第119話 偽られた親友の姿
人形の体を突き破って何かが出てくるのでは……なんて考えはこの場にいる全員が持っている。
だがその予想は外れ、人形はただ立ち上がっただけだ。
それ以上動くことも蠢くこともなく、大人しく立っていた。
「……なんだよ、驚かせやがって」
「本当にアンタが作ったヤツじゃないのね?」
「知らねぇって。この部屋もこの木偶の坊も」
メイラとアルテミスは人形を遠巻きに眺め、天使達は他の人形を調べていた。どうにか壊して中身を出そうとしているらしい。
そんな中で、僕は先程の部屋で見た紙を思い出していた。
「……住人」
「へ?」
「さっきの紙に書かれてた住人って、この人形だったりしないかな」
「人形を住まわせた覚えはないけどな」
白い木のような物で作られ、耳や目、装飾品はない。
木に見た目が似ているだけで木ではない、無知は不気味を煽る。
『住人の気分を害してはならない、か。もし本当に人形が住人なら、おだてればいいのか?』
「綺麗な継ぎ目、繊細な肌……もう思いつかないな」
「継ぎ目汚いですよこの人形」
「削りも荒いし、ささくれ立ってる」
『……お前達、少し真面目になろうか』
メイラはともかく僕はふざけていない、なんて反論を抱きつつも、口には出さない。
ザフィは立ち上がった人形とは別の人形を調べ始め、アルテミスもそれに倣った。
立ち上がった人形には近づきたくないので、僕もそうした。
だがメイラはじっと立ち上がった人形を見つめていた、特に動きもないまま時が過ぎる。
気分を害してはならないという決まりを守るために、しばらくの間動かないと決めたらしい。
その考えには賛成だ。
自分に当てはめて考えてみよう、いきなり人が入ってきて部屋を探り始めたら……どうだ? 気分を害するだろう。
だからしばらくは動かない、今更遅い気もするが。
住人が本当に人形なのか、気分を害するとどうなるのか、分からないことが多いからこそ行動には気をつけるべきだ。
胎動するように人形が跳ねる、真っ白な人形に色がついていき、短い手足が伸び長い胴体が縮んだ。
人の形に近づきながら、人形は男とも女ともつかない呻き声を上げる。
「……セツナか?」
変形を終えた人形はセツナの姿になっていた。
だが、違う。よく似ているが違う。
論理的な証拠などない、雰囲気という言葉でしか説明出来ないが、違う。
それはきっとメイラも感じていただろう。
『……不可説転・謎羅』
「なんだよ、フルネームで呼ぶなっての」
メイラは自分の友人によく似た見た目に軽口を叩く、気分を害してはならないという決まりを忘れたのか?
メイラの袖を引き、紙の内容を思い出せと囁いた。
もしこのセツナもどきが今の口調が気に入らなかったら、どうなるか。
『……ねぇメイラ、どうしてあの時僕を売ったの?』
人形が吐いた言葉を聞いたメイラの顔が一気に青ざめた。
目を見開き、拳を握り締め、呼吸を乱した。
今、「売った」と言ったか。
メイラの反応から見るに、人形が適当を言っている訳ではないと分かる。
ならその言葉の意味とは。そのままの意味で人身売買? それとも裏切り? 口実にした?
僕の頭で思いつくのはこの程度、メイラに聞く……のはやめておこう。
彼は今にも倒れそうだ。
「売っ……た、って、なんだよ」
『覚えてないの? 三百年前……君が不老不死の水を飲んだ数ヶ月後。僕を売っただろう。自分を見逃してもらうために』
「……なんで、お前にそんなこと言われなきゃなんねぇんだよ! 偽物のお前に!」
メイラはセツナの姿をとった人形の胸ぐらを掴み、何度も揺さぶった。
僕はメイラの腕を必死に引っ張って、慎重に動くように伝える。
天使達も手伝って、なんとかメイラを宥めることが出来た。
『乱暴だね、全く……ルールを分かってないらしい』
『……ルールだと?』
ザフィが訝しげに人形を睨む。
『本当に知らないの? 仕方ないなぁ、教えてあげる。ここにある人形は、みんな鍵を持ってる。その鍵を全部集めればここから出られるよ。君達の目的はその鍵を得ること』
「あ、あの、住人って……人形のこと?」
『ああ、そうだよ。この人形は触れた人間に一番近い人間に変形する。姿だけでなく性格や記憶もコピーする。まぁ中身は触れた人間の主観がかなり入るから、完全にその人のコピーとは言えないけどね』
『鍵を渡す条件は?』
『人形を説得すればいい。簡単だろう? 一番近い人間と言ったら普通は家族だ。家族に「ここから出たいので鍵を下さい」と言うだけなんだから』
「力づくで奪ったらどうなるの?」
『……人形の気分を害せば、無作為に選ばれた内臓または四肢が破裂する。お勧めしないよ。どんな術でも再生出来ない呪いもかかるから』
人形はため息をつきながらメイラを見下す。
メイラは腹を押さえ、苦しそうに肩で息をしていた。
『君は僕の愛弟子だけど、流石に掴みかかられたら気分を害すよね。僕が望んだわけじゃないってのは分かってよ? これはルールだからさ』
咳に混じって吐き出される血、メイラは咳を無理矢理止めて、口を拭った。
「……セツナ、鍵、寄越せ」
喘ぎ喘ぎ出た言葉はそれだけで、メイラは耐えきれずにまた血を吐いた。
『お願いの仕方ってのが分かってないね。相変わらずとも言えるけどさ。ああ、君達がお願いしても意味ないよ? 僕の担当はメイラだけだから。君達は自分を担当する人形へのお願いの仕方を考えて置くんだね』
メイラはポケットからメモ帳を取り出し、紙を数枚引きちぎって何かを唱えて飲み込んだ。
数秒経ってメイラは一際大きな咳と大量の血を吐き、立ち上がる。
『欠損部位を錬金したの? へぇ、上達してるんだね。新しく作るのなら再生ではないから、呪いの条件からも外れている……よくできました』
「鍵、くれ」
『ふふ、仕方ないね、可愛い弟子にお願いされちゃね。でも……駄目、鍵が欲しいなら僕の質問に答えて?』
メイラは「本人ならともかく人形なんかと話したくない」と言いたくなるのを我慢して、肯定の意を示すため頷いた。
『どうして僕を売ったの?』
「……許してくれたんじゃなかったのかよ」
『質問に答えなよ、そう難しい質問でもないだろ? それとも昔のことだから忘れちゃったのかな』
「忘れてなんか! いない、けど」
人形から目を逸らし、自分の気を紛らわすためにも手に付いた血を服で拭った。
『ああ、ああ、服で拭いちゃ駄目だっていつも言ってるだろ? いつまで経っても子供なんだから……』
「お前に言われた覚えはねぇよ」
『……ああ、そうだね、僕はただのコピーだからね』
気分を害する言動は控えろと言っているのに、痛い目にあったくせに、メイラは人形に敵意を剥き出しにしている。
人形は一瞬拗ねたように眉をひそめたが、メイラには何も起こらなかった。
それに安堵しつつ、僕はもう一度念入りにメイラに注意した。
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