第106話 真相
植物の国には入国できない。
妖鬼の国の港で聞かされた言葉だ。
賢者の石を知る人物がどこにいるのか、僕には見当もつかず行き先は『黒』に任せていた。
理由は知らないが『黒』は植物の国に行こうと言って、僕はそれに従った。
行けないはずだった、船が出ていないと断られたはずだった。
だから別の国に行こうかと船着場の地図を眺めていた、そんな時だ。
『植物の国、行きてぇの?』
黒と紫の妖鬼の国らしからぬ模様のパーカー、飾りベルトと金の装飾が目立つヒールの高い靴。
フードを目深にかぶった青年が馴れ馴れしく話しかけてきた。
『そのつもりだったけどね、なんかダメみたい』
特に警戒する様子もなく、『黒』はただの世間話だと言うふうに彼に答えた。
『俺これから行くんだけど、連れてってやろうか? なに、アイツらは船を操れねぇから船が出せねぇだけだ。俺様ならアンタらを無傷で運んでやるぜ、駄賃は……ま、後でな』
フードの影から覗いた赤い瞳が『黒』の体を舐めるように見ていた。それが気持ち悪くて僕は断ろうとした、だけど『黒』は。
『ホント? じゃ、お願い』
快諾した。
『ん、じゃあ着いてきな』
青年の船は妖鬼の国によくある木製の船とは違い、科学の国で見るような鉄製の船だった。
どちらにせよ船に違いはないし、僕が分かることでもない。
『蓄電石? いいもの持ってるねぇ』
『知り合いのおかげで充電には困らねぇしな。いやー、いい買物だった』
『モーターボートかぁ……いいねぇ。速い乗り物って好きだよ、僕は移動を楽しむ性格してないからね』
『ははっ、同感。……ま、俺様はこんなモンなくても海を渡れるんだけどな』
後ろに積まれた箱の中身は蓄電石だ、雷のエネルギーを貯めた石だと聞いたことがある。
魔法の国でも術の媒介として使っていたか。
『ところでオネーサン名前は? 年は? 彼氏いる?』
『名前は『黒』、それ以外は秘密。人に質問するなら君も言いなよ』
『断るぜ。秘密は多い方が魅力的だろ?』
『君と比べれば道端の雑草の方が魅力的だよ』
青年は僕にはなんの興味も示さずに、『黒』にばかり話しかけている。
『黒』は見た目には美人だから、こういう輩は珍しくもない。全く不愉快だ。
そんな感情をかき消すために、変わらない海の景色と磯臭い風を楽しむ──楽しもうとする。
必死に気を逸らしていたおかげなのか、植物の国に着くまで長くはかからなかった。
『俺様はこの辺で探しモンあるから……あ、村はそっちだ』
簡素な港に着いた。
港というよりはただの砂浜だったが。
『どーもありがと。入国審査ってどこでやってんの?』
『え? あ、ああ、入国審査ね。入国審査。あー、あの道の先だ』
『ん、ありがと。駄賃は?』
『胸か尻。どっちでもいいぜ』
これは……僕が一言言うべきなのか。
戸惑っていると、『黒』に肩を掴まれ青年の前に差し出された。
『ご自由にどうぞ』
『……驚くほどにぺたこい』
シャツの上から胸元を這い回る手。
思わず、そう思わず。足が出た。
「何するんですか!? っていうか『黒』も何してるの!?」
『え? いや、触らせろってことだろ?』
「何で僕のなんだよ! 僕を触って何が楽しいんだよ! あなたも何触ってるんですか!?」
『え? いや、ノリで。面白いなーって』
反射的に蹴ってしまったが、問題はないと思う。
彼も特に痛がる様子はないし、謝罪の必要もなさそうだ。
『しっかし……ぺったんこだなぁ。可哀想に』
「これが普通なんですよ! 男なんだから!」
『いやいや男でも巨乳への努力を惜しまない奴はいるぜ?』
「少数派ですよ! 多分……少数派、だよね?」
『何で不安になってんの君。いないって答えていいよそれは』
僕がおかしいのかこの二人がおかしいのかも分からなくなってきた。
足早に浜を離れ、青年の言っていた道を進む。
掘っ建て小屋でいい加減な入国審査を済ませ、森を彷徨った。
これが、僕達の入国経緯だ。
「……その男が今どこにいるか分かるか?」
寝ぼけまなこな僕の話を信用し、ウェナトリアは真剣な眼差しでそう言った。
「その男がこの港を作ったのか? 一体何が目的なんだ」
頭を掻きむしり、少しずれた目隠しの位置を戻す。
ちらりと見えた緑の瞳は僕を映していた。
ウェナトリアは今にも崩れそうな掘っ建て小屋を指差し、怒鳴った。
「あんな入国管理局があってたまるか、今にも崩れそうじゃないか!」
『気にしてなかったなー、普通のおじさんがいたし……普通の?』
僕の髪を撫でる『黒』の手が止まった。
『おかしくない? この国って普通の人間いないよね?』
「国王としてその発言を認めるのもな……まぁ、亜種人類……これも良くない言葉だが、代わりもないしな。この国にはそういう意味での人間はいないが、それがどうした?」
『居ないはずの人間、無いはずの港に入国管理局』
黒と赤の違った双眸の奥底から溢れた好奇心の光が僕を取り巻く。
楽しそうに歪んだ『黒』の口に言いようのない不安を感じた、その時だ。
ウェナトリアが急に立ち上がり、背後の茂みに腕を振るった。
シャツがめくれ上がって蜘蛛に似た足が現れる、鈍く黒く光るそれは僕の──いや、人間の生理的嫌悪感を呼び起こす。
その足を茂みに突き立てると、微かな苦痛の声と肉の裂ける嫌な音が響いた。
「……誰だ」
引きずり出されたのは美しい女だった。が、その姿は歪み獰猛な獣へと変貌する。
腹に突き刺さった四本の足を乱暴に引き抜き、血を撒き散らせながらウェナトリアの肩に爪を走らせる。
『くっくっく、あっははは!』
獣は心底楽しそうな笑い声を上げ、再びその姿を変える。
僕達をここに連れてきたあの青年へと。
『ちょっとした悪戯だってのに大人気なく怒っちゃって』
青年に傷はない、地に立つように空中で静止し、底意地の悪そうな笑みを浮かべている。
「貴様……何が目的だ!」
「動かないでくださいウェナトリアさん! 血が……酷い傷です!」
『ははっ、しぶてぇ。ま、この程度で死なれても困るんだけどよ』
青年の手には奇妙な植物が握られている、赤子のような形をした根……気持ち悪い。
『目的? 目的は……そうだな、薬の材料取りに来るついでの悪戯かな? この機に開国しちまえよ、コレ売ってりゃ金には困らねぇんだから』
「返せ! それはまだ成熟していない!」
『だからこそ良い材料に……お?』
根がぶるぶると震え出す、ちょうど赤子が泣き出す直前のように。
根が口を開くとほぼ同時に、『黒』は僕の耳を塞いで飛び退いた。
『掘り出された後で未成熟とはいえ、あんなもの聞いたら寿命が縮んじゃうよ』
「え? 何、聞こえないよ!」
赤子のような根が大きく口を開き、泣き喚いているようだが何も聞こえない。
青年は興味深そうに根を見つめ、ウェナトリアは耳を塞いで青年を睨みつけていた。
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