第121話 譲歩と対案
天使はごく稀に人に加護を与える。
特別好いた人間だけに自身の力を分け与えるのだ。
そして加護受者は人間社会から弾き出されることが多い、天使の力は人から外れすぎているから。
加護受者は孤独から、自らを愛する天使だけを敬愛するようになる。
それこそが天使の目的だと言われているが……国連は否定している。
人形に鍵を渡させるには何かをしなくてはならない。
何かに応えなくては鍵は与えられない、それはきっと人形側に課せられたルールだ。
『何をすればいい』
シャルンもそれを察しているらしい。
『何……かぁ、そうだねぇ、加護をやめて欲しいかな?』
『何故?』
『さっき言った通りだよぉ。この力のせいで人に近づくことも出来ないんだよ? いくら強くても要らないよぉ。そもそも……自分の力を制御出来ないってどうなのさ、今もそうだよ天使様? ここ、とっても寒いよねぇ』
牢獄の国で聞いた時は、ゆったりと暖かく安らぎを感じた彼の声も、今はねっとりと執拗く不快感を覚える。
偽物……人形は完全なコピーではないとはいえ、この落差に受ける衝撃は小さくない。
『やめてくれないなら、やめられないなら……死んでよ。ここで』
ああ、前言撤回。
小さくないなんてもんじゃない、落差も衝撃もとびきりの大きさだ。
『……おいシャルン。お前、自分の加護受者どんな奴だと思ってるんだ? 俺も一度会っただけだが、こんな奴じゃなかっただろう』
無言のままザフィの意見を肯定する。
『両方とも叶えられない。加護の力は一度与えたら加護受者が死ぬまで加護受者のものだ。
死ね、というのは天使には不可能だ。魂が行動不能に陥る損傷を受ければ、自動的に天界に送還される。その場合にも加護受者には何の影響もない』
やりたくない、ではなく出来ない。
感情の介在しないその口調、僕に当てられたものでもないのに薄ら寒くなる。
死ねと言われての対応とは思えない、他人ならともかく家族に等しい人間だろう?
『そう……まぁ、分かってたけどねぇ』
『何をすれば鍵を渡す?』
『……別にして欲しいこともないし、むしろここに居ればいいのにって思うなぁ。どこに行っても人を不幸にするだけなんだからさぁ』
『ここには五人いる』
シャルンの言葉は一瞬理解出来なかった、だが次に続く言葉で理解出来た。
『鍵を渡せば、開けた後もここに残ろう』
五人の人、五つの鍵、四人が鍵を手に入れても一人が失敗すれば誰もここから出られない。
自分一人ではないから、鍵を手に入れずここに残るという選択肢はない。
だったら鍵を手に入れた後、一人だけ残ればいい。
それなら人形の要望を叶えられる。
シャルンはそう考えたのだろう。
『シャルン! 馬鹿なことを言うな、そんなこと許可できる訳ないだろう! お前の仕事を誰がやるって言うんだ!』
『ザフィ』
『ふざけるな!』
仕事が……とは言っているが、ザフィはあれでも心配しているのだろう。
表情から必死な思いが伝わってくる、優しい人……いや、優しい天使だ。
『残る、ね。それは困るな、この部屋は遊戯が終わったら破棄する予定だからさ。まぁいいか、このコピーは願い事ないみたいだし……つまんないけど、合格にしてあげる。グダグダやる方がつまんないからね。お望み通り外に出てから遊んであげるよ』
不満げにそう吐き捨て鍵を投げた、もう神父らしさの欠片もない。
改めて実感する、偽物は偽物に過ぎないのだと。
本物に似せようという努力すら見られない合格後の対応。
人形は神父の姿を捨て、再び物言わぬ"物"へ戻った。
シャルンは鍵を拾うとメイラに投げ渡し、開けるよう言った。
錠前がまた一つ落ちる、残りは三つ。
メイラがダメ元でドアノブを捻る、当然ながら開くことはない。
重厚な扉を眺めていると、背後の人形が起き上がった。
この人形に触れたのは……確か。
『俺だな』
「頑張ってくださいね、ザフィさん」
『頑張る……ね。まぁ、それしかないな』
人形は"人間"に化ける。
天使や悪魔には化けない。それに技術的な理由があるのか、深い意味のないルールなのかは分からない。
『……ははっ、お前か』
乾いた笑い。
『久しぶりだな、いや、偽物だったな。本物ならもう少し歳を食ってるか』
人形が変形したのは軍人らしき男だった。
深緑色の帽子、黒い目隠し、腰にぶら下げられた十本の剣。
肌が見えるのは口の周りだけで、その出で立ちは言いようのない不安を感じさせた。
『ザフィ、誰だ?』
『……武術の国に攻め入った時、俺が負けた人間だ。確かに、共有した時間が最も長いのは彼だろうよ』
武術の国か、一般常識以下の知識しかないが、ある程度は分かる。
とある禁忌を犯したために天使に滅ぼされた国だ。
その禁忌の詳しい内容は知らないが、関係のない人も居ただろうなと気の毒に思ったのを覚えている。
しかし、天使が人間に負けるとは……考えられないな。
『……なぁ、何をすれば鍵を渡してくれるんだ?』
『一つ、教えてくれるのなら』
唯一見える口が温和な笑みを作る。
その声と口元だけの笑みには覚えがあった。
植物の国で出会った亜種人類の王だ、彼によく似ている。
『何を教えればいい?』
『私達の罪を』
『……罪?』
『天使様。私達はあなた達を、神を、信じていた。いつかきっと救ってくださると。だがあなた達は私達を忌み嫌い、滅ぼそうとした。教えてくれないか、私達の罪を』
『……お前達に罪などない。いや、罪や罰なんて存在しない。神の気に召すかどうか、それだけだ』
天使らしくもない、いや、ある意味では天使らしいとも言える突き放すような言葉。
『……気に召す? なら私達は神の気に召さなかったから滅ぼされたと? それだけの理由で虐殺されたのか?』
『そう、としか言いようがないな』
『……勝手だな』
『自分で創ったものをどうしようが自分の勝手、というわけだろうさ』
『……それで納得できるとでも?』
会話が進むと同時に消えていく笑み。
だがこれで人形の要求に応えたことになるはずだ、これで鍵が手に入るはずだ。
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