトは大量の魔法を作ったけど、誰も使えなかったんだよね。古代魔法とか言われてたかな? 読むのも無理だって聞いたよ。ちょっと信じられないけど、まぁ使えるって言うならその人に頼るといいよ』


とりあえず、とアシュは僕の傷を指差す。


『包帯くらいは巻いた方がいいね、見た目的にもさ。あと目も』


「あ、そう……だよね、やっぱり」


改めて足の傷を見た、骨が露出し血がまだらに固まり、血管がちぎれて……吐き気がしてきた。

アシュの力を借りてアルに跨り、僕は酒食の国で最も大きいという病院に向かった。

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