第120話 懺悔、冷笑
無言の時が長く続いて、アルテミスは苛立ち紛れにメイラに詰め寄る。
「ねぇ、そろそろ終わらせてくれない? アンタが終わらないとアタシ達も出られないの、分かってる?」
「うるさいな! 分かってるよ……そんなこと」
他の人形はピクリとも動かない、一体一体……ということなのだろう。
『なぁ、売ったというのはどういう意味だ?』
言い争いを始めそうなメイラとアルテミスを放って、ザフィは人形に話しかけた。
そのことに気がついたメイラがザフィの翼を引っ張ったが、その行動に意味はなかった。
『錬金術師をよく思わない人間がいるのは知ってるよね?』
『ああ、神の命令でもないのに勝手に処刑を始めた奴等だろう? 全く、正義を履き違える連中は悪魔よりタチが悪い。本人は良いことしてるつもりだからな』
『そいつらに僕は一度殺されたんだよ。メイラが僕をそいつらに売ったから』
『……メイラも錬金術師だろう?』
『まぁそうなんだけどね、あいつらにしてみれば不老不死の錬金術師の方が優先度が高かったんだよ。メイラもその時には不老不死になっていたけど、なったばかりだから気づかれていなかった。後でって思ったんだろうね』
『なるほど……で、その理由を聞きたいと? 分かっているんじゃないのか』
『予想はつくけどね、絶対じゃない。それに何かさせないと鍵を渡しちゃいけないんだよ』
『それもルールか? 面倒だな』
ザフィと人形の会話を聞き、メイラの顔色はどんどんと悪くなる。
今にも倒れそうなほどに青くなる。
「メイラさん、あの……大丈夫ですか?」
「……平気、じゃない、肩貸してくれ」
メイラに肩を貸し、人形の前に座らせる。
僕達は一歩後ろに下がるように言われ、その言葉通りに静かに見守った。
『答える気になった?』
「……ああ」
『そう、じゃあお願い。君がここで言ったところで本人には伝わらないから何の意味もないけれど、鍵を手に入れるために話しなよ』
やる気を削ぐようなことを言う、野次を飛ばしたくなった。
「……錬金術師だってバレて捕まって、虐め殺されるのが嫌で、怖くて、セツナを売った。
俺は自力で逃げることも出来なかったから、この程度なら放っておいて大丈夫だろうって、放っとかれた。
まぁ後で殺すつもりだったんだろうな、俺を逃がしたのは裁判の都合だろ」
俯いたままのメイラの話。
誰も明るい顔なんて出来るはずがないのに、人形だけは笑っていた。
セツナらしさの欠片もない、とびきり邪悪な笑みだった。
「裁判所から出て思ったね。助かった、良かった、もう自由だって。俺に錬金術を教えてくれた恩師のことなんて考えないでさ」
『なんで考えなかったのかな?』
「……捕まっても大丈夫だって思ってた、俺よりずっと賢い人だから大人しく処刑されたりしないだろうって」
『違うだろ? 本当のこと言わないと鍵あげないよ』
「……っ、恩師を売ったなんて、思いたくなかったから、目を背けてた」
『ふふっ……そう、そっか。それで?』
「それでって……もう答えただろ? これ以上何を言えって言うんだよ。
怖かったから、助かりたかったから、セツナを売った! 自分が最低な奴だって思いたくなかったから、忘れたふりをしてた!
これ以上何があるんだよ、他に何が聞きたいんだよ! 俺はその後ちゃんと助けた!」
『ふふ、あははは……もうないの? 自分勝手と自己嫌悪と自己満足だけじゃ、ちょっと面白味が足りないんだよね』
見た目は確かにセツナのままだ、だが嘲笑うその様はもうセツナとは似ても似つかない。
「誰だよ、お前」
『さぁ? 誰でしょう……本人の家に居る奴かも、なーんて』
本人の家、その言葉を聞いたメイラが立ち上がり、人形に手を伸ばす。
だが人形は高笑いを上げて元の白い姿へと戻る。
行き場を失った拳が情けなく垂れた。
チャリン、と軽い金属音。
メイラの足元には鍵が落ちていた。
「鍵! これで一つ……あと四つね、何時間かかるのよ」
「……な、なぁ、お前らも聞いたよな? あの人形、本人の家に居るって言ったよな? このふざけたゲームを仕掛けた奴が、セツナの家に居るってことだよな!?」
メイラは鍵を見もせず僕に掴みかかる。
「落ち着いてくださいよ、セツナさんの家には『黒』が居ますから……大丈夫ですよ、嘘かもしれませんし」
「『黒』って誰だよ! 今すぐ外に出ねぇと、セツナの家に行かねぇと、早く出せよ!」
「僕に言わないでください、一旦落ち着いて……冷静にやらないと、かえって遅くなります」
「遅く……? そ、そう……か、かもな。悪い」
メイラはアルテミスから鍵を奪い取り、扉に五つかかった錠前を一つ外した。
そしてそのまま扉にもたれかかり、泣きそうな顔でうずくまった。
「……えっと、とにかく次ね。次はどれよ」
仕切り直し、とでも言うようにアルテミスは手を叩く。
その音に反応したかのように人形が飛び起きる。
『……おい、アレに触ったのは誰だった?』
「僕じゃないです」
「アタシはこっちの」
『俺はコレだから……シャルン、お前だぞ』
『分かってる』
ひょこひょこと天使に向かって歩く人形。
その歩き方はどこか可愛らしい。
『……なぁシャルン、俺達は天使だよな。人間の家族なんていない、誰になるんだ?』
『すぐに分かる』
『そうだな』
家族……家族、か。
僕の両親は二人とも死んでいる、死者でも呼び出されるのか? それとも……僕に一番近い人間は、彼なのか?
血を分けた、あの男なのか?
『……こんにちはぁ、天使様』
『零か』
『お前の加護受者だったか? なるほどな……なら俺はどうなるんだ? 俺は加護なんて誰にも与えていないぞ』
『うるさい』
『……少しくらいいいじゃないか』
牢獄の国で出会った、おっとりとした優しい大人だ。
なんとなく予想はついていた、神父もシャルンも似たような力だったから。
あの極寒を味わった時は神父が来ているのかと思ったほどだ。
『天使の加護、なんてありがたそうな名前つけちゃってさぁ。ただの呪いじゃないかぁ、天使様のおかげで人里離れて暮らさなくちゃならないし、人に触れられやしない』
本物の彼の口からこんな言葉を聞いたことはない、腹の底で思っているとは考えたくない。
柔らかく微笑むその笑顔には一点の曇りもない。
『お、おい、こんな奴だったか? お前の加護受者はもっと……こう、ぼーっとした奴だっただろ』
『主観が入ると言っていた』
『……お前、自分の加護受者になんて印象抱いてるんだ』
ザフィの言う通りだ、少しの間共に過ごしただけの僕でも分かる。彼はこんな人間ではないと。
だが僕が口を挟む意味もない、黙って眺めるしか出来ない、それはとても歯痒くて……僕を体現しているようで、酷く不快だった。
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